元凶は過去を想い、未来を願う
――とある場所にて
「……異世界人とは、何と自分勝手な」
ガニアでの決着を思い出しつつ、呟いてしまう。こんな決着方法もあるのか、と。
そもそも、ミヅキは異世界人。『本来ならば、この世界に居ない人物』なのだ。だからこそ、ガニアは歪みを解消しながらも、内部は荒れなかったとも言う。
はっきり言って、今回は犠牲が出る必要があった。
それをミヅキが担ったからこそ、『この世界の住人が背負ったものはなかった』。
ガニア王弟は王族であり、本人も口にしていたように『正当な血を持つ者』。才覚の差はあろうが、普通は王と王妃の子が王となるのがどの国でも当たり前だろう。
つまり、『他国は王弟の主張を諫めることはできない』。
内政干渉にあたることも理由の一つだが、自国内で似たような流れを作られても困る。
それゆえに、ガニアの王弟に関しては放置されていた。王弟を黙らせる権利を有するのは、ガニア王ただ一人だったのだから。
そのガニア王も先代からの教育のせいで、ずっと行動に移すことを躊躇っていた。野心を抱かせないためとはいえ、刷り込みにも等しい教育を施された王は、どうしても王弟を切り捨てる決断ができなかった。
それを彼の弱さとするのは些か、気の毒というものだろう。いきなり道を掏り替えられたとして、たやすく馴染めるはずはないのだから。
他国の王達もそういった状況――『意図的に認識を歪める』という事態が皆無ではなかったため、自国に被害が来ない内は放置を決め込む決定を下していた。
他国から『不甲斐ない』と思われようとも、王としての役目だけは果たしていたのだ。それ以上のことを望むならば、自国内からの告発しか方法がない。
問題はその告発を行う人物だった。王太子テゼルトが成人し、次代への移り変わりは問題ないとはいえ、相手は王弟……王族である。その権力や発言力は強い。
王が後ろ盾になろうとも、余程の証拠と事情がない限り、王弟や彼の派閥の貴族達によって告発者の方が潰されてしまうだろう。
かといって、王自らが王弟と潰し合えば、ガニア内部は荒れに荒れる。理想的なのは王弟が病死でもすることだろうか。それならば、ある程度は諦めもつくだろう。
「告発者として、シュアンゼ殿下では弱過ぎた。立場こそ最適ですが、彼は誰にも警戒されていなかった……『その必要はないと思われていた』。これでは告発した直後に、『不幸な死』を迎えていたでしょう」
状況的には、シュアンゼが最適である。ただし……シュアンゼには力がない。国王一家は関わらせるわけにはいかないため、協力者たる者が忠実な従者くらいしか存在しない。
身分があろうとも、強さなき者の声は届かない。利用価値がなければ、王族であろうとも消されるだけだ。
「ミヅキが担ったのはシュアンゼ殿下に足りなかったもの。戦力、人脈、そして……最も重要なのは『シュアンゼ殿下の身代わりとなること』」
ミヅキがいなかった場合、彼女に向けられたすべての攻撃をシュアンゼが受けることになる。ただでさえ歩行が困難な彼には、逃げることさえ難しいだろう。
その結果、待ち受けるのは死だ。ミヅキはシュアンゼが王弟と相打ちする気だと思っていたようだが、現実的に考えれば、これは無理だと判る。相打ちだろうとも、最低限の強さは必要じゃないか。
何より、最後の選択……『王弟夫妻の死』は望めても、シュアンゼ自身の存命は叶うまい。後の憂いを絶つ意味も含め、シュアンゼ自身が望まなかっただろう。
現在の状況に落ち着いたのは『シュアンゼがテゼルトに忠誠を誓い、配下となること』と『シュアンゼの継承権が失われていること』、そして『魔導師に報復を諦めさせるために、シュアンゼが必要と思われていること』という三つの条件が提示された結果だ。
言い方は悪いが、シュアンゼを存命させる理由がある。特に三つめは最重要と認識されているため、シュアンゼの今後は安泰だろう。少なくとも、ガニアの貴族達に命を狙われる心配はない。
「まあ、あの三人組もいますし、今後は大丈夫でしょう。当時、ミヅキは彼らの教育と言っていましたが、実際には中々に物騒な『教材』はいたはずなんですよね」
そもそも、シュアンゼ達が行動を起こした段階で王弟の敵と認定され、暗殺やそれに近い者達が向けられたはず。ミヅキはこれを玩具扱いして退け、時にはあの三人組の教材とし、『暗殺者なんて知らん』という状況に持ち込んだ。だからこそ、イルフェナは動けなかった。
ただし……教材扱いはあくまでも『ミヅキ達の解釈』なのだが。当事者達がそう申告している以上、抗議しようにも、部外者にはどうしようもないのである。ミヅキは大変、狡賢い。
これもエルシュオンに対し、情報を制限させた一因だろう。ミヅキに対する教育が見直されてしまうため、騎士達は隠したかったのだ。騎士達にとっては、こちらの方が都合がいいのだから。
何より、ミヅキはエルシュオンに嘘をついているなんて思っていない。彼女にとっては、『それが当たり前』なのだ。
何のことはない、ミヅキは心底そう思っていただけだ。だから、後にもたらされた報告も嘘ではない。
黒づくめの連中と遣り合えるようになってしまった以上、ミヅキにとっては本当に『玩具』か『金づる』である。
これを聞けば、エルシュオンは頭を抱えることだろう。もはや、根本的に間違っているとしか思えない。
ミヅキが必要以上にガニアに対価を求めないのは、こういった解釈のズレがあることも影響しているのだ。善人ぶっているわけではなく、ミヅキ的には報告した内容が正しいことなのだから。
今回、ミヅキとて目的のものを手にしている。それこそ、シュアンゼが唯一持ち得たものであり、『ニホンジン』という異世界人達を動かす最強の一手となったものであろう。
それは『米』。一言で言えば、農作物。
しかも甘みがない、あまり価値があるとは言えない種をミヅキ達は欲し、戦闘民族と化した。
宣言通り、『シュアンゼも残る、最善の決着に導いた』!
敵を蹴落とすことに何の憂いもない姿は、外道以外の何者でもない。ミヅキが明るく笑いながらやらかしているため、周囲は大事に捉えなかったようだが……第三者として見るなら、ミヅキの行動は怖過ぎる。
何せ、『農作物のため』に『王族その他を蹴落とし、個人的な我儘を承諾させている』のだ。正義や同情といった感情をすっ飛ばし、清々しいまでに自分達のことしか考えていない。
他国を誘導したグレンがミヅキの行動に対して何も疑問に思わないあたり、『ニホンジン』としては正しい反応なのだろう。そうか、特定の食べ物のためなら、修羅にも、外道にもなれるのが『ニホンジン』の特徴なのか。
「センリが『日本人は米のためなら、不可能を可能にするほどの気合いと根性を発揮する。あらゆる障害を物ともしない修羅と化す!』と言っていましたが……まさか、それを目にする日が来ようとは」
しみじみと思い出すのは、遠い日の友の言葉。あまりの熱意に、当時は『何を馬鹿な』と思ったものだが、今回のことを踏まえると、センリが正しかったと言わざるを得ない。
しかし、『ニホンジン』とやらに対する謎も深まった。何故、『温厚な農耕民族』が農作物ごときで修羅と化すのだろうか……? はっきり言って、意味が判らない。食い意地が張っているだけにしか思えないのだが。
ただ、今回のミヅキ達にも似た熱意は以前も目にしたことがあった。そもそも、米を探し出してガニアに根付かせたのはセンリなのだ。
「『水の豊かな所じゃなければ駄目だ』とか言って、ガニアを選んだんですよねぇ……。ただ、その条件があったゆえに、他国にまで広まらなかったようですが」
そのセンリの遺産とも言うべき米を巡り、冗談のような結果を叩き出したのが、ミヅキ達『ニホンジン』。センリはここまで予想していなかっただろうから、今回のことは完全に偶然の産物だったのだろう。
……。
偶然、だと思いたい。センリならば『ニホンジン』にやる気を出させる餌として残してそうだが、私は何も聞いていないので、今回のことは偶然だ。
どこか微妙な気持ちになりながらも、軽く頭を振って気持ちを切り替える。ここまで影響力があるミヅキを、この世界が見逃してくれるはずはないのだから。
それはグレンも同様だった。王族であるウィルフレッドの庇護を受けていたグレンが、知将などと呼ばれるようになった時も起こったのだ。
「強い影響力を持つ者は……『異端』は目立つ。グレンはウィルフレッド王と共に、試練とも言うべき時間を乗り越えて今がある。それはミヅキとエルシュオン殿下も例外ではないでしょう」
異世界人だけならば、これほどに脅威と認識されることはない。彼らが強いのは……無条件に庇護し、守り、力を貸す存在が居たから。
悪意を以て彼らの排除を狙うならば、まだ判りやすい。厄介なのは、『意図せずに、排除する結果になった場合』。
「『結果的に、排除が成されればいい』。これはとても厄介で、恐ろしいことでしょう。それはミヅキ自身が証明している……『思惑がどうあれ、望んだ結果にもっていく』。それこそ、彼女が日頃から成し得ていることなのだから」
特に、エルシュオンは柵が多い。そして……ミヅキの弱点とも言えるのが後見人たるエルシュオン。
それが判っていても、完璧に防ぎきる術などないだろう。王族だからこそ、自己犠牲という決断もあるのだ。
「ミヅキ……気を付けなさい。目立ち過ぎる異端に対し、世界は優しくありません。必ず、何らかの形で牙を剥く」
それを乗り越えて初めて、センリが遺した『願い』に向き合う資格が生まれる。その程度のことを乗り越えられないならば、センリの望みを叶えることなど不可能だ。
ただ……私は彼女、いや、彼女達ならば大丈夫だという予感がしてもいた。
「エルシュオン殿下はもはや『孤独な王子』ではなく、多くの味方がいる。それは勿論、ミヅキも同様。協力者が多ければ多いほど、ミヅキの策は広がりを見せ、その手数は多くなる。後は……ミヅキ自身の才覚次第といったところでしょうか」
最終的には、ミヅキの手腕にかかっているだろう。それはグレンの時も同じであった。個人ではそれほど脅威にならない異世界人は、この世界の協力者を得てこそ、不可能と言われた状況を覆す。
ウィルフレッドの治世を見れば、一目瞭然だろう。誰かが非情な決断を下さねばならない時も、最小限の傷で背負う者がいる。……その場合、王を始めとする側近達は無傷のまま。『この世界の住人達』は傷つかない。
グレンが担っているのは、そういったものだ。まあ、グレンが消えることは王が望まないので、グレン自身が生き残ることも優先されているだろうが。
ミヅキが何らかの問題に関わった際、『最良の結果』になるのはそのためだ。エルシュオンが犠牲を好まず、またミヅキがいなくなることも望まないため、最良の結果になるよう、ミヅキは策を講じているのだから。
親猫の優しさは、ミヅキだけに発揮されているわけではない。
それを周囲が知ったからこそ、多くの者達がかの『魔王殿下』に味方をするだろう。
「どうか、次も勝利を。……『魔導師』を名乗るならば、世界を捻じ伏せなさい。それこそ、『世界の災厄』たる者の本質なのですから」
優しいのは主人公ではなく、保護者の方。
主人公も、グレンも、自分勝手です。
元凶視点はちょっと不穏な空気になりましたが、
幕間はほのぼの番外が続きます。




