異世界産の猫達は逞しい
――グレンの館にて(グレン視点)
「今頃、クリスタ達は『楽しんで』いるんだろうなぁ」
のんびりと茶を飲んでいるのは、この国の王であるウィルフレッド。その口調にどこか『羨ましい』という気持ちを感じ取り、儂は僅かに顔を顰めた。
「……駄目ですぞ、陛下。貴方が出向かれては、女狐どもが尻尾を出しません」
「……。うん、今回の目的はそれなんだけどな。お前も容赦ないよな、グレン」
「ミヅキに狩場を提供したのです。興味本位で出向き、壊すような真似をするなど、無粋でしょうに」
しれっと返せば、陛下が生温かい視線を向けてくる。
そう、『狩場』。情報収集を終えたミヅキは本日、クリスタ様主催の茶会に参加しているのだ。
唐突な開催であろうとも、王女主催の茶会に否を唱えられる貴族などいるはずもない。何せ、茶会は貴族階級に属する女性にとって、情報収集と己が優位性を誇示する戦いの場。
そんな中、唯一の異端者がミヅキであった。異世界人ということも含め、ミヅキの立場は民間人なのだから。
当たり前だが、この茶会は罠である。
というか、主催のクリスタ様からして、ミヅキの協力者なのだ。
普通は貶められる対象にしかならないミヅキを、茶会に参加させることはない。それが一般的な認識ではあったが、ミヅキは各国に功績を持つ稀有な存在。
『各国に繋がりを持つ、異世界人の魔導師』であり、その本人を目にすることができる機会と吹聴し、参加者を『釣った』のだ。
なお、その仕掛け人はクリスタ様。……陛下の血は確実に、彼女の中に生きているのだろう。政略結婚の駒にしかならない王女では、こんな策は思いつかない。
――そう、今回の茶会は『クリスタ様が用意した』。
近衛騎士の実家の者達と彼らに味方する者達を、ミヅキに教えるためのもの。
これはミヅキが望んだことだった。『近衛騎士の実家とそいつらの味方を知りたい』と。黒猫は祟る範囲を当事者だけではなく、『邪魔をする可能性がある者達』にまで広げたのである……!
まあ、それも当然ではあるのだが。
『キヴェラの公爵家と繋がりがある家』という立場は、近衛騎士の実家を傲慢にさせるだけの威力を持っているのだ。今回の婚約破棄におけるアルベルダの対応も含め、彼らをつけ上がらせるには十分だった。
「儂は初めから、キヴェラへ抗議することを主張いたしましたぞ? それを聞かず、あのように腑抜けた態度を取れば、愚か者達が増長するのは当然でしょう」
今はまだ、いい。婚約破棄というスキャンダルが、貴族達を賑わわせているだけなのだから。
だが、近衛騎士の実家が増長し続ければ、彼らに群がる者達が出る。そして、一大勢力にでもなれば最悪だ。まるでキヴェラが後ろ盾になっているかのように吹聴し、陛下に盾突くようになるだろう。
「……愚か者など、黒猫の玩具にしてやればよいのですよ。ミヅキも思うことがあるようですしな? 黒猫が玩具を甚振る様を見れば、どちらに味方すべきが気づくでしょう」
「グレン、お前なぁ……。そりゃ、イルフェナに迷惑はかけたが、魔導師殿を利用するのはどうなんだ」
陛下はミヅキと懇意にしているため、ミヅキを利用する儂に思うことがあるらしい。複雑そうな表情のまま、けれど他に良い策も思いつかず……といったところだろうか。
そんな陛下の姿に、胸の奥が温かくなる。陛下にとってミヅキは『異世界人』という異端な存在ではなく、すでに『個人』であると気づかされて。
異世界人を利用しようとする輩が出るのは、その有益性だけが原因ではない。自分達とは違う存在……『利用できる駒』のように思われる場合もあるからだ。早い話、格下扱いされるのである。
だが、陛下は儂だけではなく、ミヅキも同じ人間として扱ってくれている。それは異世界人にとって、とてもありがたいことだった。一国の王の認識は、その配下達にも伝染していくのだから。
異世界人だから、魔導師だからと、ミヅキを特別な存在のように認識し、厄介事を押し付けようとする者達とて一定数は存在するのだ。ミヅキ自身がそれを知らない……いや、最低限しか関わらないのは、イルフェナの親猫が守っているからである。
『親猫の腹の下で守られる子猫』という表現は、異世界人の扱いを知る者達にとって非常に納得できるものなのだ。二人がじゃれている姿――大半が、ミヅキがエルシュオン殿下に叱られているもの――も相まって、それらの認識が浸透するのが早い。
また、愛情深い親猫はイルフェナの商人達に大変慕われていた。威圧があろうとも、彼が良い庇護者である以上、商人達には関係がない。
エルシュオン殿下は魔王などと恐れられていたから、商人達の存在は救いとなっていただろう。どちらも結果が全てという立場ゆえに、互いへの感謝を忘れないのだ。
そんなエルシュオン殿下だからこそ、今回の怒りは当然だった。
己が庇護下にあるということも当然だが、イルフェナは港町を抱える国……商人達の集う国でもある。イルフェナの商人達が軽んじられたなどと広まれば、彼らの仕事にも影響が出てしまう。見過ごせるはずはない。
勿論、権力を駆使してそんな噂を払拭することも可能だが、商売は信頼関係があってこそ成り立つという面もある。噂が払拭されても、『王族の後ろ盾があるから、強引な方法も取れる』などと言われるのは宜しくない。
その点、ミヅキは商人達とも面識があり、色々と噂のある魔導師でもあった。今回は強硬策を取るよりも、ミヅキに元凶どもを潰させた方が都合がいいのだ。
エルシュオン殿下とて、国を最優先に考える王族の一人……ミヅキを可愛がっていようとも、利用するのは当然のこと。そもそも、当のミヅキがそれを許しているのだから、何の問題もない。
「ミヅキは商人達と懇意にしているようですし、エルシュオン殿下が最善の手を打っただけだと気づいているでしょう。なに、儂らはミヅキの手助けをしてやればいいのですよ」
「まあ、それはそうなんだけどさ。……俺達も大概、魔導師殿を利用していると思ってな」
――お前の時と同じだ。結局は、異世界人を利用する輩と何も変わらない。
小さく呟かれた言葉に、陛下の憂いの理由を知る。なるほど、陛下は儂のこととミヅキの現状を重ねて落ち込んでいるらしい。
相変わらず、王族には過ぎるくらい善良な方だ。個人としては好ましい一面だが、それは時として彼を落ち込ませていた。まあ……そんな陛下の人柄が人を惹きつけるのだが。勿論、儂もその一人。
王に最も必要なのは優しさではなく、上手く国を回すだけの才覚。賢王と呼ばれる存在は過去に何人もいただろうが、彼らがそう呼ばれたのは『民が感謝するだけの結果を出したから』。慈悲深さと政を行なう才は別物である。
非情な決断を下しながら、民のために政を行なう――王とは、非常に匙加減が難しい立場なのだろう。そんな葛藤を抱えたまま王の椅子に座り続ける以上、個人の幸せにはほど遠い。
心ない言葉を向けられながらも、陛下は王の椅子に座り続けてきた。その手助けができるならば、儂が持つ知識だろうと、人脈だろうと、喜んで差し出せる。
それなのに、陛下……ウィルは未だ、納得していない。儂にも長年、陛下を支えてきた矜持があるというのに、だ!
そんな陛下の姿を見る度、儂が思うことはただ一つ。
ここまでくると、しつこい。つーか、悩むくらいなら仕事しろ。
……シリアスにお悩み中のところ、大変申し訳ないのだが。
『哀れみ』やら『同情』といった感情は、それを向けられる対象にある程度の健気さがあってこそのものである。誰が、『可哀想な存在』になりたいものか!
人によっては、それらの感情を向けられることにプライドを傷つけられる場合もあるのだと、いい加減に気づいてほしい。自分の行動に責任を持つのは自分なのだ。そして、儂やミヅキに悲劇の主人公を気取る気は皆無。
そもそも、悪評の一つや二つで傷つくような繊細な異世界人なんざ、この世界でやっていけない。『やられる前に殺れ! 偽善に浸るな、人は誰かを踏み台にして生きるもの!』というミヅキの教えが、輝いて見えたことも一度や二度ではなかった。
……で? そうして生きることを選択した儂や、そんな教訓を儂に根付かせたミヅキが、利用されたくらいで落ち込むとでも?
無理があるだろう、いくら何でも。
それ以前に、儂らは大人しく利用される性格などしていない。『言うことを聞いた方が得か、損か』という、明確な基準で動いているだけである。味方になるならば、そこに個人の感情が絡んでいるということだ。
少なくとも、儂はこの世界での居場所を得たいと思っていた。今はともかく、当時はウィルの庇護下にあったからこその平穏だと理解してもいたので、好ましく思う庇護者に潰れて欲しくはなかったのだ。
利用されると思わせて、自分にとっての利もしっかり確保してみせる!
打算、上等! 失うものがない異世界人は逞しいものなのだ!
「儂も、ミヅキも、大人しく利用される性格はしていませんよ。第一、ミヅキは今頃、玩具で遊んでいるでしょうに……。ミヅキに善良とか、健気なんて言葉は似合いませんよ。勿論、儂も」
「グレン、お前、そこまで言わなくても……って、その目は何だ!? 何で、『ウザイ』と言わんばかりの目で、俺を見る!?」
「善良な方に、自己中気質の異世界人の気持ちなんて判りませんよ。相手を思いやるだけ無駄です、陛下。自分が納得したことにしか動かない輩ですぞ? そして、売られた喧嘩は買うのが礼儀です。勿論、自己責任」
「えー……いや、さすがにそれは殺伐とし過ぎなんじゃ……」
微妙に引いている陛下に対し、儂は更なる追い打ちを。
「ちなみに、『やられる前に殺れ! 偽善に浸るな、人は誰かを踏み台にして生きるもの!』と教えたのはミヅキです。これまでを振り返る限り、素晴らしい教えですな」
「う……」
殺伐とした時代を生き抜いてきた記憶があるからこそ、陛下は沈黙する。そして、がっくりと肩を落とした。
「俺の弟は逞しくなり過ぎた……出会った頃のグレンはどこに……」
「成長したと言ってください。ああ、無知を装って近づき、情報収集したこともありましたな。子供と侮ってくれた分、実にチョロかったです」
「いやいやいや! その対象は俺じゃないだろ!? 違うよな!?」
「勿論、違いますよ。まあ、誘導したことは何度かありましたが」
「ちょ、それは初耳だ!」
煩いですよ、陛下。異世界人が大事に思うのは極一部の人や物でしょうが、それを守るためならば、たやすく牙を剥くものなのです。
ですから。
貴方やエルシュオン殿下達が、我らのことで心を痛める必要はない。……全ては自分のため、ですからね。
グレンとウィルフレッドは主従の関係ではありますが、
グレンは主に対してあまり遠慮がありません。
よく言えば、素で接することができる相手。
異世界産の自己中猫達は、保護者達が思う以上に逞しいのです。




