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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
ガニア編

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ガニア王の後悔

 弟である以上に、彼は『私よりも上位の王位継承者』。恐らく、そう認識していたことが間違いだったのだろう。

 その認識は正しいものではあったけれど、私は己を卑下することなく、ただ努力する姿だけを見せるべきだったのだ。そう気づいた時は遅かった。


 その前提は、常に私に一歩引いた態度を取らせ。


 結果として、弟を増長させる一因となった。


 勿論、弟の周囲に侍っていた貴族達が最大の原因であることは間違いない。

 だが、私のそんな態度が影響し、貴族達を煽っていたならば……『私に王になる気がない以上、弟の立場は揺らがない』と、確信させていたならば。

 私自身が最も罪深いのではないかと、そう思うのだ。


『あれに王は無理だ。お前を次の王とする。勿論、王妃も賛成している』


 そう告げられた時の衝撃といったら! まるで世界がひっくり返ったような、それほどの驚きだった。

 いや、実際にそれまでの私の世界は壊れたのだろう。私だけではなく、誰もが弟が王になることを当然と思っていたのだから。


『知らぬ間に、あれは擦り寄ってくる者達に取り込まれてしまった。そのような愚か者に、国の頂点たる立場を任せるわけにはいかん』


『私達にそう決断させたのは、あの子自身の傲慢さなのです。諫める貴族達どころか、私達の言葉さえ聞かないなど……! 耳に痛い言葉は、全てが悪意からくるものではありません。主の間違いに苦言を呈してこそ、忠臣とも言えるでしょう。それを理解できないならば、現実を突きつける他ないのです』


 父上と王妃様の表情、そして声にも深い後悔が滲んでいた。いくら国を優先すべきであろうとも、次代の育成を怠ったことは我らが責だと、そうおっしゃって。

 生き方を変えなければならない私への謝罪も、勿論あった。それはそうだ、私はこれから己が足場固めをせねばならないのだから。


『お前には苦労を掛ける。弟を支えよと幼き日に命じて以来、お前はどれほど周囲に軽んじられようとも、そのための努力をしてくれた』

『あやつを王位から引き摺り下ろしたと、そう言われることは必至。だが、ガニアが傾くことが判っている以上、我らは最善を尽くさねばならんのだ』


 苦労することは判り切っていた。弟の派閥との敵対は確実な上、私は今以上に広い人脈を作らねばならない。

 その苦労を耐えきれたのは、文句も言わずに支え続けてくれた婚約者――王妃と、側近となってくれた者達の支えがあったからだろう。


 当然、弟はその状況を認めようとはしなかった。

 いや、王になることだけを己が未来と定めていたため、それ以外が受け入れられなかったのだと思う。


 罵られようとも、見下されようとも、私の胸には弟への憐みが消えたことはない。

 私が世界を壊されたというのならば、弟とて同じである。しかも、弟は周囲に誘導された部分が非常に大きいのだ。

 その歪みを突き付けられたのは……シュアンゼに対する態度を叱った時だった。


『私は【相応しくないから】、王になれなかったのでしょう?』


『あの足で外交ができますか? 周囲に侮られずに済みますか? どう考えても、無理でしょう』


『欠陥品だからこそ、捨ておくのです。……そう言って私を見限った者達が、偉そうに言うな!』


 ……状況が違う。そう言ってしまえば良かったのかもしれない。だが、私には弟の言葉を否定することができなかった。

 いや、反論などできるはずはないのだ。私自身、弟の言葉に納得してしまったのだから。


 父上と王妃様は紛れもなく、あいつの親だった。

 己が責務を優先し、堕ちた我が子から継承権……未来を奪った。


 シュアンゼの足は生まれつきだが、王族としてはマイナス要素であることは否めない。

 王族としては不十分だからこそ放置し、その親達は己が野心を選ぶ。


 あまりにも似ている状況。父上達は国のための判断だろうが、それが独断に近い……彼らもまた、『己が理想とする未来のため、理想に適わなかった息子を切り捨てた』。

 弟のシュアンゼへの態度は、自分を投影させている部分もあったのだろう。健常者であれば次代となる可能性もあっただろうが、あの足ではそれも叶わぬと。

 

 弟とシュアンゼは『理想に適わぬからこそ、切り捨てられた者』。


 そう判った時、私だけではなく、当時を知る者達は弟の態度を諫める言葉を失ったのだ。先代の判断を受け入れた以上、弟の言葉を否定できるはずはない。

 それと同時に浮かんだ、一つの後悔。私だけが成し遂げることが可能だった、分岐点とも言うべき一つの選択肢。それがまざまざと思い出されたのだ。


 私が幼い頃から弟の世界に踏み込み、無理やりにでも兄弟としての関係を築けていたならば、と。


 長い間目を背け、忘れた振りをしていた『後悔』。それが唐突に思い出されたのは、エルシュオン殿下と魔導師殿の話を聞いたからだろう。

 テゼルトから聞いただけではなく、独自に集めた情報は……少々、信じがたいものだった。


 ただ親しいだけではなく、時には怒鳴り合いの喧嘩さえする。


 言いたいことを言い合うくせに、互いを守り合う姿勢は決して崩さない。 


 愛情深い親猫が子猫を躾け、それ以上に守っているようだと言われているらしい。子猫も親猫の愛情を知るからこそ、非常に懐いているのだとか。

 それが事実ならば……私と弟は最初から間違っていたのだろう。私達だけではなく、父上達も同様に。

 その歪みがシュアンゼを苦しめ、とうとう他国にさえ迷惑をかけるに至った。こうなっては、無罪放免というわけにはいくまい。王族だからこそ、その責任をしっかりと取ってもらわなければ。

 だが――


 一度くらい、普通の兄弟のように喧嘩をしてみたかった。

 言い合いをしながらも、共に国を治めたかった。


 そう思うことだけは許されるだろうか。叶わない夢と判っているからこそ、これを口にすることはない。……そのような綺麗ごとなど、許されはしない。

 それらの感情を抱えて、私は王として生きる。そうすることが私自身の誇りであり、負の連鎖を断ち切るための手段なのだから。


 ――だからこそ、私は今回の騒動を歓迎している。


 シュアンゼの未来を変える可能性をくれた魔導師殿に抱くのは、感謝である。それ以外に浮かばないが、同時に、ほんの少しだけ憎くもあった。

 判っている。これは八つ当たりだと。『どうして、私達の道が別たれた時に来てくれなかったのか』などと、言えるはずもない。

 時代が違う、国が違う……それでも現状を見る限り、あの時に魔導師殿がいたならばと思ってしまう。

 確実に弟を追い落とすだろう魔導師殿に、心からの感謝は伝えられないだろう。不甲斐ない、役立たずな王と思われても仕方がない。

 それでも貴女は……『貴方達』は。ガニアが変わる切っ掛けをくれたのだ。


 彼女が来たことで起こる騒動は、まさに『災厄』。

 けれど、結果だけを見るならば、まさに『奇跡』。


 優しいのか、恐ろしいのか判らない魔導師殿は、シュアンゼと共に遊びに興じている。その果てに待つのがどういった結末かは予想もつかないが、私はあの子達の味方でいようと思う。

 ――後悔のない決着になるよう、切に願う。 

色々思うことがあるガニア王。あまり出て来ないのは、こんな理由もあります。

王弟を諫めきれなかった背景には、自責の念も影響していたり。

シュアンゼはとばっちりを受けた形になりますが、逞しい子(意訳)に育ったので、

結果としては良かったのかもしれません。

※魔導師17巻(書き下ろし)のお知らせが活動報告にあります。

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