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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
ゼブレスト編
35/699

帰り道の雑談

「……で、何で『紅の英雄』の情報が制限されてるの?」


 あれから二人の服を乾かし、現在は馬車で王宮へ向かう途中。

 ……うん、側室が後宮から出てたら問題だよね、普通。姿をできるだけ見せないようにとの将軍の配慮です。

 特別豪華な馬車ではないので目立ちません。身分を気にする必要も無いので全員一緒に乗ってます。

 アロイスは私とリュカの足元に転がってる所為で踏まれてますが。必要ないよね、気遣いなんて。

 で。

 折角なので『紅の英雄』について英雄御本人に質問中。クレスト家の騎士ってことになってるんだからクレスト家は情報隠蔽の協力者か発案者とみた。なんで隠すのさ?


「私には少々事情がありまして。それもあって陛下の専属護衛という立場だったのですが……」

「専属護衛? 近衛じゃなくて?」

「クレスト家は王家の分家のようなものなのですよ。代々、宰相などの重鎮や将軍職に就き王を支える立場にあるのです。ですから正規の騎士でなくとも王族の護衛に就くこともあります」


 なるほど。クレスト家の当主は大物貴族として政治に参加し、その血縁者は別の形で王を守る立場になるわけね。だから貴族連中がクズでも王が無能でも国は何とかなったわけですか。


「王が戦場に行くなどできるはずもありませんし、視察という形でルドルフ様が戦場に赴かれたのです。まさか敵の魔術師団が接近しているなど思いもせず」

「ふーん……情報操作された? 自国の貴族に」

「さあ? どうでしょう」

「ルドルフの親友としては許し難いわねえ?」


 そんなタイミングで来るだろうか? だが、セイルは曖昧に微笑むだけである。

 ま、今でも生きてたら私が潰すけどね。もう居ないかもしれないけどさ。


「魔法を撃ち込まれればルドルフ様もただでは済みません。逃げる時間だけでも稼げればと思ったのですが、ルドルフ様の言葉にもう一つの可能性を見出しました」


『魔術は詠唱が必要だろう? 途中で止めさせれば撃てないんじゃないか』


「誰もが思い実行できなかったそうですが……私は思いました。魔法による攻撃が始まる前に喉を潰せばいいのではないかと」


 それは賭けだったろう。見付からずに接近できれば確実に潰せる、だけど。


「幸い、という言い方も妙ですが。敵の意識は我が軍に向いていました。当時、私は騎士服を着ていませんでしたから見付かっても逃げ遅れた旅人程度の認識だったでしょうね。外見も相手の油断を誘ったと思います」

「つまり今より華奢でその顔だったから女に見間違えられて懐に入り込めたと」

「……。不本意ながらそうだと思います」


 そういう使い方もあるのか。美人顔って使えるな、おい。私がやっても無理だと断言できるぞ!?

 ……。

 何となくムカついたので軽く頬を抓ってみる。笑顔のままなのが敗北感を誘いますね!

 ……リュカ、慰めてくれなくていいから。これと同系統の顔立ちをあと三人程知ってるから!

 全員、男だが。あれ、美女はどこいった?


「話を戻しますね。それで魔術師達が攻撃に移る前に喉を狙って切りつけたんです。殺すというより声を出させない為という認識が強かったですね」

「うん、それ正解。魔術師で術を複数制御できる人は多分居ないから。詠唱中断して結界張ろうにも間に合わないし、そこまで近いと味方を巻き添えにするから魔法も撃てないよ」

「ええ。ですから私は剣を振るうだけで良かった。元々、私は力押しではなく素早さを活かし先制するタイプでしたから」


 それで正確に喉を狙うってのも凄いんじゃなかろうか。リュカも誉めてたし。

 ちら、と視線を向けるとリュカは尊敬の眼差しでセイルを見ている。……やっぱり。


「返り血を浴び過ぎた所為で私の全身は紅に染まっていました。ゼブレスト軍からは紅い人物が魔術師を殺しているように見えたんでしょう。一旦、川に入って血を洗い流し身支度を整えた時には既に噂になっていましたよ」


『赤い髪に黒い服を来た男が魔術師達を全滅させた』

『あれは誰だ! 騎士じゃないぞ!』

『戦場に居るならば傭兵じゃないのか?』


「我が国は当時かなり追い詰められていました。もしここで『英雄』が現れれば全てを押し付けてしまいかねない程に。それを憂えたルドルフ様と事情を知るクレスト家の御当主が噂を利用したんです」


『一人に押し付けるのではなく、我が軍が勝たねば再び攻められるだけだ』

『セイルだと公表すれば貴族達の格好の的になるだろう』


「国を立て直さねばならない時に権力争いなど破滅を招くだけです。王が押さえ込めればまだ何とかなったのでしょうが」

「ルドルフは年齢的にまだ政治に深く関われない。セイルの守りにも不十分だったってことね」

「ええ。ルドルフ様は当時から王より国を守ってらっしゃいました。これ以上の負担を掛けさせる訳にはいきませんでした。だからこそ『紅の英雄』は作り上げられた」

「クレスト家に属するなら顔はバレないし、貴族からも守られるものね。ついでに国の立て直しに英雄は必要だったでしょう、民は英雄譚が好きだから」


 『英雄』という存在がもたらす価値を利用したのだ、セイル達は。隠す事によってそれは更に価値を増す。

 英雄に思いを馳せる人々の想像力は苦難を強いられる現状を大いに慰め勇気付けただろう。


「で? セイル自身は人に怖がられるのが嫌だった?」

「私より周囲が気にしまして。私が躊躇い無く殺せるのは事実ですから」


 何だか英雄本人は随分と淡々としているような。事情は知らんが何処か歪んでいるような印象を受けるね、セイルは。


「その後私は正式に騎士となりました。誰も私を英雄だと思いませんでしたよ、年齢的なこともありますしね」

「立場無いもんね、騎士さん達」

「ええ。ですからミヅキ様のように気付かれる方の方が稀なのですよ」

「例外ですか、私」

「本能というか野生のカンで血の匂いを嗅ぎ取る人は極々稀にいましたが……」

「あ、それ違う」

「え?」

「私が気付いたのは穏やか過ぎるから。誰からも印象が同じなんて意図的にそう見せている以外無理でしょ」


 えーと。ここまで言ってもらって何ですが、私が気付いたのって『セイル=警戒対象』くらいですよ?

 王宮で騒ぎを起こした時の情報収集でセイルが『誰にでも穏やか』って気付いたんだし。

 無駄に目敏いし、常に穏やかで内面見えんし、あの年齢で将軍でしょ? 普通じゃないって!

 何て言うか……あれだ、ヤンデレキャラに近いヤバさ。あんな感じ。


 怒らせたらヤバくね?

 うっかり気に入られたらヤバくね?

 好意も敵意も一歩間違えれば惨殺ルートに行きそうな定番キャラ。


 英雄事情を知った今となっては杞憂でしたけどね、これがマジだったら全力でフラグ折らなきゃ命の危機です!

 ツンデレは無害だけどヤンデレは怖い。リアルは絶対に求めません。


 ……という異世界文化を語ってみたら二人に無言で冷たい視線を貰いました。

 特にセイル。微笑んだままなのが、いと恐ろし。

 うん、ごめん。それは素直に謝ります。心の中では絶賛土下座中。

 未だセイルに『自己防衛してたら最強の騎士になってた』というBL疑惑を抱いたことを隠している身としてはこれ以上の秘密は要らん。


 その後。


「ああ、そろそろ着きますね」

「セイル、いい加減下ろして」

「いえいえ、折角ですからフラグとやらを立ててみましょう」

「私は側室……」

「それは仮の立場でしょう? どうせなら英雄の恋人になってみませんか?」

「架空の恋人はお断りします」

「では、私が皆の前で求婚を……」

「国中の年頃の娘さん達を敵に回せと!? 嫌がらせに自分を使うの止めようよ!?」

「お二人とも……状況と場の空気が合ってませんよ」


 あれからセイルの膝に座らされております、私。

 微笑みの将軍様、いつもより近い位置にあるお顔はとっても綺麗ですがひしひし寒気を感じるのは何故でしょう……?

 怒ってますか、そうですか。

 英雄様、心が意外と狭いのですね? どうせなら広い心を持つ大物になってくださいよ。

 リュカよ、怯えるくらいなら止ーめーさーせーてー!


「くっ……! 二人でイチャつかないでくださいよ! 俺だって……」


 おい、そこか。気にするのはそこなのか。


「私やミヅキ様を恐れない逸材だと思っていましたが、中々に楽しい性格なのですね?」

「楽しくて頼もしい奴です、騎士志願者なので部下にどうですか?」

「私からも陛下に推薦しておきますよ」


 リュカ君、騎士になれるみたいだよ? 良かったね! アロイスに八つ当たりしてる場合じゃねえぞ、話を聞け?

 ……ではなくて。

 怯えてたんじゃなくて羨ましかっただけか。私と代わる? 英雄様の膝の上だぞ?


「ミヅキ様?」


 ごめんなさい。だから笑顔を向けるな、心を読むな、怖いから。


※※※※※※


「……で? お帰りと言った方がいいか? それともその状況の原因を聞いた方が良いか?」

「下ろせと命令してやって」

「面白いからそのままで」

「人が必死に帰ってきたのにそれかぁぁぁ!」


 あれから。

 裏方から後宮に入り――誰か亡くなったり人目に付くと都合が悪い時の為の入り口があるそうな――誰も使っていない一室でルドルフ達に迎えられた。

 ええ、その生温い視線の理由も判っていますよ。将軍様にお姫様抱っこされてるからですね!


「安心しろ、ミヅキ。その状況に誰も微笑ましさなんて感じてないから。セイルに無理矢理引き摺って来られたんだろ? 今更じゃないか……で、何をやった?」

「池に二回ほど落として脱色した」

「脱色?」

「赤い汚れを落としたの!」


 すい、と宰相様が目を眇める。


「紅の英雄に会ったのですか」

「会ったよ? それが何か? ああ、事情は本人から聞いたから知ってる」


 それが? と首を傾げる私に宰相様は困惑したようだった。その肩をルドルフが笑いながら叩く。


「ほらな! ミヅキなら大丈夫だって言っただろ?」

「しかし、ミヅキ様のこの状態は……」

「ああ、それとは別件。セイルに美人だとかヤンデレ疑惑があったとか言ったら怒って絶賛嫌がらせ中なだけ」


 ね? とリュカに視線を向けるとリュカは大きく頷いた。


「自業自得です。将軍は貴女の玩具じゃないんですよ?」

「弄ばれたので責任を取ってもらおうと求婚したのですが。次点で英雄の恋人の地位をお勧めしてみました」

「人聞きの悪い! 善人面して内面真っ黒なセイルが一方的に被害者になるわけないじゃない!」

「おや、常に誠実であったと思うのですが」

「ミヅキ……セイルが物凄く楽しそうじゃないか、正直に話せ?」


 弄ばれた人間がそんなに楽しそうなわけなかろうが! ルドルフも煽るんじゃない!

 ……あれ? 宰相様が固まっている。おーい、どしたの?

 皆の視線が集中する前にルドルフは宰相様の肩を再度叩き我に返らせる。お疲れなのだろうか、やはり。


「悪いな、俺達も疲れてるところにミヅキの誘拐があったんだ。しかもセイルが冗談言うなんて珍しいものを見た所為で思考が付いて行かないんだろ。な、アーヴィ?」

「え? ええ、セイルがそのように楽しげなのは初めて見ましたから」

「寂しい奴ですね。鍛錬がお友達ですか」

「アーヴィは仕事が恋人だけどなー」

「ルドルフ様っ! ミヅキ様共々ふざけるのはお止めください!」


 戻った。凄いな、ルドルフ。宰相様の扱いをよく判っている。

 日常がそれではあまりに不憫では、などと声に出さず同情しているリュカよ、お前もそのうち同類だ。

 ああ、そうだ。ついでに渡しておこう。


「ルドルフ、これ戦利品。……リュカ!」

「はい。 陛下、これをお受け取り下さ……!?」


 ドン! とリュカをルドルフの方に突き飛ばす。

 リュカはバランスを崩すも何とか持ち堪えてルドルフへ倒れ込むのを防いだようだ。

 ふむ、上出来。


「ミ……ミヅキ様? 陛下に怪我をさせたらどうするんです!?」

「だから戦利品」

「ですから、お渡ししようと」

「戦利品? ああ、なるほど! こいつごと受け取れってことか!」

「うん。私と意気投合して脱出を手伝ってくれたのも、証拠を探して持って来たのも、そいつを拘束してここまで運んできたのもリュカだから。騎士になるには十分な資質でしょ?」

「紅の英雄と会って尚、変わらぬ態度をとれる人物ですよ。私からも推薦させていただきます」

「ルドルフに対する忠誠も今ので十分でしょ? 普通なら倒れ込むけど回避もしたし」

「部屋に入ってからの行動を見る限り素質十分と思われます」


 そう、ここで私に対して怒るなら『王に怪我をさせるかもしれなかったこと』に対してだ。間違っても自分が突き飛ばされたことに対して怒っちゃ駄目なのだよ、優先順位があるのだし。

 今まで一歩退いて会話にさえ加わらなかったのも騎士として正しい態度。これまで仲良くしていようとも、こちらから問わない限り会話に加わってはいけない。

 最後に突き飛ばしたのは自分よりルドルフを優先できるか見る為だ。


 テストはこの部屋に入った時から始まっていたのだよ、リュカ。誰も何も言わなかったからこそリュカ自身の対応が皆の目にそのまま映る。

 でなきゃいくら将軍や私の推薦があろうとも騎士には認められないでしょ?

 事前に念話していたルドルフだけじゃなく宰相様や護衛の騎士達も納得したようだ。

 実力での採用確定おめでとー、リュカ。


「ふむ、確かに。今はまだ粗いですがこれからに期待できそうですね」

「じゃあ、とりあえずセイルの部下ってことでいいか? ミヅキに付き合える奴なら何処でも大丈夫そうだし」

「ほ……本当ですか!? ありがとうございます!」

「セイルは厳しいからな、しっかり励めよ」

「はい!」


 おお、宰相様も話に乗ってきた! ……人材不足だもんなー、今。有能な人材はいくらでも欲しいというのが本音だろうよ。胃薬は足りてますか、宰相様。

 と、そこへ澄んだ笑い声が響いた。


「ふふっ、楽しいわね! 陛下、ずっと私を仲間に加えてくださらなかったことを恨みますわよ?」

「ああ、済まないな。 カルリエド伯爵夫人」


 騎士達の陰に隠れるようにして立っていた女性が笑い声を上げている。ベールを被っているから顔までは判らないけどルドルフと親しげな様子だ。

 加えて私の現状に何の疑問も抱かないのですね、いいのか?

 唐突な紹介にぱちくりと瞬きをした私に対しセイルは何やら腕に力を込めたような?

 女性はゆっくりと私達の前に進み出ると優雅にお辞儀をした。


「初めまして、ミヅキ様。お噂は聞いておりますわ」

「えーと。こちらこそこんな状態で申し訳ありません」

「構いませんわ。貴女が悪いのではなく、その男が悪いのですもの」


 あら、珍しい。セイルに対し良い感情を持っていないようです、カルリエド伯爵夫人は。

 セイルも穏やかな微笑の影に黒いものが見え隠れしているね。仲が悪いのか?

 それにこの声って……。


「いい加減になさいな、セイルリート将軍? 女性の体に無闇に触れるものではありませんわ」

「おや、淑女とは言い難い貴女に言われるとは」

「あらあら、いっそ貴方もドレスを纏えば宜しいのに。きっとお似合いよ?」

「御冗談を。貴女も相変わらずですね、嫁ぎ先の苦労が偲ばれます」


 ……。

 冷戦をするなら私を放してからにしてくれないだろうか?

 困ってルドルフ達を見ると宰相様共々首を横に振った。諦めろってことかい。 


「ごめんなさいね、下らない事に気を取られてしまったわ。私は――」


 一通り嫌味を言い終えるとカルリエド伯爵夫人はゆっくりとベールを取った。

 

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