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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
幕間

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小話集27

小話其の一 『騎士は事件を回想する』

――イルフェナ・騎士寮にて(アルジェント視点)

※『黒猫、親猫に捕獲される』のアルジェント視点です。


「魔王様、この体勢は一体……」

「煩いよ」


 エルに抱き込まれるように座っているミヅキの姿に、つい笑いが零れてしまいます。そのようになっているのは私だけではなく、二人の周囲にいる者達全員が、私と同じ心境だと窺えました。


「あれって、どう見ても殿下がミヅキを捕獲してるよな?」

「親猫の両前足の間に埋まっている子猫みたいだな。あれか、殿下は子猫が勝手な動きをしないよう、押さえつけている親猫なのか」


 双子達の呟く声に、思わず頷いてしまいます。エルとて、王族なのです。無暗に女性の体に触れるような真似はいたしません。

 ――ですが、エルはミヅキ限定で、そういった常識を忘れるようでして。

 軽くですが叩いたり、引き摺ったり、運んだりしております。間違っても、女性に対する態度ではないでしょう。エルは割と本気で、ミヅキのことを人型猫とか愛猫だと思っていませんかね?

 そういった姿はまるで、子猫を躾ける親猫のよう。今でこそ、周囲には微笑ましがられておりますが、当初は誰もが目を疑う行ないの数々でした。少なくとも、『魔王殿下』が『子育てに苦労する親猫』などと喩えられることは皆無でしたから。

 ……まあ、そういった姿から、エルの本来の性格などが周囲にバレたのですが。さすがは破天荒娘、無自覚ながらも良い仕事をしております。

 視線の先では、エルに捕獲された状態のミヅキが各国の王達を相手に、ガニアの一件の報告をしておりました。通話中の皆様もエルとミヅキの姿に最初こそ驚かれたようですが、それもすぐに受け入れたらしく、誰もが微笑ましげになさるばかりで、『どなたも』疑問には感じていらっしゃらないご様子。

『猫親子』と称される二人の姿は、それほどに浸透しているのでしょう。エルもあの状態のまま皆様に接するあたり、無自覚なのでしょうね。……ルドルフ様には爆笑されていたようですが。

 ――そのような日々とて、漸く戻ってきたものでした。ですから、この騎士寮に暮らす者達もまた、穏やかな気持ちで二人を見守ることができるのでしょう。

 猫親子と称される、仲の良い二人の様子に……にやにやとした笑みを向けながらも、我々は心底、安堵しているのです。それは事件の発端が我々の選択にあったことも影響しているのでしょう。

 今回、ミヅキは私達の求めに応じて、あの胡散臭い商人との謁見に同席しました。エルを最上位とする上での選択でしたが、そこに危険がなかったわけではありません。

 ……。

 我々もどこか、油断していたのだと思います。ミヅキならば……『魔導師である彼女ならば、何があっても大丈夫だ』と。

 それはミヅキの能力を知っているからであり、同時に彼女を信頼しているせいでもありました。多少の危険があろうとも、ミヅキならば対処できる。それは確信にも似た想いでしたので。


 その結果が……ガニアへの強制転移。


 これには我々も慌て、顔色を失ってしまいました。いえ、ミヅキは単独で転移を行なえますから、それだけが原因ではありません。

 予想外だったのは、エルの反応です。怒りを露にし、感情的になるなど……本当に予想外でしたから。

 ですが、同時に納得もしたのです。


 目の前で子猫を攫われた親猫が、平静でいられるはずはない。


 我々とエルの間にあった壁を壊してくれたミヅキに対し、エルが何も思わぬはずはない。


 これまでのことを考えれば、エルの態度は当然のものでした。『魔王』と呼ばれ、恐れられていた時ですら、エルは周囲の者達に気を遣っていたのです。

 ならば、頼り、頼られという関係――仲間であるミヅキのことを案じないはずがありません。

 これには私達も深く反省し、安易にミヅキを巻き込んだことを悔いてしまいました。ミヅキは魔導師であろうとも異世界人であり、立場は民間人なのです。本来ならば、そのような場に居ることはないはず。

 ただ……その後は冗談のような展開になったので、結果としては最良の選択だったと思うのですが。相変わらず、ミヅキは不思議な存在です。あの性格といい、強運ぶりといい、一体どうなっているのでしょうね?

 まあ、ともかく。

 ミヅキは単独でガニアに居座りながらも、我々の代表のような役割を果たしてくれました。一言で言えば、『エルシュオン殿下に牙を剥いた者への制裁を行なった』。

 ですが、それも我々だけでは成し得なかったと自覚しております。我々やイルフェナが動くことこそ、元凶……ガニア王弟殿下の望みでしたから。

 ――そして、その決着も我々が望むものそのままでした。ミヅキが温い選択をしなかったことに、我々は歓喜したのです。


 ガニア王には十年退位せず、可能な限り、次代への準備を整えることを。


 王弟夫妻には一年後の死を。


 王弟夫妻への処罰を決断させたこと、そしてそれを第三者であるミヅキに強制されたことがガニア王への罰と思った方もいらっしゃるでしょうが、ミヅキがその程度で済ますはずはありません。

 本命は『十年は退位できない』ということにあったはずです。軽い口調で言っていたので、見逃してしまいがちですが……ガニアの現状を知っていれば、それがとんでもなく大変なことだと理解できるでしょう。

 いくら王弟殿下が拘束されようとも、彼の派閥の貴族達は大半が残っているのです。悪事を追求できる者達ならばいいのでしょうが、処罰できない者達が殆どのはず。


 自己保身から媚びを売ってくる者達への対処。


 王として、自分の派閥以外の者達から認められる努力。


 そして……他国への対応。


 ガニア王はこれまで温い対応しかしていなかったツケを払わされることになります。しかも、それを他国の王達の前で了承してしまっているのですから……『本来は王になる予定ではなかったゆえの教育』といった言い訳などできるはずもありません。

 エルを誘拐しかけ、ミヅキへと悪意を向けたのは王弟殿下とその派閥の者達。ですが、元を辿ればその責任はガニア王にもあります。

 勿論、同情できる事情もあると知っていますが……はっきり言って、我々には関係がありません。所詮は他国の事情なのです。

 ミヅキとしては個人的な思惑もあり、長く引き摺っていた王家の黒歴史を今代で終わらせたいのでしょう。その幕引き全てをガニア王に押し付けた、と。

 ……ああ、ミヅキから事情を聞いたルドルフ様からも『性格が悪い』と言われてしまっていますね。それでも批難する言葉がどなたからも上がらないのは……皆様もそれが妥当と考えていらっしゃるからでしょう。

 ――『所詮は他人事であり、他国の問題だ』と。

 自国を最優先にするのは当然ですから、ガニアの自浄が期待できるならば、それが最善です。南としては、北に属する国を唯一抑え込めるガニアが潰れることなど、考えたくもないでしょう。

 私達は報復を完了し、イルフェナは満足できる決着――王弟夫妻への処罰とガニア王の今後――を見届け、そして他国は火の粉が飛ぶ可能性を防げた。

 ミヅキの言動に思うことがあれど、それが全てなのです。こういったことが可能だからこそ、ミヅキは魔導師と名乗っても許される――『世界の災厄』を名乗るにふさわしいと認められているのでしょう。


「落ち着くところに落ち着いたな。まあ……親猫の方は暫く、子猫に対する監視の目が厳しくなりそうだが」

「そうですよね。ふふ、エルには特に情報を伝えていませんでしたから、仕方がないでしょう」

「俺達が意図的に黙っていたことにも気づいてそうだな」

「潔く、ミヅキと共にお説教されましょうか。それもまた、良い思い出ですよ」


 笑いを含んだクラウスの声に同意しつつ、再びエルとミヅキに視線を向けます。そこには相変わらず、エルに拘束されたままのミヅキの姿が。

 ミヅキも嫌がってはいないので、何だかんだ言って、お互いが傍に居ないことが寂しかったのでしょう。日頃から始終べったりしているわけではないのですが……こういった時には本当に『仲の良い猫親子』なのです。

 普段は親猫の方が奔放な子猫に振り回されているように見えますが、叱られても、叩かれても、子猫は親猫の傍に居たがるのです。そんな姿を見れば、子猫が親猫を慕っているのが一目で判ります。周囲の目とて、変わろうというもの。

 家族のような情で結ばれた元・孤独な王子と異世界人。それはアルベルダ王ウィルフレッド様とグレン殿も同じでしょう。ウィルフレッド様も即位の前後は相当、苦労されたと聞いております。あの二人もきっと、エル達のようにお互いを守り合ってきたはず。

 そのような繋がりがあってこそ、異世界人はこの世界に様々な恩恵を与えてくれたのではないかと……最近は思っております。


※※※※※※※※※


小話其の二 『通話開始時、各国の皆様の反応』

――バラクシンの場合


「……」

「……」


 エルシュオンとミヅキの姿に、二人は揃って唖然となった。それも当然であろう……何せ、魔導師が保護者……じゃない、後見人に捕獲されているのだから。しかも、当の魔導師が嫌がっていない。


「あの二人は日頃、何をしているのでしょうね?」

「さ、さあ……? まあ、あのような姿が日常ならば、『猫親子』という渾名も理解できるな」


 ライナスの素朴な疑問に顔を引き攣らせながらも、どこか納得した表情のバラクシン王。それ以外に答えようがないとも言うだろう。


 ミヅキだけならばまだ判るが、どう見てもエルシュオンが捕獲している。


 エルシュオンのミヅキに対する態度が、どう考えてもおかしい。


 ただ……大変微笑ましく見えることも事実であって。


「お前も幼い頃はよく膝に乗せていたというのに……」

「陛……兄上!? い、今はそのようなことを思い出している場合ではないでしょう!?」

「可愛かったなぁ……王妃も上機嫌でなぁ……。それを……それを……! あの忌々しい教会派貴族どもが……!」


 ぎょっとするライナスをよそに、バラクシン王は暫し思い出に浸った。……が、その楽しい時間が長くは続かなかったことも思い出し、教会派貴族への殺意を滲ませるバラクシン王。


 ぶっちゃけ、エルシュオンが羨ましいのである。


 成長していようとも、ミヅキは保護者であるエルシュオンと距離が近かった。その仲睦まじい様子を見る度、バラクシン王の心に教会派貴族達への殺意が湧き上がる。


『畜生、イルフェナの猫親子が羨ましい……! あの幸せを返しやがれ、大馬鹿ども……!』


 国内の情勢が改善されたとはいえ、時間が巻き戻るわけではない。ライナスが昔のように甘えてくれることなど、もうないのだ。

 そう思う度、バラクシン国王夫妻のやる気は上がっていった。苦しい時の合言葉は『我らの幸福を奪い去った者に制裁を!』だったりする。

 ブラコンを嘗めてはいけない。拗らせると、それなりに怖いのだ。


「落ち着いてください! ああ、ほら、魔導師殿の解説が始まりますよ!」

「……む、そうか」


 ライナスの誘導に、『王の顔』になって魔道具へと向き直るお兄ちゃ……いや、バラクシン王。その落ち着いた表情は、先ほどとは別人のようである。

 バラクシン随一の苦労人、王弟ライナス。彼の献身により、バラクシンは今日もそれなりに平和である。


※※※※※※※※※


――カルロッサの場合


「……」

「……」

「……。セリアン? エルシュオン殿下はあのような方だったのですか……?」


 ずれてもいないモノクルに手をやりながら聞いてくるのは、カルロッサの宰相閣下。対するセリアンは頷きつつも目が死んでいた。

 王に至っては、映像をガン見したままである。エルシュオンに割と理解がある……というか、慣れてきたセリアン以外にとって、『エルシュオンに捕獲されたミヅキの図』は中々に衝撃映像らしかった。

 いや、それ以前の問題だろう。何せ、これは各国の王達と繋がっているのだ。


 それなのに、エルシュオンがミヅキを捕獲したまま、平然と参加している。

 どう考えても、これまでの『魔王殿下』のキャラではない。


 以前のイメージがそのまま――己の目で見たことがない、という意味で。報告は受け取っている――だった場合、偽物の存在を疑われても仕方がないことであろう。

 カルロッサではジークの部隊を除き、セリアンが辛うじて耐性があるくらいなのだ。そのセリアンとて、クラレンスと言う友人がいるからこそ、『見た目と中身が違う人っているよね』と過去に学んでいる。


「あれこそ『猫親子』と称される姿なのですわ。その、エルシュオン殿下は小娘に対し、過保護なのです。ガニアに飛ばされたのは突発的な事故だったようですし、気が休まらなかったのではないでしょうか」


 そんなことを口にしつつも、セリアンは知っていた……あの騒動の最中、騎士寮に住まう騎士達がミヅキの協力者となり、エルシュオンに極力、情報が届かないようにしていたことを。

 勿論、普段であればそんな真似はしない。今回は彼らの思惑がミヅキと完全に一致してしまったため、ミヅキが代表のような形になったからである。ぶっちゃけ、報復の実行役がミヅキだっただけだ。


「ふむ……エルシュオン殿下が魔導師殿に過保護とは聞いておったが」

「陛下、それも正しいのです。あの小娘が無茶ばかりをするため、過保護にならざるを得ないというのが真相と聞いておりますわ」

「「ああ、なるほど」」


 セリアンの解説に、王と宰相閣下が綺麗にハモる。ミヅキはこの国でも暴れたことがあるため、『無茶ばかりをする』という言い分に非常に納得できてしまうのだ。

 魔導師ミヅキ。彼女は『結果最優先・自己保身を全く考えない困ったさん』としても定評があった。万が一にも死んだりした場合はエルシュオンと彼の直属の騎士達の報復が恐ろしいため、これはあまり嬉しくない要素なのである。

 納得している二人を視界の端に収めつつ、セリアンはひっそりと苦笑を浮かべた。


「良かったですね、親猫様。子猫が無事に手元に戻って来て」


 似たようなことを思っているだろう親友を思い浮かべ、セリアンは魔導師の帰還を心から喜んだ。

この後、アルジェント達もミヅキ共々、お説教されます。

それでも後悔はありません。

『猫親子』な姿を目にした各国の様子はあんな感じです。

着々と魔王殿下なイメージが壊れていっている親猫エルシュオン。

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