魔導師、キヴェラに傷を残す 其の二
私の言葉に、側近の皆様は沈黙したまま。反論できるはずがないと判っていながら追及する私も大概だが、彼らはあまりにも自分の立場を自覚しなさ過ぎた。
「キヴェラ王の側近といわれる貴方達が挙ってルーカスを扱き下ろす……そんなことをしていれば、便乗する連中が出るでしょう。逆に、ルーカスを慰める振りをして近づく者達だって出る。貴方達の責任って、結構重大だと思いますけど?」
重大どころか、ルーカスを貶める後押しすらしていただろう。本人達に自覚がないため、自分達に同調する輩を諫めることだってなかったに違いない。
「はっきり言います。『キヴェラを敗北させた魔導師であっても、貴方達の希望に沿うことは不可能だ』と。……ああ、これは『ルーカスの立場だったら』という意味ですが」
「ふむ、どういうことだ?」
興味を引かれたのか、キヴェラ王が尋ねてくる。ふふ、納得できる答えをあげようじゃないか。
「ルーカスの立場は王太子、そしてこの国の王族です。現王の治世を揺らがせるような真似なんて、できるはずがないでしょう?」
「だから、それはどういうことだと……」
キヴェラ王に最後まで言わせることなく、私は言葉を続けた。
「彼らの望む『若かりし頃の現王の姿』って、『王を追い落とす』とか、『王の決定に歯向かう』ってことじゃないですか。それをやれと言われても、国を乱すことが判りきっている以上、行動に移せませんよ。ルーカスは『何もできない』のではなく、『行動するわけにはいかなかっただけ』では?」
「……!」
『な……』
あっさり口にすれば、キヴェラ王は目を見開き、側近の皆様は絶句した。
おいおい、私の話をちゃんと聞いていた? 『お前らが無茶なことを望んでいた(意訳)』って、言ったよね? それを聞いていたなら、王太子であるルーカスが身動きを取れなかっただけだと判るでしょう?
「私がキヴェラに勝利できたのは、『キヴェラの事情なんてお構いなしに、自分のことだけを考えて動いたから』。私は……『異世界人の魔導師』には、『それが可能だった』! それだけの違いなんですよ、私が特別強かったわけじゃない」
卑下しているのではなく、これは事実。多分、色々な人が気づいているだろう。
それを証明するかのように、私に持ち込まれる『お仕事』には協力者が存在。利害関係の一致の下、私の手駒になってくれる人達が其々に動き、どうしようもない部分――力業になる場合とか、無知を全面に出す場合など――を私が担っている。
基本的に実行要員であり、時に司令塔のような役割りを果たす。そういった立場なのだよ。私一人が成し得たような解釈に『されている』のは、その方が都合が良いからだ。
判りやすい例でいえば、ゼブレストの後宮破壊や、バラクシンの教会派をボロボロにしたことだろうか。
あれらは私の協力者サイド――後宮破壊はルドルフ一派、バラクシンの方は国王一家――が矢面に立てば、反発が物凄いどころか、逆に潰されてしまっただろう。
『異世界人の魔導師(=常識さえろくに知らない、回避不可能な災厄モドキ)が成したことだから、文句の言いようがなかった』。それだけだろ、多分。
魔導師は『世界の災厄』と言われるほど、凶暴なのだ。それが定説。私の言動がそれらに当て嵌まる以上、私も正しくその一人。
リアル災厄、降臨! なのですよ。自己申告もしてるしね?
相手に打ち合う覚悟がなくとも、滅殺上等。それが魔導師、自己中の極み。
報復に限定している以上、私の方が被害者であるという言い分も、その発想を後押しする。自己保身に走る者達からの批難、というものも含めて。
よっぽど深い信頼関係を築けていたり、強固な繋がりがない限り、彼らが守るのは『自分の家』なのだから。野心に溢れたお貴族様達の結束なんざ、そんなもの。
下手に報復に出て魔導師の怒りを買えば、今度こそ命を失ってしまう……という感じに敵対勢力が思ったから、奴らはビビって沈黙したんじゃないかね?
だって、私は結果が全て。やろうと思えばできるし、躊躇いだってない。
それに比べたら、自国で法に基づく処罰を受けた方が、遥かにマシ。
最終的な断罪までに散々、私の破天荒な姿を見せつけられている上、それまで築き上げてきた恐怖伝説があるじゃないか。しかも、飼い主の言うことしか聞かない珍獣。化け物扱いをしていたならば、人の法だって抑止力になりはしない。
こんな怖い生き物に喧嘩を売る奴って単なるアホか、己の強さに相当の自信がある人だけだろう。そもそも、実力行使したとしても、私の背後にはまだ魔王様が控えていらっしゃる。
「『魔導師だから』で済ませてくれる人、多いんですよね。その立場の自由さや、災厄と言われる強さを持っているから、敵対しない。そう考える人は本当に多いんですよ。……で? 立場優先なルーカスに何ができたと? 私がルーカスのことを『生真面目』と言ったのは、それが理由です」
私はキヴェラが気に食わなかった。
セシル達は祖国と自分達の自由を勝ち取りたかった。
他国は横暴なキヴェラの弱体化を望んでいた。
復讐者達はキヴェラに一矢報いることを願っていた。
その結果が、キヴェラの敗北。『キヴェラを敗北させた者』という称号は、関係者達の中で私が一番、影響を受けないだろう。
ぶっちゃけ、『元から災厄扱いだから、意味がない』。過去に存在した魔導師がやらかしているため、大半の人達は『魔導師って、やっぱり災厄』程度の認識しか抱かないともいう。
セシル達は論外だけど、他国がキヴェラを陥れたように思われるのは宜しくない。復讐者達とて、自分達が大したことをしていないという自覚がある以上、過剰な功績は拒否するだろう。
様々な要因の結果、『魔導師がキヴェラを敗北させた』となっただけなのですよ。キヴェラが滅びていない以上、この一件に対する報復を退けられるような奴じゃないと困るしね。
「そう虐めてやるな、魔導師よ。そなた、こやつらを全く知らんだろう? 一方的に『ルーカスを見下す資格はない』というのは、どうかと思うぞ?」
「いえ、証拠ありますし」
「なんだと……?」
キヴェラ王が視線を鋭くさせる。もう睨み付けていると言ってもいい表情だが、私は臆せず、肩を竦めた。
「だって、キヴェラは『交渉において敗北し、領地を取られた』でしょう? 貴方はルドルフに謝罪をしたけれど、領地の交渉に当たったのは貴方以外」
「……! そなた、見極めを兼ねてあのような条件を言い出したのか!?」
「再戦の可能性がありましたからねー、あの当時。その場合を踏まえ、キヴェラにどの程度有能な人がいるかを把握しておきたいじゃないですか。私がキヴェラに対して使ったものが『情報』である以上、そちらを警戒しますよ。武力ならば、何とかなりますもん」
戦闘ならば、ある意味、楽だ。異世界の知識を持ち、それを前提にした魔法を使える私の方が、遥かに有利なのだから。
だが、情報戦や交渉となると、一気に不利になる。元から身分で負けているため、相手の言葉を引き出し、言質を取る以外に方法がない。
それに。
……もう一つ、証拠紛いがあるのよね。それを証拠とするには弱いので、『領地を得るための交渉で見極める』という手段に出たともいう。
「ゼブレストではクレスト家、イルフェナでは第二王子の魔王様、アルベルダにはグレンがいますし、カルロッサは宰相閣下でしょうか」
「……? 彼らがどうかしたのか?」
「共通点は『王でも、王太子でもないのに、他国から恐れられている人達』ですよ。キヴェラは王である貴方が有名ですが、それ以外にいます?」
予想外だったのか、ほんの一瞬、キヴェラ王は目を見開いた。そして、苦悩するように固く目を瞑る。
悔しいし、反論したい気持ちもあるだろうが、即座に言葉が出ない……といったところか。キヴェラ王がそういった噂を知らないとは思えないので、私の言い分を信じてもらえるだろう。
側近の皆様に至っては、完全に沈黙してしまっている。口を開こうにも、言葉が出てこない……そんな人が何人も見受けられた。
少なくとも、彼らには『偉大なるキヴェラ王と共に、苦難の時を乗り切った側近』という、自負があったはず。それらを木っ端微塵にして申し訳ないが、その割には彼ら、有名じゃないんだよねぇ。
ねぇ、今どんな気持ち? 否定する要素があるなら、教えてよ。
貴方達に、ルーカスを見下すだけの実績はあった?
「そうそう、魔王様はあの当時、『弟王子達はまともなはず』とは言っても、『ルーカス以上に、弟王子達は優秀だ』とは言わなかったんです。弟さん達自身もそれに気づいていたから、兄上様を慕っているんじゃないでしょうか」
「……」
「ルーカスを慕って、華やかな未来を捨ててまで付いて行く人達といい、冷静に判断していた人達はいたんじゃないですかねぇ?」
ただ、その言葉に貴方達が耳を傾けなかっただけで。
そう付け加えると、キヴェラ王はテーブルの上で拳を固く握る。
……こんな反応をする以上、弟王子達から言われたことがあったとみた。ただ、弟王子達は彼らを納得させるだけの証拠を用意できなかったのだろう。弟王子達の年齢も、それに拍車をかけたのかもしれない。
それではトドメといきましょうか!
「ああ、もう一つありました! 私がルーカスを『正統な後継者』と言った理由。これ、貴方達にも納得してもらえますよ」
ポン、と手を叩き、私は笑顔を側近の皆様に向けた。ちらっと視線を向けると、嫌な予感でも覚えたのか、サイラス君の顔が引き攣っている。
「ルーカス、魔王様やゼブレストの宰相様と怒鳴り合いができるんですよ。勿論、怯えずに。私とも殴り合う勢いの喧嘩ができます。つーか、コルベラでやりました。しかも、恐怖で心が折れてない」
『はぁ!?』
「コルベラにルーカスを向かわせた時か!」
「そうです。証人は沢山いますから、好きなだけ確認してください」
即座に反応したのはキヴェラ王。サイラス君は予想外だったのか、呆気に取られて固まっている。
マジだぞ、サイラス君。ルーカスは魔王様の威圧や宰相様の眼力、そして世界の災厄が相手だろうとも、ビビらなかったのさ。
元からの性格なのか、王族としての矜持なのかは判らないが、ルーカスは無謀とも言える根性をお持ちなのである。
「私がキヴェラにルーカスを連れて来た時、大半の人はビビってましたよね。まともに話せたのは、王様、騎士団長さん、王妃様と側室様方……くらいでしょうか? まあ、『世界の災厄』と称される魔導師が敵意も露に乗り込んで来たら、普通は怖いと思います」
「いや、アンタは見た目に威厳がないんじゃ……」
「サイラス君、ステイ! 余計なことは言わんで宜しい!」
煩いぞ、玩具。少なくとも、あの状況はキヴェラ側にとって『恐怖の一幕』だったんだってば!
「本人の性格とか、状況はともかく、『本能的な恐怖にすら、屈することがない』って、ある種の才能では? いくら賢王と呼ばれようとも、穏やかなばかりでは嘗められますよ? ちなみに、証拠は私。見た目だけだと、全く、これっぽっちも、相手にされません。物騒な噂満載だからこそ、魔導師と判った時の反応が凄い」
最後の方は半ば、ジト目になっている自覚はある。ええ、ええ、マジで相手にされませんとも! 立場を証明してくれる人がいなければ、『間違って城に迷い込んじゃった、身の程知らずのアホの子』ですよ……!
口にしなかったことも察したのか、衝撃から立ち直ったキヴェラ王が、気まずげに視線を泳がせる。
「ま、まあ、そなたはなぁ……。良いではないか、『魔王殿下の黒猫』と呼ばれているのだから。よく飼い主にじゃれていると聞いているぞ? 見た目から部外者扱いされても、仕方なかろう」
「慰めているのか、納得しているのか、判断に迷うことを言いますね!?」
「エルシュオン殿下自身が言っているからな。……その、『ちまい』やら、『寸足らず』と」
……。
何 を 言 っ て や が る ん で す ? 魔 王 様 ?
私の微妙な評価は、魔王様にも原因があったようだ。っていうか、何を他国の王に言ってるんですか!?
酷くね? 超できる子の私に対してその評価って、酷くね!?
特に『寸足らず』って、何さー!? 身長差が、そのまま手足の長さの差だからって、わざわざ広めることないじゃん!
「人種の差! 人種の差ですからね、それ!」
「アンタ、保護者にまでアホの子扱いですか……」
「煩いよ、玩具」
「まだ言いますか、アンタ」
お互い、ジトッとした目のまま見つめ合う。サイラス君はキヴェラの現状にある程度納得していることもあり、ダメージが少ないようだ。この場で私に言われるまでもなく、ルーカスへの態度を反省していたことも大きいに違いない。
そんな私達を見て、キヴェラ王が何とも言えない表情になった。
「仲良くなったものだな、お前達」
「へ、陛下!?」
……。
あの、キヴェラ王? 敬愛する貴方にそんな風に言われると、サイラス君、マジで泣いちゃいますよ?
『キヴェラって、王以外に有能な人いたっけ?』と、心を抉る主人公。
イルフェナへのお土産代わりに、交渉による農地の譲渡を提案したのは主人公ですが、
個人的な目的はこれでした。
報復が来ると思っていたため、必要と判断。……が、キヴェラ王が予想以上に有能だったため、
これまで暴露する必要がありませんでした。
そして、無自覚のキヴェラ王にチクリとやられる主人公。真の敵は親猫様でした。
※活動報告に魔導師20巻と、ダンジョン生活。書籍化のお知らせがあります。
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』は毎週、月曜日と木曜日に更新されます。
宜しければ、こちらもお付き合いくださいね。
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