予想外の決定打
飲み会の翌日、朝から『フライパンをガンガン鳴らして、酔い潰れた面子を起こす』という最後のトドメを実行した私は今現在、シュアンゼ殿下の部屋でテゼルト殿下、シュアンゼ殿下の両名と向き合っていた。勿論、ラフィークさんも控えている。
なお、この二人は酒の量をそれなりにセーブしていたため、二日酔いの傾向は見られない。まあ、それなりに酒に強くなければ困る立場――簡単に酔い潰され、お持ち帰りされたり、朦朧としたまま言質を取られても困るから――のため、これは当然か。
どちらかといえば、私による『酔い潰れた朝のお約束(笑)』にドン引きしていた。はは、朝っぱらからフライパンを鳴らす嫌がらせをしたものね。
いいじゃねーか、最後まで手を抜かないのが真の嫌がらせだ。
二日酔いの体にあの金属音はさぞ、堪えたことだろう。ざまぁっ!
そもそも、あの飲み会自体が処罰の一環である。楽しかったら、罰になるまい。
勿論、私は楽しんだけどね! 他にも楽しんだ人達が居るけどね……!
ファクル公爵ともすっかり打ち解け、飲み仲間と化し。公爵はご満悦のまま帰宅なされた。ウィル様も酒に強いらしいので、酒豪は完全にファクル公爵家の血筋なのだろう。
勿論、ウィル様達には報告書と共に『イルフェナに帰ったら、何か送るね!』とメッセージを添付。それから何も言ってこないので、やはり報復の意味を含めて酒を大量に送ってくれた模様。
なお、この場合は私のメッセージに反応しないのがベストである。うっかり反応すると、関与を疑われる証拠になっちゃうから。
報告書の内容に生温かい目になりつつも、過剰に反応しないのが大人の対応です。あくまでも彼らは『襲撃者達を哀れみ、魔導師との仲直りの場を提案してくれただけ』。
その果てに襲撃者達が二日酔いになろうとも、責任を問われることはない。何せ、襲撃者達とていい大人。自己責任なのです、たとえ私が『アルベルダ王・ウィルフレッド様からの酒が飲めないのか!』と脅したとしても。
……で。
そんな一夜が明け、私は再び王族二人と対峙していた。雰囲気的に、話したいのは今回のことではないだろう。どうにも、二人の表情が真剣というか……緊張感が漂っているもの。
「とりあえず、今回のことを改めて謝罪しよう。すまなかった」
そう言うなり、テゼルト殿下達は頭を下げる。その姿は誠実そのものだ。普通は、王太子とその従弟――要は、継承順位の高い王族二人――にこんな態度を取られたら、『お気になさらず』という言葉と共に、許そうという気になるだろう。
……が、私は逆に警戒を強めた。
言い方は悪いが、すでに襲撃者達の一件は『済んだこと』。その上で、ここまで丁寧な謝罪をしてくる……ねぇ?
そんな私の気持ちが伝わったのか、先に言葉を発したのはテゼルト殿下だった。
「君が警戒するのも、もっともだと思う。だが、これは私達なりの誠意の表れだ。そして……『本来は部外者である、魔導師殿を信頼する』という意味も込められている」
「……。何か隠していることがあるような言い方ですね? まあ、怒りませんけど」
というか、それが普通だろう。一つや二つ、公にできない秘密を抱えていても不思議はない。
王弟殿下のことはあまりにも本人の態度がオープンだったため、隠す意味がなかっただけだ。水面下の争いならば隠しただろうが、堂々とやり合っている手前、隠す意味なんてあるはずがない。事実、他国は誰も驚いていなかったもの。
視線で続きを促せば、テゼルト殿下は一度シュアンゼ殿下に視線を向け、話し始めた。
「君とて、不思議に思ったんじゃないのかい? 『何故、サロヴァーラの件でガニアが動かなかったのか』を。その理由を話すよ。ただ……君はとても怒るかもしれない」
「は?」
「君はバラクシンに居る異世界人の味方をしたと聞いている。今もなお、その異世界人は君の庇護下にあるような状態なんだろう?」
「ああ、アリサのことですね。後見人はバラクシンに居ますけど、私がバラクシンの対応を信用しきれていないので、庇護という感じになっていると思います。友人であることも事実ですけどね」
エドワードさんやヒルダんが気にかけてくれているので、実際はそこまで不信感はない。ただ、後見人のライナス殿下が現在は国のことを優先しなければならない状況にあるため、私の恐怖伝説がアリサの保護に使われている。
対象者が処罰されているから安全……ということはないのだよ。私の場合、教会派貴族とぶつかった経緯も含めて『魔導師はバラクシンを信用していない』というのが定説になっているからだ。
事実、『おかしな真似、するんじゃねぇぞ?』という脅しはしてあるのだ……アリサが追い詰められる状況に陥った場合、イルフェナに掻っ攫う気満々です。あの子、戦闘能力が皆無なんだもの。
聖人様がいるとはいえ、改革に忙しいのは教会も同じ。自衛ができない異世界人だと厳しいよね、今のバラクシン。
だが、打ち明けようとしている秘密は予想以上に深刻だったらしい。シュアンゼ殿下さえも俯きがちになっている。
「……。この世界において、異世界人のもたらす知識は価値があるものと考えられていることは知っているね? 不思議に思わなかったかな? 『何故、異世界人を召喚しようという動きがないのか』を」
「……! ちょっと、それって……」
思わぬ言葉に声を上げれば、テゼルト殿下は厳しい表情のまま頷いた。
「ないわけではない。研究されていたこともあったんだ。ただ……それは二百年前の大戦を機に、禁忌とされている。当然だろうね、異世界人の知識が悪用された結果、あの惨状になったのだから」
「……その研究とやらは、成功したんですか? こう言っては何ですが、この世界の転移を参考にしても不可能だと思いますけど。例外は……『異世界人がその研究に関与した場合』ですね」
重要なのはそこだ。この世界には転移魔法こそあるが、私のように『空間を繋ぐ』というものではない。簡単に言うと、『転移法陣同士を魔力で繋いで道を作り、一気に移動』という感じ。
これが元になっている場合、『一方から召喚を試みようとも、相手側が無反応では不発に終わる』ということになる。
可能性があるのは、魔法がある世界から異世界人がやって来た場合だろう。帰還のため、元の世界への転移を試みるというか。
テゼルト殿下達は私の言葉を予想していたのか、どことなく表情が暗い。嫌な予感が胸を過る。
「そう、君の予想通り。大昔、ガニアには帰還を試みた異世界人がいたんだよ。その願いは叶わなかったが、研究は失われていなかった」
「ですが、叶わなかったのでしょう? 不可能だったということでは?」
「……こちらからの帰還は叶わなかった。元の世界に帰り着くだけの魔力量がなかったことも原因の一端だろうね。だけど、逆に言えば『魔力量と双方を繋ぐものがあるなら、行き来は不可能ではない』んだよ、魔導師殿」
硬く拳を握ったテゼルト殿下の手に力が籠もった。
「成功した、んですか? 元の世界に通じるものを、その異世界人が所持していたとでも?」
元の世界独自のものとか、目印があれば、世界同士の道を繋ぐことは可能だろう。それが明確な目印……始点と終点の代わりになるのだから。
ただ、それでも可能性は低いと言わざるを得ない。それこそ、世界に一つしかないものを二つに割って、片方を持ってきたとか。それくらい限定された条件が必要なはず。
あれだ、ラノベなんかの『勇者召喚』とかの条件。あれは物凄く曖昧な条件だからこそ、『その条件に該当している人全員が対象者』となり、運が悪い奴が引っかかる。だから、望んだ人材が召喚されるとは限らない。
どう考えても、そうとしか思えないんだよね。世界が二つしかないとか、召喚できる世界が限定されているとかじゃない限り、望んだ通りの人材なんて無理だろう。
……で? 異世界人が『元の世界に帰りたい』とか言ったところで、時間軸や場所はどうするんだ? それに比べたらマシとはいえ、召喚も難しいはず。元の世界から呼べるものなんて限られているだろうに。
疑わしげな視線を送る私に、テゼルト殿下は苦く微笑んだ。
「魔導師殿、異世界人は……『体一つで、この世界にやって来る』。だったら、その『異世界人の一部を元にした場合』は?」
「ちょ、待て! 冗談でもありえないでしょ! それ、一番やっちゃいけないこと! 最悪、歴史が変わる!」
ぎょっとして声を上げるも、テゼルト殿下の言葉は止まらない。
「そうだよ、だから『禁忌』なのさ。召喚されるのは、元となった異世界人の血縁者だろう。ただし……『どの時代の人が来るかは判らない』」
「ふっざけるな!」
冷静過ぎる態度と聞き流せない内容に、テゼルト殿下を睨み付けたまま、周囲に氷片を出現させる。さすがにラフィークさんは動こうとしたが、それを止めたのはテゼルト殿下だった。
「君が怒るのも無理はない。君のように原因不明の場合でも、置かれた状況は厳しいものなんだ。それを自分達のために起こし、異世界を混乱させるなど! ……許せるはずはないんだよ、誰だって。この世界とて、そこまで傲慢じゃない」
「じゃあ、今の話は何? まるで……『実際に起こったことのように話している』のは、何故? 大昔の研究の名残にしては、随分と具体的ですよね」
疑問という形を取ってはいるが、すでに答えは出ている。
いや……『ガニアの状況がそれを暗に示している』。それを無視できるほど、私は愚かでいるつもりはない。
サロヴァーラの影響が出るだろうに、動かなかったガニア。
勝手なことをする王弟殿下と、彼に従う魔術師や派閥の貴族達。
そして……価値があるとされる、異世界人の知識。
「……。召喚しましたね? 異世界人を。生きたまま来るとは限らない上、どこかの世界を歪めて! はは……そりゃ、隠すしかありませんよね。これは明らかに、その研究の管理を怠った国の咎だもの」
「言い訳はしない。……我が国には、かつて『聖女』と呼ばれるに至った異世界人が居たんだ。彼女は神殿に属し、王家と神殿の仲を保ちながら、民に尽くしたとされている」
「つまり、それは定説ってことですね。表向きの理由がそれってことは、混乱期に国を纏め上げるための象徴にでもしましたか」
「察しが良くて助かるよ。国が滅んで、我が国に流れてくる者は多かった。その結果、どうしても揉め事は起こる。異世界人である彼女は、何らかの力を持っていたらしい。そういった背景もあって、流れてきた者達からも慕われたそうだよ。何せ、彼女自身が異端の最たる存在だからね。同類のように思えたんだろう」
その聖女様とやらが、本当に慈愛に満ちた人なのかは判らない。だが、それによって国が纏まったからこそ、『聖女と呼ばれるようになった』ということだろう。後付けなんだね、その呼び方。
本人が納得していたならば、私とて非難する気はない。そもそも、そんな時代ならば治安は悪かろう。その仕事をしている内は国の庇護があるようなものなので、彼女としても文句はなかったような気がする。
「……で? その聖女様とガニアがやらかしたことに何の関係が? この世界って、宗教はそれほど力を持っていないはずですけど」
「うん、神殿と言ってもそこまで力はない。あくまでも、人の心のよりどころ程度のものだろう。だけど、我が国では『聖女』はかなりの意味を持つ。実在し、その功績が伝わっているからこそ、『聖女の血縁者』は意味を持つんだよ」
そう言うと、テゼルト殿下は溜息を吐いた。言うべきことを言い終えた安堵からか、どことなく緊張がほぐれているように見える。
なるほど、『実際に功績がある異世界人の血縁者』ね。あれか、英雄の子孫とかそういった位置付けなのか。
ただ、今回召喚された異世界人にとっては、かなり気の毒なポジションじゃあるまいか? その異世界人が聖女と言われたのは、国の情勢が大きく関わっている。周辺諸国が荒れた時代ということも大きい。そして、現在はそんな状況にないわけで。
「あのですね、召喚した奴は馬鹿ですか? その異世界人が過去に存在した聖女様と似たような能力を持っていたとしても、まず同じ結果にはなりませんよ? 当時に比べて魔法も充実していますし、何より、状況が全然違うじゃないですか」
温〜い気持ちになりつつ尋ねると、テゼルト殿下は深々と頷いた。あ、やっぱり気づいてたのね。
「その通り。こう言っては何だけど、民を扇動する要素とか、駒として政治利用される未来しか見えないよね。しかも、期待ばかりが大きいから、周囲の望んだ功績を出せなかった時は……。まあ、彼女が怒るのは当然なんだよ」
「召喚されたのは女性なんですね。とりあえず、命があって良かった」
「本当にね。だけど、当然のように怒り狂っているんだ。彼女の召喚に関係しているのは王弟と魔術師達、そして司教の一人。大司教は今回のことに非常に心を痛めておられ、彼女を保護してくれているんだけど……聖女の再来に、神殿内部でも揉めているらしい。問題の司教が実質、神殿では二番目に力を持つらしくてね」
「あ〜……その司教ってのは野心家なんですね。幸いなのが、異世界人本人が激怒して拒絶をしていることですか」
おいおい、そりゃ怒るだろう。国の危機とか、どうしようもない状況で縋られたなら同情する点があるかもしれないけど、実際は権力争いの駒。
救いは、彼女がそんな状況でも周囲の言いなりにならない性格をしていることだろうか。安易に使命感とやらに燃えられたら、国を乱す禍にしかならん。それ以前に、今は誰を信じていいかも判らない状態だろう。
ただ、テゼルト殿下達も話を聞いてもらえない可能性が高い。王弟殿下も召喚に関わっているため、普通に考えたら、王家とか貴族に対する好感度は底辺だ。実行されてしまったガニア王にも非がないとは言えないため、テゼルト殿下達も困っていると見た。
「それで、私にさせたいことって何ですか? 何かあるから、話したんですよね?」
指を鳴らして、氷片を消す。憤りはまだ残っているけど、今はそれどころじゃないだろう。召喚された異世界人がどんな人かは判らないが、その能力が未知数だ。
この国……いや、この世界に憎悪を向けているならば、対処は早い方がいい。とんでもない能力を持っていた場合、他国とて他人事ではない。
なるほど、この召喚が成功していたからこそ、魔王様の誘拐なんてものを企てたのか。納得ー……なんて、呑気に思っている場合ではない!
何てことをしてくれたんだ、あの馬鹿どもは! 目を曇らせるにもほどがあるだろ!?
「君には彼女に話をしてもらいたい。異世界人である君の話なら、彼女も聞いてくれると思う。当然というか、私達も嫌悪されてしまっているからね。どうしても、私達にとって都合のいい情報という認識をされてしまう」
「ミヅキ、彼女と話してくれないかな。大馬鹿者達も彼女に話をしているせいか、どちらの言い分が正しいのか判断がつきかねていると思うんだ。ミヅキはこの国に対して、部外者という姿勢を貫いているから……私達よりは話を聞いてくれると思う」
縋るように見つめてくる王族二人に、私は深々と溜息を吐いた。ここで無視はできない。後のことを考えるなら、まだ行動を起こしていない異世界人の怒りを宥めておくべきだ。
というか、私としても利がある案件なのよね。
この異世界人が隠されていたのは、『ガニア主導の召喚と思われる可能性があるから』。彼女の怒りは元凶だけに向けられているわけじゃないので、召喚当時の状況を説明できなければ、ガニアが拙いことになる。それどころか、彼女がそれに気づけば、意図的に狙ってくる可能性もあるじゃないか。
……逆に言えば、彼女の協力が得られれば、王弟殿下を追い落とす決定打になるだろう。他国の目もあり、そんな危険人物を処罰しないわけにはいくまい。私としては、是非とも欲しい一手だ。
ただ――
「私には報告の義務がありますよ? ガニアはそれなりに非難を向けられると思いますけど」
一応の確認を。私に話した以上、最低限、イルフェナは知ることになるだろう。というか、絶対にイルフェナだけで済むまい。私もこの件を王弟殿下の追い落としに使いたいので、それなりのダメージは覚悟してもらわなければ。
「覚悟しているよ。最悪、父上は退位することも考えているからね」
「上等。じゃあ、彼女に会いますよ。ただし! 私が優先するのは彼女の事情、そして私自身のことです。それは納得してくださいね」
「承知した」
頷くテゼルト殿下に微笑みかけ、頭を働かせる。彼女には同情するし、力になってあげたいとも思う。だけど……それだけではない。
待ちに待った一手、それを逃がす気などないのだから。
魔法の不自然さを誤魔化すために魔導師を名乗る主人公だからこそ、『聖女』扱いには理解あり。
また、魔法のある世界から来た異世界人がいたならば、その知識も残っています。
帰ろうと足掻いた人も当然、存在。それが悪い形で残っていたのがガニア。
今回は膨大な魔力量代わりの魔石を用意する財力のある王族・貴族が関わっていたため、実行されました。
ただし、望んだような人物ではなかった模様。




