番外編・赤猫日記~グレンの思い出~
この話は数話前にグレンが話していたホラーゲーム内での話となっています。
また、この話のグレンの年齢は十代前半であり、一人称は『僕』です。
以上を前提として、お楽しみください。
――とあるホラーゲームの世界にて(グレン視点)
『皆でホラーゲームをやらないかい? 協力して脱出を目指すやつ!』
そんなミヅキの一言で、ホラーゲームへの参戦が決定した。『殺人鬼に追い駆けられながらも、館を脱出する』というそれは、僕も名前を聞いたことがあるものだったから、好奇心もあったと思う。
話し合いをしたのが別のゲーム内ということもあり、ホラーゲームに参加する際のアバターは全員、見慣れた容姿のままということに決まった。
ただし、ホラーゲームは時代設定が現代だったため、服装などは違う。僕は顔立ちや色彩こそそのままだけど、獣の耳と尻尾はついていない。
赤い髪と目を持つ、十歳くらいの富豪の子息(※職業)。今の僕はそんな感じだ。幼い口調もそのままだから、リアルの僕とはかなり印象が違う。
それでも、ゲームの中では幼い子供として振る舞っていたかった。彼らとの時間はとても心地良いものだったから。
「ねー、ミヅキ。この『プレイヤーの職業』って、どんな意味があるの? 僕の場合、あまり意味はない気がするけど」
ちょいちょいと服の裾を引いて隣にいる友人に尋ねれば、即座に視線が向けられる。
「ん? ああ、最初から持っているスキルが違うんだよ。グレンの『富豪の子息』っていうのは子供の姿限定っていう制限がつくし、扱える武器も少ない。だけど、追跡者に狙われにくくなるし、隠れられる場所も豊富なはずだよ。ホラー映画なんかだと子供が生き残る確率が高いから、それと掛けているんだろうね」
「へぇ~、メリットとデメリットがあるんだね」
なるほど、要は固有スキルや使用可能な武器といったものに違いが出るということか。僕の場合、子供の姿をとれる選択肢が他になかったから、それに気づかなかったのだろう。
「舞台になる洋館で、富豪がパーティーしていたっていう設定だったよね?」
「そう。富豪にでもしなければ、『洋館に集ったプレイヤー達』っていう設定に無理があるんじゃないかな? ホテルだと防犯対策が当然だろうし、警察を呼べばいいからね。他には『執事』とか、『使用人』っていう職業があるけど、其々の立場に見合ったスキルを持っているよ」
説明してくれるミヅキの姿は銀髪に緑の目、その容姿は見慣れた姿と変わらない。ただ、服装が脹脛まである黒のロングジャケットに同色のズボン、白いアスコットタイという、シンプルながらどことなく品が良さそうに見えるものだった。
おまけに、ノンフレームの眼鏡まで掛けている。インテリ系というか、賢そうに見える装いだ。いや、実際に賢いとは思うけど……ミヅキはどうにも知恵の無駄遣いというか、賢さの方向性を間違えているような。
今回、同じゲームに参加する面子を思い出しても、身内と呼べるような輩は妙に個性的な人ばかり。初参加は僕だけなので、ミヅキが解説役を兼ねて同行してくれることになっている。
それも参加を決めた理由の一つだった。口には出さなかったけれど……やっぱり、少し怖かったから。特に『他の参加者との共闘』という点は、僕にとってハードルが高い。
興味はあっても、一人では絶対に参加しようとは思わなかっただろう。どちらかといえば、僕はホラー系があまり得意ではないのだから。
ただ……それはあくまでも『普通に参加した場合』という意味なのだが。
その他のプレイヤー達にドン引きされるようなことを、ミヅキ達が仕出かしそうな気がしなくもない。日頃を思い出す限り、どうにも『恐怖に苛まれながら脱出を目指す』とか、『殺人鬼から逃げ惑う』という姿が想像できないのだ。
ミヅキは特にその傾向が強い。都市伝説の一つである『メリーさんの電話』(※追ってくるのが人形ではなく少女という、元ネタからの派生版)の解釈を聞いた時には、唖然としたものだ。
『自分の現在地を報告しながら目的地を目指す、健気な少女の物語。ロリコンからすれば、全力で電話がかかってくることを期待する合法幼女召喚だと思う』
……こんな風に言われるメリーさんが哀れである。メリーさんはそんなに犯罪臭が漂う話じゃないだろう!?
だけど、全面的に間違いとは言い切れない――解釈はともかく、メリーさんの行動だけは合っている――ため、否定することも難しかった。嫌な解釈の一つ、といったところだろうか。
なお、元ネタである『捨てられた人形が電話をしながら近づいてくる』的な話だった場合、『綺麗にして質屋へGO! 帰ってきたら捕獲し、別の質屋へ。持ち主想いの、素晴らしい金づる』だそうだ。
『いつの間にか家に居る【帰ってくる人形】と違って、来る時間とおおよその距離を自己申告してくれるから、対処が可能じゃないか。良い子だな、メリーさん』
以上、鬼畜魔導師なミヅキの言葉である。なるほど、ある意味では正論だ。塩とお札を山ほど用意し、捕獲する気満々で迎え撃つミヅキの姿が目に浮かぶ。
……。
どちらにしろ、発想が穢れている。こんな持ち主の所になど、メリーさんも帰って来たくはないだろう。置手紙を残して家出されるか、遠ざかりながら電話で別れを告げられるのがオチだ。
ミヅキにかかると、大抵のホラー要素はコメディと化す。御伽噺も非常に斬新な解釈(意訳)をするため、お子様には聞かせられない代物だ。何故、『マッチ売りの少女』が金の大切さを学ぶ話になるのだろう……?
ミヅキ自身は『オカルトに遭遇しない!』と愚痴っていたが、これでは遭遇しても気づかないに違いない。寧ろ、盛大に別方向に解釈した挙句、無自覚のまま返り討ちにしてそうだ。
今回はホラージャンルのゲームであり、最初から一連の流れが決まっているものなので、さすがに妙な解釈はしないはず。というか、できないだろう。……多分。
「じゃあ、ミヅキの職業は何? 招待された富豪の一人かな?」
妙な考えを振り払うように問えば、ミヅキはひらひらと手を振って否定した。
「違うよ、グレン。これは一定条件で解放される『家庭教師』っていう職業。折角だから、グレンに合わせたんだ。戦闘には不向きだけど、あらゆる言語の翻訳が可能だから、館の謎を知りたい場合は重宝する。所謂、知力特化ってやつだね」
「え? 条件で解放される職業が必要なら、それまで物語の核心に迫れないってこと!?」
「そう。脱出だけなら誰でもできるけど、館の謎に迫るなら、他の職業を解放しなくちゃならない。立場が変われば、できることも違ってくるからね。ま、長く遊んでもらいたい運営の心遣いってやつ? もしくは、金づる確保の一環」
人集めも大変だね! と楽しげに笑うミヅキを、僕は呆気に取られて見つめた。そこまでぶっちゃけなくていい。
どうやら、固有スキル以外にも大人の事情があったようだ。おそらくだが、そこに課金要素も含まれているのだろう。ホラー好きのミヅキだからこそ、時間と金をかけているような気がするし。
そんな会話を交わしていると、時計の鐘の音が鳴り響いた。パーティ会場に集っていたプレイヤー達もゲーム開始の合図と知っているのか、どことなく緊張した表情になっている。
ミヅキ以外の仲間達は少し離れた所にいるのだが……ミヅキ曰く、『やるべきことがあるから、合流は会場を出た後だよ』とのこと。どうやら、開始早々に何かをやらかす予定らしい。
――そして、唐突に和やかな空気が破られた。斧を手にした、不気味な存在の乱入によって。
「キャァァァァッ!」
その悲鳴を合図に、プレイヤー達が逃亡を開始する。悲鳴を上げた女性プレイヤーは恐怖に足が竦んだのか、その場を動かない。
ただ……その女性プレイヤーはミヅキの仲間だったりする。
「ミヅキ、アヤちゃんを助けなくていいの!?」
「まあ、見てなって。面白いことになるからさ!」
慌ててミヅキの腕を引っ張るも、ミヅキはにやりとした笑みを浮かべたまま。乱入者――殺人鬼は狙いをアヤに定めたのか、真っ直ぐにそちらへと向かっている。
……が。
予想されたような惨劇は起こらなかった。いや、ある意味、惨劇は起こった。
「……くたばれ!」
『!?』
次の瞬間、どこからともなく飛んできた椅子が直撃し、昏倒する殺人鬼。それを確認するなり、アヤは殺人鬼の傍へとしゃがみ込み、殺人鬼の服を漁って何かを入手しているようだ。その表情に、先ほどまでの恐れはない。
椅子を投げた男性は得意げに笑うと、僕の方を見て親指を立てた。……うん、今回の参加面子の一人だね。殺人鬼の撃退(?)、ご苦労様。
「あは、驚いた? グレン。最初に起きるイベントはね、殺人鬼の撃退に使える椅子がどれか知っていれば、撃沈可能なんだよ♪ 悲鳴は女性キャラの固有スキルで、注意を引き付けられる代わりに硬直しちゃうんだ。だから、仲間との連携で使われる」
「引き付ける必要なんてあるの?」
「敵も武器を持ってるからね。そのまま椅子を投げてもかわされるか、破壊される可能性があるんだよ」
なるほど、最初から役割分担が決まっていたらしい。こういった情報がない場合、そのまま追い駆けっこに突入するのだろう。
「ちなみにアヤは『美女の悲鳴って、ホラー映画のお約束よね! 私は女優になるわ!』って、ノリノリで引き受けてくれたから。服を漁ったのは、殺人鬼が持っている鍵を入手するため。あと、先に逃げ出した面子はスタン効果のある武器の入手に奔走してるよ」
「ああ、今後は武器が必要だもんね」
最初はともかく、割と普通にホラーゲームを楽しむつもりらしい。この殺人鬼の撃沈も彼らの行動が特殊というわけではなく、後のことを考えて行なわれたものだったのか。
さすがに少し気まずくなり、視線を泳がせる。ごめん、皆。僕、皆が別方向に楽しむとばかり思ってた!
だが、そんな僕の気持ちはミヅキによって、あっさり壊されることとなる。
「この後、玄関ホールのイベントを起こして殺人鬼を再登場させ、シャンデリアの真下で昏倒させたら、ひたすら殴打。三人がかりで殴り続ければ、奴はずっとそのままだ。その間に、私達はゲームのシナリオを楽しんでいいって」
「……え?」
ミヅキの言葉に、ピシッと凍り付く。何だ、その犯罪計画モドキは!?
それ、プレイヤーの方が犯罪者なんじゃ……? だって、まだ殺人鬼って情報はないはずだよね? 誰も殺してないよね!? いや、確かに斧は持ってたけど!
「館の謎に迫りつつ脱出の手段を整えるのが、今回の私達の役目だよ。他の面子は殴打担当に始まり、足止め用の罠の収集や飛び道具系武器の確保担当って感じかな。最後は殺人鬼が引っかかりそうな場所を狙って罠を仕掛けまくった上で、撃退ポイントのシャンデリアを落とす! どうせ途中で追いついてくるから、奴を飛び道具系武器で牽制しつつ、脱出しよう」
「ミ……ミヅキ? それ、殺人鬼さんが仕事してないんじゃ? はっきり言って、僕達の方が悪質だよね!? これ、そういうゲーム!?」
あまりな計画に、思わず突っ込む僕は悪くない。いや、最低限の良心をもっているならば、『延々と殴打』なんて行動には出まい。その上、トドメにシャンデリアを落とすときた。
しかし、鬼畜の代名詞と化しているミヅキ相手に、その訴えが意味を成すはずもなく。
「細かいことは気にしない! 世の中は理不尽に満ちているんだよ、グレン」
そんな言葉と共に、ぐりぐりと頭を撫でられる。誤魔化す気満々というより、ミヅキは僕の訴えを聞く気がないのだろう。
酷い。あまりにも殺人鬼が哀れである。というか、最初の乱入以外、殺人鬼が仕事をしていない。彼のお仕事は『プレイヤー達にボコられる』というものではないはずだ。
そうしている間にもミヅキに連れられて、僕達は玄関ホールへ。そこで殺人鬼とのエンカウントを果たした後、殺人鬼は当然のようにミヅキ達によって昏倒させられた。
どうやら、このためにスタン系の効果がある武器を最初に集めたらしい。スリットの入ったドレス姿の美女や、仕立てが良さそうなスーツを着た紳士が武器――鉄製のフライパンや角材など――を手に取り、一斉に殺人鬼に襲い掛かる光景は異様という一言に尽きる。
ああ、うっかり目撃しちゃった他の参加者達がドン引きしてる……! そうだよね、殴ってる方がヤバイ奴に見えるもんね!?
お願いですから、僕を彼らの同類に数えないでください。僕は初参加! 初心者です!
やらかしているのは確かに友人達だけど、僕はあそこまで酷いことをしないから!
「こいつは私達が押さえておくから、ミヅキと楽しんでらっしゃいな、グレンちゃん」
「こいつが湧いた理由とか、館の過去とか探れるからな。ミヅキに引率されて行って来い」
スリットから足を覗かせた美女と、使用人らしくシャツにズボンという服装の男性は、揃って僕に笑いかける。ただし、その足は倒れ伏した殺人鬼の体を踏み付け、腕は容赦なく武器を振るっていた。
「あはは! 皆、ノリノリだねぇ」
対するミヅキは笑顔でその光景を眺めており、止めようとする気配はない。寧ろ、ミヅキが彼らに加わった場合、更に悲惨な光景が展開されるだろう。勿論、その被害者は殺人鬼。
「ミヅキぃ〜、これはホラーゲームじゃないよぉ」
「何を言ってるんだい、グレン。ホラーといっても、オカルトばかりじゃない。人間の怖さをテーマにしたものも沢山あるだろう?」
「うん、確かに人間は怖いよね。もっと言うなら、ミヅキ達による殺人鬼の扱いが」
大真面目に返すミヅキに、即座に突っ込む。確かに、『人間が怖い』という意味では立派にホラーだ。そこは物凄く納得する。
だが、このゲームのコンセプトは『迫りくる殺人鬼をかわしつつ、館を脱出する』というものだったはず。
目的が達成されるとはいえ、これは絶対に製作側が想定した展開ではあるまい。あまりにも、加害者と被害者が逆転し過ぎている。世界観とて、ぶち壊しだ。
だけど――
「ほら、行くよ」
「う、うん!」
有無を言わさず、ミヅキが僕の手を握る。思わず握り返せば、ミヅキの目が優しく細められた。
……手を差し伸べられたり、握り返す相手がいる嬉しさは皆から教わった。両親と距離があることが当然だったけれど、僕はそれに納得している振りをしていただけだったのだろう。
「グレンちゃんには一歩も近寄らせないわよぉ」
「お子様の冒険を邪魔するんじゃねーぞ、殺人鬼」
皆が僕のことを考えてくれているのは、疑いようもない。自分達は殺人鬼の足止めだけで終わるというのに、ミヅキと手を繋いでいることをからかったりもせず、『楽しんでこい!』とばかりに送り出してくれる。
「グレン、これを持って行きなさい。辞書は武器に該当するけど、子供でも持てるからね」
「ありがとう!」
未だ、慣れなくて戸惑ってしまうことも多いけれど、皆が僕のために何かをしてくれるのは本当に嬉しかった。わざと無邪気に振る舞う中に本心からの甘えが滲み出したのは、そう遠い過去ではない。
皆は僕のことを子供扱いする――勿論、アバターの見た目が子供ということもある――けれど、それ以上に保護者のように振る舞ってくれる。
だからこそ、僕は『差し伸べられた手を取ってもいいのだ』と……『人を頼ることの全てが、借りを作ることではない』と知ることができた。無条件の好意というものも存在するのだ。
もしもミヅキ達に出会わなければ、僕は誰かと関わることの楽しさを知らず、いつかは自分自身への執着さえも失くしていただろう。
それはとても寂しいことだと思う。言い換えれば、生きる上での意味を見いだせなくなるということなのだから。
だから、僕はミヅキ達が嫌いになれない。……いや、好きなのだ。感謝していることも本当だけど、それ以上に慕ってもいる。仲の良い家族とはこういうものなのかと、思うことがあるくらいに。
これからもその破天荒な言動に慌て、振り回されると判っている。それでも、この優しい時間を手放したくはなかった。それは紛れもない執着だ。
「じゃあ、行こうか。最初は書斎だよ」
「判った! 皆、行ってきます! 折角の機会だから、楽しんでくるね!」
――そして、その数年後。僕には一つの出会いが訪れることになる。
『お前、俺が見つけたんだから、俺の弟な!』
今後の人生を決定した出会いと、差し伸べられた腕。戸惑いながらも彼を信じることに決めたのは、僕を弟扱いする無茶苦茶さが……皆を思い出させたからだろう。
ある意味、グレンの過去話。
赤猫は個性的な大人達に大変可愛がられておりました。
なお、グレンが割と何事にも動じないのは、主人公達の影響です。
主人公、昔から駄目人間。今も変わらず駄目人間。




