三人組の使い道
「さて、貴方達にも覚悟を決めてもらおうか」
元襲撃犯、現在はシュアンゼ殿下の子飼いと認識された三人を前に、私は笑顔で言い切った。だが、『覚悟』という言葉に、三人組は怪訝そうな顔になる。
三人は顔を見合わせ、やがて代表するようにリーダーの男……イクスが口を開いた。
「俺達がシュアンゼ殿下の子飼いと認識される……いや、子飼いになる覚悟ならできてる。あんたは『どういう意味での覚悟を求めているんだ?』」
「うんうん、賢いねぇ。そこに気づく冷静さは高評価だよ」
上出来! とばかりに拍手すれば、三人は益々警戒心を募らせたようだ。ただ、そんな姿も私とシュアンゼ殿下にとっては評価対象だったりする。
いくら『王族に喧嘩売ったから、従うしか先がない』という状況だろうとも、自棄になられても困る。
状況に応じて疑い、また交渉する姿勢を見せるのは、彼らが『その状況に在ろうとも、自分達にとっての最善を目指す気がある』ということ。
ある意味、従順な配下にはならないということなのだが……逆に言えば、それが『従う価値がある上司か、否か』という基準になるのだ。今後はシュアンゼ殿下に擦り寄って来る輩が出ることは確実なので、イエスマン以外が傍に居るのは良いことだろう。
何せ、現時点での三人組は『仲間』が最優先。言い換えれば、『シュアンゼ殿下が上司として相応しくなければ、彼の元から去る』という選択肢も出てくる。
飼い殺される気がないなら、落としどころを探し出すくらいやるだろう。内部での揉め事に巻き込まれている以上、交渉材料となり得るような情報を掴むことは可能なのだから。
現に、彼らは状況を理解している今でさえ、無条件に従う気はないじゃないか。身内同士で争っている現状を知ったからこそ、拒否も不可能ではないと察したに違いない。
『より美味い餌に釣られて主を変えるクズなら論外だが、この三人組の性格的にその可能性は低い』。私達は彼らに対し、そう結論を出していた。
彼らを見極めようとしていたのは、この部屋に来る人々……つまり、見抜くことに長けた王族&極一部の側近達。
ガニア王を含めた、彼らの許可を得ての抜擢なのです。さすがに、私とシュアンゼ殿下の独断で部外者を配下にすることなどできん。何より、ガニア王達がこの状況を認めたのは、もう一つの狙いがあるからだった。
ぶっちゃけ、シュアンゼ殿下が表舞台に立つための練習も兼ねているのです。『他者からの忠誠を、自身の力で勝ち取ることができるか?』ということですな。
シュアンゼ殿下はマイナスからのスタートになる上、『王弟殿下の実子』という嫌な名は付いて回ることになる。それを踏まえて、忠臣と呼べる側近を得られるようでなければならないのだろう。テゼルト殿下の補佐に収まるにしろ、信頼できる配下は必須だ。
「君達は子飼いとして合格ということだよ。命惜しさに媚びるような輩なら、雇用される条件の方を気にするだろうしね。『より有利な方に』なんて考えが根付いているなら、君達を傍に置くわけにはいかないから」
どこか機嫌よく告げるシュアンゼ殿下に同意できるのか、イクスは納得したように頷いた。
「まあ、そうだろうな。雇い主との信頼関係なんてものは、時間が経たなきゃ成り立たねぇ。俺達が不審がった理由もそこだ。会ったばかりの俺達を子飼い扱いする理由は判るが、『正式に子飼いにする理由』が判らん。そこに『覚悟を決めろ』ときたんだ。まずは事情説明から入るのが筋ってものだろう」
他の二人もイクスに同意しているのか、言葉を発しない。一度騙されているせいか、相手が王族であろうとも、そういった確認を怠る気はないのだろう。
そんな彼らの姿に、ついつい口角が上がる。これは予想以上に、良い拾い物をしたかもしれない。
「まずは疑問に答えよう。君達は仲間を最優先にして動く。これは君達の言動だけではなく、私を含めた、君達に接触した者達全員がそう判断した。それは『最優先事項が揺らがない』ということであり、逆に言えば『それが守られている間は裏切らない』ということでもある」
「……そう言えば、『子飼いになる』ってのが俺達が許された条件だったな。なるほど、あんた達への忠誠心じゃなく、『仲間の命が惜しいから裏切らない』ってことか」
「そうだよ。騙されていたとはいえ、君達がしたことは許されるものじゃない。裏切るならば、即座に我々も動くだろう。……王族だから無条件に忠誠心を持ってもらえるなんて、思っていないよ。君達にそう思ってもらいたいならば、それは私が努力すべきだ」
卑怯な手で繋ぎ止めている自覚があるのか、シュアンゼ殿下は自嘲気味に話す。けれど、それらを正直に話していることこそ、シュアンゼ殿下が三人組へと向けた誠意だ。
三人組もそれが判ったのか、意外そうにシュアンゼ殿下を見つめている。やがて、その内の一人――カルドは照れ隠しなのか、がりがりと頭を掻きながら、ぶっきらぼうに言い放った。
「あんたがそこまで下手に出る必要はないだろ。少なくとも、捨て駒にされそうになった俺達を助けてくれたのは、あんたとそこの魔導師じゃねぇか。俺達は恩人を裏切るほどクズな生き方をしてねぇよ」
「つまり、意訳すると『気にしないで! 恩人だって判っているから、利用することを気に病まないで!』ってことですね! わぁ、カルド君、やっさし〜い!」
「人が真面目に話しているのに、茶化すな! 魔導師!」
顔を赤くしつつも、速攻で突っ込むカルド。おお、突っ込みも十分じゃないか。是非、今後もシュアンゼ殿下に向けてやらかしておくれ……思い切りが良過ぎる(意訳)発言が多いからね、この人。
そんな遣り取りを微笑ましく見守っているのは、ラフィークさんと魔術師のロイ。
「ふふ、主様の周りが賑やかになりそうですね。お嬢様が戻られた後も、楽しく過ごせそうです」
「さすが、魔導師様。カルドさんの性格を的確に見抜かれてらっしゃるんですね! カルドさん、相手が言葉の裏を読み取ってくれないことが多くて、よく誤解されるんですよ」
「お前ら、煩ぇ!」
……。今後に期待するものが違ったり、暴露だったりするけど、微笑ましく思っていることは事実なのだろう。それに一々反応するカルドも、付き合いがいい。やはり、突っ込み体質だった模様。
シュアンゼ殿下も楽しそうにしてるので、多少の不敬は問題なし。これからのカルドの扱いというか、弄られポジションが確定したようなので、今後も大目に見てほしいものである。その方がきっと面白い。
そんな穏やか(?)な空気の中、イクスは溜息を吐いて私に顔を向けた。その表情はどこか気を緩めたような印象だ。少なくとも、当初のように不審がってはいないように思える。
「あんた達の考えは判った。だから、俺は改めて聞こう。魔導師、あんたが俺達に問う『覚悟』とは、何だ?」
「……身分という柵に囚われず、シュアンゼ殿下の守りとなる覚悟、かな?」
「あ? それ、おかしくねぇか? 騎士様がいるだろう?」
即座に反応したのは、突っ込み体質なカルド君。うんうん、普通はそうなんだよね。そう思うことが当然だろう。
だが――
「私達が敵認定しているのは、王弟殿下なの。つまり、仕掛けてくる連中からすれば、『逆らえない相手』なのよ。国を二分する派閥のトップだもの、実家が王弟殿下の派閥に属していたら、拒否できないでしょう?」
「それは……」
はっきりと口に出すことは憚られるのか、揃って沈黙する三人。襲撃した際、シュアンゼ殿下と私の周囲に護衛の騎士はいなかった。そのことを思い出しているのだろう。
あれは襲撃情報を事前に得ていたからこその罠ではあったが、同時に裏切者の炙り出しも兼ねていた。王に忠誠を捧げている騎士ばかりならば、決して起こらない事態である。
そうは言っても騎士にも生活があり、貴族達だって家を守らねばならない。単独で他者を黙らせる強さがない限り、柵から逃れることは難しいだろう。
シュアンゼ殿下には現在、そういった輩を庇護できるほどの力はない。だが、当のシュアンゼ殿下に落ち込む様子は見られなかった。
「力関係でいったら、シュアンゼ殿下の方が圧倒的に弱い。王弟殿下が親ということも含めて、不利なのよ。王様達は気にかけてくれるけど、あくまでも王弟殿下達と敵対しているのは『魔導師とシュアンゼ殿下』。下手に頼れば、私達も勝手ができなくなるし、最悪の場合は『私達の行動が国王派にとって不利益をもたらす』」
テゼルト殿下は怒るかもしれないが、これが現実だ。テゼルト殿下達も王弟殿下を何とかするために動いている節があるため、情報の共有は重要だと思う。だが、それだけだ。
「あちらは都合よく勘違いしているようだけど、私とミヅキは国王派の動きに関係がない。私があいつの息子であることを踏まえると、『王弟とその息子による、盛大な親子喧嘩』なのさ。その結果として、王弟の派閥が弱体化する……という筋書きを狙っている」
さらっと暴露するシュアンゼ殿下に、三人は痛ましげな視線を向けた。だが、シュアンゼ殿下は彼らの気持ちに気づいたらしく、苦笑して首を振る。
「ああ、誤解しないでくれ。私は奴を完膚なきまでに蹴落として、親子喧嘩に勝利する気満々なんだ。私に足りないものは、ミヅキを始めとした皆が補ってくれているからね。そもそも、共倒れする気はない」
「そうは言ってもよぉ……あんたも無事じゃ済まないだろう?」
案じるカルドの言葉に、シュアンゼ殿下はふっと遠い目になった。
「ミヅキがいるから大丈夫だよ……彼女の『素敵なお米ライフ』とやらには、私が必須だからね」
「「「は?」」」
「『とある物』のお蔭で、私の今後は約束されたようなものなのさ。まあ、些か釈然としないけど」
困惑しきりの三人は、揃って私の方へと顔を向ける。勿論、私は笑顔で頷いた。
「勿論! 『必ず』シュアンゼ殿下には生き残ってもらいますよ。戦闘民族と化した日本人にとって、血筋と魔力しか誇るものがない輩など、塵同然です。私個人の事情もありますし、徹底的に蹂躙しようと決意してますから!」
素敵なお米ライフのためには、シュアンゼ殿下が生き残るだけでは足りない。『王族として残り、ある程度の権限を所持しつつ、王弟殿下と縁を切る』という状況にもっていかなければならないだろう。
でなきゃ、契約書が無効になっちゃうじゃん?
国を通すことになれば色々と面倒なことが予想されるため、今以上に良い条件で交渉できるはずはない。シュアンゼ殿下が入れ知恵し、絶対に何かしらの条件が追加されることだろう。
あれはあくまでも『私』と『シュアンゼ殿下』という、個人同士のお約束。関税がないようなものと考えれば、そのお得さが判る。
絶対に、絶対に、この好条件を逃したりしない。
異世界でお米様を目にした日本人の本気を見るがいい……!
「え、ええと、その、魔導師様の本気は十分過ぎるほど判りました。そ、それで、僕達は具体的に何をすればいいんですか?」
全員が私の本気に恐れ慄き……いや、ドン引きする中、魔導師フィルターゆえかダメージが浅かったロイが問うてくる。
そんな彼に対し、にこりと笑い。
「強くなってもらう。接近戦をこなす魔導師として、あんた達を徹底的に鍛えてあげる。足りないのは様々な意味での強さなのよ。勿論、ラフィークさん達から学ぶこともあるけどね」
「僭越ながら、教育係を務めさせていただきます。たやすく騙されるようでは困りますからね」
「ああ、私も加わるから。楽しそうだよね、教師役って」
私、ラフィークさん、シュアンゼ殿下の言葉に、二人は絶句した。……約一名は『魔導師様からの指導!?』と目を輝かせているが。本当にブレないね、魔術師って。
だが、これは当然のことである。『王族の子飼いになる』ならば、必須事項じゃないか。特に、シュアンゼ殿下が自身の子飼いと明言した以上、彼らのミスは厄介だ。
「今更、嫌って言わないよね?」
にこやか・穏やかに畳みかけるシュアンゼ殿下。問い掛けだろうとも、彼らに拒否権などない……それを嫌というほど説明している上、彼らからも『子飼いになる覚悟ならできてる』という言葉を貰っているのだから。
「言質を取られると不利になるのよ、勉強になった?」
シュアンゼ殿下に続く形で追い打ちすれば、先ほどの私とイクスの遣り取りを思い出したのか、三人は絶句した。最初に言ってますからね〜、『子飼いになる覚悟ならできてる』って。彼らの疑問にも誠実に答えているので、騙したとは言われまい。
「チッ! まったく、とんでもない奴らに捕まったもんだぜ」
それは否定しないよ、カルド君。
三人組には今後、鬼教育が待っています。約一名は大喜び。
その中で信頼関係が芽生えていくでしょう……多分。
そして、(殺す勢いの)親子喧嘩が表面化。隠す気は皆無です。




