反撃開始
――執務室にて―― (ルドルフ視点)
手にしていた手紙を机の上に置き俺は溜息を吐いた。
送り主は俺が最も信頼する配下の一人であり、姉のような存在だ。そして現在、大変お怒りのようである。
原因はミヅキ誘拐を知らせたからなのだが。
「アーヴィ……ミヅキとは別口で血の雨が降るかもしれん」
「ああ、彼女はやはり怒り狂っていますか」
「当然だろうな。しかもこっちに来るとさ」
二人揃って溜息を吐く。計画を壊すような真似はしないが我慢の限界を超えたらしい。
ルドルフの為なら戦場だろうと同行するとまで言い切った忠誠心は年月と共に更なる成長を見せている。嫁ごうとも色褪せることはなかったらしい。
「それにな……さっきミヅキから連絡が来たんだが」
「それは! 犯人は生きているのでしょうね!?」
「アーヴィ、ミヅキより犯人の心配か!? 気にする所はそこか!?」
「ミヅキ様ならば無事だと確信しております。期待を裏切るどころか通り越して結果を出す方です!」
宰相様もいい加減学習したようである。良い方向で解釈するなら実力を認めているのだろうが。
「それでな、ベントソン伯爵家の地下牢に閉じ込められているらしいんだが」
「……何故、そんな近場に?」
「近い方がバレ難いと思ったんじゃないか? 転移方陣使ってるんだから」
二人揃って微妙な顔になるのは仕方の無いことだろう。何故王都の屋敷に居るのだ、しかも思いっきり自分の素性がバレる監禁場所じゃないか、犯人は馬鹿なのか!?
余談だが転移方陣を使っての誘拐は遠方だったり秘密の隠れ家的場所が一般的である。
「魔術結界の張られた地下牢に直接転移させられたらしい。一応は考えてたんじゃないか?」
「……ミヅキ様に魔術結界など意味があるのですか? あれは魔術のみを弾くものだと記憶していますが」
「それ以前にあいつ万能結界組めるから解除もできると思うぞ?」
俺は腕に嵌っている腕輪を見た。規格外過ぎる性能に自分でも一応調べはしたのだ。その結果、それが現時点ではイルフェナでさえ作れないものだと判明し思わず拝んだりもした。
結界とは魔力によって作られた網のようなものだと聞く。それが魔術を防ぐか物理攻撃を防ぐかは作った時に対象を指定することで違ってくる。だからこそ双方を防げる万能結界は組める技術を持つ者が異様に少ない。
そんな物を易々と複数付加する人物ならば当然解除もできるだろう。
……力技で破壊するかもしれないが。
「ミヅキ様を閉じ込めるならば魔力そのものを使えないようにしなければ無理かと」
「そんな技術は確立されていない。そもそも魔力で魔力不可の領域を作り出すなんて愚かな発想だ」
「ですよね」
過去に唱えた者もいたらしいが、『封じる為の魔力まで消されるだろ、気付け馬鹿』で終わったらしい。そんな状態にしたいなら術者の喉を潰せばいいのだから当然なのだが。
ミヅキの魔法が規格外なのは本人曰くゲームとやらの知識や経験の賜物なのだそうだ。イメージ優先で作り上げているからこそ発動しているに過ぎない、らしい。誰にも理解できない・世界の理を無視した非常識なものばかりなのはその為と言っていた。
だからこそ自分が作った魔道具の製作技術は参考にはならない、とも。
魔法が無いからこそ、憧れも相まってゲームとやらの魔法は『あくまで想像上の産物』という現実にはありえないものが多く登場するのだろう。それを現実にするミヅキもある意味凄いが。
「本人、現状を物凄ーく楽しんでたからな? 一応さっさと帰って来いとは伝えておいた。仲間と共に手土産付きで戻るとさ」
「手土産ですか? 犯人を半殺しにでもしましたか」
「違うらしい。仲間は意気投合した奴らしいぞ?」
「……」
「……」
ミヅキと意気投合……その言葉が何故こうも不安を煽るのだろうか? 間違いなく、普通ではあるまい。
それ以前に二人ともミヅキを危険人物扱いである。泣く・助けを求めるなど一般的な被害者の態度なんてするわけがない、あいつのやる事は復讐だと信じてやまない。
「一応、セイルを迎えにやらせましょう」
「そうだな、ミヅキが破壊活動しててもセイルなら笑顔で説教して引き摺ってくるだろう」
「では、呼んで参ります」
部屋を出て行くアーヴィレンを見ながら俺は思った。『早くも血の雨が降りそうだ』と。
セイルを向かわせる事に微かに過ぎった不安に蓋をして。
※※※※※※
時間は少し遡り牢獄にて――
「でね、探索っていうスキルを習得しておくと隠し通路とか見つけることができるんだよ」
「へぇ、異世界って凄いんだな!」
牢内で何やってんだと思われるくらいほのぼのしてます。強面の見張りさん、話せるじゃないか!
いや、あまりにも私の行動が奇妙だったらしくて話し掛けてきたからさ? その行為の理由を熱く語ってみたのですよ。
結果、理解者を得ました。ダンジョンがあれば喜んで潜る冒険者気質をお持ちのようです。
駄目な奴が増殖したとか言うでない! 探索に浪漫を求めて何が悪い!?
「あのさ、何でこんな所に勤めてるの? 冒険者とか傭兵の方が良くない?」
「……俺も最初は騎士に憧れてたんだ。だけど戦争中じゃあるまいし平民が騎士なんて無理だろう?」
「ああ、身分の問題ね」
「まあな。功績を立てられれば可能性があったんだけどな。紅の英雄だって傭兵からクレスト家の騎士になったんだし」
「紅の英雄?」
「何だ知らないのか? 十年前の戦争で魔術師連中をたった一人で全滅させて国を守った凄い人さ! 赤い髪をしていたから紅の英雄って呼ばれてるんだ」
「強いんだねぇ、その英雄さん」
「おう! あの方がいなきゃこの国は終わったかもしれないしな」
見張りよ、英雄に憧れた果てが現状ではあまりにも切なくないか……?
憐れみたっぷりの視線を送れば『判ってくれるか!』と握手を求めてきた。ええ、よく判りますとも。個人の実力以前に家柄で弾かれるなんて気の毒にも程がある。
「おい! 貴様等こんなことをしてただで済むと思っているのか!」
硬く握手を交わす私達に無粋な怒鳴り声が投げつけられる。ちっ、目を覚ましたか。
溜息を吐き振り返ると牢の内部に取り付けられた拘束具――壁から伸びた鎖に付いた手錠で手足を其々繋ぎ止めるアレです――をガチャガチャと揺らす人物が喚いている。
「自分からこの牢に入ってきたんじゃない。『楽しいことに付き合え』って」
「そうですよ、アロイス様。御自分で鍵を開けさせたじゃないですか」
「う……煩い!」
この男、アロイスはこの家の次期当主だそうな。つまりあのタヌキの長男。今のところ外見は人間です。
どうやら御父様からイルフェナの側室が捕らえられてると聞き足を運んだ模様。馬鹿です、愚かです、『血塗れ姫』なんて異名をとる女にのこのこ近づくなよ、この駄目人間。
見張りと盛り上がっている所に『楽しいことしたい』なんて言って来たから、この楽しさを分かち合うべく拘束具を体験させてやったんじゃないか。ついでに言うならここはお前の家だ、文句はそんなものを備え付けた奴に言え。
「これのどこが楽しいことなんだ!?」
「えー? 私にとって『楽しいこと』でしょ? 何、囚人になりきる為に痛めつけて欲しかった?」
「アロイス様、御自分の言葉の足り無さを自覚なさってくださいよ。あれでは今の状況も文句言えません」
「そんな発想する連中は貴様等だけだーっ! さっさと外せ!」
「「楽しんでるくせに」」
「楽しんでない!」
「子供みたいにはしゃいでるじゃない」
「いい歳をして少しみっともないですよ」
怒るか喚くかしかしてないアロイスに私達は冷めた視線を送る。
え、私何か間違ったこと言ったっけ?
見張りに視線を向けると無言で首を横に振った。うむ、多数決で私達が正しいことに決定。
あいつは一人で遊ばせておこう。
「話を戻すけどさ、強面だし、ガタイもいいから場所によっては牢獄番も天職だったかもね」
「天職、か?」
「うん。ここは罪人というより都合の悪い人間を閉じ込めておくだけでしょ? だから誇りも持てない」
「……。そうだな、本当に罪人相手なら良かったかもしれない」
「その罪人相手に一喝して黙らせる自分とか想像してみ? ああ、脱獄を阻止するでも可」
「……。悪人どもを一喝で黙らせる俺、脱獄阻止、尋問し口を割らせる……」
「犯罪者に『捕まったら最後』と思われ恐れられる牢の番人ってどうよ?」
いや、我ながら良い未来予想図だと思うのですよ。
この人に怒鳴りつけられたりしたら迫力あると思うし、英雄に憧れるあたり正義の味方予備軍だと思うのです。戦場が無くても犯罪はあるわけだし、誰もが恐れる牢の番人って割と格好良くないかね?
ほら、ゲームでも犯罪者に仕立て上げられた主人公のイベントボスになったりするし。
「……良い、な」
「でしょう? これを機に私に付いてこのまま王宮行かない? 近衛は無理でも騎士は狙えると思う」
「いいのか!?」
「イルフェナの側室を助け出した『正義の人』なんて十分な功績じゃないの?」
うん、十分いけると思う。ゼブレストが無理でもイルフェナに連れ帰れば魔王様に気に入られて問答無用で騎士になれると思う。……それが幸せかどうかは微妙だが。
理想はこの功績でルドルフに騎士にしてもらうことか。
「宜しく頼む! いえ、イルフェナの姫君。このリュカが必ずや王宮までお連れします!」
「宜しく御願いしますわ、リュカ。ついでにそれを御願いできるかしら?」
ちら、とアロイスに目を向けるとリュカは力強く頷いた。と、いきなり立ち上がって奥の牢に行きなにやら仕掛けを動かして何かを持ってきた。
……箱? こんな場所に?
「これにはベントソン伯爵が今まで横領した証拠や不正に得た利益の証拠となるものが納められております」
「何故こんな場所に? リュカはどうして知っているのかしら?」
「こういったものが隠されるのは主の部屋などが多いらしいですが、牢ならば誰も目を向けないからだそうですよ。それに」
にやり、とリュカは悪戯っ子の様に笑う。
「俺ほどこの場所に詳しい奴はいません。……見張りと言う名の主でしたからね」
「ふふ、なるほど」
つまり職場のことで知らないことは無いと言いたいのか。そういや、アロイスを吊るした時も手馴れてたもんな。
さて、もうここに用はありません。いざ、脱出ですよ!
「お……お前達、こんなことをし、うぐっ!」
「黙るがいい! 罪人の分際で姫様の耳を汚すとは何事か!」
「ひ……ひぃ」
おお、早くも将来有望です! 反論を一撃を見舞うことで黙らせ、一喝して怯えさせてますよ。
迫力も十分です、ルドルフにはこの光景を是非見せてあげよう。十分採用可能と見た。
感心している間にもリュカはアロイスの手足を縛って担ぎ上げている。
ああ、ルドルフに一言伝えておくか。無事だってことしか伝えてなかったし。
『ルドルフー、今から仲間と一緒に脱出するから』
『は? 仲間? お前、牢で何やってたんだ』
『探索してた。 面白かった! 拘束具とかに人を吊るしてねー……』
『……わかった、もう喋るな。楽しんだんだな。で、仲間ってなんだ?』
『脱出の協力者。意気投合しました。ついでに手土産持ってきてくれた』
『えーと意味が判らんのだが。とりあえず迎えをやるから早く帰って来いよー』
『はいな、了解』
「それでは参りましょう。敵は私が引き受けますわ」
「はい! お手を煩わせるなど申し訳ございません」
「いいのです、それは貴方にしか運べないのですから。私は魔導師ですよ? 敵に一矢報いなければ気が済みません」
「そうですね、姫様の腕の確かさは私も存じております」
リュカの前で結界をあっさり解いたからね。牢獄談議に興じる前に邪魔なものは排除済みなのです。
だってスキル『探索』の邪魔だったんだもの! 邪魔するものはさっさと排除あるのみです!
話しながら歩き私達は扉の前に立った。ここからは警備の者が出てくるはずである。
まあ、ルドルフと通信してあるから外に出ればお迎えが来るでしょう。
リュカにも迎えが来ることを伝え、顔を見合わせて頷き合う。
さあ、脱出劇を始めましょう?
バン! という音を響かせてリュカが扉を蹴破る。通路には音に驚いた男達が数名。
「邪魔です、命が惜しくば退きなさい!」
「こいつの首をへし折られたくなくば道を空けろ!」
台詞もやってる事も悪役サイドだよなーと思いつつ脱出開始です。
ええ、二人揃ってノリノリですよ! テーマは忠実な騎士と強気な姫の脱出劇です。映画のワンシーンの如く向かってくる敵も良い感じ♪
さて、迎えが到着するのと私達が殲滅するのはどちらが早いかなー?