黒猫、親猫に捕獲される
王弟夫妻の断罪を終えた後。私は王弟夫妻の心を折ると、すぐに帰路についた。
これには理由がある。こう言っては何だが、ガニアが対処しなければならない問題は王弟夫妻のことだけではない。最低限、異世界人召喚と王弟殿下の派閥がやらかしたことを把握しなければならないのだ。特に、ティルシア発の毒問題は重要。
そうなると、私が居たら拙いのですよ。何せ、ガニアには『魔導師を駒として使った』という事実がすでにあるのだから。
私が居るだけで、どれほど頑張っても『魔導師が助言したのではないか』という疑惑が湧く。それを避ける意味でも、ガニアに居るのは宜しくない。
勿論、リヤンと三人組のことはきっちりお願いしておいた。その結果、三人組はそのままシュアンゼ殿下の子飼いとなり、リヤンは神殿に身を寄せつつ妹を偲ぶことになったのだ。本人達の希望に沿った形に落ち着いたとも言う。
……。
そだな、聖女様の『姉様崇拝日記』はまだまだ沢山あったもの。
あれを読破し、この世界での妹の姿を知ることが、リヤンにとっては最重要項目。後、妹の墓守。やはり、妹の墓を暴いた事実が許せないらしく、自らの手で守ることにした模様。
まあ、リヤン自身も強い上に大司教様がついているので、彼女は大丈夫だろう。三人組やシュアンゼ殿下とも知り合わせておいたので、それなりに協力関係は築けると思う。
とりあえずは三人組から色々とこの世界のことを学ぶらしいし、私への連絡手段も与えておいた。何かあったら、私に話が来るだろう。
ちなみに、王弟夫妻の心はしっかりと折らせてもらった。再起不能に近いと思う。
なに、水の中に突き落とし、溺れる一歩手前で救助することを繰り返しただけだ。
当然ながら、意味がある。微妙な表情で見守る人々に対してもしっかりと説明済みだ。これ、元の世界で読んだ本に書かれていた話が元ネタだったりする。
『抵抗や回避が難しい苦難の中に長くいると、抗うことを無駄と学習し、逃れる努力をしなくなる』
精神的なストレスによる、学習性無力感というものだ。『抗うことは無駄だと痛感し、抵抗を諦める』……学習能力が悪い方向へ活かされる、という感じ。
王弟夫妻にとっての絶望は私だけがもたらすものではない。『周囲で見守る人達が助けようとしないこと』も立派に一因になるのだよ。
だって、王弟夫妻は最期の瞬間まで『王族』なのだから。最高位にあるはずなのに、誰も手を差し伸べようとはしない……そんな状況になれば、嫌でも『自分達に味方はいない』と実感する。
何より、騎士達が私を咎めない! 『私の行ないが正しい』とも、『王が望んでいる』とも言える状況です。ガニア王に見限られたことを心底、理解できるだろう。
王弟殿下の派閥の貴族達も、今は王弟夫妻の擁護などできない状態だ。ガニア王が王弟殿下を見限ることを決定したのは、謁見の間……『他国の王族達の前』。
ここまですると、迂闊なことはできまい。下手をすれば、ガニア王への反逆とも見られてしまう。自己保身の意識が強い貴族ならば、絶対に何もしない。
忠誠心がある奴ならば、処罰覚悟で救助に当たるのかもしれないが……はっきり言って、逃げ場がない状態だ。密告される可能性も含めると、危ない橋は渡るまい。
そもそも、ガニアは王弟夫妻を逃がすことの拙さを理解できているため、監視が徹底されている。『派閥に関係なく、拙いこと』なのだ。これも今後の評価に関わってくるため、ガニアも本気を出すだろう。
脅えきった王弟夫妻に待つのは、死へのカウントダウンのみ。誓約によって自殺もできず、彼らは絶望を抱えながら、これから一年を生きていくのだ。それが彼らへの処罰なのだから。
これで私のお仕事はお終い! めでたく騎士寮へと帰還です。今はガニア王の本気が試されている時期とも言えるので、次代のためにも今後の頑張りに期待したい。
……で。
無事にイルフェナへと戻ってきたわけですが。
「ミヅキ、今回のことで私に言っていないことが沢山あるよね?」
こんな台詞を、笑顔の魔王様からいただいてしまいました。帰還早々に毎回恒例、お説教のお時間です。
……。
うん、魔王様がそう言い出すのは判るんだ。だけど何故、私が協力を願った国にも通信が繋がっているのかなぁ……?
『当然だろう? 俺達だって舞台裏は知りたいからな』
「ウィル様……」
『お前が【身分差で負けるから】なんて理由だけで、俺達を引っ張り出すはずはないだろう? 多忙なのは知ってるよな? そうしなければならなかった理由があると思うのは当然だろうが』
「ルドルフ……」
他の皆様方も口々に、二人の言い分に賛同している。どうやら、私が速攻で戻ってくるのを予想していたらしく、先手を打って待ち構えていたらしい。
そんな私は、椅子に座った魔王様の足の間にちょこんと座ったまま……魔王様に全身で拘束されていたりする。どうやら、何も伝えなかったことが気に食わない模様。
これを見た人々の反応は推して知るべし。ルドルフに至っては『親猫に捕獲された子猫か、お前は!』と言って、爆笑しやがった。口に出したのはルドルフだけだが、誰もが思っていることなのだろう。
平和になりましたね、親猫様。『誰もが恐れる魔王殿下』だったのに、今ではすっかり『子育て(養子)に苦労する親猫(雄)』ですよ。……良いか、悪いかは、別として。
ジト目になりつつもそんなことを考えていたら、魔王様が軽く頭を叩いた。……考えていることがバレたようだ。視線を向けると、早く話せと促される。
「ほら、さっさと喋る! 忙しい人達ばかりなんだからね」
「はーい! ……で、どこから話せばいいんですか?」
「全部だよ。誘拐のことは話がついているから、『君が何故、他国の力を必要としたかについて』だね」
魔王様の口からも、皆と同じことが告げられる。やはり、一番の疑問点はそこなのか。まあ、私の性格を知っているからこそ、不思議なのだろう。
「今回の私の目的は王弟殿下です。そして、私の共犯者はシュアンゼ殿下。これは皆様にも伝えていますし、今更な情報なんですが……最大の壁は『国を二分する王弟殿下の派閥』ではないんですよ」
「あれ、最初はそう言ってたよね? 他にもあったのかい?」
「いえ、最初は単純にそう思っていたんです。だけど、お茶会で目にした王弟妃殿下のお仲間の数が予想以上に多かったことに加え、私の立場が弱いじゃないですか? 異端だからこそ、派閥に関係なく貴族から疎まれる可能性があるなって。徹底的に外堀を埋めないと、異世界人への認識に打ち負ける可能性があることに思い至ったんですよ」
王弟夫人のお仲間=派閥の家の数。『国が割れる』という言い方は、決して過剰な表現ではない。まして、派閥のトップは『本来ならば王になるはずだった』王弟殿下。つまり、元から発言力が強いのだ。
それに加えて、ガニアでは未だに異端が軽視される傾向にある。異世界人は特に、扱いが悪い。そんな前提の中、『魔導師だろうとも、民間人扱いの異世界人』な私が抗議したところで、賛同を得られるかは怪しい。
「私の扱いは最底辺と見た方がいい。これを前提とする場合、私の扱いその他について抗議したところで、それなりの謝罪一言で終わりでしょう。間違っても、『他国からの客人と同等にはならない』。……言い方は悪いですが、北だからこそ、私の置かれた状況は当然とされる可能性が高かった」
『まあ、そうであろうな。ガニアでの実績もなしに、扱いを変えることはあるまいよ』
キヴェラ王が私の言い分を支持すると、他の人達も賛同するように頷いた。やはり、その可能性が高いと判断せざるを得ないのだろう。
「それを防ぐために、人脈を利用しました。他にはイルフェナとコルベラから人を招いたことですね。『他国の王族が味方している』こと、そして『イルフェナが抗議する可能性がある』こと。この二点をガニアに印象付ける必要があったんです」
『ん? 魔導師殿、我らを自分の味方とガニアに言ったのかね?』
「いいえ? ですが、『あのお茶会に関しては』賛同を得られたじゃないですか。それを勝手に勘違いしてくれただけですよ」
バラクシン王の疑問はもっともだが、私は『他国の王族達は私の味方です』なんて言っていない。そもそも、お茶会での態度について尋ねた手紙じゃないか。
まあ、多少は親しさを匂わせるような発言もしたが、ルドルフやセシルとは本当に親しいので嘘ではない。
「ガニアは北の大国ですから、内部で盛大に揉める可能性も考慮し、貴方達に情報を提供しておくべきと思ったのも本当ですよ。混乱は最小限に……揉めるならば、ガニアだけにしてもらいたいですから」
『なるほど。それで我が国も関わらせたのか。確かに、イルフェナ以外が出てくれば、その勘違いにも拍車がかかろうというもの』
「ええ。あれは偶然でしたが、コルベラならば私が関わっても不思議はない。……お兄さんとも顔見知りですしね、『親しく付き合っている国』というのも嘘ではないでしょう」
『うむ、確かにそうだな。ガニアに問われようとも、セレスティナのことで世話になったという【事実】を伝えればいいだけだ』
利用したのに、コルベラ王は特に怒らずにいてくれるらしい。これは情報の提供と相殺された感じだろう。でなければ、チクっとお小言くらいは来るはずだ。
……実は、コルベラからはお兄さんが来ることを期待していた。セシルでは作り上げたセレスティナ姫のイメージが崩れるし、他の人達とは親しくない。消去法で、お兄さんが来るだろうとは思っていた。
そして、お兄さんと私が割と親しいのは嘘ではない。『王族と仲良しですよ』というアピールには最適だった。コルベラ王とて、北では異世界人の扱いが悪いと知っているだろう。それを見越しての人選だったと、私は見ている。
「幸い、シュアンゼ殿下も我慢の限界が来たらしく、やる気でしたから。彼ならば、途中でへたることがないと思えたので、共犯者に望みました。……ガニアで最も厄介なのは王弟殿下でも、その派閥の規模でもなく、ガニア王です」
『あ〜……魔導師殿はガニア王こそが最大の壁と考えていたのだな?』
「……ですから、皆様の存在が必要だったんですよ。どんな事情があろうとも、『私』が黙らせた場合の弊害が大き過ぎますし、反発は必至です」
カルロッサ王の問いには肯定を。この国には自分の一族にさえ厳しい目を向ける宰相閣下がいるので、その差は歴然としている。
もっとも、宰相閣下が特別厳しい人かと言われれば、そうでもない。極当たり前の決断を即決できるか、多少の猶予を持たせるかという程度の差だ。相手を処罰した場合の影響を考えると、後者も間違ってはいないだろう。
「あの人が行動できていれば、ガニアはあの状態になっていないでしょう。それなりに従う人がいて、『行動できる』忠臣だっている。それでもあの状態だったのは、最高権力者がストップをかけていたからだと思いますよ?」
「ミヅキ、それにいつ気付いたんだい?」
「割と最初から。思い切りが悪過ぎでしょう、あれは。ただ……おそらくですが、元々の教育の中で『王位は弟が継ぐ』、『第一王子は弟を支える存在』という二点が徹底されていた可能性が高いです。辺境伯のお嬢様が妻になる以上、王に反意を抱く可能性は徹底的に潰されるでしょうから」
魔王様は意外そうだが、これはシュアンゼ殿下の傍に居たら判るだろう。シュアンゼ殿下の認識とて少々おかしなことになっている――自分に価値を感じていなかったり、役立たずと見下されても怒らない――ため、『幼い頃からの刷り込みって怖ぇな』と思わざるを得ない。
戦狂いがいる以上、辺境伯との繋がりは必須。だが、第一王子に王になるという野心を覚えてもらっては困る。
それを危惧した結果、洗脳紛いの刷り込みが行なわれていたんじゃあるまいか。シュアンゼ殿下の存在も、そういった考えに拍車をかけていたような気がする。
また、王弟殿下の派閥にファクル公爵がいたこともその一因だろう。『自分は貴族達に認められておらず、王に相応しくないのではないか』という不安は常について回ったに違いない。
実際は、ファクル公爵は王弟殿下やその派閥の押さえに回ってくれていただけなのだが、ファクル公爵も中々に癖のある性格をしているため、それらを悟らせなかった可能性も捨てきれない。
「私だって、ファクル公爵がすでに次代を見ていたからこそ、好き勝手できたんですよ。あの人が今代を見限っていなければ、どこかで妨害されたでしょうね」
「どうしてそう思うのかな?」
「ファクル公爵、滅茶苦茶タイミングよく飲み会に混ざって来たんですよ。しかも二回。これ、どう考えても、こちら側の情報収集をしているでしょう。それでも『動かなかった』んですよ、あの人」
ファクル公爵は『この状況を歓迎している』と言い、次代に期待していることを匂わせた。
私は『ガニアという国に興味はない』と断言しつつも、『米のためなら頑張る』と言い切った。
ちなみに、『米ゲット!』=『ガニアとシュアンゼ殿下の安泰』であることは言うまでもない。遠回しな言い方だったが、ファクル公爵はこれで私を敵認定から外したと思われる。
たかが酒の席と言うなかれ。飲み会という政治的要素を除いた場で、私達は本音をぶちまけあったのだ。それがあったからこそ、私は行動できたと言っても過言ではないだろう。
あの国で一番怖いのは、間違いなくファクル公爵だ。逆に言えば、『彼の地雷さえ踏まなければ、それなりに好き勝手ができる』。
シュアンゼ殿下の共犯者であり、テゼルト殿下とも面識があり、リアルタイムでガニアという国の被害者、それが私。
私がガニア王に要求した『誠意ある態度』の必要性も、ファクル公爵は要求される前から気づいていた……その上で『私が抗議していない不自然さを見逃した』。
その方が彼の望みに添う展開になると判っていたからであり、あとは……魔導師の遣り方に興味津々というか、面白そうだったんだろうな、多分。
「そうは言っても、私が王を糾弾なんてすれば、貴族達……これは派閥に関係なく、ガニアの貴族という括りですね。彼らからの反発は必至です。ガニア王の権威を揺らがせたくないシュアンゼ殿下達も参戦してくるでしょう。だからこそ、『それが言えない状況にすること』が重要でした」
『それで、ミヅキは俺達をあの場に呼んだんだな? お前があの場で、俺達を納得させられるかどうかにかかっているだろうが、それでも大半は南の国……異世界人や魔導師に対する扱いは北よりも良い。それに加えて、お前に借りを返す絶好の機会だ。納得できる状況であれば、俺達はお前に賛同する』
「あは、さすが私の親友! 内政干渉にならないギリギリの状態だけど、『他国の王族からの意見』は無視できないでしょう? だって、『国の代表者としてあの場に参加している以上、個人的な意見ではない』もの。魔導師の意見はシカトできても、他国の王達の語る『常識』は無理よね」
正解! とばかりに、笑いながらルドルフに拍手すると、微妙な空気が漂った。魔王様は頭痛を耐えるような表情だ。ルドルフが呆れた眼差しを向けてくる。
『お前さぁ……物凄く性格が悪い。それ、遠回しにファクル公爵と組んでガニア王を追い詰めた挙句、面倒事の後始末全てを押し付けたって言わないか? 筋を通したように見えるけど、要は【南の常識を北に持ち込んだ】ってことだろ?』
「元から責任を取るべき立場じゃない。最終的に色々と盛った気がするけど、次代のためだもん。些細なことです、尊い犠牲です」
『それはそうなんだが……問題が山積みになるだろう? 荒れるんじゃないか? ガニアは』
「だから、速攻で帰ってきたんじゃない。まあ、心配するほど荒れないと思うよ? 散々喧嘩売られたから、その度に見せしめにしまくってきたし! 何より、私が『殺せる人間』だってことが知れ渡ってるのよ? おかしな真似をしてみろ、今度こそ、速攻で実力行使して沈めてやる」
魔導師の伝承って、国とか滅ぼしてるじゃん? ある意味、実力行使は魔導師らしい遣り方ですぞ? 私がそれを行なわないのは、魔王様という保護者がいるからだ。
ファクル公爵あたりはこれに気が付いているので、内部が荒れそうな時には脅し文句として使うと推測。恐怖伝説のネタには苦労しないので、一時的には大人しくなるだろう。
「判った、もう十分だ。つまり、ガニア王に決断させるための脅迫材料として、我々が必要だったと。君の役割は、ガニアでその状況を整えることだったのか」
「判りやすく言えば、それに尽きます。暴力だと、後で責任問題といった面倒なことに発展しますから。外交方面に影響が及ぶとなれば、ガニアも譲歩せざるを得ないじゃないですか。そもそも、他国の王達は『私の言い分に納得してくれただけ』であって、『集団で脅迫したわけではない』。結果的に、ガニア王が追い込まれる形になっただけですよ」
嘘は言っていない。最終的に二択にまで迫ったが、そこに到達するまでに、私はガニア王自身さえも納得させているのだから。
しかも、その目撃証人はガニアの貴族達。彼らがあの場で『待った』をかけなかった以上、後からガニア王が責められることもない。
「ほら、完璧! 脅迫紛いだろうとも、その証拠さえなければいいんですよ! 私は超できる子です!」
「違う……いや、結果を出す能力は申し分ないけれど! それは自己中の果ての行動じゃないか、ミヅキ……」
「報酬に目が眩もうとも、最良の結果に導けばいいんですよ。ガニアにとって、あれが最良の決着だと言い切れますもん!」
「そうだけど……それも事実だけど、もっと真面目にやろうとは思わなかったのかい……?」
「真面目にやっていられない状況でして。痛!? 叩かないでくださいよ、魔王様!」
「喧しい!」
いつもの遣り取りをする私達を中断させたのは、ティルシアの楽しげな笑い声。
『ふふっ、やっぱりミヅキは楽しい子ね』
「……。あのさ、ティルシア。さっきから思ってたんだけど、何故、あんたがこの場に参加? サロヴァーラ王はどうしたの?」
『私の方が話しやすかろうって』
……それ、同類認定されただけじゃないかね? ティルシアさん。めでたく、お父様からも女狐認定されました?
ガニア編はこれで終了。後は幕間にて番外です。
速攻で帰ってきたのに、他国の王達から説明を要求される主人公。
『後ろ盾が欲しかった』では納得してくれない人達の助けを借りると、
こうなります。
※魔導師18巻が12日に発売となります。ガニア編、スタートです。




