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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
ガニア編
313/694

騎士達は笑う

――イルフェナ・騎士寮にて(アルジェント視点)


「おや、ついに決定打を見つけましたか」


 思わず呟けば、クラウスがこちらを振り向いた。


「ほお……ミヅキからの連絡がきたのか」

「ええ。エルもまさか、私に個人的な連絡があるとは思っていないでしょう。ミヅキはエルに諫められたくないと思っていますし、イルフェナにも動きを悟られない方がいい。そもそも、魔法関連のことを聞くならば、連絡を取るのはクラウスの方ですから」


 さらっと言ってはいますが、私が口にしていることは『主に対し、黙秘していることがある』という意味に他なりません。ですが、それを聞いているクラウスや他の騎士達は、共犯者の笑みを浮かべるだけでした。


 当然です。我らは主を害されたことに対し、未だ、憤っているのですから。


 主であるエルはいらぬ争いを起こしたくはないようですが、それとこれとは話が違います。そもそも、ミヅキにこのような行動を起こさせるガニアの方がおかしいのです。


「まったく……折角、エルが誘拐未遂のことを不問にしたというのに。ミヅキとて、あれで済んでいれば、ここまでのことをする必要を感じなかったろうに」


 手紙に目を通していたクラウスの言葉に、私や騎士達も納得の表情で頷きました。本当に、クラウスの言う通りなのですから、反論が起こるはずもありません。

 そう、ミヅキとて、最初はここまで大掛かりなものにする気はありませんでした。

 そもそも、ミヅキは基本的に元凶のみを狩るのです。そして、それは『報復』に限定されておりました。

 本人が面倒がることも一因でしょうが、エルが望まないことを知っているため、最小限の報復で収めている節があります。破天荒な黒い子猫は、親猫には従順なのです……本当に懐いているのです。

 今回とて、ガニアがおかしな態度を取らなければ、王弟殿下とその配下たる魔術師達だけで済むはずでした。


 ミヅキは魔導師なのです。『世界の災厄』に仕掛けておいて、無事で済むはずはありません。


『喧嘩を売られたから、買った』という言い分の下、さっさと始末……いえ、正当な報復を行なえばいいだけ。

 ミヅキの性格や遣り方は他国にも知られていますから、非常に納得してもらえるでしょう。何より、イルフェナは『確かに魔導師が攻撃された』という、証拠を用意できるのですから。

 その行動に待ったをかけたのが、シュアンゼ殿下の存在なのです。まあ、ミヅキは義理堅い性格をしていますので、彼が巻き添えをくらうことは許せなかったのでしょう。


 それを見越して、ミヅキはシュアンゼ殿下を共犯者に望み。

 エルはミヅキに『シュアンゼ殿下を守れ』と命じました。


 エルとしては、ミヅキがガニアで行動する際の後ろ盾のような認識をしていたのでしょう。王弟殿下のご子息の恩人であれば、最低限の扱いは約束されるだろうと。

 ところが、ガニア王を嘗め切っていた王弟殿下とその派閥の方々は、我々の想像以上に愚かだったらしく。何故か、ミヅキはガニアの権力争いに巻き込まれたようでした。

 ……繰り返しますが、ミヅキは『我がイルフェナの所属』であり、ガニアでの扱いは『シュアンゼ殿下の恩人』です。シュアンゼ殿下の足を治した経緯から、魔導師ということもバレているでしょう。

 それなのに、手を出してくるとは……正気を疑ってしまいます。

 ガニアの皆様はミヅキを『シュアンゼ殿下の協力者』という感じに捉えているようですが、実際は巻き込まれているに過ぎません。誘拐の件は話がついておりますが、ミヅキを害することを許した覚えはないのです。

 その結果、ガニアという『国』はミヅキから見て『自分に喧嘩を売り続けている国』という認識になりました。


 報復相手はもはや王弟殿下ではありません。彼も含めた『国』なのです。


 ガニアがまともな判断を下せているなら、二人の敵は王弟殿下のみだったはず。何より、ミヅキの魔法はほぼ万能と言ってもいい。言い方は悪いですが、『事故のように見せかけた暗殺』、『突然死に見せかけた暗殺』といった方法も取れるでしょう。

 これはクラウスが口にしていたので、確実にこなせるとみて間違いありません。ミヅキは自分が部外者という自覚があるため、普段は最終的な決定を『その権利がある者』に譲っているだけなのですから。

 波風を立てない意味でも、その判断は正しいと思います。ミヅキが問題行動を起こせば、非難の矛先はエルにも向きますので。


「ミヅキも怒り心頭なんだろうさ。王弟殿下の失脚だけでもやりにくいのに、その派閥との打ち合いまで任されている状態だからな。普通ならば、巻き込まれないように守らなければならない。いくら、自分達に都合がいいといってもな」


 呆れたようにクラウスが呟けば。


「ミヅキがわざと判りにくいようにしているかもしれませんよ。あいつ、そのことについて抗議なんてしていないんでしょう? 寧ろ、積極的に協力者のように振る舞っているのかも」

「そうそう、絶対にわざと黙っているよな。しかも、後ろ盾のように見せかけて個人的な人脈を暴露しているんだろ? ……それ、間違いなくミスリード狙いだよな」


 ミヅキに理解がありまくる双子が、楽しそうに続きました。その表情は実に楽しげで、彼らもミヅキの行動を支持しているのだと判ります。


「貴方達の言う通りでしょうね。個人的な人脈で他国の王族に話を付けられる……動いてもらえるならば。イルフェナも同じように思われているかもしれませんよね? ああ、何て愚かなことか!」


 言いながらも、私は非常に意地悪そうな顔で笑っていたのでしょう。「落ち着け」とばかりに、クラウスが肩を叩いてきます。

 ですが、そのクラウスとて双子の言葉には賛同しているようでした。いえ、私達全員がそれを確信しているのでしょう。


「ミヅキは毒殺騒動において一度、イルフェナをガニアに招いている。コルベラも同じく。今考えれば、あれはミヅキの温情であり、黙っていたと思われないための布石だな。あの一件を覚えていれば、その後のこともイルフェナが抗議してくる案件だと判るだろうに」

「ミヅキが非常によくできた協力者だからでは? 他国において、ミヅキは理想的な協力者という姿を徹底しています。あれらの情報を得ていれば、自分達も同じ扱いをされると思っても不思議はありません」

「ミヅキはガニアに義理などないが?」

「物事を都合よく考えているのでしょうね。そもそも、ミヅキが奮闘しているのはシュアンゼ殿下と交わした個人的な契約と、何よりエルの言葉があるからですよ。間違っても、ガニアのことなど考えていません」


 ミヅキからの手紙で、ミヅキがシュアンゼ殿下と契約を取り交わしていることを知りました。シュアンゼ殿下にとっては全く利がない案件ですが、彼なりのミヅキへの感謝なのでしょう。

 勿論、その価値を知らないからこそと言ってしまえばそれまでですが……ミヅキによると、ミヅキの必死さを目にしてなお、その条件を反故にする様子は見られないとか。

 ……。

 シュアンゼ殿下はミヅキへの負担を察しているのではないか、と思います。それでも自分に力がないことをご存知だからこそ、この状況に甘んじているのではないかと考えてしまいます。

 そもそも、ミヅキに対して迷惑料を支払わなければならないのは、ガニア王なのですが。一体、何をしているのでしょうね?


「その契約と個人的な恩によってミヅキが動くのは、シュアンゼ殿下の守りのみ。エルはミヅキを案じてガニアに行こうとしたが、止めて正解だったな。あまりの事態に唖然とするぞ? 何より、自分の言葉がそこまでミヅキに苦労をさせる発端になるなど、エルは予想していまい」

「あの時点でガニアに行った場合、落ち込むのはエルなんですよね。エルはミヅキの状況を詳しく知りませんから」

「俺達が口止めされているからな。エルに関して俺達はミヅキと同類だと、エルが忘れているようで助かった」


 軽く肩を竦めるクラウスの言葉に、思わず頷いてしまいます。あの時、私達は本当に慌てました。ミヅキが狙っているものを知っている以上、エルに止めさせるわけにはいかなかったのです。


 ミヅキが狙っているもの……それは『ガニアをとことん貶めること』。


 非常に物騒で、大変ろくでもないのですが、シュアンゼ殿下を王族として残すためにはこれしかないそうです。

 と、言いますか。

 現状はすでにシュアンゼ殿下の存在が魔導師の怒りを抑えているようなものなので、シュアンゼ殿下に処罰が決定した場合は否応なく、ミヅキがガニアを落とすと思っております。そうすれば、シュアンゼ殿下の処罰どころではなくなりますからね。

 今更、ミヅキに牙を剥いた者達だけを処罰しても無駄なのです。ガニアの愚行はミヅキを通じて、他国にまで知れ渡っているのですから。それに気づかぬ皆様ではありますまい。ミヅキが何も言わないので、あえて誰も指摘なさらないだけでしょう。

『喧嘩を売られた魔導師が、国に対して報復する』。過去より言い伝えられてきたことが実行されたとて、何の不思議もありません。その状況が着々と整えられてきたのです。

 少なくとも、この世界の住人達はそれが脅威であることを『知っている』。あまりにも有名で、言い逃れなどできようがありません。

 

 黒い子猫は非常に性格が悪く、また賢いのです。そして、それ以上に……警戒心が強い。

 誰にでも懐くはずはなく、迂闊に手を出せば、悪意などなくても引っ掻かれてしまうでしょう。


「今回のエルは、ミヅキのことのみに目が向いている節がありますからね。それだけ子猫が心配なのですよ」

「まあ、な。その子猫は遠い国に一人で飛ばされ、凄まじく不機嫌になっているようだが」

「でしょうねぇ。いきなり飛ばされた遠い地で、飼い主からそこに居ることを強要されてしまいましたから」


 黒い子猫は帰りたくても、帰れない状況なのです。そんな子猫は、帰るべき場所の方を眺めては、しょんぼりと首を垂れる……なんて、態度を取るはずもなく。

 さっさと檻を壊す方向に考えておりました。さすが、異世界人にして魔導師となった逸材。頼もしい限りです。

 ミヅキは隔離こそされていますが、この騎士寮内では自由に過ごせているのです。そのような子が、他国で行動を制限されて過ごすなど……さぞ、窮屈なことでしょう。

 その分、報復に熱が入ってしまったようですが、それはガニアの自業自得というもの。


「ミヅキからすれば、ガニアという国は帰還を阻む檻のようなものですから。悲しく鳴いても開かない檻ならば、壊そうとするのがミヅキですよね」

「……そんな風に鳴くか? あの黒猫」

「……」

「……」

「出せとばかりに、鳴き喚くことはするのではないかと」


 檻に閉じ込められ、出せと激しく鳴き喚く黒猫。そのくせ、信頼できない者からの慰めなど不要とばかりに、機嫌を取ろうとする者達は綺麗さっぱり無視。

 檻? ……どれほど豪華だろうとも、必要とする者が多かろうとも、邪魔ならば壊して出ていくでしょう。そのようなこと、黒い子猫には関係ないのですから。

 黒い子猫は獲物を狩れれば、それでいいのです。余計なことを期待するから、敵認定をされてしまう。


「ガニア王はミヅキに交渉すべきだったのですよ。勿論、この状況はミヅキが気づかれないようにしていたことも原因でしょうが……そんな状況をおかしいと思わないことこそ、ミヅキを嘗めている証拠ですよ」

「ミヅキが奉仕労働なんぞ、するわけない。他国の人間にそれを望むかと考えれば、自分達の異常さが判るだろうに」

「ミヅキが異世界人だから、でしょうね。それほどに嘗めていた者から、唐突に突き付けられる現実。必要なカードは手に入ったようですし、実に楽しみじゃありませんか」

「我らが婚約者殿の手腕、楽しみにしていよう。伊達に俺達が守護役に就いているわけではないと、嫌でも判るだろうさ」


 クスクスと室内に笑い声が響きます。皆の顔に浮かぶのはほんの少しの悪意とそれ以上の期待。私を含めた全員が、ミヅキの勝利を確信しているのです。

 さあ、ミヅキ。そろそろ帰宅の時間ですよ。くだらぬものと戯れるのは止めて、お家に帰りましょうね。

現在の主人公の心境:

『私の目的は王弟だけなのに、何故、全てにおいて協力者のように扱われるんだろう……?』

主人公をアルやクラウスに置き換えると、その異常さが浮き彫りになります。

そして、主人公から全てを聞かされていた騎士寮面子。

彼らも大概ブチ切れているため、主人公の行動を支持。微妙に黒い皆様です。

ガニアを窮地に陥れて、シュアンゼを救世主に仕立てるのが主人公の目的です。

といっても、ほぼガニアの自業自得なのですが。

ガニア王、覚醒するのが遅すぎでした。

※活動報告に魔導師18巻のお知らせを載せました。

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