災難? それとも好機? 其の一
――キヴェラにて(サイラス視点)
……仕事を終え、部屋に戻った俺の目に映ったのは――
「ん? え゛、ちょっと待て、これって……!?」
そろそろ耐性ができてきたように思っていた某災厄……もとい、魔導師ミヅキからの手紙だった。
一つ言うなら、こうして俺を巻き込んでくれること自体は、ありがたく思っている。情報も、事前の準備もなくミヅキにやらかされた場合、それが最後の一手になる可能性があるからだ。
魔導師ミヅキは冗談抜きに、結果を出す。
本人が自称するように、『できる子』なのだ! ……傍迷惑なことに。
まあ、話が判らない奴ではない。身分を振り翳すだけの無能な貴族達よりも、遥かに現実的な目を持っているので、交渉の余地を残しておいてくれる場合が大半だ。
要は『楽しませろ』ということなのだが、それが被害の軽減に繋がることも事実であるため、割と善意的に受け取られているのである。
……。
個人的には、ミヅキのそういった部分こそ、彼女のどうしようもないところだと思っているが。
だって、そうだろう? 『圧倒的に有利な状況で一気に叩き潰す』よりも、『逃げ道を用意した上で、相手が交渉に乗ってくることを望む』なんて!
ちなみに、これはミヅキの隠された優しさなどではない。単に、本人が言葉遊びや交渉といったものを好んでいるだけである。
怖いのは、『その交渉によって得たものにより、ミヅキがより有利になる場合がある』ということか。
『最高のエンターテイナー』などとほざくミヅキは、自分自身もそれを楽しむ側であるのだ。そのため、交渉相手は徹底的に己が言動に気を付けねばならず、言質を取られないよう、警戒せねばならなかった。
多くの者達はそれを『魔導師だから』と思っているようだが、絶対に違う。
あれは偏に、ミヅキの性格が悪過ぎるだけだろう。
自分の命がかかっていようとも、状況が不利になる可能性を秘めていようとも、ミヅキは『楽しむ』のだ! そこに巻き込まれた哀れな遊び相手こそ、その案件においての『敵』であり、『獲物』であった。
大変な自己中であり、その才覚を活かす方向性を間違った珍獣、それが魔導師ミヅキ。
あれを過去に存在した魔導師や、他の異世界人達と同列に扱ってはいけない。あまりにも、ミヅキ以外の者達が気の毒だ。
『必ず望んだ決着に持って行く』と評判の彼女は、実のところ、自分が楽しみたいだけであろう。それゆえに、飼い主であるエルシュオン殿下が軌道修正を担い、それなりの評価を保っているに違いない。
……で?
そんな『災厄予備軍からのお手紙』だぞ?
嫌 な 予 感 し か し な い だ ろ う … … !?
「はは……見たくない、見たくはないんだが! 俺が一度は読まなきゃならないんだよなぁ……」
何せ、騎士同士の恋愛(意訳)についての内容だった場合は人に見せられない。というか、元々はそういった事態に直面した時の相談窓口として、手紙用の転移法陣を貰ったのだから。
なお、キヴェラの騎士は男性のみである。ここらへんから、色々と察していただきたい。というか、誰だよ、あの本を書いた奴……!
「でもなぁ……ガニアのことが終わった直後だし、今はイルフェナでのんびりしているはずだろ? おかしいよな、絶対」
封筒を開封しないまま、指先で弄ぶ。何だかんだ言っても、ミヅキは飼い主に可愛がられているのだ……こんな時期に、あのエルシュオン殿下が仕事を任せるとも思えなかった。
「陛下も『子猫が手元に戻った親猫は、暫く過保護になるであろうな』と言っていたからな。陛下の予想が外れているとも思えん」
子猫=魔導師ミヅキ、親猫=イルフェナの第二王子エルシュオン。あまりにも可愛らし過ぎる喩えに、初めてそれを聞いた時は何の冗談かと思ったものだが、今では酷く納得していた。
ミヅキ自身が気づいているかは別にして、彼女は確かにエルシュオン殿下に守られているのだ。
俺も最初は気づかなかったが、ミヅキがあまりにも自由に動けること、そして彼女の評価を踏まえると、『誰かが常に目を光らせ、ミヅキの動きを阻害するようなものから遠ざけている』と判る。
というか、いくら実力至上主義のイルフェナでも、異世界人がそこまで好き勝手にできるはずがない。『ミヅキが強い』というより、『ミヅキとミヅキの協力者達が強い』のだろう。まあ、彼らを使いこなすミヅキも凄いと言えば、凄いのだけど。
「エルシュオン殿下関連ならば、ミヅキが動く可能性はある。あの騎士寮にいる者達とて、ミヅキの動きを支援するだろう。ん〜? どういうことだ? イルフェナで何かあったのか……?」
首を傾げて考えるも、思い当たる出来事がない。そもそも、ミヅキは異世界人なので、エルシュオン殿下が極力、政から遠ざける傾向にあった。その方針が……覆るほどの事態。
溜息を吐いて、封を切る。これはもう、読んでしまった方が早いだろう。予想外のことが書かれていたとしても、陛下ならば対処してくださるはず。
俺はこの手紙の内容を見極め、どうすべきか判断すればいいのだ。個人的なことでもない限り、俺は即座にこれを陛下へと見せるだけ。
俺如きの判断では、何が重要かまでは判らない。悔しいが、ミヅキの才覚は陛下に認められるほどのもの。同じ舞台に立てる者だからこそ気付くものもあると、俺は自分の経験によって理解できていた。
「さて、何が書かれているの……か?」
手紙を開き、ざっと目を通した直後。
「はぁっ!? ちょ、おい、嘘だろ!?」
俺はそれまでの覚悟も空しく、驚きの声を上げたのだった。
『やあ、サイラス君、元気かい? 私は今、アルベルダに来ているよ! つーか、魔王様のお使いなんだけどね!』
『ちなみに、その原因はアルベルダで起きた急な婚約破棄。婚姻一か月前の破棄とか、何を考えてるんだろうねぇ?』
『しかも! 婚約破棄をした男の方(実家含む)が、相手の家に全ての後始末を押し付けたんだよ!』
『クズだよね。愚かだよね。婚姻のために動いていた人達の努力を蔑ろにする行ないだよね……!』
『ちなみにね、その被害を被った人の中にイルフェナの商人達がいたんだよ。なお、彼らは魔王様の庇護下にある人達で、私とも顔見知りだ』
『相手の家、そして婚約破棄されたご令嬢が自身のことに構わず、誠実な対応をとってくれたから、彼女とその実家には怒ってないよ? これは商人さん達も証言してくれているし、魔王様も納得済み』
『そうそう、婚約破棄した男の方なんだけど。信じられないことに、近衛騎士だったんだって! ただ、実家も含めて、ウィル様の方針に反発しがちな家だったみたい』
『そんな奴からすれば、大国の公爵家のご令嬢との婚姻なんて、降って湧いた幸運だったんでしょうね♪ あまりに嬉しくて、一般常識とかを忘れるくらいなんだもの!』
『でもね、その大国のご令嬢もクズなんだ』
『だって、目を付けたはいいけど、男は婚約者との婚姻間近だよ? アルベルダ王女のクリスタ様が何度諫めても聞かず、挙句に男と婚約が調った際には、得意げに笑っていたらしいから』
『本人は【想いが叶ったことが嬉しくて】と言ったそうだけど、実際は【アルベルダ王家が屈したことにご満悦だった】らしい』
『なお、これはクリスタ様から直接聞いた。笑ったことに気づいたクリスタ様を見て言ったらしいので、多分、クリスタ様の解釈で合っていると思う。だって、ご令嬢にとってクリスタ様は【口煩く邪魔をしてきた王女】らしいから』
『当たり前だけど、クリスタ様はお怒りです♪』
『そしてこの一件に伴い、【キヴェラはやはり、傲慢なままなのでは?】という疑惑が浮上中。クズな男の実家とその取り巻きが増長したこともあるけど、キヴェラ側が【全く】筋を通さなかったから、仕方ないよね』
『大国の公爵家って、アルベルダで好き勝手できるんだー。へー、凄いねー』
『そんなわけで、私は魔王様に派遣されました。なお、クズ男の実家とその取り巻きの女どもは、私とクリスタ様が本日、現実を教えておきました。あ、でも大したことはしてないよ?』
『私が異世界スイーツをお茶会に提供して、【イルフェナの商人を蔑ろにした以上、今後は入手不可能になるね】って教えてあげただけ。私がいるのはイルフェナだもん、当然よね?』
『まあ、問題の人達が常識を知っていれば、その程度の展開は読めてるはずだよね! クリスタ様は【アルベルダ王家は大国の公爵家に劣ると、暗に言われてしまったのですから】と言っていたから、口を出すことはないと思う』
『ところでね?』
『最近さ、キヴェラのある公爵家のご令嬢が婚約しなかった?』
『キヴェラ王は国同士の蟠りを失くしていく方針を取るはずだったんだけど、おかしいなぁ♪』
『その言葉が嘘でなかった場合、キヴェラ王には貴族を押さえつける力がないってことになるんだけど、あの公爵家は判っているのかね?』
『つーか、キヴェラ王の姪らしいね? だから、キヴェラが後ろ盾になっているような言動ができたのかなぁ?』
『まあ、そんなことはどうでもいい。重要なのは結果オンリー、時間は元に戻せない』
『この一件、魔導師VSキヴェラの第二ラウンドへの予告ということで宜しいでしょうか?』
『なお、今回は魔王様もアルベルダのウィル様も止めません。グレンとか、怒り狂ってるしね!』
『私もね、少し反省したの。……やっぱり、過去の魔導師同様に、キヴェラを蹂躙しておくべきだったかなって』
『というわけで、次に会う時は敵かもね。敵になったら容赦しないから、覚悟するように!』
『じゃあ、またねー!』
『追伸・キヴェラ王がこの一件の詳細を知らない可能性もあるため、話し合いをしたければ【アルベルダ王家経由で】連絡すべし。それ以外は受け取らん』
「……いやいやいや、これ、絶対に拙い展開だろ。公爵家っていうと……あ〜……あれか!」
思い当たる公爵家は一つしかない。その娘の婚約が調ったとか聞いたような気がするが、特に話題になるようなことでもなかったから、詳しくは知らなかった。
つまり……『その程度の扱い』なのだ。その公爵家は。
それでも無下にできないのは、陛下の妹姫が降嫁されていることと、幾つかの事情が原因だった。ミヅキからの情報はありがたいが、キヴェラもそう簡単に該当する家を潰すわけにはいかないだろう。
思わず、かの家と問題の令嬢を思い出し、顔を顰める。陛下の頭を悩ませる存在など許せるはずもなかったが、個人的にもあの令嬢は苦手だった。
単純に、傲慢であればまだマシなのだ。あの令嬢は見た目が儚げなこともあり、非常に性質が悪かった。
自分に甘い親、そして取り巻き達を使って欲しいものを手に入れる『おねだり姫』。
陛下の姪であるため、表立って口にする者こそいないが、人の口に戸は立てられない。しかも、人の物を欲しがる傾向にあるため、被害者達は泣き寝入りである。
というか、『ある事情』のためにその公爵家を処罰するわけにはいかないため、被害者達も泣き寝入りするしかないのだ。
「あの女、それを判ってやらかしてるからな。公爵夫妻も可愛く甘えてくる娘に騙されてるし」
被害に遭わなければ、可憐で甘えたがりの可愛い娘なのだろう。見た目も相まって、公爵夫妻は娘に激甘なのだ。
まあ……そんな公爵夫妻だからこそ、戦狂いと呼ばれる先代様に目を付けられなかったようだが。それが望まれた状況とはいえ、常のキヴェラではありえないほど愚かな公爵であることは間違いない。
そんな親を利用することを思いつくあたりは、さすが公爵家に生まれた者といったところか。その野心を上手い方向に活かせるならば、他国の王族との政略結婚を任せられる逸材となったであろうに。
……だが、彼女にそこまでの才覚はない。いいとこ、悪党どころか、悪役止まりである。
そういった意味では、ミヅキの方がよほど徹底している。人を利用するにしても、その規模や影響が桁違い。
だからこそ、ミヅキは『怖い』のだ。一方的な利用ならば付け入る隙があるだろうが、相手の利点を提示した上で、共闘に近い状態に持ち込むのだから。
その結果、獲物認定された奴はじりじりと追い詰められていく。逃げ道を塞ぐことも同時進行で行なわれるため、哀れな獲物は追い込まれるのみ。
なお、そんなミヅキは未だ、『元の世界ではただの民間人だった』などとほざいている。嘘を吐くなと言ってやりたい、お前のような民間人がいてたまるか。
「とりあえずは……陛下に報告だな」
溜息を吐いて立ち上がる。今回ばかりは、全力疾走する気もなかった。
なにせ、そうしたところで迅速な対処は望めない。しいて言うなら、魔導師との話し合いの場を設けることくらいだろう。
「あ〜……魔導師殿、あの女を潰してくれないかな……」
ついつい口に出てしまうのは、紛れもない本音。
俺にとって最上位であり、敬愛する唯一の主。その方を悩ませる害虫に向ける情など、俺は一切、持ち合わせていないのだから。
サイラスにとっても要らない子な公爵令嬢。
彼からすれば当然なのですが、キヴェラ側にも事情があります。
※コミカライズの詳細を活動報告に載せてあります。
また、なろう様公式コンテンツ「N-Star」にて、連載をさせていただいております。
こちらは月曜日と木曜日の更新となっているそうです。
宜しければ、お付き合いくださいませ。
『平和的ダンジョン生活』
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