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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
ガニア編

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301/706

本心は午後の陽に隠して

 ――シュアンゼの部屋にて


「……あの、魔導師殿?」

「……」


 困惑気味に声を上げるのはテゼルト殿下。シュアンゼ殿下の部屋にやって来たテゼルト殿下は座るなり、たまたま部屋に残っていた私に頭を撫でられていた。

 なお、部屋の主であるシュアンゼ殿下と彼の側仕えであるラフィークさんは暫し、席を外している。痴女騒動に連なる、ラフィークさん関連のことを清算するため、該当者達とちょっとした話し合いをしてくるんだってさ。


 今をときめくシュアンゼ殿下直々のお言葉&状況確認。

 人はそれを脅迫というのかもしれないが、あくまでも本人曰く『話し合い』。


 不幸な王子様は大変逞しく成長なされたようだ。これまで得ていた情報を活かし、ザックザックと貴族達の精神を抉っている。

 そもそも、彼は『身体的に難あり』であっても、『弱者』ではなかった。言い方は悪いが、『失くすものなし・自己保身なし・ほぼ政に関わっていないから、居なくなっても問題なし』という、怖いものなしの状況だったのである。


 王族に生まれながら、各方面にほぼ影響がない状況……無双し放題だろうが、これ。


 処罰されるようなヘマをしたとしても、それが王弟夫妻への攻撃に使えるのだ。本人は喜々として両親を巻き添えにしたことだろう。

 王弟夫妻は判っていなかったようだが、彼らの息子はとんでもなく危険な存在となっていたのだ。私が来なくても、誘拐事件が起きなくても、いつかはその地位から引き摺り下ろされていたと予想。

 でなければ、ここまで精力的に動けるはずはない。灰色猫は胸の内に復讐の炎を滾らせ、虎視眈々と機会を窺っていただけだ。

 なお、あまりにもこれまでと違うため、『魔導師が影響を与えている』とか言われているが、私はそれを全力で否定したい。


 違う、違うぞ、私は無実だ。

 あの人は元から腹黒だった。


 単に、それを発揮する場がなかっただけ――歩けないこともあり、公の場に出て来なかった――なのだが、ろくにシュアンゼ殿下と向き合ってこなかった貴族達に判るはずもない。

 シュアンゼ殿下はそれを幸いに、全てを『魔導師に影響された』で済ませていた。


「だって、ミヅキに堂々と文句を言える人っていないし。それに、何か言われてもミヅキならば言い返すだろう?」


 笑顔でこの台詞を吐かれたんだぜー……どうしてくれよう、あの腹黒灰色猫。

 とはいえ、私以上の苦労人がいる以上、文句も言えない。私の場合は半分ぐらい自業自得だが、完全に被害者となっている人もいるのだ。

 はっちゃけているシュアンゼ殿下の影響を受ける人はもう一人いる。従兄弟であり、常識人である、テゼルト殿下その人が。

 そんなわけで。

 私は気の毒なテゼルト殿下を案じているのですよ。……正しくはその頭髪を。ストレス、多そうなんだもの。


「ええと……これに何の意味が?」

「テゼルト殿下を案じています。髪、無事だといいなって」

「な!?」


 ぎょっとするテゼルト殿下だが、私は割とマジで心配している。この世界でも遺伝でそういったものが決まるかは判らないが、ストレスが原因と言われた日には、テゼルト殿下は間違いなく危険であろう。


「……シュアンゼ殿下が動き出したからですよ。大半の人は私に触発されたせいだと思っているようですが、実際は違います。しかも、私がいなくなったとしても、平然と危険な真似をするでしょう。当然、敵だって多くなります。……ストレス溜まりそうですよね、テゼルト殿下って」

「う……」


 抗議の声が来るかと思ったら、テゼルト殿下は顔を引き攣らせて黙り込む。さすがに、従弟の性格には理解があるのだろう。兄弟のように思っているシュアンゼ殿下の本性は熟知しているため、私の言葉が否定できなかった模様。

 ……が。

 私の言いたいことは、これだけではない。本題はここからだ。


「現実問題、シュアンゼ殿下って自己保身が全くありませんからね。王族って、普通は成長するごとに柵が増えたりして、その存在に影響が増していきますけど……シュアンゼ殿下って、それらがほぼない状態じゃないですか。割と前向きになってきたとはいえ、まだまだ危ういですよ」

「……そう、だね。私達もそれは判っているんだ。足が不自由だからと、周囲から遠ざけ過ぎたと思っている」


 固く握られた拳は、テゼルト殿下の後悔を表しているよう。軽く触れて治癒魔法をかければ、その行動が無意識だったのか、苦笑して礼を言われた。

 テゼルト殿下達はただ、シュアンゼ殿下を守りたかっただけだろう。王弟殿下とその派閥が手を伸ばしてくるような場所に居させたくなかっただけ。そのお蔭で、シュアンゼ殿下はこれまで無事だったと言える。

 だが、足が治った今だからこそ、気づくこともある。


 シュアンゼ殿下に味方は少ない。個人的な配下はラフィークさんのみと言っていい。


 これは結構、致命的な要素だった。動かせる駒や信頼できる配下といったものが存在しなければ、いくらシュアンゼ殿下が優秀でも動きようがない。


「今回は都合のいい人材が手に入ったので、子飼いにしましたが……今後はそうもいきませんよ」

「やっぱり、あれはシュアンゼのためだったのか。本来ならば、君が教官役を担う必要はない。あれは『魔導師が三人と繋がっている』と周囲に判らせるためだろう? 王族であるシュアンゼの友人という立場では、何かあった時に君は動けない。だけど、教え子達のためならば、『教育した責任がある』といった感じに関わることができるから」


 エルシュオン殿下を参考にしたんだよね? と問われ、素直に頷く。テゼルト殿下の予想も含め、これは事実だった。

 魔王様が親猫呼ばわりされるのは、保護者という立場を全面的に出しているから。後見人という立場を含め、『保護者として、自分に責任がある』と思わせる言動をしているからだ。

 シュアンゼ殿下相手では無理だが、あの三人組相手ならば可能だった。それを見越して、私を教官と呼ばせていた。


「シュアンゼの世界は狭い。私達が自分の配下をまわすことはできても、信頼している配下はラフィークと……あの三人くらいだろう。これからのことを考えると頭が痛いね」

「本人が簡単に心を許しませんからねー。用心深いことは結構ですが、それが過ぎれば孤独になります。最低限、側近と呼べる人達は作るべきでしょう」

「あの三人は無理かな」

「無理でしょうね。政にも、貴族にも関わっていないからこそ、信頼できると判断した節がありますから」


 テゼルト殿下は溜息を吐いて黙り込む。私も撫でている手を止めることはない。

 だが、不意にテゼルト殿下が微笑んだ。


「不思議だね、魔導師殿とこんな話をするようになるなんて。……今ならば、サロヴァーラで会った人達が君のことを『噂は全て事実だ』と言った意味が判るよ。味方にはならないけれど、協力者となって利をもたらす。自分勝手に振る舞う一方で、『誰か』のことも考えてくれているんだ。優しくて、残酷……矛盾しているようだけど、事実だと判る」

「さあ、どうでしょう? 私自身にも利がありますから」


 今回とて、私に利がある。魔王様の報復が一番だけど、それ以外にも理由があった。

 主に米。今後の素敵なお米ライフのためには、シュアンゼ殿下が必須です。そのためならば、三人組の育成も、シュアンゼ殿下を残すことも、成し遂げてみせようじゃないか。

 日本人の本気を嘗めるでない! 魔導師として、米を愛する日本人として、邪魔なものは全て排除してみせよう……!


「君を保護したのが、我が国だったら良かったなぁ……楽しいことになりそうだ」


 想像したのか、くすくすと笑いながら告げるテゼルト殿下に、片眉を上げる。勧誘とも言えないそれは、本心じゃないだろう。ただ言葉遊びを楽しんでいるだけだ。


「その場合、私は役立たずでしょうね。今の状態は魔王様あってこそのものですから」

「うん、判る。エルシュオン殿下が君を守り、慈しんだから、今の君になった。それは君達に接した誰もが痛感しているだろうね。……大丈夫だよ。私達とて、いつまでも君に甘える気はないから。だけど、できれば今後も友好的でありたいね」


 テゼルト殿下の声も表情も穏やかなまま。『魔導師に頼る』と言わないのは、テゼルト殿下なりの決意を私に示した結果だろう。

 王弟殿下達が排除されれば、どうしたってガニアは荒れる。派閥の貴族達をファクル公爵が纏めてくれていようとも、それは変わらない。改革には混乱がつきものだ。

 そして、その余波は間違いなくテゼルト殿下達にも訪れる。勝者がはっきりすれば、次に予想されるのは勝者への擦り寄りだ。次代を担う者になるべく、椅子取りゲームが起こるだろう。

 そんな中で、シュアンゼ殿下は自分の足場固めをしなければならない。……苦労するのは確実だった。それだけではなく、混乱の最中に才覚を発揮すれば、シュアンゼ殿下を王に推す動きが出てくるかもしれない。

 大変、匙加減が難しい状況になるのです。テゼルト殿下を推しつつ、自分は一歩引いた状態というのが、好ましい決着だろう。


 まあ、私はそれを前提にしてプランを立てているわけですが。


 ひっそりと目を眇める。最後まで伝える気がない計画は、着々と形になってきているのだ。テゼルト殿下達は共犯者であっても、味方ではない。味方であるグレンにさえ詳細を語らないのは、グレンならば理解できると確信しているからである。

 実際、グレンは私の望み通りに動いてくれている。元の世界からの付き合いがあるせいか、私の遣り方を熟知しているグレンがいてくれるのはありがたかった。

 赤猫が協力者になった以上、他国は私の思惑通りに動くだろう。私はガニアで必要な状況を整え、決定打となるカードが手に入る時を待っている。一度で決着をつけるには、それなりのものが必要だ。

 他国を巻き込んで、自分の思い通りの決着に進める……実に、自己中魔導師らしい遣り方だと思いませんか? テゼルト殿下。『国を手玉に取る』なんて!


「ミヅキ、何してるの」


 声に振り返れば、シュアンゼ殿下達が戻ってきたようだ。私がテゼルト殿下の頭を撫でているのを見て、不思議に思ったらしい。

 なので、つい。


「テゼルト殿下の頭髪が無事かなって。ストレスが溜まることが続いていますし、こういったことは治癒魔法でも無理でしょう?」

「いやいやいや! 魔導師殿、それはさすがに酷くないかい!? せめて、他のことを心配するとか」

「だって、他は治癒魔法で何とかなるじゃないですか」


 私達の遣り取りに事情を悟ったのか、シュアンゼ殿下が生温かい目を向けてくる。ラフィークさんはスルースキルを発揮し、微笑ましげな表情のまま、お茶の準備を始めていた。


「ミヅキ、君、酷い」

「失礼ですね! こんなに優しさ溢れているというのに!」

「だからって何故、テゼルトの頭髪を心配するのかな……?」

「苦労人らしく、一番散りそうじゃないですか!」

「魔導師殿、頼むから黙ってくれ。シュアンゼ! お前もこの話題に乗らなくていいから!」


 午後の日が差し込む部屋に、私達の楽しげな――約一名は必死だ――声が響く。そのうち、三人組もやって来るだろう。そしていっそう、賑やかになるに違いない。


「このような時間が過ごせるようになるとは……喜ばしきことですね」


 そんなラフィークさんの呟きが聞こえる、穏やかな午後だった。

珍しく、テゼルトと主人公の会話。テゼルトは本当に、シュアンゼを案じています。

なお、前話のグレンの予想は正解です。主人公が目指すのは、自分が理想とする決着。

主人公は『共犯者』であっても、『味方』ではないため、本心を語りません。

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