気遣いは更なる悪戯を招く
――アルベルダ・グレンの館にて
キヴェラ行きは、ウィル様経由であちらへと伝えてもらった。なお、ウィル様もさすがに今回ばかりはキヴェラ王が気の毒になったのか、労りの言葉を向けたらしい。
まあ、そうですね! 『父親の次は、愚妹と愚姪かよ! 辛いな、おい!?』とでも言いながら、肩を叩いてやりたい心境になりますよね!
だってさぁ……今回、キヴェラ王は欠片も悪くないじゃん?
妹を公爵家に嫁がせ、王家の血を残そうとしたこと自体はキヴェラ王の采配だろうが、当時の状況を察する限り、これは正しい選択だろう。
何せ、リアルに兄弟達が戦狂いに殺られている。『一族郎党全滅はやべぇ!』となるのも無理はない。
戦狂いが他国に残した傷跡、その影響を見る限り、奴は今後のことなど欠片も考えていなかったに違いない。それくらい強烈というか、キヴェラ滅亡を狙っていたとしか思えん。
まあ、産まれる場所を選ぶことは誰にもできないので、そんな奴が王家に生まれてしまったこと自体が間違いなのだろう。周囲の状況というか、時代も彼には味方しなかった。
これが二百年前の大戦時ならば、戦狂いは『数多の戦で無敗を誇り、己が血縁にも弱者であることを許さず、国を強国に仕立て上げた英雄王』とか呼ばれていたと思う。
要は、『大陸が平和過ぎた』ということなのです。王には国を治めたり、当時の情勢に合った才覚だけではなく、時代や空気を読む能力も必須ってこと。
他の能力――有能なブレインがいたのか、本人にその能力があったのかは不明だけど、政はきちんと成されていた模様――は問題なかったようなので、戦狂いはそういった能力のみ、欠如していたのだろう。
あれだ、『顔と身体能力のみに栄養を奪われ、頭は空っぽのまま』というジーク。彼を思い浮かべてもらえば、そのヤバさが判ると思う。
ジークが比較的問題を起こさないのは、家族とお世話係なキースさんのお蔭である。その涙ぐましい努力があってもあの状態なので、彼の周囲に『我らの故郷は戦場よ!』を地で行く同類が揃っていた場合は……ねぇ?
戦狂いには周囲に賛同者がそれなりにいたため、ああなってしまったのだろう。ストッパー大事、超大事!
で。
そんな感じにキヴェラ王と国の上層部『には』同情しているというか、理解を示した私達だけど、元凶達を許す選択なんて存在しないわけでして。
当然、『やっちゃえー♪』となったわけです。なお、これには魔王様とイルフェナも同意した。
……キヴェラがどういった状況だったのかを、魔王様へと説明したのだよ。これらは新しい情報な上、イルフェナでは得られないものだったしね。
私が個人的に保護者へとチクった……という方法を取っているため正式な情報の共有ではないが、ウィル様に一筆書いてもらうことで、イルフェナには納得してもらえたようだ。
これにより、『キヴェラは変わる気がない』といった疑惑は一応晴れた。晴れたんだけど……イルフェナからもまあ、その、『元凶は殺るよね?』という期待が寄せられているというか。
当然、実行要員は私であ〜る! どうやら、イルフェナから秘密裏にGO! サインをいただいてしまった模様。私は非公式ながら、獲物を狩れと命じられたっぽい。
お任せください! 唯一の心配事こそ、我らの動きを知ったイルフェナの反応でしたから!
魔王様が不利益を被らないならば、怖いものなしですわ……!
……。
いや、割とマジにそれを心配してたのよね。魔王様は自分が庇護していた商人達が被害者だから退かないだろうけど、私を報復に向かわせた責任を自分で負いかねないしさ。
折角、『魔王殿下』から『親猫様』という認識になってきたのに、元に戻ることないじゃない!
これ、『やったことが正しいか、正しくないか』という点を踏まえた判断ではない。問答無用に、『庇護する商人達への所業に怒り、元凶どもを潰した』という意味に取られちゃうのだ。
特に、詳しい状況を知らない第三者はそう思ってしまう。恐ろしげな噂が浸透しているため、勝手にそう捉えられちゃうんだよねぇ……噂とか数の暴力って、恐ろしい。
その後は再び無責任な恐怖伝説が囁かれ、魔王様自身が怖がられるだろう。特出した能力を持つ人が、魔導師や最悪の剣を率いているのは、事実なのだから。
今とて、無関係な国や貴族達が『魔導師が野放しになっている』という情報を得ていた場合は、魔王様の関与が疑われるに違いない。私への過保護っぷりが浸透したゆえの弊害、というやつだ。
そんな事態を想定し、私は手をすでに打っている。正しくは、イルフェナ在住の『彼ら』に依頼しておいた。
『魔王様が悪く言われないよう、情報操作宜しく!』
『了解した。商人と懇意であることも嘘ではないし、お前が暴れても今更だ。止めるエルを振り切って行ったとしても、不思議はあるまい。……現時点でエルがお前の捜索をしていない以上、その可能性も噂止まりだがな』
『感謝! 私の悪評は気にしなくていいよ。つーか、恐怖伝説は歓迎だ』
……なんて遣り取りが、私とクラウスの間で行なわれているのだったり。
異世界人である私一人が悪く言われようが大したことはないし、魔導師が恐怖の代名詞であることも今更じゃないか。
そもそも、私は元から隔離生活である。しかも、その場所は『あの』翼の名を持つ騎士達の巣窟。噂があっても、確認のしようがない。
何より、日頃から魔王様が唯一のストッパー扱いをされているので、私がお叱りを受けたとしても、魔王様や騎士寮面子と引き離されるということには絶対にならない。……ヤバイから、面倒みさせとけ! 的な意味で。
勿論、騎士寮面子は私とクラウスの遣り取りを知っていることだろう。知らないのは、魔王様ただ一人。
大丈夫! 騎士sがおかしな態度を取って、魔王様に不審がられない限りバレないから!
全てが終わった後にバレても、広まり切った噂の訂正なんて無☆理♪
その後に皆揃ってのお説教が待ち受けていようとも、私達的にはこれが正しい行動なのだ。適材適所という言葉の通り、異世界人であることを活かせる私が動くだけ。
その私が『魔導師』というジョーカー的存在であり、各国に人脈を持っているからこそ、攻撃手段は多種多様。
今回のキヴェラ訪問とて、表向きは『サイラス君を訪ねたついでに、キヴェラ王にご挨拶』となっている。
『キヴェラに行くね! サイラス君を訪ねたついでに見学していた王城で、【偶然】会議でもしていたキヴェラ王と国の上層部の皆さんに見つかり、【世間話をしたついでに】今回の元凶のことが語られたってことにするから!』
こんな感じに、キヴェラには伝えてある。『わざわざ元凶達のことを聞きに行くんじゃないの。今回のことを相談に行くわけでもないよ。偶然! 偶然ですからね!』という建前で通す。
その結果、私がキヴェラ王と共闘することになるだけだ。共闘の事実=キヴェラ王は私の報復の後ろ盾ということなので、無許可で国の後ろ盾があるように匂わせた公爵家が相手だったとしても、十分に遣り合える。
キヴェラの利点:今回のことに怒ってます! 的なアピール。
私的利点:キヴェラ王直々に報復の許可を貰ったため、提示された条件に添えば、お咎めなし。
今回はこれを狙う。今後のことを考えると、これがベストな状況だろう。『キヴェラ王が適切に動いたから、魔導師の被害が最小限で済んだ』ということにもなるので、キヴェラとしてもこれが落としどころだ。
後は被害に遭った商人さん達にも納得してもらいたい。報復と謳っている以上、彼らを無視するのは拙かろう。
というわけで。
本日、イルフェナからこっそり、今回の被害者たる商人さんに来てもらいました! その内の一人は、私がお世話になっている商人さん――翼の名を冠する人達――のお兄さんなんだって。
お兄さん曰く、『弟は商人と騎士になる夢の両方を叶えた努力家なんですよ』とのこと。お兄さん自身も代々商人という家を継ぎながら、国への忠誠心を第一に動く弟を応援してくれているそうだ。
そんなお兄さんは、弟から見ても尊敬できる人物――商人としても、兄としても――らしく、兄弟の仲は良好。
どうりで、私に対する偏見がないと思った。私がお世話になっている商人の小父さんが弟だから、魔導師の真実(意訳)を聞いていたわけですね!
「いやはや、魔導師様にもご迷惑をおかけするとは……」
そう言いつつ、お兄さん――イルフェナから来た商人が頭を下げる。それに対し、私はひらひらと手を振って『気にするな』とアピール。
「いえ、私をアルベルダに放り込んだのは魔王様ですから。というか、お世話になっている小父さん達からも頼まれているので、ご恩返しができて何よりです」
ええ、マジであの小父さん達には頭が上がりませんよ。キヴェラと揉めた時から、色々とお世話になっていますもの。
そんな本音を隠して微笑めば、商人さんは嬉しそうに笑った。
「あいつは飄々としていますが、それが演技なのか、本心からのものなのか、私にも判らない時があるんですよ。ですが、周囲にそう見せながらも、立派にお務めを果たしている。兄として、私は誇らしいのです」
「あ〜……確かに、本心が見えない割に、鋭いことは言われますね」
ガニアでラフィークさんの妹一家を逃がす時も協力してもらったが、そうするだけの理由を私は求められている。気安い印象そのまま……という人達じゃないよね、あの商人の小父さん達。
「情報や商品を武器にするのが商人なのです。使いこなせる頭がなければ、周りに食い物にされるだけですよ。ほどほどの成功で満足するか、それとも大成することを夢見るか。失敗することもありますが、私は商売が好きですからなぁ!」
そう言って楽しげに笑う商人さんの表情に、嘘は感じられない。
ただ……そんな人達だからこそ、今回のことに対してお怒りなのかもしれなかった。
「そうそう、魔導師様は装飾品などに興味はございませんか? 今回、不要になってしまった物で申し訳ないのですが、こんな品があるんですよ。まあ、透明度が低いので、宝石としての価値はそれほどない石なのですが……」
言うなり、テーブルの上に幾つかの塊を置く。それらはローズクオーツに似ているが、もっと赤味の強い石だ。
綺麗なのだが透明度が低いため、宝石としての価値は低い模様。ローズピンクで綺麗なんだけどね。
「宝石、ですか?」
「ええ。ほら、あのご令嬢の名前が『ローザ』でしょう? 何でも、薔薇を好まれたお祖母様が名付けたそうで。ですから、バラを連想させるような石で装飾品を……ということだったんですがね」
苦笑しながら、商人さんは肩を竦めた。あ〜、確かにローザさんには似合いそう。赤みが強いピンクといっても、柔らかい感じの色合いだから、さりげなく彼女を飾ってくれたことだろう。
それが白紙に戻ったから、私にお勧めしているのだろうか?
「宜しければ、魔導師様に使っていただければと思いまして。勿論、お代は頂きませんよ。今回のお礼とでも思ってください」
「いえ、そんなわけには――」
「弟も魔導師様を案じていたのです……『装飾品に興味を示すようになれば、もう少し大人しくなるのではないか』と。……まあ、その、聞ける範囲で色々と弟から聞いておりまして……」
「……」
つまり、私は商人の小父さん達に心配されたんですね……?
『淑女とは言わん、多少でいいから女らしさを持て!』と。
言いそう。超言いそう、あの商人の小父さん達。
あの人達には翼の名を持つ騎士という立場もあるので、自分達が関わらなかったとしても、私がやらかした『あれこれ』を知っているのだろう。
その結果、お兄さんに頼んだわけだ……『お礼という形で、装飾品の一つでも持たせてやってくれ』と。高い物だと身に着けないだろうから、今回余ってしまった石が最適だったわけですな。
でも、御免なさい。この石を見て、良いことを思いついちゃった♪
「これ、いただけるんですよね?」
「ええ。加工などは私どもの抱える職人がいますから、お望みの形にできますよ」
確認のために問いかければ、ほっとした顔で頷かれた。興味を示したと思われた模様。
でも、残念! 興味は興味でも、私が持ったのは『報復の一環に使えるもの』という意味での興味だ。
「これ、今回の報復に使っていいですかね?」
「はい?」
「この石を使って、貴方も報復に参加しませんか?」
――貴方だって、自分の手で何かしたいでしょう?
くすくす笑いながら告げれば、商人さんは暫し瞬きを繰り返し。
「是非! それは楽しそうですねぇ。可能ならば、参加したかったのですよ。……実は私、幼い頃は弟以上の悪戯小僧だったんです」
いい笑顔で乗ってきた。ですよね、悪戯って楽しいよね……!
そうは言っても、私達はもう大人。お子様レベルの悪戯なんて、可愛いものにはしませんよ?
「あのですねー、この石を使って、こんな形で……。もう一つのお願いは……」
「ふむ、石が小さいですから、それほど時間はかからないかと。数もそれなりにできると思います。もう一つのお願いも心当たりがありますから、紹介できると思いますよ」
「じゃあ、こちらはお任せしても良いですか? 私はこれからキヴェラ王に会いに行きますから、その時にでも交渉してきます!」
「はは! 何だか楽しくなってきました……!」
大まかな役割を決めて、私達は固く手を握り合った。我ら、『悪戯を愛する会』(数秒前に発足)ですもの、ノリノリでやっちゃうぞ♪
商人の小父さん達、別方向に活かすけど、私への気遣いをありがとう!
元から考えていた報復に、更なる彩りができそうですわ……!
商人達の気遣いは別方向に活かされました。
猫に小判とはならないのが主人公です。
※Renta! 様にて、コミカライズが配信されています。一話は無料。
https://renta.papy.co.jp/renta/sc/frm/item/140181/
※『平和的ダンジョン生活。』は毎週、月曜日と木曜日に更新されます。
宜しければ、こちらもお付き合いくださいね。
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