S属性な人々
薬物事件にまで発展した殺害騒動が一応の決着を見せた頃。
亡霊が『ゼブレストの英霊』と名を改めるに伴ってゴーストハウスは解除された。
魔道具も全て回収し、万一を考えて半分をルドルフに進呈。使う機会が無いことを祈る。
……『英霊』にいつまでも世話になってるわけにはいかないからね?
そんなわけで。
王宮組が多忙のあまり死にかけていることを除けば実に快適空間です、後宮。
処罰対象者が多過ぎた事が主な要因だけど、それ以上に貴族がルドルフを恐れ出したことも原因だ。
どうやら、ついでとばかりに貴族達を一斉摘発しているらしい。
後宮は隔離された場所なのだよ、外部からの横槍さえなければ貴族のお嬢様にできることは少ない。
私以外はもう二人しか残ってないしね、側室。
一気に減ったな、おい!?
※※※※※※
「ミヅキ様の魔術は普通のものではないのですか?」
のんびり読書していた私にエリザが問い掛ける。
……ああ、ゼブレストって魔術にあまり馴染みがないんだっけ? 珍しいのか。
それとも例の英霊騒動を聞いたのかね? 基本的に部屋に残しているからね、エリザは。
「ん? 気になる?」
「はい。私の家庭教師をしていた人が魔術は詠唱が必須だと言っていましたから」
普通はそれが正しい。治癒魔法程度ならゼブレストでも珍しくないだろうし、貴族階級なら其々の家で魔術師を雇っていても不思議は無い。
エリザは魔術の基本的な事を聞いたことがあったのか。
「普通はね。でも魔導師なら詠唱を省略することが可能だよ?」
「やっぱり魔道具ですか?」
「そうだねぇ……」
髪飾りに手をやるとチリン、と澄んだ音を立てる。その音にセイルの瞳が一瞬細められた。
嗚呼、護衛と監視は紙一重。
無駄に鈴を鳴らしたら飛んできそうな反応の早さですね、将軍。是非一度遊んでみたい……いや、後が怖いから止めておこう。
あ、考えてることがバレたっぽい。き……聞きたいなら話に混ざっていいんだよ!?
「魔道具を使えば無詠唱も可能、だと言っておくね。これ以上は秘密」
「無詠唱? ミヅキ様は呪文詠唱を必要とされないのですか?」
「そういう場合もあるね」
必要としないどころか詠唱すると魔法が発動しません。
……とは言えないねー、やっぱり。普通は逆だもん。
ついでに言うなら私の魔法は基本的に物理に該当するので魔法を防ぐ=魔力結界の発想では意味が無い。普通の魔法とは扱いが違うのです、世界間の認識のズレなんて説明できん。
言う気もないけどね。
と、そこへ――
「失礼します。リューディア様がお茶を御一緒したいと申されておりますが……いかがいたしましょう?」
「リューディア様? 側室の?」
「はい。珍しい茶葉が手に入ったので気分転換にどうかと仰せです」
思わずセイルと顔を見合わせる。
何それ。 思いっきり怪しくね? 絶対何か企んでいるに一票ですよ。
いくら人が少ないからって亡霊騒動の中心人物に接触する奴がいるかね?
「英霊に認められたミヅキ様と接点を持ちたいのかもしれません」
セイルがもう一つの可能性を口にする。
ああ、後宮での立場維持の保険として繋がりが欲しいってことね。
ま、どちらにしろありえんのだが。自分から行動した以上、さっさと退場していただきましょうか!
「リューディア様に伝えてくれる? 喜んでお受けいたします、と」
さて、リューディア様。
貴女の最後の策は保身ですか? 破滅ですか?
※※※※※※
暫くして二人の侍女を伴ったリューディア嬢が部屋を訪ねてきた。
おお、自分が足を運んでまで警護の騎士の多い私の部屋を選ぶとは!
絶対何かありますねー。いいよ、退屈だから遊んであげよう。
侍女達が引いてきたワゴンに茶器一式が乗っているので本当にお茶を飲む気はあるみたいだけど。
「ふふ、ご一緒できて嬉しいですわ」
腰まである赤い髪に勝気そうな緑の瞳の少女は嬉しそうに笑った。
そう、『少女』。リューディア嬢は十六歳、しかもそれ以上に幼く見えるのだ。
美少女ということも含め一部の特殊な趣味の人には大人気かもしれない。
が。
ルドルフが正妃に選んだら間違いなくロリコン一歩手前扱いされるだろうね、あいつ二十三歳で歳相応に見えるもの。
ただ、今まで後宮に残っている以上はそれなりに厄介な部分があるのだろう。
「そう言っていただけるとは思いませんでした」
「そう? 刃物を持った方に襲われても返り討ちになさるミヅキ様ですもの。一度お話してみたかったわ」
「あら、ずっと部屋に引き篭もっていたと聞いていましたのに……随分と詳しいですね?」
「皆が色々と教えてくれましたもの! 正妃に一番近い方だって」
言葉とは裏腹に目は笑ってませんね、リューディア嬢。そんなに敵意があからさまだと何かあると教えているようなものですよ?
「御歳の所為かしら? 随分と落ち着いてらっしゃいますのね」
「ええ、リューディア様とは一回り近く離れていますから。リューディア様も淑女ならば落ち着かれませんと」
「あら、それはどういう意味かしら?」
「そのままですよ。挑発するもされるも愚かの極みですわ」
微笑ましいとばかりに笑みを浮かべて諭せば憎々しげな視線を向けられる。
……お嬢ちゃん、人の話はちゃんと聞こうね?
私が挑発するのは物事を有利に運ぶ為なのです、日頃からそんなことをすれば敵しか作りませんって。
そんな言い合いをしている間に侍女は私とリューディア嬢の前にカップを置く。
香りは問題なし、お茶も同じティーポットから注がれている。怪しいのは最後に一個ずつ入れられた角砂糖か。
「これは少し甘くして飲むお茶ですの。ああ、ミヅキ様ならば御存知でしょうけど……」
ちら、と私に挑戦的な視線を向ける。
「出されたお茶は必ず一口は手をつけなければなりませんわ。 甘い物が苦手でもご容赦くださいね」
「勿論ですわ。甘い物も好物ですから御心配なく」
「そう! 良かったわ」
つまり『何か入っている』ということですか。騎士達の前で全て用意し、自分も飲むことで疑う要素をなくそうとしているわけですね!
しかも、これって……。
「あら。変わったお茶ですわね……『眠りの森』を入れるなんて」
「な……!?」
「お勉強不足ですわね? 『眠りの森』は確かに無味無臭ですがその名のとおり美しい緑色が出てしまうのですわ。濃いお茶に入れても光に翳せばわかりますのよ? ほんのり緑がかっていることくらいはね」
『眠りの森』はその名のとおり深い眠りに誘い殺す毒だ。苦しむこともなく眠ったまま死ぬので女性貴族の自害用ともいえるもの。
失脚やら家名を守る為やらで『誇りある死』を選ぶ階級が貴族なのだ、だから所持していたとしても怪しまれ難い。
あまり恐れられない理由として『眠りの森』が遅効性の毒であることと解毒魔法があることが上げられる。
異常な眠気があったり、呼吸がおかしければ誰だって医者に見せるだろう。その時点で解毒魔法をかければ助かるのだから即効性の毒に比べて警戒されないのだ。
ただ、使い方を考えれば十分脅威なのだが。
「今これを飲めば効果が現れる頃、私は既に眠っていますもの。今は陛下もお忙しい時期ですし、私の眠りをわざわざ妨げる者など居ないでしょう」
「私も同じお茶を飲んでいますのに? 言い掛かりは止めていただきたいわ!」
「あの角砂糖でしょう? 内部に毒を入れて外側を覆ってしまえば良いだけです」
毒は本来液体なので砂糖と混ぜて固めたものを普通の砂糖で覆ったんだろう。あの砂糖を砕いたら内部は緑の二層構造になっていたと思われる。
視線をセイル達に向けると何時でも動けるようにはしているようだ。ならば多少遊んでもいいだろう。
私は空のカップを一つ手に取ると片手を翳す。手にした毒入りお茶から毒のみを空のカップへと転移させると毒の原液だろう緑の液体が少し出現した。
へー、これが『眠りの森』の原液ね。メロンシロップみたいな色をしてますよ。
これは証拠なのでエリザに渡しておく。もう言い逃れできんぞ?
さて、断罪タイムですよ〜♪
「お茶を一口でも戴くのがマナーでしたわね」
「え……?」
「ミヅキ様!?」
慌てるエリザや騎士達を他所に冷めかけたお茶を飲み干す。呆気に取られているリューディア嬢を尻目に彼女のカップに少々細工を。
さて。飲めるのかな、これを? 頑張れよ?
「大丈夫ですわ。毒はもう抜いてありますから。さあ、次はリューディア様の番ですね」
「え、ええ……な!?」
「マナーですものね? できますわよね?」
リューディア嬢のお茶は沸き立っていますけどね? 魔力を使っているから冷めることもありませんよ?
さあ、どうする!?
「……暫くお時間をいただけますかしら?」
「構いませんが状態維持の魔法が掛けてあるので冷める事はありませんよ?」
「あ……貴女だって魔法を使ったじゃないですか!」
「リューディア様は毒を使われましたわね」
はっは、先手を打った奴が何言ってやがる。人を殺すのは何も毒だけじゃねえぞ?
主の不利にお茶の支度をした侍女が水を手渡そうとするが先にカップを投げつけて黙らせる。
ゴツ、と鈍い音がして蹲った。さらば、侍女其の一。
額が切れたかもしれないね、どうせ首も切られるから些細なことだけど。
「どうなさいました?」
「……何で、貴女なのよ。今までずっと、思い通りになってきたのに、どうして!」
「貴女の思い通りになるようお膳立てされてきたからでしょうね」
癇癪を起こしたようなリューディアの言い分に溜息を吐きながらも納得する。
なるほど。こいつは典型的な我侭娘だったわけか。
親も散々甘やかして周囲に忠実で優秀な侍女を侍らせて。
自分が望めば何でも叶うと思わせてきたからこそ、一見優秀で実はお馬鹿な子になったわけだ。
それが亡霊騒動で周囲の取巻きや侍女が居なくなり、本当に賢い奴が消えたと。
中々に良い案だったけど、魔導師相手じゃやり返される可能性も考慮しなきゃねえ?
そもそも解毒の魔道具を所持していたら意味無いじゃないか。それくらいは探れ。
黙り込んでしまったリューディア嬢はなおも睨みつけている。
おお、未だ反省せずか。ならば私もそろそろ手を上げようと思います。
「馬鹿な子を叱るのも年長者の務めですよね」
「え……ギャっ!」
ドゴッと鈍い音と共にテーブルが引っ繰り返る。私の側から跳ね上がったそれは反対側のリューディア嬢を直撃した。
これぞある意味伝統の技『ちゃぶ台返し』!
幸運にも沸いたお茶は掛からなかったらしい。ちっ!
本当はもっと軽いと思うけどね? この世界にちゃぶ台なんてないのだよ。
あと、自分でやっておいて何ですが結構威力あるみたいですね〜、これ。
椅子ごと床にこけてテーブルに潰されてますがな、リューディア嬢。
そんな彼女を助けることなく近づくと、顔を足で踏み付ける。
「いい加減になさいませ? 毒を盛るということは明確な殺意の証明ですわ。殺人未遂という罪なのですよ」
「ぐ……い、痛い、離しな……さい」
「黙りなさい」
一喝し更に足に体重をかけてやると苦しそうに呻いて黙った。
侍女其のニよ、呆然とするのは勝手だけどセイルが後ろにいい笑顔で立ってるからね?
動いたら命の保証ないぞ?
「貴女の何処が立派だというのです。誰かの功績を自分の物と思い上がった結果が後宮ではっきりと出たでしょう? 陛下に見向きもされないどころか、他の側室達にさえ存在を軽んじられて」
「わ……私は!」
「一人では何も出来ないのに。努力するのではなく誰かを陥れて今の立場に安堵するだけの下らない人。それが本当の貴女ではありませんか、リューディア様?」
私の情報が正しく伝わっていないのは亡霊騒動で彼女のブレイン的存在がいなくなったからなのだろう。
でなければもう少し賢い方法を取るはずである。
彼女自身も賢い面はあるのだが、どうにも詰めの甘さが残るのだ。だから反撃される。
「それから私と貴女の違いですが……内面に関しては今の状態を見ればご理解いただけると思いますので省略させていただきますね。外見的なものに関しては」
一度区切って。ちらり、とエリザ他侍女の皆さんに視線を走らせる。
「胸の大きさでしょうか? リューディア様は全体的に細いですが全く凹凸がありませんもの」
「なっ!?」
「全く成長していないと言いますか、年齢的なことを考えれば……望みがないかと」
そういうのが好みの人も居るでしょうが寂し過ぎます。ささやかを通り越して無しですね。
ああ、顔を真っ赤にしても駄目ですよ、誰もフォローしないじゃん。
この世界、胸パットなんてものはないのだよ。無い人はとことん無い。
清楚系路線でいくならまだしも、派手な顔立ちだから余計に残念な部分として映るのだ。ある意味、気の毒な人ですね。
私だってDはあるぞ? エリザ達はもっとあるし、側室達は胸を強調するドレスを好んで着るぐらいのナイスバディな御嬢様方が揃っていた。
……。
気の毒になってきたから足は退けてやろう。
「煩い、煩い、煩い! 何よ、胸があっても美しくなければ意味が無いじゃない!」
「顔が不自由でしょうか、私」
「う゛……」
首を傾げ軽く周囲を見渡してみる。元の世界では『十人中八人が振り返る美人』という友人の評価を貰ったんだけどな? ただし、『中身を知って八人が去る』というプラマイゼロの評価が続いたが。
あ、騎士さん達が『お美しいですよ!』とジェスチャーしてくれてる。ありがとーう!
エリザはリューディアを可哀相なものを見る目で見つめ深々と溜息を吐いた。
「リューディア様。大変申し上げ難いのですがミヅキ様はお化粧を一切なさっておりません」
「え!?」
「作った顔が嫌いですから。必要な時はちゃんとしますよ」
食事は美味しく食べたいのです、私。料理するなら邪魔でしょ?
それに絶世の美貌知ってると自分がどういわれても平気になるよ? その美貌が変人の証明とくれば一般的容姿で十分だと思えます。
ついでに言うならこの場で一番の美人はセイル(将軍・男)だ。それは間違いない。
「ミヅキ様?」
「何でもありませんわ、セイルリート将軍」
美貌の将軍様、心の声を読まないで下さい。満場一致のお答えなのに何故私だけが的になる。
そんなアホなやりとりをしている間にリューディア嬢は本格的に泣き出してしまったようだ。
エリザ……何を言ったのさ?
「はあ……興醒めですわね。騎士の皆さん、彼女達の捕縛を御願いします。エリザは先程の毒を証拠として渡してください」
「承知いたしました」
「あと、お砂糖も」
「心得ております」
目の前で行われた毒殺騒動なので皆やるべきことが判っている。
そしてリューディア嬢は後宮を去ることとなった。
※※※※※※
「ところでさ……誰も教えてやらなかったけどいいの?」
「何がでしょう?」
「厚化粧していたところに怪我して更に大泣きしたから顔が凄いことになってたんだけど」
リューディア嬢……かなり厚化粧してたんだよね。そこへ机をぶつけて鼻血が出ている上に泣いたものだから顔がかなり凄まじいことになっていた。
誰か教えてやれよ?
セイルに笑顔でお説教されているうちに連れてかれちゃったじゃないか。
……いや、あれは時間稼ぎだったのか? 実は美人発言を根に持ってたのかよ、将軍様!?
話の流れを作ったリューディア嬢に対しお怒りだったのですか!?
その後。
そんな状態のまま王宮に連れて行かれたリューディア嬢はあらゆる人にドン引きされ。
『イルフェナの側室の美貌を妬んだ醜い側室が毒殺しようとした』という噂がまるで事実の様に囁かれまくった挙句、法によって裁かれ処刑されたのだった。
えーと、普通に毒殺失敗でよくね?
それ以前に『美貌の側室』って何!? そんな人居ないよ!?