黒猫はお家に帰りたい 其の二
「く……! 貴様、このようなことをして、ただで済むと」
「思ってるに決まってるじゃない。化け物扱いしておいて、身分制度が適用されるなんて思うな」
意外と元気な王弟殿下にそう返しつつ、もう一発見舞う。膝を突いたところで肩を踏み付け、杖の先を首筋に突き付けた。さすがに、周囲の人達の顔が引き攣る。
はっはっは! 私は絶賛悪役ですね! しかし、気分は爽快だ!
悪役でいいじゃない。ガニアでの評判が地の底に落ちようとも、全く問題はない。私に連なる三人組や異世界人であるリヤン、シュアンゼ殿下あたりに八つ当たりがいきそうだが、彼らは大人しくやられるような性格をしていない。
特に、現時点では妹以外に価値を感じていないらしいリヤンは、速攻で手が出そうな印象だ。
私に次ぐヤバイ異世界人、リヤン。彼女は武闘派らしく、即実力行使に出るだろう。
っていうか、リヤンには身分や人脈というものがないため、己が力しか対抗手段がない。必然というか、当然の流れなのですよ。助っ人を依頼されたら、私も喜々として駆けつけるつもりだしね。
「足の動かない実の息子を出来損ない呼ばわりして見向きもしなかった奴が、国なんて背負えるわけないでしょ。自分が力不足過ぎるだけなのに、『王になれなかったのは兄のせい』だと? いても、いなくても、あんただけは王になる未来なんざ、ねぇよ! いいとこ、種馬扱いだ。寧ろ、役目があるだけ今よりマシ」
「私は筆頭魔術師であるぞ!」
「はっ! あの程度のお粗末な魔法しか使えない上、やって良いことと、悪いことの区別もつかない奴が、ねぇ? いいのかなぁ、そんなことを言って。あんたの言い分を認めると、ガニアの魔術師全体のレベルが低いってことになるのに」
最上位の評価が下がれば当然、その下に続く者達の評価も下がる。誘拐未遂、『世界の災厄』たる魔導師に喧嘩を売る、そして……禁忌である異世界人の召喚。
これらをやらかした魔術師を認めることこそ、ガニアにとって汚点じゃないか。各国の王族に目撃されている以上、個人の評価に留まらないぞ?
「あ……貴女は何様のつもりですっ! こんな、こんなことをして……っ」
聞こえてきたヒステリックな声に視線を向ければ、王弟夫人が若干震えながらも睨み付けていた。その視線は、ちらちらとファクル公爵へと向けられている。
なるほど、私に恐怖を感じてはいるけれど、ファクル公爵が庇ってくれることを期待しているのか。王弟殿下の強気な言葉も、この場にファクル公爵を始めとした派閥の貴族達が居ることが原因だろう。
ただね……そのファクル公爵は貴女の視線に素知らぬ振りをしてるんですが。
ファクル公爵から見捨てられてませんか、お二人さん。
愛国者な公爵様は、この場で親子の情を出すほど甘かねぇぞ?
そもそも、王弟夫人とて、私に喧嘩を売って来た『敵』。ならば、この場で潰してしまっても構わないだろう。
彼女は非常にプライドが高く、他者から見下されること……劣ると思わされることを嫌う。そして、ここは他国の王族もいる公の場。
さあ、レッツ報復♪ 沈んでもらうぜ、王弟夫人!
「何様? 『世界の災厄』こと魔導師様だよ、文句ある? 性別不明の洗濯板は黙ってろ。その金切り声、物凄く耳障り」
「は……?」
一瞬、何を言われたのか判らなかったらしく、ぽかんとした顔になる王弟夫人。そんな彼女を綺麗にシカトし、私はサロヴァーラ王へと顔を向けた。
「サロヴァーラ王。申し訳ありませんが、ティルシアを出してくれません?」
『ん? ティルシアに用かね?』
「ええ、そんなところです」
頷くと、サロヴァーラ王は快くティルシアへと場所を譲ってくれたらしい。即座に、ティルシアが映し出される。……元気そうじゃねーか、女狐様。前に会った時よりも格段に、生き生きとしてらっしゃるようで何よりだ。
『お久しぶりね、ミヅキ。私に用かしら?』
「ティルシア、久しぶりー! ちょっとそこに居てくれない? 比較対象にしたいんだよ」
軽く片手を上げて、親しい友人のアピールを。サロヴァーラは今、大変な時だしね。こういった友人関係のアピールもまた、サロヴァーラの助けとなるだろう。
事実、ティルシアもそれが判ったのか、笑みを深めた。言葉にせずとも、私の意図するものは伝わったらしい。
さて、準備はこれくらいでいいだろう。怪訝そうな顔をしている王弟夫人に対し、私はにやりと笑う。
「な……何よ!」
「……まず、ガニア王妃様」
言いながら、王妃様へと顔を向ける。皆も釣られて私に倣った。いきなり集中した視線に、王妃様は少々戸惑ったようだが、それでも臆することなく微笑んでくれた。
王妃様は賢いだけではなく、ナイスバディな美女である。若く見えるが、年齢的には熟女枠。
「次にティルシア」
同じようにティルシアへと皆の視線を誘導。ティルシアは私の目的を察したらしく、若干、胸元が見えるように動いてくれた。
性格はアレだが、ティルシアの評価は『聡明な王女』。勿論、プロポーションも素晴らしい。
その後、視線を王弟夫人に戻して、その寂しい胸元を蔑んだ目で見つめる。皆も視線も当然、動く。
「以上、王族の女性。私が知っている王妃様やその立場に準じる人って、全員がナイスバディ。王妃は外交も担うから、賢くないと駄目。あんた、そのどちらもないでしょ? 洗濯板さん?」
「なっ!?」
「王妃様主催の茶会、しかも当日に、無理矢理私を参加させる非常識な人だものねぇ? それで私に返り討ちにされるなんざ、笑い話にもならねーよ。自分から仕掛けといて負けるとか、情けなくない?」
胸と頭の出来を比較されたのが判ったのか、王弟夫人は顔を真っ赤にしてわなわなと震えた。はは、漸く気付いたか!
私の視線を辿った野郎どもから向けられる、気の毒そうな視線!
自分の奥方を思い出しているのか、納得の表情で頷いている王族の皆様!
性別以前に、最初から比べるのもおこがましいレベルで差がある魔王様の美貌!
『……ミヅキ。君、今の視線は何』
「お気になさらず。今日も親猫様は美しいなって思っただけです」
何 故 、 気 づ く ん だ よ 。 親 猫 様 … … !
親猫様はジトッとした目で私を見ているが、気にしない! だって、明らかに王弟夫人へのダメージが加わったもの!
そもそも、ルドルフとキヴェラ王、ウィル様はひっそり横を向いて肩を震わせている。他にも爆笑している奴がいるはずだ。特に騎士寮面子とかセイルあたりは笑っているだろ? 絶対に。
ガニアの皆様はさすがに笑いはしなかったけど……それでも否定の言葉は上がらない。
そだな、無理なものは無理。比較対象が王族ですもの、迂闊なことも言えまい。
残酷だろうとも、フォローさえ無理と思わせた現実から目を背けちゃいけないよね!
「こ、こんな……王弟『妃殿下』と呼ばれる私に、これ程の屈辱を味わわせるなんて……!」
「屈辱? ただの現実でしょ。だぁって」
わざとらしく片手で胸を押し上げ、王弟夫人に向かっていい笑顔を向ける。
「私だって、人並みにはあるもの。……胸の揺れを感じろとは言わん。凹凸が服の上から判るようになってから胸と呼べ、絶壁が!」
「くぅ……!」
個人的には、スレンダーな人もそれなりに良いと思います。個人ならば、見せ方の問題だろう。
しかし、『王妃』とは国の顔の一人……『その国において、女性の頂点に立つ存在』。見た目なり、頭脳なり、他者をそれなりに納得させる要素が必要だろう。
王弟夫人の場合はその立場に伴う責任や重圧をすっ飛ばし、『女性としての最高位』のみに拘っていた節がある。だからこそ、こんな見た目の批判だけで簡単に沈む。
そんな中、リヤンが不思議そうな顔で尋ねてきた。
「ミヅキ、ある程度は判るけど、この世界では見た目ってそれほど重要なの?」
「ん? いや、最高位の女性に相応しい要素があれば大丈夫だと思う。容姿はオプション程度かな?」
「じゃあ、何故ここまでするの?」
……一応言っておくが、リヤンに悪意は全くない。そう、欠片の悪意もなく、純粋に不思議に思っているだけなのだ。
ただ……それはズタボロになった王弟夫人に塩を擦り込む所業でしかない。勿論、リヤンは気づいていなかった。
そこを悪乗りするのが私であ〜る! リヤン、無自覚ながらナイス・アシストだ!
「褒める要素が見つからないし、一番納得できそうじゃない? そもそも、誰の目にも明らかだから、否定しようがないじゃない! 現実を受け止めることも必要だと思う」
「……確かに。見下しているはずのミヅキに喧嘩を売った挙句、ボロ負けした過去って恥ずかしいわね。見た目も明らかだし、洗濯板や絶壁って喩えも的確だと思うわ」
「……ソウダヨ」
納得できたのか、リヤンは嬉しそうだ。その場に、微妙な空気が満ちる。
リヤンに悪意はないはず。……そう、悪意はないと思いたい。リヤンの様子を見る限り、意図してやらかしたとは思えないもの。
誰もが、突っ込みたくても突っ込めない雰囲気です。天然入ってないかい、リヤンちゃん。
そして、そんな雰囲気を壊す……もとい、ぶち壊して悪化させるのが、我らが女狐様だった。
『そうそう、ミヅキ。折角の場だから、伝えたいことがあるの』
「ん? どうした? ティルシア」
唐突に聞こえてきた声に顔を向けると、ティルシアはにこにこと笑いながら、爆弾発言をかました。
『私が使っていた、茶葉に入れる毒があったでしょう? あれは【ガニアから手に入れた】のよ。あれが使われなくなったのは、魔道具の普及以外にも理由があってね? とても繊細で、育ちにくい植物なの。その手間を考えると、高額でも割に合わないそうよ?』
「へぇ? 私の世界にも温度管理とか、ちゃんとやらないといけない植物はあるわよ? そういった設備がないこの世界だと、代用するものは……」
ちらり、と王弟殿下に視線を走らせると、ティルシアは笑みを深めて頷いた。
『当然、【魔法を使う】のよ。魔石の代金も馬鹿にならないし、【栽培している者が魔力の高い魔術師でもない限り、作ることは不可能】でしょう。もしくは【それが可能な魔術師が身近にいる】か。こっそり作るなら、【場所の確保も必要】ね。どうしても、栽培できる環境を持つ者は限られてくるわ』
「なるほど〜! つまり、『魔石を用意できる金があって』、誰にも知られることなく栽培できる場所……『たやすく人が踏み込めない私有地を持っていて』、『栽培に必要な魔法が使えて』、『王族のティルシアに売り込める立場』と」
『そんな感じになるでしょうねぇ』
ティルシアは『取り引きをした人間の名を言っていない』。ただ、『あの茶葉について説明してくれただけ』だ。
私もその事件には関わっているから、『折角会えたし、ついでに言っておこうと思った』程度の言い訳が可能だろう。
ただし! この場におけるこの暴露は、更なる疑惑を王弟殿下とその派閥へと向けさせることになる。
王弟殿下が筆頭魔術師であることを、この場に居る全員が聞いてしまっていたり。
その王弟殿下が異世界人召喚なんて禁忌さえ、平気でやらかすお馬鹿さんだったり。
王弟殿下の取り巻きの魔術師達には貴族もいる上、魔王様の誘拐をやらかすほどに心酔する者もいると知れている。
おいおい、更に詰んでねーか? 王弟殿下の派閥。王弟殿下自身が関わっていなくとも、無関係では済まないだろう。
そもそも、その毒はイルフェナとサロヴァーラで使われてしまっている。他国とて、無視できない案件だ。
そんな情報をティルシアはもたらしてくれた。対ガニアへの切り札ともいえる案件だろうに、この場でカードを切ってくれたのだ。これが彼女なりの感謝なのだろう。『サロヴァーラの一件では世話になった』と。
「女狐様、素敵……! この場でわざわざ暴露するその性格、大好き……!」
『あらあら、私もミヅキが大好きよ。 【世界の災厄】と呼ばれる魔導師ですものね。それ以上に……』
ぐっと親指を立てる私に対し、ティルシアは上品に微笑んだ。そんなティルシアの目が怪しい光を宿す。
『私達……【お友達】じゃない』
ピシッと周囲が凍り付く。唐突にもたらされた毒の情報にざわめいていた人達はシン……と静まり返ると、一斉に私とティルシアに顔を向けた。
『第一王女と異世界人はお友達』ならば身分を超えた友情物語で微笑ましいが、『サロヴァーラの女狐と魔導師はお友達』の場合は死ぬほど怖い。しかも、言葉遊びは妙に息が合っていた。
何より、『ティルシア姫がこの場で魔導師に味方をしたのは事実』。ガニアへの切り札を譲ったとも受け取れるので、今後は魔導師がサロヴァーラのために動く可能性も出てきた。
勿論、私もご恩返ししますとも! 長い付き合いになりそうだね〜、ティルシア?
「おお、超仲良しだよね! 一緒に裏工作を考える程度には」
『まあ、ミヅキったら!』
楽しげに笑うティルシアからは、否定の言葉が紡がれない。今後、私が口にしたことが事実として広まっていくだろう。
嘘ではないぞ、皆の衆。魔導師と女狐様はキャッキャウフフと戯れ合う仲です。たまに蹴り合う可能性もあるけれど、基本的には仲良しと言ってしまってもいいだろう……多分。
更なる脅威の出現に、もはや誰も王弟夫人へと意識を向けていない。王弟夫人はがっくりと首を垂れて、へたり込んでしまっているが……その哀れな姿を見てさえ、救いの声はかからなかった。
そんな彼女の姿に、私は満足げな笑みを浮かべる。
貴女達の派閥なんて、所詮はハリボテ。誰もが自分のことが最優先の輩の集まりだから、こういった時にあっさりその脆さを曝け出す。
忠誠心のない配下なんて、何人いようとも怖くないんだよ。『忠誠ゆえに、何をしでかすか判らない』からこそ、忠臣は恐れられるのだから。
――私は『魔王殿下の黒猫』だもの。飼い主に牙を剥いた奴に、容赦なんてするはずないでしょう?
VS王弟&王弟夫人。今回は主人公の助っ人にリヤン(無自覚)とティルシア。
内容的に男性陣が加われなかっただけで、他国では爆笑している人もちらほらと。
女狐様と黒猫は本日も元気一杯。笑いながら、他者を地獄に突き落とします。




