宣戦布告は鮮やかに 其の三
三連敗、それも最後は魔術師としての敗北に、王弟殿下は歯軋りせんばかりだった。まあ、その気持ちも判る。配下の魔術師達が優秀と評価されることは、彼らを束ねる王弟殿下自身の評価に直結しているのだから。
ぶっちゃけて言えば、三人組は遠回しに王弟殿下のプライドを打ち砕いたのだよ。本人達にその自覚が皆無だろうとも、周囲はそういった目で王弟殿下達を見るだろう。
……。
ざ・ま・あ! こいつは笑いが止まりませんね!
私達は王弟殿下を直接侮辱したわけではない、手合わせに勝利した三人を褒めただけ。だから不敬罪になんてできないよ、ノーカウントです!
上機嫌で三人組を褒めているシュアンゼ殿下もそれを判っているらしく、時折、ちらりと王弟殿下に視線を向けては鼻で笑っていた。そんなシュアンゼ殿下の態度もまた、王弟殿下の怒りを煽っている。
ああ、楽しきかな。こちらがノーダメージのまま相手を扱き下ろせる、この状況よ!
性格が悪いと言われようとも、シュアンゼ殿下が虐げられた時間は二十年以上にもなる。ついつい仕返ししてしまったとしても、周囲は笑って許してくれるだろう。
そもそも、私達は卑怯な手を使ったわけではない。使う物はきちんと自己申告しているし、三人組は自力で勝利しているのだ。
どう考えても、負けた方が悪い。これで騒げば、素直に負けを認められない小者として、更に笑いものになるだろう。
……ところでね?
上司、もしくは上官である以上、配下や教え子の屈辱を雪ぐ義務があると思うんだ。
三人組の上官は教官役の私、あちらは上司にあたる王弟殿下だろう。そもそも、王弟殿下は上司である以上に、魔術師として尊敬されていたはず。
ここは『不甲斐ない!』と配下を叱るところじゃない、雪辱を果たすために奮闘すべき場面じゃないか。
「じゃあ、最後は私と王弟殿下ですね!」
『は?』
絶賛叱責中の王弟殿下へと処刑宣言……いやいや、手合わせを通達すれば、周囲の人達は綺麗にハモって怪訝そうな顔を向けてきた。
「いや、そこまでは予定されていないだろうが」
「え〜? でも、この結果になった以上は必要じゃないですか? 私達の配下や教え子が手合わせをしたのですよ? 流れからいって次は私達でしょう? それに……」
一度言葉を切って、笑みを深め。
「このままでは、貴方達が無能扱いをされてしまいますよ? そんな評価をさせないためにも『最も高い魔力を誇り』、それ以上に『最高位である魔術師として』! それなりの成果を出さなくては。王弟殿下が無事に勝利すれば、貴方達の評価が地に落ちることはありません。まあ、上司としては意地を見せるべき場面ですよね」
「な……そ、それは……」
「この国の魔術師の頂点に立つ者として、その誇りがあるならば! どのような選択が正しいか、理解できていると思いますけどね」
にこにこと笑いながら告げれば、王弟殿下は判りやすく顔を引き攣らせた。ただし、反論はない……彼とて、それが正しいことだと理解できているのだろう。
魔術師達は顔を見合わせたり、王弟殿下を窺ったりしている。腐っても王弟殿下、彼の動向を勝手に決めてしまうような発言はできまい。ただ、期待を込めた視線を向けてくる者もいるため、王弟殿下としても困っているのだ。
勿論、私は判っていて追い込んでいる。直接ボコれるこの機会、逃すはずはないよなぁ?
そして、私には頼もしい相棒がいた。苛めっ子こと、シュアンゼ殿下であ〜る!
「そうだね、我が国の魔術師が無能扱いされないためにも、それなりの結果は必要だろう」
「シュアンゼ、貴様……っ」
「王弟殿下。私は『魔導師に勝利しろ』と言っているわけではありません。『この国の魔術師として、意地を見せろ』と言っているのですよ。お間違えなきよう」
「そうですよね、そうですとも! 私には報告の義務がありますもの、ここで何もしないってのは、ガニアとしても拙いんじゃないですかねぇ?」
王弟殿下は睨み付けてくるが、私達はどこ吹く風。本日も私達は息が合っております、黒猫と灰色猫はとても仲良しにございます……!
……。
シュアンゼ殿下、先日の敵対宣言以来、妙に攻撃的になったのよね。お蔭でテゼルト殿下から『魔導師殿が黒猫ならば、シュアンゼは灰色猫だな』と呆れられている。
つまり、猫という同類項にランクアップ。大人しいシュアンゼ殿下は死にました。ここに居るのは私の『遊び』に喜々として乗ってくる灰色猫。
そもそも、シュアンゼ殿下の言っていることは正しい。『魔導師に勝て』とは言っていないもの。
『魔導師に勝て』ならば無理難題と言われるだろうが、『我が国の魔術師達が無能ではないと証明するため、頂点に立つ者として意地を見せろ』と言われれば、誰もが納得する。私に報告の義務がある以上、『何もしない』という選択肢はあり得ない。
何より、これは日頃から魔力の高さを誇っている王弟殿下の言動を逆手に取った、痛烈な嫌味なのだ。これでボロ負けした日には、王弟殿下は自身の醜聞をもって、『魔力の高さに意味はない』と証明することになる。……三人組が勝っちゃってるからね、自動的に『周囲はそう認識する』。
「貴方も敗北した魔術師達を不甲斐ないと叱っていただろう? 自分は違うと証明してみせなければ」
「ですよねー。『叱る正当性』がなければ、『自分に恥をかかせたから叱った』と受け取られてしまうかもしれませんもの。ちなみに、それは私も同じですよ? 三人に『教官』と呼ばせた以上、彼ら以上だと証明しなければなりませんから」
「ぐ……」
シュアンゼ殿下と私が交互に説明すれば、王弟殿下も反論は無理だと悟ったらしい。……ちょっと、イクス&カルド! こそこそ『〆たいだけだろ』とか言ってるんじゃない! 王弟殿下に聞こえちゃうでしょ!?
「……判った。だが、魔道具の使用は許可してもらえるのだろうな?」
「了解! いくらでもどうぞ!」
OK! とばかりに快諾すれば、王弟殿下は苦々しい表情で睨んでくる。……余裕ある態度がムカついたようだ。私はエンターテイナーとして盛り上げようとしているのに、心の狭い奴である。
「それでは、始めましょ。さあさあ、中央へどーぞ!」
「く……そうしていられるのも今の内だ」
忌々しいとばかりに吐き捨てる王弟殿下。そんな態度に、彼が持っている魔道具は一級品ばかりなのだと予想する。
腐っても王族、筆頭魔術師なのだ。自分で魔道具を作れなかったとしても、金や地位に物を言わせて入手することは可能だろう。それもまた、彼の自信に繋がっている。それらを所持している事実は間違いなく、底上げされた強さとも言えるのだ。
ただ……私にそんなものは通用しないが。
理由は簡単、『私自身がこの世界の魔法を理解していないから』。
理解できないので、始めから学ぶ気が皆無。つまり、『魔法』と一言で言っても、私の魔法は別次元の代物である。
それでも魔力の扱い方は身に付けているから、『この世界の魔法や術式に対し、破壊することだけは万能』という残念仕様。壊すことが唯一、この世界の魔法に関わっているとも言える。
そんなことを考えている内に、いつの間にか手合わせは開始されていたらしい。どうやら、先ほどの三人組の手合わせを見ていて学習したらしく、複数の結界を作り出している模様。
「ふん、そう簡単に貫けんぞ。物理・魔法の双方を弾くからな!」
阿 呆 、 そ れ は 騎 士 寮 面 子 で は 普 通 だ 。
ただ、周囲の魔術師達は歓声を上げているから、それなりに強固な結界ではあるのだろう。複雑な結界になるほど難易度は高いし、魔力消費も激しくなる……とクラウスは言っていた。
なるほど、王弟殿下は無能な魔術師ではなかったわけだ。結界の強度に自信を持っている以上、かなり安定した状態ではあるのだろう。
……だが。
「じゃ、行きますね」
「へ?」
言葉と同時に、転移魔法で王弟殿下の正面へ。間抜けな声を上げる王弟殿下を無視したまま、結界に触れて全てを破壊する。
「な!?」
ぎょっとした王弟殿下に対し、にこりと微笑み。
「……!」
「失礼?」
股間を力一杯蹴り上げた。言葉もなく、地面に転がって悶絶する王弟殿下。周囲の皆様は呆気に取られ、別の意味で言葉を失っている。
「やだなぁ、魔法で攻撃するなんて言ってませんよ。それにしても……」
地面に転がる王弟殿下に、蔑みの目を向けて。
「男って不便ねぇ?」
トドメを刺した。何があったか判らなかった人達もそれで状況を察したらしく、王弟殿下へと憐みの目を向けたり、顔を盛大に引き攣らせて私を眺めていた。
はは、私は使えるものは全てを使う方針だ。より屈辱的な手合わせになるべく画策するなんざ、当然だろう?
「ま、魔導師殿! 手合わせにおいて、それはあまりな態度ではありませんか!?」
同じ男として思うことがあったのか、一人の魔術師が非難の声を上げた。だが、私はそれに対しての答えをきちんと用意している。
「でも、魔法を使って攻撃した場合、王弟殿下は死ぬ可能性が高いですよ?」
「貴女が威力を加減すればいいことです! 魔導師なのですから、それくらいはたやすいでしょうっ」
「いえ、そういう問題じゃないんです。……ああ、見てもらった方が納得できるかな? ちょっと結界を張ってくれませんか? できるだけ複雑なやつ」
「はぁ?」
「それで貴方にも納得できると思いますよ」
魔術師は困惑していたようだが、周囲の視線に後押しされるように結界を張った。魔力が彼の体を包み込む気配と同時に、魔術師はその表情で私に説明を促してくる。……王弟殿下は未だに転がったままなのだが。
君達、悶え苦しむ上司よりも魔導師の行動の方が気になるのかい? いや、それでいいなら、いいんだけどさ。
「いいですか、私は無詠唱です。そして、最も得意とすることは『魔力によって作られたものの破壊』」
説明しながら、彼が張った結界に触れる。その瞬間、結界は一気に霧散した。心底驚いたのか、魔術師の顔色が一気に青を通り越して白くなる。
「結界を張ろうとも、壊すのは一瞬。その状況で魔法を使った場合、王弟殿下は『私の魔法を相殺する』か、『避ける』しかありません。魔道具であろうとも『力ある言葉』は魔法の発動に必要ですから、無詠唱でない限り、間に合わないでしょう。これが『魔法も武器も使わなかった理由』ですよ」
殺したら拙いですものね、と付け加えれば、魔術師はぶんぶんと首を縦に振った。自分達とは根本的に違う化け物とでも思ったらしく、その表情には脅えの色が濃い。
理解できたようで、何よりだ。その化け物に喧嘩を売り続けているのが、君を含めた王弟殿下直属の魔術師達ということまで気がつけば、完璧だな!
「教官……同じ男として、その方法はどうかと思うぜ。死んだ方がマシじゃねぇのかよ……」
温〜い視線を向けてくるのはカルド君。イクスも思うことがあるのか、王弟殿下に同情的な視線を向けている。
しかし、多少の天然が入っていると思われるロイは無自覚に鬼だった。
「凄いです! 敵を見極めろとは教えられましたが、この短い間に最善の方法を見出すとは! さすが教官です、こちらに非がある状況を避け、誰の目にも実力の差が判る方法を選んだ上で、最も屈辱的な勝ち方をするなんて……!」
ちなみに、ロイは褒めている。私が『相手の心を折ることも重要』と教えたため、男として痛ましい出来事だろうとも気にならない模様。
そして、ここには自覚のある苛めっ子も存在した。言うまでもなく灰色猫……シュアンゼ殿下が。
「あはは! さすが、ミヅキ! 報告の義務があることを考慮した上で、この決着を選んだのか」
「やだなぁ、死人を出さないためですってば」
建前はな。本音はロイやシュアンゼ殿下の言い分で合っていることは、言うまでもない。
そして、それを察せないシュアンゼ殿下であるはずもなく、彼は更なる追い打ちを笑顔で言い放った。
「そうだね、それも事実だよ。だけど、君が我が国の筆頭魔術師を瞬殺したことで、これまでの在り方に疑問の声が上がるだろう。この三人のことといい、魔力の高さが強さに直結するものではないと証明されてしまったからね。私も王族として、非常に危機感を抱いてしまった。ああ、テゼルトや陛下にも相談しなければならないね。勿論、この手合わせの映像を見ていただかなくては。言葉だけでは納得してもらえないだろうから、これは必要事項だよ……くくっ」
……最後は笑いを堪えきれなかったようだ。その表情は心底楽しげだが、最重要事項は『国の魔術師の在り方に危機感を抱いた』ということだろう。
この国の王族として考えるならば、シュアンゼ殿下の懸念は事実である。放置していいことではない。だが、それは『魔術師達を従えてきた王弟殿下、その権威の失墜』とイコールである。
シュアンゼ殿下は王弟殿下に対し、暗に『貴様の自信を砕き、手駒を潰してやるよ』と宣言したも同然だ。私によって他国へ拡散されることも踏まえ、間違いなく、予算配分や魔術師達の扱いが変わってくる。
「実に有意義な手合わせだったよ」
満足そうに微笑むシュアンゼ殿下の姿に、魔術師達は明らかな脅えを見せた。漸く、シュアンゼ殿下の本性の片鱗に気づいたらしい。
そんな周囲の状況をよそに、私も達成感に浸っていた。青い空に、イルフェナに居る魔王様と騎士寮面子を思い出す。
やりましたよ、魔王様! とりあえず、元凶を直接ボコりました!
私の目的は王弟殿下が処罰されることではない。王弟殿下を盛大に辱めることである!
ガニア内部はシュアンゼ殿下が動いてくれそうなので、私はさくさくこの手合わせの映像を他国に送ることとしよう。きっと、皆も楽しんでくれると思うの!
「……哀れですね、王弟殿下。どなたも貴方様を案じないとは」
ラフィークさん、それを言う必要あった? それを気づかせることも王弟殿下への攻撃になると気づいて……ますね、その表情。
殺る気満々の黒猫&灰色猫。シュアンゼ、すっかり主人公の同類へ。
手合わせで起きた全てが、王弟殿下&その配下達への攻撃に使われます。
※来週の更新はお休みさせていただきます。
更新はお休みですが、アリアンローズ公式サイト様に掲載され次第、
魔導師17巻(書き下ろし)の告知を活動報告に載せますね。




