情報収集 其の一
ローザさんが落ち着くのを待ち、私達は改めて話し合いを開始した。傍に控えていたメイドさん――彼女もこの家を案じていたらしく、安堵のあまり少しだけ泣いていた――が淹れ直してくれたお茶の香りも、ローザさんを落ち着かせたようだ。
私達がここを訪れた直後は顔を強張らせていたメイドさん達も、今はどこか穏やかな表情になっている。それでもあからさまに安堵した表情を見せず職務に徹するあたり、この家の使用人達はしっかりと躾けられているのだろう。
客人に対し、家の内情を悟らせるような表情は見せるべきではない。そういったことから家の状況を推測され、付き合いに支障が出る場合もあるのだから。
今とて、メイドさん達がローザさんに話しかけることはない。あくまでも『主人と雇われた者』という姿勢を見せ、主人が使用人と同列――身分差というものがあるから。家の中ではともかく、他者や外で見せるのはアウト――に見られる可能性を防いでいた。
それでも向けられる視線の温かさは隠しようがない。クリスタ様もそれが判るのか、穏やかな表情で彼女達を見守っている。
ローザさん、躾の行き届いた使用人達に慕われている模様。
この家、全く問題ねぇな。問題なのは、相手の方オンリーか。
いや、今更なんだけどさ。それでもローザさんの方に非があると、そこを突かれてしまうじゃないか。
なお、使用人達と距離が近かった場合もこれに該当する。身分差に拘る貴族達も存在するため、『使用人如きと仲良くする令嬢など、認めない』と向こうが言い出せば、それを支持されてしまうからだ。
『婚約破棄と一連の騒動は感心できないが、婚約破棄に至った理由は納得できる』。……そう考える第三者は必ず出る。何せ、部外者からすれば『婚約破棄は二つの家の責任』なのだから。
迷惑をかけられた人達にとっては、ローザさん達も『加害者側』。それならば、自分達と同じ価値観を持つ方に味方する……などと言い出しかねない。
しかも、近衛騎士はキヴェラの公爵令嬢と新たに婚約を結んでいる。その事実がある以上、ローザさん達は圧倒的に不利。些細なことを突かれ、この婚約破棄の原因のように仕立て上げられてしまう。
そういった事態を避けるため、『ローザさんのことを全く知らない第三者(=私)』の見極めは必須。私にさえ問題ありとみなされるなら、そこを突かれないようにせねばなるまいよ。
まあ、私と魔王様が動いた時点で勢力図は大きく変わると思うけど。
魔王様はこういった事態を見越して、私を向かわせたんじゃないのか。私は色々とやらかしているため、噂と実績『だけ』は知れ渡っているからね。
しかも、怒っているのはイルフェナという『国』ではなく、色々と怖い噂のある『あの』魔王殿下。
魔導師(災厄) + 魔王殿下(最凶)→ 敵になったら、死あるのみ。
こういった発想に至る貴族達はかなり多いと思う。私がこれまで築き上げてきた恐怖伝説がお役立ち。良い仕事したな、私!
私はキヴェラに勝利しているため、相手がキヴェラの公爵家であっても問題なし。対キヴェラの駒としては、現時点で最強の人選なのだよ。だって、『キヴェラ王を謝罪させた魔導師』という噂は事実なのだから……!
「お待たせしてしまって、申し訳ございません」
ローザさんは客人の前で泣いたことが恥ずかしいのか、顔を赤らめていたけれど……私達を迎えた直後に比べたら、ずっと顔色が良くなっている。
ストレスが溜まっていたんだろうねー、これ。きちんと躾けられたご令嬢でなければ、寝込んでいても不思議はない状況だったもの。
繊細な子なら、引き籠もって泣き暮らしてもおかしくはない。自分の結婚が駄目になっただけでは済まないのが、お貴族様の婚姻なのだから。
しかも、今回は事後処理に駆けずり回るという、おまけ付き。それらが片付いても周囲の目とか、自分を含めた家の評判とかを気にしなければならないため、まさに踏んだり蹴ったりだ。
「気にしなくていいですよ、ローザさん。可憐な乙女が安堵の涙を流す姿は眼福です。貴女が味方ならば、私は頑張れる」
「は?」
「可愛くねークズ騎士やら、傲慢が服を着ているようなクズい家と関わらなければならない以上、癒しは必要なのですよ……!」
ぐっと拳を握って言い切る私に、クリスタ様はうんうんと頷いた。彼女は王族なので、今後の『ちょっと泥沼☆ 馬鹿どもを〆る喜劇が始まるよ♪』な展開が予想できてしまったのだろう。
ちなみに『悲劇』ではなく、『喜劇』なのは私の趣味だ。元凶どもが貴族としての常識を持っていれば起こっていない事態なので、『真面目にやってらんねぇよ!』というのが、事態の収拾に当たっている者達の総意だったりする。
だって、この次に待ち受けるのは近衛騎士の実家との第一ラウンド。
やさぐれるってものですよ! 何故、休日返上で馬鹿の相手をせねばならない!
ちなみに、犠牲になったのは『お米様の研究』、『魔王様達とお茶をする』、『ケチャップやマヨネーズといった物の補充』といったもの。
そのうち二つは騎士寮面子の食生活に多大なる影響を及ぼすため、『いつでも力になるから!』という、頼もしいお言葉と共に送り出されてもいた。
実は今回、騎士寮面子も『ある意味』被害者なのだ。何せ、私が不在の間は異世界スイーツが出てこない。それに加えて、ガニアへの予想外の長期出張で、ソースなどのストックも尽きている。
食を侮ることなかれ。胃袋を掴まれた人々が怒ると怖いのだ。
食に拘る日本人として、彼らの気持ちは痛いほど判る。本来ならば、私が喜々として騎士寮のレパートリーを増やしているはずなのに、いきなり延期。しかも、イルフェナは完全にとばっちり。
騎士寮面子は所謂『忠誠心厚い騎士』なので、元から元凶達の行動に眉を顰めていたのだ……自分達にも影響が出た以上、扱いは一気に『敵』へと昇格です!
元凶達にとって予想外のことかもしれないが、私達にとって奴らは敵。……魔王様から「ミヅキの悪影響かい」と呆れられたなんて、些細なことさ。
そんな状況で癒しを求めて、何が悪い! 親猫様(偽)は私の代わりに置いてきちゃった――戦闘に巻き込まれ、汚れるのが嫌だった――から、健気・儚げな印象の美少女(注・味方限定)は数少ない癒しである。
クリスタ様は微妙にウィル様の影響がチラつくため、癒しというよりも、戦友的な印象なんだよねぇ。クリスタ様本人も今回のことには頭にきているらしいので、大人しくしている気はないみたいだし。
そんな『報復に燃える人々』の中、貴重な癒し要員のローザさんは大人しめな印象の美少女であ〜る。顔か、血筋か、能力で相手を選ぶ階級なので、彼女もそれなりに美しいのだ。
ただ、高位貴族と比べると地味な印象になるだろう。婚約者だった近衛騎士は高位貴族のご令嬢達を知るからこそ、ローザさんが不満だったんじゃないのか。
「どれほど顔が良かったとしても、馬鹿は大っ嫌い! というか、魔王様を見慣れているから何とも思わない。ああ、早くクズな近衛騎士様に会いたいな♪ ご自慢の顔とプライドを、『ペキッ♪』って折って差し上げたぁい!」
うふふ! と笑っていない目のまま笑顔で語る私に、クリスタ様は暫し首を傾げ――
「あら、魔導師様のご期待に添えるような輩ではなかったはずですわ。確かに、熱を上げる方達はいらっしゃいましたが、魔導師様の守護役の皆様は、確か……」
「イルフェナからは魔王様の側近のアルジェントとクラウス、ゼブレストはクレスト家のセイルリート将軍、カルロッサは元王弟殿下が伯爵を務めるフェアクロフ家のジークフリートですね。例外として、セレスティナ姫も入ってますが」
「まあ、優秀なだけではなく、容姿も優れている方ばかり! 皆様の足元にも及ばないと断言できますわ!」
暗に、『そこまでの価値はないよ』と言い切った。その表情から悪意は感じられないので、単に事実を言っただけなのだろう。
クリスタ様は王族であり、比較的自由な立場の第二王女。私の守護役達全員を知っていても不思議はないため、即座に比較できてしまった模様。
対して、ローザさんは誰も知らないようだ。クリスタ様の言い方には驚いているようだけど、比較対象達の顔を知らないせいか、諫める言葉が出てこないみたい。
……。
いいのかな、王女様? その生き物は貴女の国の近衛騎士なんだけど。
「構いませんわ、事実ですもの」
私が反応に困っていることを感じ取ったのか、ころころとクリスタ様は笑った。……うん、その無自覚な追い打ちがとっても素敵。自国の王女様に言い切られるあたり、本当に例の近衛騎士は惜しくない存在なのだろう。
「私ね、今回の一件を任されたことを、とても嬉しく思いますの。だって、ローザは私の大切な友人ですわ。それに、魔導師様とも関わることができるのですから」
「へ? 私?」
「ええ! ずっと、お父様やグレン小父様が羨ましかったのですよ? お二人から伺う魔導師様のお話は、とても楽しいものばかりでしたもの!」
悪戯っぽく笑いながら、クリスタ様は「皆には秘密ですよ」と付け加えた。そんな姿は年相応……というか、仲間同士の秘密を共有して楽しむ女子高生に酷似している。
ウィル様にも言えることだが、クリスタ様は『王女としての姿』と『年相応の姿』を使い分けることができるのだろう。今回とて、『王女として魔導師に協力する』という命をウィル様から受けていたはずだ。
……が、やって来た魔導師は報復・八つ当たり上等なアホ猫だった。
そこで彼女は悟ったのだろう……『今回は私が遊ぶ番じゃないか!?』と!
真面目な奴が来たなら、真面目なお話しかできない。だけど、今回の鍵となる私は『玩具で遊ぶ』という方向一択!
仕事の相棒にこんな姿を見せつけられれば、生粋の王女様とて、はっちゃけてしまうのだろう……『報復する権利は我にもあり!』と!
「だ、だって、今回のことは個人的に、ありえないことだと思っていましたのよ!? ローザも、ローザのご両親も、あの忌々しい婚約破棄からずっと大変だったのですからっ」
顔を赤らめ、もじもじとしながらも語るクリスタ様は普通に可愛い。シャル姉様のように、完璧に淑女の仮面を被って敵に挑む姿も格好良いが、今のクリスタ様は個人的に好印象。
『お友達のために怒る姿』って、お貴族様や王族様には貴重なんだよねぇ。しっかり教育されちゃうせいか、こういった付け込まれそうな姿を見せることは皆無に等しい。余裕のある態度が基本です。
だからこそ、魔王様が私を叱る姿が微笑ましがられているのだ。『殿下って、良い飼い主!』とか、『親猫……マジに、子猫を叱る親猫……!』といった感じに、周囲の人達から萌えられている。
今現在の魔王様の評価……親猫・萌え猫・躾に苦労する飼い主。
これまでの罪悪感に新たな認識が加わり、一気に評価が逆転です。そこに魔王様自身の美貌と実績がプラス! ……悪い方向に動くはずないわな、この状態で。そろそろ『親猫様を見守る会』ができそうな印象だもん。
クリスタ様は気が強そうな印象だけど、遊び心も持った王族だったようだ。魔王様が知れば全力で引き離しそうな人材だけど、今回はそのクリスタ様こそが私の相棒であ〜る! 全力で支持しようではないか!
「その通りです、クリスタ様! 二度と嘗めた真似をしないよう、私達が奴らの心に傷を残すのは義務ですよ!」
「まあ、賛同していただけるの!?」
「勿論です! 元凶……いえ、もう玩具でいいですよね。私達は玩具で遊び尽くしましょう?」
「ええ!」
そっと手を握って微笑めば、クリスタ様は目を輝かせて頷いた。
よーし、よーし、共犯者ゲットぉぉぉっ! これで、アルベルダにおける私の振る舞いは『必要なこと(=担当者の王女公認)』として片づけられる!
「あ、あの、私達のために危険な真似はしないで欲しいのですが……」
唖然としたまま、私達の遣り取りを聞いていたローザさんが我に返って諫めようとするが、それは無理というものだ。だって――
「まあ、ローザ。貴女は優しいわね……ですが、我が国と王家が侮辱されたも同然なのです。ここで意地を見せねば、今後も似たようなことが起こるだけですわ。この案件を任された私にとって、正念場ですのよ」
クリスタ様がやる気になっているからね。というか、クリスタ様が言っていることは間違いではない。大きく見れば、『アルベルダ王家が一貴族に嘗められた』という事態なのだから。
『他国の有力貴族と繋がりがあれば、自国の王家さえ黙らせることができる』――こんな前例を作るわけにはいくまい。ただ、難しい案件であることも事実なので、第二王女のクリスタ様が担当になったんだろう。
……最悪の場合、『ローザさんと繋がりのあるクリスタ様が、勝手にやらかした』ということにできるから。第二王女という立場は他の兄弟達と比べて軽いため、最悪の場合は降嫁させるという逃げ道とてある。ぶっちゃけ、捨て駒だ。
……。
ウィル様はこういった時に、『王に相応しい』と思わせる一面が覗く。『最優先は国』という姿勢を崩さず、身内だろうとも利用してみせる。
それはクリスタ様にも受け継がれているようで、彼女は頻繁に『私はこの案件の担当者』と口にしていた。あれは私にそういった認識をさせる意図もあったと思う。
だけど、クリスタ様がローザさんを大切な友人と思う気持ちは本物。
ローザさんが自分のことに関わらせ、クリスタ様の評判を落とすことにならないかと案じる気持ちも本物。
実に、微笑ましいじゃないか。彼女達より十歳くらい上のお姉さんとしては、守ってやりたい気持ちが湧くってものですよ。
つーか、ガニアが殺伐としていたため、この二人の遣り取りに非常に癒されるとも言う。ガニアの一件は関係者がほぼ血縁で構成されていたため、私が王弟夫妻の処刑を望まなかった場合、誰かが血縁殺しになっていた。
シュアンゼ殿下とて、例外ではない。彼は今後、『親を追い落とした王族』という事実を背負うのだから。
最大限に軽くして、その状態。血縁同士の争い上等な家系――王族って、基本的にそんなものだ――だとしても、表舞台に立つ前にそんな評価を受けるのだ。テゼルト殿下達が過保護になるのも納得の不憫さである。
……まあ、三人組を通じて私と繋がりはあるし、リヤンもいるので、簡単に潰されることはないと思う。あの灰色猫なシュアンゼ殿下ならば、潰される前に私を引っ張り出すだろう。米のためなら動くと、知っているからね。
「大丈夫ですよ、ローザさん。奴らと遣り合うのは私ですから」
「魔導師様?」
不思議そうなローザさんに対し、私は安心させるように微笑む。
「クリスタ様はこの一件を任されてはいますが、責任者という立場です。貴女は報復のために必要な『被害者』、クリスタ様はこの国で私が行動するために必要な『後ろ盾』、そして私は『実行要員』なのですよ」
役割分担はそんな感じだろう。だけど、それはアルベルダ側が用意した役割りでして。
「最高のエンターテイナーを自負する魔導師として、この案件にあたらせていただきます。……観客を楽しませてこそ、ですよね?」
だから、これから始まる喜劇を楽しんでくださいな。私はこの喜劇のラストを、『敵以外に』納得させたいと思っているのですから。
しっかりとウィルフレッドの性格が受け継がれているクリスタ嬢。
個人的な憤りもあるため、主人公の良き後ろ盾です。




