魔導師による、魔導師のための娯楽
「さて、準備は済んだわね」
襲撃者達が入って来ないうちに、館内にはあらゆる罠が設置された。勿論、私の手によって。
今回は昼間、しかも時間がないということもあり、あまり凝ったものは設置できていない。
罠其の一:床に結界を仕掛け、踏むと体が吹っ飛ぶ。(吹っ飛んだ先で、更に飛ばされる可能性あり)
罠其の二:直撃しても死なない程度の物が降ってくる。(水とか本が主だが、個人的にはタライが大当たりだ)
罠其の三:吃驚要素として、突如壁から出てくる複数の腕。(幻影)
罠其の四:特定の場所にて、布が糸に変化。(分解の応用。布製品が全て糸になるため、行動不能に陥る)
私自身は衝撃波や氷結を駆使して逃げ回る所存です! 倒すというより、障害物を退けるという意味合いが強いので、重傷者が出ることはない。私自身が調整するから、ということも理由の一つだ。
今回は昼間なので、オカルト的な罠はあまり意味がない。粗が見えやすいため、そこまで怖がらないだろう。『驚いてくれたらいいな』程度の期待なので、オカルト的な罠は控えてみた。
よって、ギャラリーに一番受けそうなのは『布が糸に変化』だろう。それでも追ってくるなら、その根性を褒めてやってもいいが……人としてはどうかと思う。ほぼ全裸になるため、普通は動き回れまい。
プライドが試される一幕になることは確実だ。任務遂行への意地と羞恥心、どちらが強いのか。
それらを喜々として仕掛けた際、皆にドン引きされたのは余談である。だが、これも一つの戦い方だ。『殺すばかりが罠ではない』……良い勉強になっただろう、三人組。
正直なところ、準備不足な点は否めない。何より、死なない程度というのが、意外と難しい。時間があれば、もっと凝ったものができるというのに。
「教官、これは罠というより……」
「ふふ、『悪戯』だって言いたいんでしょう? それでいいの」
困惑するロイの言葉に『その通り』と応えつつも、実際は少々違う。
だって、私は大人なのです。『子供の悪戯』と同類では情けないだろう?
「足を引っ掻ける、脅かす……なんてのは子供の悪戯よね。私は魔導師として……いえ、一人の大人として! その一歩どころか十歩は先をいく悪質な悪戯を仕掛けるべきだと思う!」
「いや、それは単にアンタの性格が悪いだけ……」
「甘い! 甘過ぎるよ、カルド! いいか、何事にも遊び心が必要なんだよ。相手にダメージを与えつつ、それ以上に自分も楽しむ! その楽しさを理解できれば、絶体絶命の危機さえも最高の見せ場だ。どんな状況だって生き残れる……!」
「お、おう? そういうものなのか?」
「そういうものなの! 命の遣り取りだろうと、楽しまなければいけないわ! 絶望した果ての無気力とか、諦めて後ろ向きな姿勢になることって、単なる『未来の放棄』だからね? 私の教え子ならば諦めるな、最期の瞬間まで敵の心を抉れ!」
「……」
力説すれば、最後は無言になって何とも言えない表情になるカルド。ロイは深く頷き、イクスは……暫し考えを巡らせた後、理解してくれたようだ。それなりに納得した表情で頷いている。
シュアンゼ殿下とその他の皆様は唖然としているが、三人組は元傭兵業。全てが自己責任な職業なので、『生き残る』ということを念頭に置いた場合、私の言い分は間違っていないと判断できるのだろう。
最期まで足掻く姿勢を見せることって重要なのです、気力と生への執着が明暗を分ける場合もあるのだから。
何を躊躇う必要がある。『最期まで諦めない』なんて、当然のことじゃないか。
『殺されるなら、一発かましてやらぁっ!』くらいの精神で挑まなければ、今後はやっていけないぞ? 今後もシュアンゼ殿下を疎む輩は湧くだろうしね。
「ええと……ミヅキ、君の策ってこの館中に仕掛けた『悪戯』なのかな? まあ、それでも十分に撃退はできそうだけど」
「いいえ? 仕掛けた悪戯と私、そしてシュアンゼ殿下が望んだ結果を出すための鍵ですね」
「え……私が、かい?」
「ええ! 超重要ですよ!」
ぐっと拳を握って力説すれば、シュアンゼ殿下は不思議そうに私を見つめた。まあ、そうなりますよね。この状況では権力なんて意味がないし、シュアンゼ殿下自身は戦力にもならないから。
しかも、未だ満足に歩けないため、逃亡するにしても足手纏いである。……これはシュアンゼ殿下自身の認識ではない。客観的に見た場合、どうしてもそういった存在だと判ってしまう。
だけど、私の策はシュアンゼ殿下が居るからこそ成り立つ……いや、許してもらえるもの。
足が悪い王子様、大歓迎ですよ! 寧ろ、『そんな状態だからこそ、私の行動が許される』。
テゼルト殿下あたりだと説得力は皆無だが、『足が悪い王子様』という認識のシュアンゼ殿下ならば周囲も納得するだろう。つーか、納得するしかないのよね。
「私とシュアンゼ殿下以外はこの部屋に待機し、鍵をかけておいてください。扉には軽い幻術をかけるので、そこに扉があることを認識できなくなるはずです」
「ああ……まあ、この位置ならば誤魔化せるかもね。だけど、あくまでも目で認識できないだけだから、見つかる可能性もあるんじゃない?」
「そんな冷静な判断を下せないような状況にすればいいんです。私達にとってもここが安全地帯となりますから、極力侵入できないようにはしますよ」
息を吐ける場所は必要ですからね――そう言って笑えば、シュアンゼ殿下達は顔を見合せた後、とりあえずは納得してくれたらしい。
ただ、ラフィークさんは厳しい表情だ。シュアンゼ殿下が危険に晒されるような説明をされたため、素直に納得はできないのだろう。
大丈夫ですよ、ラフィークさん。シュアンゼ殿下は『絶対に』お守りしますから!
では、最後の準備をしましょうか。
「シュアンゼ殿下。これに一滴血を垂らしてください。体が軽くなります」
そう言って小さな魔石が付いた簡易ブレスレットを差し出せば、納得した表情でシュアンゼ殿下は受け取った。
「これって、私が初めて立てた時に使ったものだね?」
「それよりも体が軽くなります。今回は逃げ回らなきゃなりませんから」
「うーん……これを使ったとしても、私はろくに動き回れないんだけど……」
苦笑しながらも、シュアンゼ殿下は私の指示に従ってくれる。これまでに培われた信頼ゆえ、と言っていいのかもしれない。
「身に着けたよ。これで準備は完了かな」
「はい、後もう一つ。これが最重要といいますか、この作戦の鍵になります。シュアンゼ殿下……」
そっとシュアンゼ殿下の両肩に手を置き、静かにその目を見つめる。私の言葉と雰囲気に何かを察したのか、皆もどことなく緊張した面持ちで私達を見守っているようだ。
「男としてのプライドを捨ててください」
沈黙が落ちた。言葉の意味が判らなかったのか、認めたくないのかは知らないが、誰もが硬直している。
「え……?」
「ですから。男としてのプライドを捨ててください。無断でやらかすのは心が痛むので、本人に承諾してもらおうという私の気遣いです。つーか、頷け。時間がない」
顔を引き攣らせて首を傾げるシュアンゼ殿下に対し、微笑んで促す。ほれ、さっさと了承しろ。ここまできて『嫌です』はないだろう。
「あの、ミヅキ? それはどういう意味で?」
「こういう意味ですが」
言うなり、ひょいっとシュアンゼ殿下を持ち上げる。それは所謂、『お姫様抱っこ』というやつだ。
なお、魔道具の重力軽減により、シュアンゼ殿下の体は羽のように軽い。座っていたため、誰もその状況に気づけなかっただけである。
「……。教官? それはあんまりな状況じゃないのか? シュアンゼ殿下は成人男性なんだが」
「だから『男としてのプライドを捨てろ』って言ったんだよ、イクス。このまま逃げ回る上、映像と共に報告されるんだから」
「ちょ、おい!? 止めてやれ! いくら何でも、止めてやれよ、教官!」
「駄目。この状況が他国の目にも触れることが必要なんだよ」
即座にカルドが声を上げるが、私は首を横に振った。……あの、シュアンゼ殿下? そろそろ正気に返って欲しいんですが?
ただ、ラフィークさんは一足早く正気に返ったようだ。困惑を露にしながらも、私へと問い掛けてきた。
「お嬢様……そこまで言われる以上、主様の望みを叶えるために必須ということですか?」
「勿論。だって、こうやって一緒に逃げ回っていれば……『襲撃者達の目的がどちらか判らない』わよねぇ?」
「! それ、は……!」
「この状態で逃げ回る映像を見た上で、私がこんな解説をしたらどうなる? 『ガニアで好き勝手する魔導師に危機感を抱き、排除すべく忠臣が動いた。限られた者が知る場所、そして昼間の襲撃という状況から、彼らは処罰を覚悟して挑んだと思われる。シュアンゼ殿下は諫めようとしたが、巻き添えとなる形で狙われた』ってね!」
要は、目的のすり替えなのだよ。シュアンゼ殿下達の話から察するに、この襲撃の目的は『シュアンゼ殿下』。忠誠心を抱く相手がテゼルト殿下かガニア王かは判らないが、間違いなく国王派だ。
魔導師はそのついでに国外退去を望まれているだけである。シュアンゼ殿下が居なくなれば強制的に帰国となるため、無理に狙う必要はない。
だが、目的を『魔導師の排除』にすり替えればどうなるか?
「私はイルフェナから『シュアンゼ殿下の足を治すために呼ばれた』。ゆえに、シュアンゼ殿下には『私を守る義務がある』。国王派にとってシュアンゼ殿下の存在が邪魔だから、『魔導師のついでに排除することにした』。ね? おかしくはないでしょう?」
「ですが、それではイルフェナが黙っていますまい。お嬢様は国の客人なのですよ?」
「それを覆す……いえ、『イルフェナを黙らせるのがこの茶番』なのよ。成人王族をお姫様抱っこするわ、館中に悪質な罠を仕掛けるわ、どう見ても私が一番遊んでいるじゃない? 誰が見ても、『国のために行動した忠臣をコケにし、玩具扱いしているようにしか見えない』もの! ……ああ、大丈夫。私が以前に手紙を送った他国の人達も『物凄く』納得してくれるから」
「……何故、でしょうか?」
「自国で散々やらかされてるから。『ついに、ガニアでも犠牲者が出たか』って、哀れんでくれると思うよ? 経験者として、とても優しい目で見てくれる!」
「……」
さすがにラフィークさんも沈黙したようだ。納得したというより、唖然としたのだろう。
勿論、ラフィークさんの懸念も理解できる。普通にやらかした場合、襲撃者達は哀れまれてもそれだけだ。襲撃者達が忠臣だろうとも、所詮は他国のこと。その処罰に口を挟む真似はすまい。
だが、私にはグレンという協力者がいるわけでして。
前回のお手紙で協力を依頼している以上、他国への根回しはしてくれているだろう。それができない子ではない。
『魔導師はシュアンゼ殿下を王族に残したい』、『魔導師の思惑に乗れば、これまでの貸しを帳消しにできる』、『シュアンゼ殿下に恩を売れる』……この程度の情報があれば、彼らは絶対に協力してくれる。
というか、『貸しを帳消しにできる』というのが一番魅力的な報酬だ。放っておけば、いつ私に突かれるか判らないので、これはリアルに危機感を覚える不安要素だったりする。
私が其々の国で起きた事件の当事者として、他国に流出しない情報を得ているのは事実。口を噤ませることが可能な案件は貴重である。つまり、今回がそれに該当。
大丈夫、脅迫材料はまた集めればいい。
今回でチャラになったとしても、お米様のためならば惜しくはない。
「色々とやらかしてるのよねぇ、私。毎回、魔王様から盛大に説教をされるほどにね。それが『親猫』って言われている所以だから。……今までガニアで犠牲者が出ていない方が不思議だもの。全くの罰則なしは無理でも、一族郎党の処刑とか重罰は免れるでしょうよ」
――それに加えて、シュアンゼ殿下がメチャメチャ気の毒じゃん?
笑いながらそう付け加えれば、皆は判りやすく顔を引き攣らせた。この策がシュアンゼ殿下の犠牲の上に成り立つ――といっても、襲撃者達の処罰軽減を望んだのはシュアンゼ殿下自身である――ことに加え、他国からの哀れみを期待することを目的とするならば、今後の私の行動も予想がついたのだろう。即ち――
シュアンゼ殿下のお姫様抱っこ映像、流☆出♪
いくら何でも、本人の許可が必要よね、これ。そんなわけで、先ほどの『男としてのプライドを捨ててくれ』なのですよ。まあ、自分の願いのためなので、可哀想なものを見る目で見られることくらいは我慢してもらいたい。
……。
『灰色猫よ、ざまぁっ!』なんて思っていない。
思ってないぞ、『あら、楽しそう♪』とか思っているだけだから!
「ミヅキ……その、ごめん。君、何も言わずに巻き込んだことを根に持っているんだね……?」
「そんなことはありませんよ♪ これからのお楽しみを前に、わくわくしてますから!」
「……。すまなかった。もう何も言わないから、好きにしていいよ……」
「ご協力、ありがとー!」
深々と溜息を吐くシュアンゼ殿下に対し、ノリノリで返す私。温度差のある二人、その状況に、皆はそっと視線を逸らした。
「教官……アンタ、酷ぇな」
「遊び心を忘れない乙女と言いたまえ、カルド君。利用できるものは全て利用してこそ、魔導師じゃないか」
「乙女は王子を抱き上げたりしねぇよっ!」
突っ込みをありがとう、カルド。でも、お前の言葉が改めてシュアンゼ殿下の心を抉ったってことにも気づこうな?
――その後、私達以外を一室に残し、わざわざ入り口付近で待機すること暫し。
「……。何をしているのだ、一体」
「え、入ってくるのを待ってた。というわけで、諸君! 侵入ご苦労様。準備はできてるぞぉっ」
『はい?』
「何も言わないでくれ……君達の気持ち、物凄く理解できるよ……!」
死んだ目のシュアンゼ殿下をお姫様抱っこした私は、侵入者達を喜々として出迎えた。目の前の意外な光景に、侵入者達が揃って間抜けな声を上げたのは些細なことである。
とはいえ、彼らも腹を括ってここに来ている身。正気に返るのも早かった。
「訳の判らん真似を……構うな、殺せ!」
そんな怒声を開始の合図とし、私達の追いかけっこが始まった。普通に考えれば私達が圧倒的に不利だが、シュアンゼ殿下の体はほぼ重さがない。それに加えて浮遊やら、転移を駆使する私に、侵入者達は大苦戦を強いられることとなる。
だって、全部走る必要ないじゃん? つーか、危ないから浮いたまま移動する方が多いのよね。
「ほーら、捕まえてごらんなさぁい? 鬼さん、こちら♪」
高笑いしそうな勢いのまま走り続ける私に、侵入者の皆さんは当然の如くキレた。
……が、キレたところで、罠がなくなるはずもなく。
「ちょ、おまっ、痛っ」
「何でいきなり服が糸に変わるんだよおぉぉぉっ!」
「このヤバそうな色の液体、何だ!?」
こうなった。楽しそうでいいじゃないか。滅多にできない経験と割り切り、存分に堪能するがいい!
「……。ミヅキ、あの禍々しい色をした水溜りみたいなものって何?」
「色々混ぜてヤバそうな色にした液体に片栗粉を混ぜた、スライム状の即席毒沼(小)ですが、何か」
「手の込んだ嫌がらせだねぇ」
「ちなみに、ラフィークさんから貰った痺れ薬を混ぜたので、ある意味、リアルに毒ですね。ぬるっとするので、触れるとヤバさと危機感がアップです」
「え゛」
顔を引き攣らせるシュアンゼ殿下に、にっこり笑って裏を暴露。
マジでーす。『攻撃魔法は苦手でして』と自己申告している以上、それに代わる手段があるとは思っていたけれど……そうか、医療の知識は『そういった意味』でも活かされていたのか。
そんなことを話しつつも、私達は逃げ回っている。館中を逃げ回るだけで、侵入者達が館から出られない状況になっていく――脱落したり、外に出られない状態になったりと、理由は様々――ので、それをリアルタイムで楽しんでいた。
なお、皆を残した一室では監視カメラ状態の魔道具からの映像が見られるため、退屈はしていないと思う。さっき一度戻った時は、誰もが顔を引き攣らせ、中には涙目になっている奴もいた。
楽しんでくれているようで、何よりだ。明日は我が身だと自覚しておけよ?
「ミヅキ、君は私の護衛をしている騎士達への警告も兼ねて、この状況を見せているんじゃないのかい?」
「ふふ、今回みたいなことが繰り返されても嫌じゃないですか」
「ああ、うん……確かに、絶大な効果のある警告だろうね。……君に弄ばれる未来しか見えないもの」
「あははははっ! 忠誠心の果ての行動が、魔導師からの玩具扱いですからね!」
彼らは皆、国王派のはず。今回のことを実家やお仲間に伝えてくれれば、それなりに抑止力として期待できるだろう。……あまりにも扱いが嫌過ぎる、という意味で。
そうこうしている間にも、追手達はかなり数を減らしたようだ。さて、そろそろ外に行こうかな。
「内部は飽きたので、そろそろ外に行きましょうか。外は単純に魔法を駆使する形になるので、今までとは違った面白さがあると思いますよ」
「面白いかはともかく、結界の魔道具は持っているから、多少は大丈夫……って、外に行くのに、どうして階段を上る必要が!?」
「最上階の主賓室から行こうと思いまして。正確にはそこの窓からの脱出をやりたいんですよね〜」
「はい?」
物語の見せ場的なアレですよ、あ・れ! ヒロインを腕に抱いたまま、華々しく逃亡! ってやつをやりたいのです。
……腕に抱えているのは王子様だと? 私よりヒロイン力高いんで、問題なし。私の場合、荷物状態で抱えられるか、担ぎ上げられる状況しか思い浮かばん。
セイルあたりなら、『自力で何とかしてくださいね』という言葉と共に、窓の外にぶん投げそうだ。他の守護役達でも、『共に戦う』か『外を任せる』あたりの選択だろう。我ながら、一般的なヒロイン要素は皆無です。
「そういえば、よく御伽噺とかで、王子が単身乗り込んでるじゃないですか? あれ、『権力使えよ! 人を連れて行けよ! それ以前に、王族が一人で命の危険がある場所に行くんじゃねぇ! それでも何とかなるなんて、どんだけ戦闘能力が高いんだよ!?』って思ってたんですけど、現状、リアルにこの状態ですよね」
「……」
黙るでない、灰色猫。今のお前の状態はまさに、『掻っ攫われるお姫様』。ヒロインじゃん、お前。性別逆だけど。
私が男だったら別方向の意味でも面白かったと思う、今日この頃。サイラス君なら涙目になって、私に抗議してくるだろう……『あのヤバイ本のネタになったら、どうするつもりなんですか!』と。
そんな馬鹿なことを考えている内に、目的の部屋に到着。追手は……四人ほどか。うむ、叫び声を上げる人数としては申し分ない。
ちらりと追手達に視線を走らせた後、全開になったままの窓枠に足をかける。風に靡くカーテンが良い感じ。
ふふ、このために窓を開けておきましたからね!
レースのカーテンを靡かせておきましたからね!
「それじゃあ、窓から飛び降りますね。浮遊感はありますけど、魔法を使うので衝撃はそれほどないと思います。さあさあ、滅多にないイベントを楽しもうぜ? しっかり掴まっていてくださいね? ヒロイン様〜♪」
「ちょ、ほ、本当に飛び降りる気なんだね!?」
「勿論! さあ、私と共に外の世界へいざ!」
落ちるという認識ゆえか、ぎゅっと抱き付いてくるシュアンゼ殿下。多少の息苦しさを感じるも、聞こえてきた声に私のテンションは高まった。
「おい! お前、一体何をするつもり……って、ああ!?」
「あはは、逃亡劇のラストは脱出が定番でしょうー?」
飛び降りる私達を見て追手達は声を上げるが、私達はすでに窓の外。一瞬の浮遊感の後、僅かな衝撃と共に無事に着地する。あまりにも衝撃がないことが意外だったのか、どこか呆けたシュアンゼ殿下の表情が珍しい。
大丈夫! 私は何度か落ちてるから! この程度の落下で怪我なんてするはずがない、そもそも、ここは盛り上がるところじゃないか!
そんな気持ちのままに、外に残っていた侵入者達に氷結を見舞う。館の外に出てしまえば、魔法に関する制限はない。存分に魔法を打って、どちらが強いか判らせてあげようじゃないか。
「さあ、第二幕ですよ♪ 目的は敵の殲滅……まあ、殺しませんから、捕獲目的ですが」
――参りましょう、ヒロイン様?
茶化してそう呟けば、シュアンゼ殿下はぱちくりと瞬きをし……声を上げて楽しげに笑った。
「ふ……あははっ! 君、本当に言ったことをやり切ったね。確かに、滅多にできない経験だよ!」
「でしょう? 人生、どんなことも楽しむべきですよ」
「うん……うん、そうだね。真面目に考えるばかりが、最良の結果をもたらすわけじゃないのか……」
どこか、しみじみと呟くシュアンゼ殿下を抱えたまま、私は無数の氷片を出現させつつ敵へと突っ込んでいく。気分は物語の主役、驚く声や怒声をBGMに、私は最後の大暴れ。
「この後のことも楽しみだ。ミヅキなら、きっと楽しませてくれるだろうから」
「当然ですね。望んだ決着に持っていってこそ、魔導師じゃないですか」
だから、この状況に阿鼻叫喚の事態になっているであろう、ラフィークさん達を宥めてね。そこまで責任持てん。
Q:足の悪い王子様をどうしますか?
A:抱き抱えて走る。
シュアンゼの願いを叶えているはずなのに、自分が一番楽しむ主人公。
シリアスな雰囲気に浸るはずだった人々を玩具扱いする、ろくでなしです。




