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親友、時に最高の理解者となる

――ゼブレスト・ルドルフの執務室にて(ルドルフ視点)


 俺が通話を終えると、エリザがカップを差し出してくれた。部屋にいたアーヴィやセイルの分も用意されているところを見ると、今回の一件における見解を聞きたいのだと予想する。

 まあ、それも当然だろう。俺は今回、あまりにもミヅキの考えを読み過ぎていただろうから。


「……貴方はどこからミヅキの思惑を察してらっしゃったのですか? ルドルフ様」


 呆れたように、けれどどこか悔しげに、アーヴィが尋ねてくる。それを聞きたいのは皆も同じらしく、セイルとエリザも俺の言葉を待っているようだった。

 そんな皆の姿に苦笑を浮かべるも、優越感にも似た感情が胸を支配する。いや、俺は密かに喜んでいたのだ。

 彼らには判らなかった……それこそ、俺がミヅキに最も近い理解者である証のような気がして。

 ミヅキの一番の理解者といえばエルシュオンだが、今回ばかりは彼は蚊帳の外に置かれていた。そもそもの発端がエルシュオンの誘拐未遂であることも一因だが、それ以上に、ミヅキ達の報復を諫めさせないためだったのだろう。

 エルシュオンはあの騎士寮の騎士達により、情報が制限されていたらしい。だからこそ、ミヅキの思惑に気づけなかった。正しく情報が伝えられていたならば、途中でガニアに向かってでも、ミヅキを止めていただろう。


 それこそ、アーヴィの表情が硬い原因でもあった。

 保護者を自称する者達ならば絶対に、最後までミヅキにやらせなかっただろうから。


 先ほどのエルシュオンの態度はまさに、子猫を捕獲した親猫。そんな二人の姿に呆れて面白がった気持ちも本当だが、エルシュオンが無自覚にそうしてしまう気持ちも理解できていた。……理解できてしまった。

 エルシュオンには『ミヅキの保護者』という自負がある。そして、王族であるエルシュオンは無責任な真似はしない。

 そんなエルシュオンにとって、今回のことは自分を責めても仕方がないことだろう。『自分のせいでミヅキが巻き込まれ、誘拐され、他国で都合よく手駒にされかけた』なんて。

 怒るな、案じるな、という方が無理である。直接関係がなかった俺達でさえ、ミヅキを案じていたじゃないか。

 ただ……俺は『自他共に認める、ミヅキの親友』なのだ。そこが彼らとの違いだろう。

 

「どこから気づいていた……と言われれば、割と最初からだな」


 あっさりと告げれば、アーヴィの表情が僅かに歪む。ミヅキに『おかん』と呼ばれるこの青年は保護者根性に溢れているからこそ、俺の言葉に思うところがあるらしい。


「ミヅキは割と単純なんだよ。嫌いなものは嫌い、許せないものは許さない、そして……自分の狭い世界を構成する者達を害する者には牙を剥く。今回はまさにそれだろう? そもそも、あの騎士寮に暮らす騎士達が大人しくしているはずはないじゃないか」


 そう、俺の親友は賢い反面、とても単純だ。望んだ決着を出すまでの誘導は見事だが、『望む決着』は割と最初から見えていたりする。

 

「ミヅキが望むのは『最良の決着』。正しくは『エルシュオンが好むような、犠牲を最も少なくした上で、効果も見込める決着』かな。これ、物凄く判りやすいぞ? ミヅキを『断罪の魔導師』とか、『世界の災厄』といった色眼鏡で見ていないことが前提で、エルシュオンの性格を知っていることが条件だけどな」

「まあ……それはそうですが」

「だから、俺には物凄く判りやすいのさ。俺はエルシュオンを昔から知っていて、ミヅキにも理解がある。だから、ミヅキがガニアに望むものが見えていた。それだけのことだよ」


 アーヴィ達は俺の回答に理解は示せても、感情的には納得できないらしい。戸惑ったような表情にそれが表れている。まあ、それも当然だろう。

 今回、ミヅキは王弟夫妻に死を望んでいる。これまでも『ミヅキが行動した果てに、それを行なう資格のある者達が処罰として死を望んだこと』はあっただろうが、今回ばかりは違う。


 魔導師は『王弟夫妻の死』を自ら望んだ……『世界の災厄』に許される条件の一つとして、ガニア王に突き付けた!


 人によっては、国を守るために魔導師の意向に沿ったと捉える者もいるだろう。『王族の首を所望するとは、まさに世界の災厄だ』と。そう、ミヅキを認識する者だって出てくるに違いない。

 だが、これは俺達のような立場からすれば当然のことだった。寧ろ、ガニア王はずっと昔にその決断を下さねばならなかったはず。

 その決断ができなかったことが、ガニア王が侮られる原因にもなっていた。エルシュオンの誘拐未遂にも繋がっているので、個人の過ちで済むはずもない。

 それをミヅキは『被害を受けた魔導師からの要求』という形で成し遂げた。その提案を後押ししたエルシュオンの『ミヅキに背負わせるのか』という声も冷たくなろうというものだ。


 当たり前だが、ミヅキがこんなことをする必要はなかった。

 ぶっちゃけ、正しい流れに戻すため、ガニアの歪みを一人で引き受けたともいう。


 アーヴィ達のように保護者を自称する者達からすれば、こんな展開など許せるはずもない。途中でその思惑を察していれば、即座に連れ戻しに行ったはずだ。

 まあ……その場合、ガニアがどうなるかは判らないが。あれ以上の泥沼展開になるか、自滅が待っているか……どちらにせよ、明るい未来にはなるまい。


「ルドルフ様。何故、そこまで判っていながら、ミヅキ様を諫めなかったのですか? 我らがお聞きしたいのはその一点ですわ」

「私もエリザに同感です。お二人の仲の良さを知っているからこそ、守護役である私を向かわせなかった……いえ、『何もしなかったこと』が不思議でならないのですよ」


 エリザとセイルの疑問ももっともであろう。アーヴィとて、ここまで俺が判っていたと知ったならば、その理由を聞きたいに違いない。

 そんな皆の姿に、苦笑が浮かぶ。……彼らから見ても俺はミヅキの味方だと、そう認識されていることを痛感して。

 彼らが無条件にそれを受け入れていることが素直に嬉しかった。ほんの一年前まで、俺は……孤独だと思われていただろうから。


 エルシュオンが他国の王族である以上、堂々と俺の味方を名乗るわけにはいかない。

 そして、アーヴィ達は俺の配下……対等に扱うことはできない。


 王の椅子が冷たいと感じるくらいに、俺は孤独だった。それは俺だけが抱えるものではないのだが、俺の場合は成人前から父を含めて、敵が多過ぎた。

 そういった背景もあり、身分や立場による壁を作る癖ができてしまった。狙われ続けたことも、そうなった一因だろう。

 ――そんな俺にとって、唯一の例外がミヅキである。

 ミヅキは異世界人だからこそ柵がなく、本人の性格も自己中という一言に尽きた。好き嫌いがはっきりしており、身分にもあまり価値を感じていない。


 ミヅキにとって、俺はどこまでもルドルフという個人なのだ。王位は付属品である。


 ゼブレストに来るのは、『友人の所に遊びに来た』だけ。

 俺を助けてくれるのも、『友人が困っていたから手を貸す』という単純な理由。

 俺がそんな扱いをされる姿を見ていれば、アーヴィ達の認識も変わろうというもの。『エルシュオンから遣わされた協力者』はいつの間にか、『俺の友人』という立場を不動のものにしていたのだ。

 エルシュオンを介して成り立つ関係であったならば、エリザ達もこれほど俺に非難めいた視線を向けてはこないだろう。『ゼブレストの恩人』という認識だけならば、今回の一件も『さすが、魔導師』と褒めて終わりな気がする。


「……俺がミヅキの親友で、味方だから、かな?」

「「「は?」」」


 ごく自然にそう答えれば、三人は揃って怪訝そうな顔をした。


「ミヅキ自身がやりたいと思っていたから、俺は何も言わなかった。止めるのは保護者の仕事だろう? ミヅキのことを単純とは言ったが、俺も単純なのさ。サロヴァーラの時と違って、今回は最初から報復する気満々だったじゃないか。だったら、俺は止めないよ」

「ですが、守護役が誰も傍に居ないのですよ? 北における異世界人の扱いを知っているならば、護衛は必須でしょう? 守護役である私ならば、傍に居ても不自然ではないと思いますが」


 セイルがどこか不満そうに主張するが、それには首を横に振って否定を。温~い眼差しになるのは仕方ないだろう。


 お 前 ら 、 ミ ヅ キ を 善 良 に 思 い 過 ぎ 。


 違うぞ、セイル。ミヅキは『守護役を頼らない』んじゃない。『使えるものは全て使う』のが、ミヅキの遣り方だろう? これまでを思い出してみろ。

 味方が少ない以上、『頼る必要がない』というわけでもなかったはずだ。それでもサロヴァーラの時のように、俺達を頼らなかったのは……『何か理由があるから』じゃないのか。

 はっきり言って、ミヅキの斜め上に突き抜けた思考回路は全く読めない。だが、全てが終わった今だからこそ、判ることもある。それに気づくと、『賢くて性格が悪い』という言葉に尽きるのだ。


「要請がないからこそ、俺はセイルを向かわせなかった。あの二人はエルシュオンの傍から離れないだろうが、ミヅキも守護役を必要としなかったんだろうさ。いや、居ない方が好都合だった可能性もある。必要ならば、ミヅキから連絡が来ると思うぞ?」

「……確かに、その可能性はありますね。ミヅキの守護役達は名も、その身分も、知られています。傍に居た場合、警戒して仕掛けて来ない可能性もありますね」

「だろう? あいつは自分の遣りやすい状況を作り上げるために、わざと守護役達を傍に呼ばなかった……と俺は思っている。今回の策において最も重要なのは『魔導師には、ガニアに報復するだけの理由がある』ということだ。それを薄れさせるような真似をするとは思えん」


 そこまで言えば、アーヴィ達も黙った。ミヅキと親しいからこそ、それが納得できてしまったのだろう。


「勿論、王弟にはミヅキに狩られる十分な理由がある。だが、北は異世界人の扱いが軽く、相手は王族。ミヅキの訴えだけでは、最後の要求なんて通らない。シュアンゼ殿下の協力者であること、ガニアの貴族達からのありえない扱い、ミヅキに賛同する他国からの目……それら全てが揃ってこその、あの要求だろうよ。それも『最も犠牲が少なく、ガニアの自浄が望めるようなもの』。これに不満があるならば、代案を考えろと言われたと思うぞ? ちなみに、俺には代案なんて無理だ。立場的な意味もあるが、ガニア王を説得できるだけの理由を思いつかん」

「つまり、最初からミヅキには決着が見えていたと。それを見越しての、守護役の不在ですか」

「多分な。ろくに護衛の騎士を付けなかったから、ガニアはその不自然さに気づかなかったんだろうさ」

「「「……」」」

「な? 俺の親友は賢い上に、とんでもなく性格が悪いだろう? あちらの対応と絡めて、必要な状況を整えてるのさ。だから物凄く気づきにくい。もしもミヅキを『他国からの客人』という括りで扱っていたら、あの決着は無理だったろうな」


 皆は揃って微妙な表情になっている。『ミヅキは賢い上に、性格が悪い』ということに同意すべきなのか、言葉を濁すべきなのか、困っているのだろう。

 相手の有責狙いで報復を仕掛ける異世界人、それがミヅキ。ミヅキが恐れられるのはその魔法ではなく、嫌な方向に賢いあいつの策だと、俺は信じて止まない。

 

「ま、そういうことだ。機嫌よく遊んでいる黒猫を無理に押さえつけても、不満げな声を上げるだけだぞ? 下手をすれば、手を引っ掻きかねん。ゼブレストに関係がない以上、俺はミヅキの味方……つまり、黙認を選ぶ!」

「貴方も大概、ミヅキの影響が出ていらしたようで」


 笑いながら言えば、溜息を吐いて首を振るアーヴィ。そんな彼の気持ちも判らないではないが、俺は己の言動を改めるつもりはなかった。


「いいじゃないか、アーヴィ。『魔導師と姉弟のように仲が良い』なんて、歴史に残る偉業だぞ? ……ミヅキの性格を知らなければ」

「最後は要りません! 付け加えられた部分こそ、歴史に残せない部分ではありませんか!」

「あはは! ミヅキはあちこちに恐怖伝説を築いてるもんな」

「笑い事ではございません!」


 即座に突っ込むアーヴィにひらひらと手を振り、宥める。……『こんな時間も楽しいと言ったら、お前達は呆れるだろうか』と、ひっそり思ったのは秘密だ。

 まあ、苦笑して新しい茶を用意しているエリザあたりは、気づいてそうなんだけどな?

割と主人公の考えが読めるルドルフ。

口を噤むことも、主人公の後押しの一つ。

茶色い子犬は本日も黒い子猫の味方です。

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