情報収集は(報復のために)必須です
ウィル様と話し合いをした翌日。今度は王女様がグレンの館にやって来た。
彼女は使用人さん達ともにこやかに挨拶を交わしているので、あまり身分に拘る人ではないのかもしれない。もっとも、幼い頃から遊びに来ていたらしいので、ここの人達に慣れているだけかもしれないが。
……で。
「魔導師様! 先日はありがとうございました! この話を引き受けていただき、とても感謝しております……!」
「ぬぉっ!?」
王女様は私の姿を見つけるなり、涙を浮かべて抱き付いてきた。
……。
結構力が強い上、勢いがあったから痛い。悪意がないと判っているから、黙って耐えるけど。
グレンはどこか遠い目をしながら「ああ、陛下も出会った頃はこんなことをしていたな……」と呟き、生温かい目を向けている。
なるほど、彼女はウィル様似なのか。顔というより、その行動が。
ウィル様がどうやって癖のある性格のグレンを落とした――こう言うとBLなイメージになるが、表現方法としては間違っていないと思う――のかと思っていたが、この過剰とも言える物理的愛情表現が原因じゃなかろうか。
仲良しならばともかく、よく知らない相手に対してこの反応。協力を得られたことを喜んでいるとはいえ、少々過ぎるものがある。私に対する全開の好意というか、とにかく彼女の感情が判りやすい。
おそらくだが、ウィル様は威嚇しまくりだっただろうグレンに対し、人懐っこい大型犬の如くじゃれまくったに違いない。グレンは人からの好意を無下にできる子じゃなかったから、そのうちに絆されたんだろう。
グレンよ、ウィル様に拾われて良かったな。野心のある貴族や王族に捕獲されていたら、存在を隠されたまま利用される未来しか見えん。
「あの時の私とエルシュオン殿下の会話から、魔導師様はある程度の事情を察してくださったと……お父様から伺いました。あの時はあれ以上のことを口にできなかったのですが、察してくださって本当に良かった……!」
グレンの視線に気が付いた王女様は顔を赤らめると、即座に体を離す。それでもしっかりと手を握りしめたまま、笑みを浮かべて感謝の言葉を口にした。
う、うん? 先日っていうと、魔王様に呼び出されて同席したやつか。事情が事情だし、やはり彼女も緊張していたらしい。確かに、この王女様には少し荷が重かったかも。
そんな『グレン監修・初めてのスパルタ教育 in イルフェナ』な場面にアホ猫一匹を投入すると、あら不思議! あっという間に、怒れる魔王様が親猫様に変身です。
というか、発想は私の方が遥かに酷いため、魔王様がとてもまとも……いやいや、優しく見えるという不思議。
……。
元から真っ当な思考をしているけどね、魔王様。ただ、少しばかり身内を大事にする傾向にある上、無自覚の威圧も相まって、慣れない人には辛かったろう。
特に、商人達は魔王様の数少ない理解者。自分の仕事ぶりを認めてくれていた存在を蔑ろにされた以上、魔王様が怒るのも当然だ。
グレンに促され、私と王女様は向かい合って席に着く。今はまだ、協力者を得られたというだけ。報復……もとい、今回の騒動はまだ始まったばかりなのだ。ここでほのぼのとお友達ごっこをしている場合ではない。
グレンに向かって一つ頷くと、王女様は話し始めた。
「まず、私の名を名乗らせていただきますね。私の名はクリスタ。アルベルダの第二王女ですわ。姉はすでに嫁いでおりますので、この度、魔導師様と共にこの案件にあたらせていただきます」
「ああ、お姉さんがいるんですね」
「はい。兄と姉がおりますわ。……姉はカルロッサとの繋がりを強固にするため、かの国の公爵家に嫁いでおりますの」
「……対キヴェラの政略結婚ですか」
彼女のお姉さんが何歳かは知らないが、当時は南の国が一丸となってキヴェラに抗う傾向にあったと聞いている。イルフェナとは繋がりがあるみたいだし、カルロッサとの繋がりを強固なものにしようとしたのか。
私が来る前ならば、キヴェラは脅威だったはず。それに加えて、隣国が敵になる可能性を潰したのだろう。
王家ではなく公爵家に嫁いだのは、王家に年齢が合う人がいなかったんだろうな〜……王弟殿下、今は伯爵家に婿入りしちゃってるんだもの。いくらフェアクロフが英雄の血筋だろうと、他国との政略結婚に伯爵家ではちょっと格が吊り合わない。
フェアクロフ伯爵家が選ばれていた場合、ジークかジークの兄弟が年齢的にも最適なのだが……ジークの脳筋&規格外ぶりを隠したいカルロッサとしては、全力で避ける。
『英雄予備軍は純白思考の脳筋なんです』なんて、トップシークレットもいいとこだ。見た目はまともな上、私がその事実を口にしても信じてもらえない――「魔導師に比べりゃ、賢くはないだろう」という一言で済まされるため――が、身内として生活した場合、絶対にバレる。
ジークは『国』よりも『個人の感情』優先で動く傾向があるため、彼を言い包められるような人物を傍に置くのは宜しくない。同盟国だろうとも、自国の弱味を他国には見せまいよ。
カルロッサの内情を知るゆえに、私の胸中は複雑だ。この場でバラせるわけねーだろ、こんな裏事情……!
反応に困る私を見て、考えていることを別方向に察したのか、クリスタ様は苦笑して首を横に振る。
「ご安心くださいな。政略とはいえ、二人は仲睦まじいご夫婦ですわ。それに、私達は政略結婚を義務として受け入れております。姉が嫁いだ先で憂いなく暮らせるのは、とても幸せなことだと思っておりますから」
微笑むクリスタ様が嘘を言っているようには見えない。不穏な時代を過ごしてきたからこそ、彼女のような立場の人は特にそういった躾がしっかりされているのかもしれなかった。
対して、同じ年頃であろう元凶の片割れ――キヴェラの公爵令嬢の方――はお花畑思考の我儘娘……なのかなぁ? 親はともかく、子供世代はそこまで戦狂いの影響は出ていないだろう。どうにも、自分の立場を理解した上で利用する、腹黒い印象が拭えない。
だって、いくら血筋が良くても、お馬鹿が伴侶って困らないか?
今はキヴェラ王が国の立て直しを最優先にしてるんだぞ?
最低限、夫婦は運命を共にさせられる。ヤバイ奴らと思ったら、即座に飼い殺しコースへ直行だ。キヴェラ王は己が血縁だろうとも、そこまで甘くない。
ルーカスがいい例じゃないか。ルーカスを貶めていた周囲に半分以上の責任がある――エレーナのこと以外はまともだったらしい。遅くきた反抗期というか、周囲への反発からグレた典型だろう――と判ってさえ、特別扱いはしなかった。選ぶのは個人の感情ではなく、『国』なのだ。
それらの事情を考えると……その公爵令嬢は絶対に、自分が許される範囲を理解してるようにしか見えないんだよねぇ。自分の価値を知っていて、上手く利用しているというか。
少なくとも、そういった状況を全く理解できていないお馬鹿さんではあるまい。そんな奴なら、キヴェラ王に泣きつくことも考慮しなければならないね。
でもね、そんな奴の方が私の場合はやりやすいの。性悪悪女、どんと来い!
ぶっちゃけ、潰す過程が超楽しい! 玩具は動く方が面白いよね……!
内心、獲物を狙う目になっている私に気づかず、クリスタ様は話を再開した。グレンは何かを察したらしく、わざとらしく咳払いをしながらも、視線を微妙に泳がせている。
……。
ここで止めない以上、お前も賛同していると受け取るぞ? 赤猫よ。クリスタ様やウィル様と違って、あんたは私の性格や遣り方を熟知しているはずよね……?
「婚約破棄をされた令嬢の名はローザといいます。暫くは慌ただしかったようですが、今は家の方も落ち着いておりますわ」
どことなく安堵した様子のクリスタ様に、こちらも安堵する。これから話を聞かなきゃならないのに、没落一歩手前とかになっていたら、さすがに気の毒だ。
だが、クリスタ様の言葉を信じるならば、今回の一件で関わった商人との遣り取りや、招待客の対応が一応は終わったらしい。クリスタ様の表情を見る限り、家が傾くほどの被害が出たといった事態には発展していない模様。
「話を聞くことは可能でしょうか? 様々な意味で、彼女のご家族もお疲れでしょうから」
「大丈夫です。彼女は私の友人でもありますし、今回は私がお見舞いに行くと伝えてあります。……私が今回のことについて話を聞きに来ると、察してくれているでしょう」
しっかりと頷くクリスタ様だが、あちらの状況を思い遣っているのだろう。その表情にはどことなく陰りがあった。
ただ、被害者がしっかりしているのはありがたい。感情的になっていたり、精神的に疲れ果てていたりすると、話を聞くどころじゃないもの。
というか、元婚約者やその実家との関係は彼女達でなければ知らない情報。元婚約者……近衛騎士については『努力家だけど野心家』という評価を下しているので、是非とももう少し本人像に迫りたいところだ。
私は魔導師。『嫌な方向に賢い』と評判の、異世界人凶暴種。
相手を理解すること=最悪の報復への手がかりですからね!
「それでは、向かいましょうか」
「そうですねー。……ああ、グレンは遠慮してくれる? あんたまで来ると、『国からの探りか!』、『イルフェナとの間に問題が起きたか!』って、不安を与えちゃうもの」
そう告げると、グレンも納得の表情で頷いた。やはり、この三人で向かうのは、相手に対して要らん心配をかけるだけと思っていた模様。
「承知した。まあ、イルフェナの魔導師を王女と儂が接待しているようにしか見えんよな……」
「実際は『やられたことは十倍返しが基本! ここからが我らのターンよ!』っていう、状況なんだけどね」
「やってしまえ、やってしまえ! キヴェラ王の動向が気になるが、ここで我らが沈黙した場合、また元の『強国キヴェラ』という認識に戻ってしまうからな。今回、儂はお前を止めんよ、ミヅキ」
ひらひらと手を振りながらも、しっかりと毒づくグレン。……元凶どもにムカついているようです。元凶どもはグレンのように外交に携わる者達にとって、最悪の問題をもたらしたらしい。明らかに怒っているというか、やさぐれている。
まあ、つい最近までキヴェラの立ち位置を決めかねていたものね? 怒るな、という方が無理か。
そんなわけで、『報復への足掛かり! 被害者のお家へGO!』が決定した。話を聞く程度では済ませませんよ、これは『報復のための一手』なのだから。
※※※※※※※※※
「この度は本当に、皆様にご迷惑をおかけして……」
そう言って頭を下げるのは、被害者のご令嬢ことローザさん。金髪に青い目をした美人だが、やつれて見えるのは気のせいではないだろう。
今回はあくまでも『友人であるクリスタ様がお見舞いにやって来た』という方向で進めるため、ローザさんのご両親の姿はない。というか、漸く人心地着いたこともあり、二人は寝込んでいるそうだ。
「やはり、お父様とお母様の負担が大きくて……。私のことなのに、申し訳なく思うばかりです」
「ローザ! 貴女は被害者ですのよ!? お二人のことが心配なのは判りますが、自分を責めてはいけません」
「クリスタ様……」
叱るように励ますクリスタ様の言葉に、ローザさんは小さく笑みを浮かべた。
ローザさんは大人しい性格のようだが、クリスタ様とは仲が良いみたい。気の強いクリスタ様との組み合わせは意外な感じだが、互いに足りないものを補い合っているのかもしれないね。クリスタ様が暴走した時は、ローザさんが止めるとか。
私と守護役連中とはえらい違いだ。何という、心温まる光景か……!
私達の場合、『報復上等、殺って来い!』という方向が常。特に、ゼブレスト。
二人の遣り取りをほのぼのした気持ちで見守っていると、ローザさんがこちらに顔を向けた。その途端、現在の状況を思い出したのか、僅かに怯えが走る。
ですよねー! イルフェナから送り込まれた魔導師なんて、怖いですよねー!
「初めまして、ミヅキといいます。イルフェナから派遣された魔導師ですが、エルシュオン殿下は貴女達をどうこうする気はないので、ご安心を」
「え……?」
挨拶と共にもたらされた言葉が予想外だった――貴女達は報復対象じゃないよ! というやつ――のか、ローザさんはぽかんとした表情になった。
そこに更なる追い打ちを。ローザさん達は報復対象ではなく、こちら側の人間なのだ。ここははっきりさせておくべきだろう。
「私の目的は元凶への報復です。……ああ、こういった言い方では不安を与えてしまいますね。常識を弁えず、イルフェナの商人を侮辱した大馬鹿者どもと、それに便乗した同類達が私の獲物です」
「「え゛」」
にこやかに告げると、ローザさんとクリスタ様が固まった。
……。
そ の 反 応 は 何 故 だ 。 解 せ ん 。
「ま、魔導師様……? あの、『獲物』とは……?」
「え? 報復対象のことですよ?」
どしたの? と微笑んだまま首を傾げると、ローザさんは今度こそ言葉を失ってしまったのか、沈黙する。
はて、何かおかしなことを言っただろうか? 私が『魔王殿下の黒猫』と呼ばれていることも、色々とやらかしていることも、結構知られていると思うけど。
「奴らは貴女と貴女の家を相手にしたつもりでしょうが、蔑ろにされた商人達はイルフェナの民ですもの。イルフェナ側からすれば、馬鹿二人とその実家が報復対象ですよ。まあ、アルベルダ王家も侮っている気がしますけどね、そいつら」
これは認識の違いが大きく影響している。ローザさんからすれば自分達もまた、商人達や招待客に迷惑をかけた『加害者』。だけど、イルフェナから見た場合は違う。ローザさん達に同情するか否か、といった違いはあるけどね。
「だから、ご心配なく。私に協力してくだされば、貴女達は自動的にこちらの勢力に組み込まれます。報復対象にはなりませんし、庇護することもできますよ」
「そんな、そこまでしていただくわけには……!」
「ですが、それが魔王様……エルシュオン殿下の決定なのです。国として動くのではなく、個人の手駒を向かわせる。しかも、その手駒たる私はキヴェラに対しても実績を持つ異世界人の魔導師。どう考えても、貴女達の庇護を視野に入れていると思いますが」
……いや、実際はどうか知らんけど。だけど、少しばかり話を盛ってしまっても問題はないだろう。以前の魔王様のイメージは根深いので、ここで改善をしておくに越したことはない。
営業、大事。超大事! 日々の積み重ねが功を奏し、今では立派に親猫様として親しまれているじゃないか!
少しくらい、この案件を利用させてもらってもいいよね? 今回は休日を返上させられているんだし。
「そう、ですわね。グレン小父様も、魔導師様ならばキヴェラと遣り合えると口にされていましたし」
「クリスタ様……では、本当にエルシュオン殿下がお心を砕いてくださったのでしょうか」
「そうとしか思えませんわ、ローザ。だって、エルシュオン殿下は魔導師様をとても可愛がっていると聞いておりますもの。ガニアから戻られたばかりの魔導師様を駒のように使われるとは思えませんわ」
クリスタ様も誘導されている……!
クリスタ様には色々と本音を聞かれているはずなのだが、どうやら『猫親子』、『魔王殿下は魔導師に対して過保護』あたりの噂を信じている模様。というか、グレンやウィル様経由で語られているため、事実と思っているのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、ローザさんは泣き出してしまった。クリスタ様が苦笑しているので、安堵のあまり……ということらしい。感謝を口にしながら泣き続ける彼女の姿に、私の胸に何かがザクッと突き刺さる。
う……うん、言った以上はちゃんとお仕事するから! こちらも下心ありなので、純粋な感謝とか要らないからね!?
ただ……個人的にも、この事態を引き起こしやがった元凶二人に嫌悪感が湧く。無茶をすれば当然、それに振り回される人間が出る。今回とて、奴らの実家が責任を負うべきじゃないか。
被害者なのに、第三者からは加害者の片方にされてしまったのが、婚約破棄をされたローザさんとその家。それでも彼らは選択を間違わなかった。自身の不幸を嘆くよりも先に、迷惑をかけた者達への謝罪に時間を割いていたと聞いている。
ローザさんは気が強いタイプには見えないから、ずっと気を張っていたのかもしれない。漸く一段落ついたところに友人のクリスタ様が現れて、イルフェナからの報復はないと聞かされて。安心……したんだろうな。
「あ……ありがとうございます、魔導師様。エルシュオン殿下のくだらない噂を信じていた過去の私は、何て愚かだったのでしょう……!」
信 じ て た の か よ 、 魔 王 様 の 噂 … … !
思わず突っ込みたい衝動に駆られるが、今はすべき時ではない。できるだけ自然に見えるように笑みを浮かべ、ローザさんへと更なる誘導を。
「だったら、これからは行動で判断してあげて。生まれ持った魔力による威圧はどうしようもないけれど、その行動には本人の性格が表れているからね」
「はい!」
未だ涙は流れているが、ローザさんは笑顔を見せた。苦笑しながら慰めるクリスタ様も、どことなく安堵しているように見える。
よーし、よーし、彼女達の中に『エルシュオン殿下は慈悲深くお優しい』という情報がインプットされた。その流れで私にも協力してもらえるだろうから、後で魔王様に何か言われても『必要なことでした』で押し切ろう。
魔王様ー! 貴方の黒猫は他国で絶賛、営業中にございます! 結果も必ず出してみせるから、楽しみに待っててねー!
一方その頃、イルフェナでは――
「クシュンッ!」
「エル、体が冷えましたか? いくら窓を開けてアルベルダの方角を眺めても、ミヅキの姿は見えませんよ?」
「違う! ……猫の鳴き声が聞こえたような気がしたんだよ」
「おやおや」
「ついでに、ミヅキがまたろくでもないことを画策してそうな予感が……」
「予感どころか、現実にやらかしていると思うぞ?」
「クラウス! ……アルも同意しなくていいから!」
主人公、こんな時にも営業を忘れません。
ある意味、飼い主想いの黒猫です。




