楽しい飲み会
「さあ、楽しい飲み会だよー♪」
にこにこと『彼ら』――今回の主犯&襲撃者の皆さん――に告げると、彼らは揃って嫌そうな顔をした。
まあ、それも当然だ。主犯はガニア王直々にお叱りを食らうわ、襲撃者達は自分達の恥ずかしい映像を他国にばら撒かれるわ、散々な目に遭ったのだから。
勿論、それをやらかしたのは私であ〜る!
最高のエンターテイナーは日々、皆様に笑いを提供せねばなっ!
大丈夫、君達に重い処罰は下されない。彼ら的には『命を賭して、主のために内なる敵を討つ!』という感動の一幕だったろうが、現実は魔導師たる私に弄ばれて……いや、辱められて? 終わったのだ。追い打ちしようとする輩こそ、外道じゃないか。
予想通りというか、他国からの手紙は『可哀想だから、大目に見てやってね! あの魔導師に玩具にされただけだからね!?(意訳)』という言葉で溢れていたらしい。ガニア王も困惑するわけである。
なに、彼ら的には『実はうちも被害に遭いました』と書けないだけだ。
ぶっちゃけ、魔導師の被害に理解がありまくりなのですよ。特に、バラクシン。教会派の騎士を全裸で歩かせた――しかも、無抵抗を約束させた上で、聖人様にボコらせた――があるため、『誰も』私が被害者だとは思わなかったらしい。
いやだな、ばっちり被害者ですよ。だから、シュアンゼ殿下を連れて(意訳)逃げたじゃん。
まあ、他国からの訴えもあり。今回は特別に、彼らも重い処罰はないことになった。生き恥を晒しているような気がするのは、気のせいである。
……。
気のせいだよ、本当に。盛大に哀れまれた挙句、面白映像が広まっただけだからね!
「ミヅキ、それでどうして飲み会になるんだい?」
「ふふ、望んだ結果を出せたからです。私は貴方の願いを叶えましたよ?」
「まあ、そうなんだけど。何ていうか、その、彼らも誘っての飲み会というのが意外でね……」
参加を強制された人物――シュアンゼ殿下が不思議そうに問うてくるのに、無難なお答えを。ただ、いまいち納得はしてもらえなかったようだ。困惑という感情を、あからさまに顔に出している。
そんなシュアンゼ殿下の横にはテゼルト殿下が座り、彼らの背後にはラフィークさんが控えていた。彼らもシュアンゼ殿下と同様に感じているのか、その表情は『楽しい飲み会』という雰囲気ではない。
まあ、それは正しいのだけど。
ちらり、と視線を向けてから笑みを深めると、三人は揃って顔を蒼褪めさせた。おい、その態度は酷いな!? 魔導師を利用しようとした以上、ある程度の覚悟はできてるでしょ!?
彼らのお察しの通り、これは『ただの飲み会』ではない。勿論、三人組もいるが……三人組は私が『ただで美味しい酒が飲み放題だからおいで』と誘っただけである。つまり、私の教え子たる三人だけが『例外』。
純粋に慰労という意味での参加は彼らだけなのだが、三人がそれを知るはずもない。よって、三人組は自分達以外の様子に怪訝そうな表情を浮かべていた。私の手に『ある物』が握られていることも、そう考える要因だろう。
うむ、察しが良くて何よりだ。
君達は単純に飲み食いすればいいよ、私が許す。
なお、あの時に護衛に就いていた騎士達も参加を強制されている。どう考えても、彼らは事前にテゼルト殿下達の計画を知っていたからね。逃げることは許しません。
ただ――
「……。何故、貴方まで参加してるんでしょうね……? ファクル公爵」
「ははっ! 固いことを言うでないよ、魔導師殿。酒好きならば、この場には参加せねばなるまいて」
豪快に笑いつつ、ちゃっかり混ざっているのはファクル公爵。ある意味、罰ゲームのようなこの場において、この発言。首を傾げていると、その答えはテゼルト殿下から発せられた。
「あ〜……その、ファクル公爵は酒豪でね? 魔導師殿が持ち込んだ食材や用意された酒に興味津々なんだよ」
「うむ、実に貴重な機会ではないかね? そなたが作る手料理は異世界のものなのだろう? 珍しいものばかりと聞けば、参加しないわけにはいくまい」
「ああ、単純にそちら狙いなんですね……」
「うむ!」
上機嫌で話すファクル公爵が嘘を言っているようには見えなかった。前に飲み会に誘った時、『現状を歓迎している』と言っていたので、彼は本当に何もする気がないのだろう。
この場とて、『お前達ばかり異世界料理食って狡い。美味しいただ酒を飲んで狡い』的な意味での参加な模様。確かに、貴重な体験だ。
ただ、それを馬鹿正直に信じる者ばかりではないらしく、襲撃者達からはちらちらと警戒心が滲んだ視線を向けられていた。そんな視線があると判っていても、全く揺らがないファクル公爵はさすがである。
そだな、ファクル公爵。私も貴方の意見に賛成だ。
美味い酒、美味いつまみ、酒好きならば参加せねばなるまいて!
「よし、許可します。酒好きとして、貴方の気持ちが凄く判るもの」
「おお! 判ってくれるか!」
「勿論ですよ! 居酒屋で意気投合して、一緒に飲むようなものですしね」
いい笑顔で頷き合って、ファクル公爵との会話は終了。周囲が呆気に取られているけど、私としてはファクル公爵を咎める気など皆無である。寧ろ、この場に居てくれることはありがたかった。
だって、ファクル公爵は王弟派として認識されている。そんな人がテゼルト殿下達も含まれる飲み会に参加するなら、こういった噂を流すことも可能じゃないか……『現状にはファクル公爵でさえ納得している』と。
ここにはシュアンゼ殿下もいるのです。テゼルト殿下だっているのです! 今回の襲撃の目的である『シュアンゼ殿下の排除(=テゼルト殿下のため)』を、当のテゼルト殿下が望んでいないと知らしめることが可能じゃないか。
二人が仲良くしているだけなら説得力はいまいちかもしれないが、王弟派であるはずのファクル公爵までもが黙認しているならば……『次代を担う二人が仲良しなのは本当』と確信できるだろう。
・二人は仲良さげな雰囲気。
・ファクル公爵が特に反応しない。
この二点の情報が同時にもたらされれば、嫌でもそれが事実と判るってものですよ。次代の勢力争いに関わる重要情報なのに、ファクル公爵が乗ってこないはずはないじゃないか。乗ってこないならば、それは『今更だから』。
ま、今回の大馬鹿ども限定で非常に効果がある方法なのです。喜んで酒の席にお招きしようじゃないか!
「魔導師殿……貴女は何を考えておられるのか! 我らの忠誠心を穢したばかりか、このような茶番を……っ」
「煩い♪ お前に拒否権なんて上等なものは、存在しない。そもそも、忠誠心ですって? 笑わせないで」
スパーン! と手にしたハリセンで主犯の貴族――テゼルト殿下の側近……に一歩足りない立場の人。まだ若い――の頭を叩く。音に驚いたのか、私が貴族の頭を叩いたことに驚いたのかは判らないが、誰もがぎょっとして私に視線を向けた。
「何が『忠誠心』だ。あんた達が馬鹿なことをしたせいで、この国はかかなくていい恥をかいたんだけど?」
「……っ、き、貴様……!」
「はは、ハリセンの威力はど〜お? 痛くはないけど、音は結構するものね」
怒りを滲ませて睨み付けてくる主犯に対し、私はわざとらしい笑顔を向けて、ハリセンで自分の肩を軽く叩く。そんな姿は主犯を馬鹿にしているように見えたらしく、一気に殺意にも似た視線が集中した。
「事実でしょう? 情報収集をしていれば、シュアンゼ殿下がテゼルト殿下の味方だって判るはず。この状況を見て判らない? それにさ、気づかない? ……あんた達の動きは彼らに筒抜けだった。そして、私は『テゼルト殿下から』シュアンゼ殿下への同行を求められた。この二つの情報から導き出される答えって、一つしかないよね?」
そこまで言えば理解できたのか、彼らはその視線をテゼルト殿下に向ける。テゼルト殿下は厳しい顔をしたまま、静かに口を開いた。
「お前達は私の意志などどうでもいいのだな? そんなお前達だからこそ、私は切り捨てる道を選べた」
「そのようなことはございません! 我らは貴方様の憂いを失くそうとっ」
「……憂いは確かにあるだろう。だが、私の敵はシュアンゼではない! 身勝手な忠誠を振り翳す者より、昔から私を支え、兄弟のように接してきた従弟を選ぶのは当然だ」
「……っ」
厳しいテゼルト殿下の言葉に、彼らは何も言えなくなった。テゼルト殿下は単純に『従弟だから大事』と言ったわけではない。『勝手なことをして味方ぶる配下より、誠実に支え続けてくれた従弟の方が重要』と言い切ったのだから。
忠誠心(笑)を抱いていると自負している側からすれば、大ショックなわけですよ。褒めては貰えなくても、その行動を認めてもらえると思っていただろうからね。
彼らは一様に傷ついた顔になっている。それでも被害者ぶられるのは嫌なので、私も参戦させていただこう。
「行動力のある無能って、嫌よね。主のためになると『思い込んで』勝手に行動し、結果的に『主に迷惑をかける』んだから」
再び視線が私に集中する。それを気にせず、グラスに注がれた酒を一口。確か、これは焼酎に似た味の酒だったはず。果実酒を作る際に大量に譲ってもらったので、それを覚えていてくれたのだろう。
「私は超できる子だもの! そう自負するだけの結果は出してる。……判る? 『主の望む結果を出す』ってのが重要なの!」
「でも、ミヅキはエルシュオン殿下に馬鹿猫扱いされてなかったっけ」
「結果を出す過程がろくでもなかったり、自己保身を考えないからです」
「……」
微妙な表情で黙るシュアンゼ殿下。いいじゃん、嘘偽りない事実だもん。
細けぇことはいいんだよ、灰色猫。結果が全て。結果が全てでいいのよ、そこに到達するまでの経緯が外道認定されようとも!
「あんた達は『主と認識するテゼルト殿下の意志を無視した』。これさ、他国からすれば『テゼルト殿下は配下を押さえきれないのか』って、嘲笑される要素だからね? 致命的なまでに評価が落ちなかったのは、テゼルト殿下が事前に手を打った……『あんた達を切り捨てる判断をしたから』。これがなかったら、いい笑い者になってたよ」
「な……」
「事実だぞー? あんた達は私の言動に言いたいことがあるようだけど、他国にさえ哀れまれる要素がなければ、ガニアの不始末としか見られない。私も関わる以上、情報の流出は防げないしね。ほれ、大馬鹿ども。言いたいことがあるなら言ってみろ」
ペシペシとハリセンで再度肩を叩きながら言えば、さすがに理解できたのか、反論は上がらなかった。忠誠心があるならば、一番堪える言い方だ。そりゃ、落ち込むだろう。
そんな中、のんびりと声をかける人がいた。
「魔導師殿、一つ聞いてもいいかね?」
「何でしょう? 答えられることならば、いいですよ」
どこか面白そうに話を聞いていたはずの、ファクル公爵。彼は酒のグラスを手にしたまま、楽しげに私に問うてくる。
「そなたは何故、そこまでシュアンゼ殿下の味方をするのかね? それを説明してやった方が、一発で理解できると思うぞ」
「あ? あ〜……そうか、そっちの方が理解させられるかもしれませんね」
「まあ、そ奴らを精神的に叩きのめしたいならば、今の言い分でも十分だがなぁ?」
くく、とファクル公爵は楽しそうに笑う。公爵の言葉に、私へと疑惑の視線が突き刺さった。
……いえ、あの、そちら方面をわざと狙っていたわけではありませんよ? マジです、ファクル公爵の言っている方面を忘れていただけですって! っていうか、三人組! その尊敬と疑惑に満ちた目を止めいっ!
「ミヅキ……君って……」
「誤解! 誤解です! そちら方面を忘れていただけです!」
「魔導師殿、まだ彼らを許してはいなかったのか」
「テゼルト殿下まで! それほど私は外道認定されていますか!?」
「「うん」」
ハモりやがった。どうしてくれよう、この従兄弟同士。
だが、そんな微妙な空気を壊す勇者が現れた。向学心溢れる我が教え子の一人、ロイである。
「教官! ぜひ、もう一つの言い分も聞かせてください!」
「はいはい、判りましたよ」
キラキラとした目を向けられ、呆れながらも頷く。空気が読めない子ではないのに、こういった時は遠慮がない。良くも、悪くも、『学ぶ姿勢』なのです、ロイ君。将来、大化けするかもしれんな。
まあ、折角なので言っておこう。ファクル公爵の言う通り、こちらの言い分を聞かせた方がシュアンゼ殿下への敵認定を覆せるだろう。
「私がシュアンゼ殿下に力を貸すのは、『主であるエルシュオン殿下に、【全てのものからシュアンゼ殿下を守れ】と命じられているから』。元は足の治療だけど、シュアンゼ殿下の立場上、それだけで済むはずがない」
魔王様の名を出したことが意外だったのか、襲撃者達は呆気に取られた表情をしている。……そだね、『あの』魔王殿下だものね、君達の認識って。
「あんた達みたいに『テゼルト殿下のためと称し、害そうとしてくる者達』。『親であることを振り翳し、駒として扱おうとする王弟夫妻』。そして何より……『シュアンゼ殿下自身が、己を殺そうとしないようにするため』」
「『シュアンゼ殿下自身が、己を殺そうとしないようにするため』だと?」
「そう。足が治れば『次代への争いが起こる』。そこで重要なのがシュアンゼ殿下の意志だけど、シュアンゼ殿下は魔王様に対してきっぱり『必要ならば自分を切り捨てる』と言っているのよ。だから、そうならないための誘導役として私が居る」
「私が証言しよう。シュアンゼは確かに、そう口にしている」
テゼルト殿下の追い打ちに、襲撃者達は顔色を変えていた。それが事実ならば、彼らのしたことは全く逆の意味を持つのだから当然か。
……実際は必要以上の毒を吐いたけど、この場はこの表現でいいだろう。灰色猫、最初から自分の親を狩るつもりだったものね。あの言葉を聞いていれば、次代に対する不安なんて生まれまい。まだそれを公言できないからこそ、ややこしいことになっているだけだ。
「おや、随分と『お優しい』ではないか。ふむ、あの方が、なぁ」
「魔王様は優しいですよ? 初めから私を駒として扱おうとはしていませんし、『一人でも生きて行けるように』というコンセプトで教育されてますから」
「ほう……」
からかうような口調のファクル公爵も、私が言った意味を正確に悟ったのか、意外そうな顔になった。ですよね、異世界人は箱庭で飼い殺すのが一番楽ですものね。
これを言うと、大抵の人は魔王様の教育方針が示すものを理解する。私が異様なまでに自由であれるのは、間違いなく魔王様のお蔭なのだから。配下と名乗っても、私が自称しているだけだしね!
「……で。私が茶番を行なうのは、シュアンゼ殿下が国王陛下やテゼルト殿下の憂いとなる展開を望まないからなのですよ。理解できました?」
「……ああ」
頷く彼らに、力はない。忠誠心があるからこそ、『最強の味方を失わせるところだった』と気づいたのだろう。
うむ、しっかり反省しろ。今回は私も面白かったので、これでチャラにしようじゃないか!
「それでは飲み会といきましょうか♪ ……ああ、一つ言っておきますが、逃げられるなんて思わないように」
『え?』
唐突な宣言に、皆の視線が私に集中した。はは、シリアスな雰囲気を壊して申し訳ない。でも、これも報告書を書かなきゃならないのよね〜……手配したの、間違いなくグレンだろうから。
「アルベルダ王ウィルフレッド様からの酒が飲めないとでも?」
にやりと笑って、グラスを軽く振る。アルベルダの酒は基本的にアルコール度数が高いものが多いらしく、飲み方を誤れば二日酔いは確実だ。
勿論、私にとっては何の問題もない。死なない程度に飲まされた人間のみ、翌日が大変なことになるだけだ。私はアルコール中毒といった症状を知っているため、解毒の応用で死亡する展開だけは防げるだろう。
それを見越しての、耐久飲み会なのであ~る! 酒に酔わない奴には天国、弱い奴には地獄ですな。……襲撃者サイドは全員、潰すつもりだけど。
「私は治癒魔法が得意ですから、安心してくださいね。同じく治癒特化の魔術師であるラフィークさんもいますから、安心して飲み潰れてください。つーか、文句を言わずに潰れるまで飲め」
「それは脅迫だよ、魔導師殿」
「煩いですよ、テゼルト殿下」
溜息を吐いたテゼルト殿下の額をぺちりと叩く。……ついでにつむじを押したり、髪を撫でたら、テゼルト殿下の顔が判りやすく引き攣った。どうやら、先日の遣り取りを思い出した模様。はは、大変ですねぇ、お馬鹿な配下がいると♪
「うむ、確かに……」
察して、自分の頭に手をやるファクル公爵。……ふさふさです。お体だけではなく、髪もお若いですね。
あ、テゼルト殿下が固まっている。シュアンゼ殿下、そこで哀れみに満ちた目を向けるんじゃありません! そこは慰めるところですよ……!
「それじゃ、乾杯♪ さあ、一晩中飲み明かしましょうか」
私の脅迫じみた言葉に、反論する奴はいなかった。シュアンゼ殿下は苦笑しつつも、こういった場が初めてなのか嬉しそうだ。ファクル公爵は……ああ、めっちゃ楽しそう。本当に酒好きらしい。
そんな周囲を生温かく観察しつつ、私も自分のグラスに口をつけた。グレン、良い仕事したねっ!
――その飲み会が一晩中続き、翌日、襲撃者サイドが軒並み二日酔いで撃沈したのは些細なことである。
この後、何があっても無礼講で済ませる気満々の主人公。
味方サイドにとっては楽しい飲み会でも、襲撃者サイドにとっては地獄です。




