小話集3
小話集です。
騎士視点の話、側室視点の話、最後に残った側室の話。
小話其の一 『ある騎士の愛情』
後宮は今や女性達の悲鳴が響き渡る地獄と化していた。
ミヅキ発案の嫌がらせの為、カエル達は側室や侍女達の顔を狙い飛びついているからである。
だが、騎士達はカエル達が本来は非常に賢く大人しい種だと知っている。
幼生の頃から育ててきたのだから。
その強面の騎士――エリックは物陰に隠れながらも周囲の状況を窺っていた。
悲鳴を上げる馬鹿女などどーでもいい、彼は溺愛する『娘』を心配していたのである。
その『娘』ことルーシーは背中に薄っすら赤みがかった雌個体である。幼生の頃から遠慮がちで餌の時間も自分より仲間を優先させる、けれど誰よりエリックに懐いた大変優しい子だった。
通常個体にしては小柄なので体もあまり丈夫ではなかったのかもしれない。
そんな子が作戦に参加する。
エリックは当然反対し、騎士仲間からも理解を得たが当のルーシーが良しとしなかったのだ。
(ルーシー! 危なくなったら助けてやるからな……!)
そんなわけでエリックは女達を助けもせずカエル達に目を光らせているのであった。
騎士達の側室連中への好感度が知れるものである。
と、その時。
「キャアアァァァァァッ!」
一人の側室が悲鳴を上げながら飛びついてきたカエルを振り払い、その上に倒れ込もうとしたのである。
その先には叩きつけられたルーシー。
「ルーシーに何すんじゃぁぁぁぁぁっ!!!」
エリックは叫びと共に飛び出し側室を突き飛ばす。本当は飛び蹴りでも見舞ってやりたいが、さすがにそれはまずいだろう。
不敬罪や騎士の在り方をすっ飛ばし、愛娘の危機を救う父は鬼の形相でルーシーを庇った。
びたん、という音と共に転がった物体は気にもとめない。
色々な意味で突っ込み所は満載だが、周囲にはカエルしかいなかった。しかもカエル達は仲間の危機を救うように転がった側室へと飛び掛り身動きが出来ないようにしていく。
「ルーシー! すぐに、すぐに助けてやるからな!」
硬い鱗も鋭い爪も持たない種族なのだ、叩きつけられれば十分なダメージになる。
ぐったりとしたルーシーを抱き抱えると周囲のカエル達が『後は任せろ!』と言うように鳴いた。仲間思いの種族である。
その声に頷くとエリックはミヅキの部屋へと走り出す。
(ミヅキ様ならば必ずルーシーを助けてくださる! カエル達は勿論、タマ殿をあれほど可愛がっていらっしゃるのだから……!)
実際、ミヅキは側室連中よりカエル達への好感度の方が高い。長個体である『おたま』をタマちゃんと呼び親の如く慕われているのだ、カエル達もミヅキを主の様に思っている節がある。
普通なら考えられない『愛玩動物への治癒魔法』という行為もミヅキならばやってくれるだろう。
そしてその期待は裏切られることがなかった。
「ミヅキ様! この子を助けてやってください!!」
バン! と扉をぶち開け走りこんできたエリックに部屋に居た全員が驚く。だが、エリックの言葉と腕の中のカエルを見ると即座に状況を理解したようだ。
ルーシーを受け取り治癒魔法を施すミヅキをエリックは尊敬の目で見つめた。
カエルを膝に抱いてくれる女性がどれほどいると言うのか。
それどころか『この子はもう休んでいればいいよ』と言って頭を撫で、『お見舞い』と言って高級品である果物を与えてくださるなんて。
ルーシーもミヅキに対しては心地良さげに撫でられている。具合も良くなったようだ。
「落ち着くまで部屋で預かっておくから他の子達の様子を見てくれる?」
ミヅキの言葉に否を唱えるはずも無い。ルーシーを一撫でして非礼を詫びた後に退室する。
……カエル達がミヅキを慕うのは当然だろう。あの種族は実に義理堅いのだ、可愛がってもらえばそれ以上の恩を返そうとするのだから。
その後。
大半が生まれた沼に返される中、ルーシー他数匹が中庭の池に残ってくれたのだった。
窺うようにエリックを見た後、頭を足に擦り付け一声鳴き池へと戻っていくルーシーに男泣きするエリック。仲間が少なかろうとエリックの傍に居たかったらしい。
暑苦しい愛情を与えられただけあって慕われ方が半端無いのだろう。親思いの優しい娘である。
残ったカエル達は本日も幸せに池に暮らしている。
王が率先して可愛がり、時に宰相でさえ餌を与える姿が見られるのはミヅキが去った後のことである。
※※※※※※
小話其の二 『覚悟はあったか?』
冷たい牢獄に一人の女が捕らえられている。その顔の半分は布で覆われ、髪も乱れたままだった。
顔の半分が焼け爛れていようと女は罪人なのだ。死ぬような怪我ではない以上、治癒魔法など使われるはずも無い。
それ以前に彼女の罪は一族郎党死罪という重いものなのだが。
「何で……私が負けたのかしら」
ぼんやりと呟く声にも力が無い。敗北したという事実は怪我以上に彼女から気力を奪っていた。
己の惨めな姿も彼女のプライドを砕いたのだろう。
メレディスは伯爵家の娘だ。無駄に野心をちらつかせる両親と違い、表面上は穏やかで誠実な人物を『演じる』祖父に一番可愛がられてきた子だった。その反面、両親に対しては愚かだと見下していた。
勿論、あからさまな事はしない。父親が自分を何も出来ない娘、政略結婚の駒として考えていると知っていても『全てを理解してなお従順な良い子』として振舞ってきた。
自分を傷つけたのは祖父が洩らした一言だけだ。
『お前が男だったなら』
祖父から見て息子は愚かに映っただろう。あからさまな敵意は敵を増やし警戒されるだけなのだ。彼女の本質を知る祖父としてはメレディスが女であることが残念でならなかったに違いない。
懐に招き入れるほど信頼を得た上で自分の都合の良いように動かす、ということが最良なのである。表立って動くなど的にしてくれと言っているようなものなのだから。
女であるメレディスは跡取にはなれはしない。どう足掻いても自分は弟に劣るのだと突きつけられた気がした。
だから。
メレディスはずっと『理想のお姉様』を演じてきた。控えめで優しくて誰よりも聡明で。味方という名の手駒を増やしながらずっと牙をむく機会を待っていた。
そしてやっと手に入れたのが側室と言う立場だ。何人かを除けば懐柔できる自信はあったのだ、だから後宮の一大勢力の頂点となることは可能だった。野心を抱かず、また己が信頼できる相手ならば側室達を纏めあげる存在として誰もが認めるのだから。
控えめにその立場を受け入れ、その在り方を王に認めてもらう筈だった。
だが、王はメレディスを認めることはしなかった。むしろ警戒されていたとすら思う。
あのイルフェナの側室には無条件で信頼を寄せているのに、だ。
「王に見抜かれるならまだしも、あんな女に負けるなんて……!」
「お前が負けるのは当たり前だろう、『何もしていない』んだからな」
「え!?」
突如加わった声に驚き顔を上げる。そこには王が美貌の将軍を伴って立っていた。
……本当に嫌味な人。顔の崩れた女の前にあの綺麗な顔を連れて来るなんて!
「あら、ご機嫌麗しゅう?」
「化けの皮が剥がされた気分はどうだ? 女狐」
「ええ、悪くないわ。貴方こそ優秀なお気に入りが手駒になってさぞ楽になったでしょうね!」
暗に『お前が有能なわけじゃない』と蔑むメレディスにルドルフは表情一つ変えない。むしろ哀れみすら感じられるほどだ。そして淡々とした声音で話し出す。
「お前は本当に毒花だな。人を操り、周りを巻き込んで毒を撒き散らす。しかも反省すらしない。お前の所為で破滅した連中に一欠けらの罪悪感さえ抱かないのか」
「何を言っているの、手を下したのは彼女達じゃない! 私は……そうね、一つの道を示しただけだわ。選んだのは彼女達でしょう?」
「そうだな、だからこそミヅキはお前を徹底的に潰した」
メレディスの顔が憎悪に歪む。
「自分で選んだ末の結果ならば敗者だろう。だが、お前は舞台にすら上がらなかった卑怯者だ」
「な!?」
「事実だろう? 常に人に行動させて操ったと思い上がる愚か者、自分が『できない』くせにそれを愚かと笑う弱者。まったく、お前自身が成し得たものなどどれほどあるというのか」
「あの女だって何もしてないじゃない!」
よほどルドルフの言葉が癇に障ったのか、怒鳴り散らし激怒するメレディス。
だがルドルフは目を眇めただけだった。
「あの亡霊騒ぎの魔道具を作ったのも策を練ったのもミヅキだぞ?」
「……え?」
「騎士達は見えない振りをしていただけだ。ああ、その顔を焼いたのもミヅキだ」
「な……なんですって!? 詠唱なんてしてなかったじゃない!」
「無詠唱で同時に術を使ったそうだ。ついでに言うなら探知をした時に引っ掛からないよう時間を調整したのもミヅキだ。何もしてないのは俺や騎士の方なんだよ」
無詠唱の魔導師という意味が判らぬほどメレディスは愚かではない。しかも王の言葉では魔術探知が行われることを考慮した上で亡霊騒動を起こしたことになる。
格が違う。もはや化物レベルだ、そうはっきり思い知るくらいには。
「それにな? 俺は絶対にお前だけは後宮に君臨することも正妃になることも許さなかったぞ?」
座り込んで呆然としていたメレディスはルドルフの言葉にのろのろと顔を向ける。その顔に覇気はない。
「人の陰に隠れ操るばかりの卑怯者に人が付いて来るか? 偽りだらけで平然と味方を欺く奴に王の隣に立つことが許されると思うのか? お前の全てが資格を失わせるに十分だったんだよ」
「お気付きでしょうか? ミヅキ様は襲い掛かってきた令嬢達には誰一人として怪我をさせていません。『敵ではないから』と仰せになって」
「敵じゃ……ない……」
「そうでしょう? あの方は敵に報復はなさいますが、捨て駒ごときは相手にすらしません。それに何より王や我ら騎士を見下す貴女を嫌悪しておられました。実力も無いのに何様だと」
セイルリートの口調は穏やかだが、笑みを浮かべた顔はどことなく怒りを感じられる。彼もまた実力者なのだ、怒りを覚えぬはずは無い。
「魔導師は誇り高い。敵だろうと実力者を尊び己が価値観が全て、悪と罵られようと己が在り方を変えぬからな。さぞ不快だったことだろうよ」
「顔を焼き、英霊に見限られた国の恥曝しとまで言われるほどに貴女を断罪なさったのはミヅキ様ご自身の判断。貴女と違ってあの方は全てを一人で成し遂げ多くの血を被る覚悟さえできていました」
『多くの血を被る』という言葉にメレディスは首を傾げる。貴族が失脚するのは別に珍しくは無い。だが、その様に二人は不快だというように顔を歪めた。
「わからないのか。だから、お前は認められない、あいつに勝てない。結果だけを受け取ろうとした果ての破滅など誰も哀れまない」
「綺麗なままで受け取ることに慣れた貴女は自分の事だけしか考えない。だからこそ負けるのですよ」
男達からの言葉はメレディスの全てを否定しプライドを打ち砕くに十分だった。二人の話が本当ならばこの計画が失敗した場合に責任を取ることになるのは彼女一人である。それを承知で一人成し遂げたというのか。では、『多くの血を被る』とは?
「今回の亡霊騒動で多くの者達が粛清されている。その命の重さを背負う覚悟をしたミヅキと人の所為にすることで自分を保っている貴様と。勝負になる筈がないだろ?」
「だからこそ私達は立ち止まるわけには行きません。我がゼブレストの為に返り血を被られたあの方に報いる為に」
「「だから貴女など要らない」」
そう告げられた言葉にメレディスは初めて涙を零した。女だからではない、『メレディス』という個人が不要なのだと突きつけられて。
※※※※※※
小話? 『ある令嬢の想い』
『イルフェナより参りました、ミヅキと申します』
そう微笑んで告げる彼女を見て初めて殺意というものを抱いた。
次に会ったのは茶会の席。下らない嫌がらせに付き合わされるのも億劫だったけど、私以外の全ての側室達が参加するならば一人だけ欠席するわけにもいかない。
泣くのかしら? それとも怒るのかしら?
そう思う程度であんなことになるとは思いもしなかった。
凛とした姿、毅然とした態度。 大きな瞳は怒りを宿して本当に綺麗だった。
だけど。
ねえ、何故貴女があの人の傍に居ることが許されているの?
私はもはや近寄ることさえできないのに。
何故そんなに大切にされているのよ。
当たり前の様に寄り添う姿に、テーブルの下で手を握り締めることしかできない私の何と惨めなこと!
私はきっと嫌な女なのでしょう。だからこそ、あの人に相手にされない。
だからせめて敵となって彼女と向かい合う。
そうすれば貴方は私を見てくれるでしょう?
協力者だっているもの、簡単には負けないわ。
さあ、私と遊んでくださいな? ミヅキ様――
亡霊騒動では殆ど出番の無かったルドルフで断罪してみました。