騒動は予想外の人物と共に
「ミヅキ、こちらはアルベルダ王のご息女だよ」
「は……はぁ……」
にこやかに一人の女性を紹介する魔王様に対し、私は少々、困惑気味。ここは魔王様の執務室。いきなり、呼び出された先には……どこかで見たことがある色を纏った一人の女性。
う、うん、ウィル様の娘さんだよね? 何〜故〜か、グレンからの個人的なお手紙で『味方になってやってくれ!』って言われてるんだけどさ。ちなみに、手紙が届いたのはついさっき。
こちらを不安そうに見ている女性――アルベルダの王女様は、色彩と目元がウィル様にそっくりだ。本来はその性格もウィル様に似ているのかもしれないが、今は緊張しているせいか、やや蒼褪めていた。
グレンよ、彼女のこの態度は魔王様の威圧のせいか?
それとも、異世界人凶暴種にビビってるのか?
詳細をきちっと書けや、ショタ猫がぁぁぁぁっ!
「あ、あの、初めまして、魔導師様。日頃から父がお世話になっております」
「あ、いえ、こちらこそ、お世話になってます。グレンも保護していただいていますし……」
思わずそう返せば、王女様はほっとしたように笑みを浮かべた。
「グレン小父様のことは伺っておりますわ。勿論、魔導師様と同郷ということも。……このようなことを口にするのは間違っているのやもしれませんが、私はグレン小父様がこの世界に……いえ、お父様の所に来てくださったことに感謝しているのです」
「……グレンは好かれているのですね」
「お父様の絶対の味方、という認識をされていると思いますわ。煩いことを言う輩もおりますが、それはグレン小父様を味方につけられなかった僻みでしょうね」
なるほど、グレンはウィル様の味方として絶大な信頼を得ているらしい。元から癖のある子だったが、一度懐けば素直な子でもあった。そして……愚かでもなかった。私達の教育のせいか、大人しくもない。
ウィル様はグレンを利用する気がなかったからこそ、グレンに懐かれたのだろう。そんなウィル様からの好意に対し、グレンは『結果を出す(意訳)』という形で、好意を返したわけだ。
その結果……まあ、敵対する奴も湧いたと。まあ、権力争いにはよくある話ですな。
つーか、この王女様もウィル様の娘だけあって聡明なのだろう。アルベルダにおいて、女性がどこまで政に関われるかは判らないが、アルベルダの情勢は完璧に把握している模様。
そもそも……魔王様や私を恐れているようには見えない。魔王様の威圧は慣れが必要だから、多少は反応しちゃうみたいなんだけどね。無条件に恐れているとか、悪意ある噂を信じている印象は皆無だ。
ところでね? 王族同士の交流は判るけど、そこに私がいる理由って何。
そんな疑問が顔に出たのか、魔王様は着席を促した。……あの、王女様? どうして、私の袖を引いて『私の隣に居てください!』とばかりに、必死な表情をなさるので?
「ミヅキ、君はそちらに座りなさい。私としても、向かい合った方が話しやすいからね」
「は? まあ、どちらでも構いませんが」
大人しく王女様の隣に座ると、あからさまにほっとした顔をする彼女。
……? 魔王様を怖がっているようには見えないけれど、叱られる案件でもあるのかい、王女様? そりゃ、私は魔王様に叱られ慣れてますけど、外交に関与しとらんぞ〜? 口を出す権利、ないもん!
……。
はっ!? まさか、グレンの頼みは『一緒に怒られてやってくれ』とかいうものじゃあるまいな!?
密かに距離を置こうとすれば、今度はしっかりと王女様に腕を組まれてしまった。ああ、この強引さがウィル様を思い起こさせる……。
だが、こういったことに煩いはずの魔王様は何故か、にこやかに微笑んだまま頷いた。
「ミヅキ、そのままでもいいよ。彼女も心細いだろうからね」
「あの、全く話が見えないんですけど? グレンからも『味方になってやってくれ』としか言われていないので。……一緒に説教受けろ、とかじゃないですよね?」
「はは、違うよ。……そうだね、私の『お願い』を聞いてほしいかなぁ?」
笑みを深める魔王様だが、正面に居た私は気づいてしまった……魔王様、目が全く笑っていない。つまり、何らかの出来事にお怒りなのだ!
ビビって硬直する私をよそに、魔王様は王女様に視線を向けた。王女様は一つ頷くと、ゆっくりと口を開く。
「この度、我が国の貴族がイルフェナの商人に対し、大変ご迷惑をおかけしたのです。私は本日、その詳細とお詫びを申し上げるため、イルフェナに参りました」
ああ、魔王様は商人達に慕われてましたっけねー。アルベルダはイルフェナの商人に対し、何かをやらかしたと。
他国の貴族と取引するような商人ならばさぞ、身元のしっかりした人達だろう。なるほど、魔王様の庇護下にある商人に不利益をもたらしたため、王女様が国を代表して謝罪に訪れたのか。
まあ、これは判る。王とか王太子が出てくると大事になるため、王女が代表で送り込まれるのは身分的に間違っていない。王族や国に直接被害を与えたわけでもないなら、妥当なところだろう。
謝罪相手の魔王様が第二王子のため、前述した二人だと『許さなければならない』という事態になってしまうかもしれないからね。ウィル様としては、相手に不快な思いをさせる可能性を消したんだろう。
誠意を見せるため、そして本当に謝罪がしたいという姿勢を示すために、微妙に格下――という言い方はどうかと思うが、男性優位はどこの国でも同じだろう――の王女に白羽の矢が立ったわけだ。
一人納得する私をよそに、王女様は話を続けた。
「私の友人である子爵令嬢はある近衛騎士と婚約しておりました。友人は申し分のない令嬢なのですが、婚約は互いのお祖父様同士が決めたものだったらしく……伯爵家である近衛騎士は不満を持っていたようなのです」
「申し分のない令嬢、なのに? 他に好きな人がいたとかではなく?」
「近衛騎士は野心家だったのでしょうね。そして、近衛騎士である自分に自信もあったのでしょう。伯爵家ならば、上位貴族との婚姻も狙えますから」
「……伯爵位ならば、王家との婚姻もない話じゃないからね。しかも騎士ということは、婿入りすることが確定しているんだ。野心があるならば、もっと格上の家への婿入りを狙っても不思議はない。今後の出世に響くからね」
「なるほどー」
王女様の話を補足する魔王様の解説に、うんうんと頷く。イルフェナではあまり気にならないが、他国ではやはり家の格というものが出世に関わってくるのだろう。私とて、身分の壁が厚いと実感する出来事――北でのあれこれ――があったので、それには納得だ。
「先月、キヴェラから公爵家のご令嬢がアルベルダに訪れたのです。この方はキヴェラ王の姪御様に当たられる方で……その、我儘な一面があるのですわ。欲しいものは必ず手に入れる、というように」
「嫌な女ですねぇ」
「ですが、見た目はとても愛らしく……気が強そうには見えないのですわ。甘え上手で、儚げな感じとでもいうのでしょうか。ですから、嗜めた方が悪者にされてしまって。我儘も『お強請り』という形で行なうため、ついつい甘やかされてしまったようなのです。取り巻き達の圧力もあるのでしょうね」
「うっわ、性質悪い!」
王女様は溜息を吐いた。その疲れた表情に、ある確信が生まれる。あ〜……その『嗜めた方』ってのは、この王女様か。リアルタイムで被害に遭ったからこそ、事情説明も兼ねてイルフェナに送られたな。
「彼女が気に入ったのが、先ほどお話しした友人の婚約者である近衛騎士。いくら身分があろうとも人の婚約者を欲しがるなど、淑女にあるまじき行ないです。当然、婚約者がいることも含めてお話しさせていただいたのですが、一向に態度を改めなかったのです」
「男の方も狙っていた獲物がきたとばかりに、盛り上がったでしょうしね」
「ええ。近衛騎士の家も、公爵家との縁談の方が好ましかったようで……キヴェラの公爵家からの要請、ということを盾に取り、一方的に婚約を破棄してしまったのですわ。全てをあの子の家に押し付けて……婚姻まであと一月、という時にです!」
その時の怒りが蘇ってきたのか、王女様の目が据わる。ドレスを掴んだ手はギリギリと布を握り込み、暫し、ここがどこなのかを忘れているようだった。
……。
まあ、予想された展開ですな。キヴェラ王の姪ってことは、降嫁した王女の子供だろう。王家の血筋を途絶えさせないため、外に逃がしたのだろうが……当の王女は当時の危険な状況を理解できていなかったのか。
でなければ、我儘娘が育つはずはない。第二の戦狂いが出た場合を考え、きっちり教育を施すもの。
キヴェラは女性が政に関われないからこそ、王女は戦狂いの標的から外されていただろうしね。キヴェラ王とて、その当時は余裕がなかっただろうし、『とりあえず血を残せ』しか望まなかった可能性は高い。
そこまで考えて、『ある可能性』に思い至る。
……その公爵家って、ルーカスを取り込もうとした一派の生き残りじゃあるまいな?
そんな役目があるならば、あの一件で処分されていないだろう。致命的なことをやらかしていない限り、『血を残す』という名目の元、家の存続は許されているだろうし。
また、公爵や息子達がまともでも、母親と娘がアホということもある。つーか、ガニアのファクル公爵家がまさにそうだった。
だが、ここで一つの疑問が湧く。思わず、視線を向けた先は王女様……ではなく、魔王様。
「この世界において、婚約はそれほど重いものじゃないんですよね?」
「うん、そうだよ。だから、守護役制度にも適用されている。婚約の破棄や解消だけならば、珍しくはない。問題は『その時期』ってことかな」
よく気付いたね! と言わんばかりに、上機嫌な魔王様。その笑みが、いと恐ろし。
「あの、私の世界での結婚……民間人同士のものでさえ、一月前の婚約破棄って、色々と大変なんですが。貴族同士の婚姻って、そんなに簡単に破棄できるもの……」
「そんなわけないだろう。色々と準備が整っているし、招待状だって送ってあるはずだ。身に着ける物だって仕立てるし、それなりの金が動くよ。依頼された品を揃える商人達だって、時間と金をかけている」
「ですよねー! そのツケを被害者……子爵令嬢に押し付けたってわけですね!」
「そうみたいだよ。まったく、馬鹿は困るね」
冷え切った目のまま、笑顔で語る魔王様。ガンガン強くなる威圧――多分、無意識――に、王女様が涙目で私に縋りつく。
う……うん、これは魔王様を怒らせる。誰だって、あまりの身勝手さに怒るだろう。それでも、相手はキヴェラの公爵家……キヴェラ王の姪。
未だにキヴェラとの関係改善が完全に済んでいない上、元から大国として恐れられていた国。キヴェラ相手に文句を言うこともできず、アルベルダはイルフェナへの謝罪を優先したらしい。
ただ……それで泣き寝入りするのは、『一般的な場合』であって。
奴らが怒らせたのは魔王様。魔王様は商人達の守護者である。
しかも、魔王様は忠実な猟犬&黒猫を飼っていらっしゃる。
そして、黒猫は各方面にそこそこ影響力のある異世界人凶暴種。
……。
詰んだな、そいつら。たかが商人と侮っていたんだろうが、その背後に魔王様が控えているとは知らなかったんだろう。
「魔王様、お怒りは判りますが、婚約破棄された令嬢についても一言どうぞ」
「馬鹿を婿に取らずに済んで、良かったんじゃないかな? そもそも、今回の婚約破棄の事情は褒められたものじゃない。相手の家もろくでなしみたいだし、繋がりが消滅して良かったじゃないか」
「……」
「彼女も婚約者に未練があるならば、動くべきだった。何もしなかった以上、私は同情しないよ」
さらっと言う魔王様は実力者の国の王子様らしく、大変ドライな思考をお持ちのようだ。王女様も『馬鹿と縁が切れて良かった』という点は納得できるのか、複雑そうな表情ながらも反論しない。
でもね、魔王様。世間一般は『お気の毒な令嬢』っていう印象になると思うの。もしや、こういった考え方が『冷酷な魔王』的な評価に繋がっていたのか……?
魔王様は決して情がない人ではない。寧ろ、逆。今回の場合、『魔王様が情を向けた対象が、その子爵令嬢ではない』というだけなのであ~る。
世間一般の発想:婚約破棄された上に、後始末を押し付けられた令嬢が可哀想。
魔王様的発想:うちの子達(=商人達)に何してくれてんだ、コラァッ!
まさかの、『怒りの原因は蔑ろにされた商人達です』という事情。ただ、王女様はイルフェナのそういった気質を理解しているらしく、ひたすら「申し訳ございません!」と頭を下げていた。
あの、王女様……怖いのは判るけど、私の腕に縋りついたまま頭を下げるの、止めて。
「アルベルダ王は賢明なお方だよ。イルフェナの怒りを知るからこそ、こうして王女を謝罪に遣わせたんだからね。……ああ、キヴェラはどんな反応をするのかな?」
「キヴェラ王はご存知ないんじゃないですかねぇ」
「多分ね。だからこそ、君をこの場に呼んだんだ」
くすくすと笑いながら、魔王様が私に微笑みかける。……室温が下がった気がするのは、きっと気のせい。
「ミヅキ? 君に良い考えはないかな? ……折角の玩具だ、楽しく遊んでいいよ」
「わ〜あ……魔王様、心底お怒りなんですねぇ」
それ、一言で言うと『殺ってこい』ということなんじゃ? た、確かに、これまで実績ありまくりの、異世界人凶暴種ですけど、そこまで期待されるって……。
冷や汗が垂れる中、先ほどまで頭を上げていた王女様が必死に縋りついてくる。
「ま、魔導師様っ! グレン小父様から『ミヅキに報復を任せれば、決して悪いことにはならない上、相手にとって最悪な決着に導く』とお聞きしました! どうか、お力をお貸しください!」
「ちょ、グレンから一体何を聞かされました!?」
「報復と悪巧みと裏工作に関しては、とても頼もしい方と伺っておりますわ!」
迷いなく言い切る王女様に、グレンとウィル様のいい笑顔が脳裏を過る。
グレン……あんた、最初から『うちの王女をお願いね』ってだけじゃなく、『報復、ガンバ!』という意味も込めて、手紙を送ってたな!? つーか、ウィル様も一枚噛んでるでしょ!
「期待されているからには、応えなければね? 魔導師であり、私の黒猫なんだから」
魔王様の優しげな声が、追い打ちの如く向けられる。
その声と微笑みと……笑っていない目に、私は即座に頷いていた。頷きながらも、胸の内で、名前も知らない公爵令嬢と近衛騎士を罵る。
馬鹿ぁっ! お前達が魔王様を怒らせるから、私の穏やかな日々、終了じゃん!
折角、ガニアから帰って来たのにー!
王女が名乗っていないのは、恐怖&緊張のせいです。
それでもグレンに色々吹き込まれてきたため、『魔導師様がいれば大丈夫かも?』
と考えている部分があります。
グレンへの信頼から、主人公のことは怖がっていません。




