仲良し姉妹の一時
――サロヴァーラにて
「うーん……やっぱり難しいです」
「ふふ、これはちょっと難しいものね」
悩む姿も可愛らしいと思いつつ、最愛の妹へと声をかける。リリアンが目にしているのは、ミヅキからの『招待状』。他国、それもガニアの貴族を玩具……いえ、相手にした、大変性質が悪い『遊び』へのお誘いなのだ。
内容から察するに、ミヅキは付き合いのある全ての国へと同じものを送ったのだろう。その賞品も中々に魅力的であるため、彼らも今頃は頭を悩ましているのかもしれない。
たかが料理と言うなかれ。得られるのは『魔導師と共同開発した料理』なのだ。他国の興味を引けることも勿論だが、それ以上の意味もある。
それは『魔導師との繋がり』。今回の条件を見る限り、『魔導師とそれなりに親しい』と言い換えることもできる。
元から仲の良い者達がいる国とて、例外ではない。ミヅキはあくまでも『友人となった人物と親しい』のであり、『国と繋がりがあるわけではない』のだから。
要は、国として魔導師との繋がりができるわけだ。イルフェナ以外は割と本気で狙ってくるのかもしれない。
まあ……我が国に至っては、『このゲームに乗ること』自体に魅力があるのだが。ミヅキはそれを見越して、誘ってくれたのであろう。
「私では、ミヅキお姉様のお考えもろくに読めませんのに。やはり、これはお姉様宛てのお誘いではないのでしょうか?」
己が力不足を情けなく思っているのか、リリアンが不安そうな顔を向けてくる。その表情の愛らしさに内心悶えつつも、私は安心させるような笑みを向けた。
「それは貴女のお勉強用だと思うわよ? サロヴァーラのことを考えてくれたことも事実だけど、『次期女王たるリリアンが参加すること』にも意味があると、私は考えているわ」
「私が参加する意味、ですか?」
きょとん、とした表情で首を傾げるリリアンに、私ははっきりと頷いて見せる。これは慰めではなく、確信があった。
「この誘いを受けたのは、『魔導師が親しくしている者が居る国』。言い換えれば、『魔導師と繋がりを持つ者が居る』のよ、リリアン。だから、どの国も王が返事を送っているでしょうね。国の代表という意味もあるけれど、『魔導師と個人的な遣り取りができる間柄』というアピールになるのだから」
「あ……! そういえば、サロヴァーラもお父様がお返事を送っていましたね」
前回のミヅキからの手紙を思い出したのか、リリアンは納得の表情を浮かべた。そう、返事をしたのはお父様……サロヴァーラ王である。『親しい』という意味ならば、私かリリアンが適任だった。
「ミヅキへ恩を売ることも考えられているわ。ミヅキは手紙の返事をガニアでのいざこざに使ったはず。ならば、『魔導師は各国の王からの後ろ盾がある』と推測することもできるのよ。勿論、明確な言葉を使う国ばかりではないでしょう。だけど、『王が魔導師からの手紙に返事を書いた』という事実は残るわ」
「あの、お姉様。ミヅキお姉様はお一人でも十分、お強いと思いますが」
サロヴァーラでのミヅキの言動を知っているためか、リリアンは不思議そうだ。……確かに、ミヅキは『様々な意味で』強い。だが、その強さを際立たせる要素の一つが仇となる場合があることも事実。
「ふふ、そうね。ミヅキは強いわ。私達自身もそれを目にしているから、貴女から見れば不思議かもしれない。だけどね、ミヅキにもどうにもならないものがあるのよ。……異世界人の身分は『民間人』。身分を盾に取られたら、相手が貴族というだけで言葉を無視され、なかったことにされてしまう。我が国ではこれまで無視されてきたけれど、他国ではそうはいかないわ」
ミヅキが私達を巻き込んだ理由。それは『身分のある後ろ盾が欲しかったから』だろう。今回の手紙で判明したが、ミヅキはシュアンゼ殿下を共犯だと書いていた。それだけでは足りなかったのだ。
……言い方は悪いが、シュアンゼ殿下自身の権力はあまり強くはない。
彼の事情を知っていれば、それも仕方がないとは思う。だが、極端に味方が少ない彼だけを頼れば、シュアンゼ殿下自身が潰される可能性もあった。
我が国は少し前まで、王族が軽んじられていたのだ……ガニアで同じことが起こらないとは言い切れまい。まして、ミヅキとシュアンゼ殿下が敵対しているのは王弟殿下。シュアンゼ殿下の親ということもあり、抑え込まれないとも限らない。
「だから、他国を巻き込んだ。利をチラつかせるけれど、あからさまに味方をしろとは絶対に言わない。遊びに乗った王達も事情を察しているだろうから、不利になるようなことは書かないでしょう。その上で、他国もミヅキとシュアンゼ殿下を試しているのよ……『必要な手助けはしてやるから、乗り切って見せろ』と」
そこまで言うと、リリアンは顔色を変えた。手紙一つ、その誘い方や返し方にも、様々な意味が込められていると突き付けられて。
その素直な反応を微笑ましく思いつつも、胸に苦いものが込み上げる。リリアンはこういった遣り取りにも慣れなければいけない。……私がその道を外れたために。
リリアンの性格を考えれば、王位ほど似合わない立場はないだろう。冷酷さも、相手の裏をかくことも、優しいこの子には辛いものになるに違いない。傍で支えてやることはできても、最終的な決定を下した責任は背負うことになるのだから。
「今回の『遊び』に参加することで、サロヴァーラはガニアから『魔導師と繋がりがあり、南の国との関係改善も済んでいる』と認識されるでしょう。弱体化した国であることも事実だけど、先の一件で親密度が上がったことも事実。現に、私達はセレスティナ様達と友人になった。そのあたりのこともミヅキが吹聴するでしょうしね」
「サロヴァーラで起きた一連の騒動とその結末ならば判りますが、そこまで話題に出るでしょうか? そもそも、ミヅキお姉様は口が軽いとは思えないのですけど」
「シュアンゼ殿下やその周囲が誘導して、聞き出してくるでしょう。ミヅキは当事者だもの、確実な情報が手に入る機会を逃すことはなさらないでしょうね。……だけど、それを逆手にとって利用するくらい、ミヅキならやるわ」
軽く溜息を吐いて言い切ると、微妙な空気が部屋に満ちた。リリアンも何やら困ったような表情だ。
「ええ、まあ……その、ミヅキお姉様ですから。あ、でも! 私達はお世話になりましたし!」
「そうね、とてもお世話になったわ……私は負けてしまったもの。恨んでもいないわ。でもね……ミヅキはやると決めたら、本当に望んだ決着に持って行くのよ。大人しく情報を取られるだけなんて、絶対にありえないわ!」
敗北を思い出し、つい、言葉に力が入ってしまう。おろおろするリリアンには申し訳ないが、あの決着は予想外過ぎた。完膚なきまでの敗北、というのかもしれない。
あの破天荒な友人は非常に頼もしい。相手が仕掛けてくることを狙って様々な手を打って来るので、最終的にはどちらが仕掛けてきた側なのか判らなくなる。寧ろ、ミヅキの方が酷い。
今回とて、絶対に探りは入っている。無邪気な黒猫は『異世界人だから無知です!』と言わんばかりの素直さで答えるに違いないので、相手は情報を聞き出せたとほくそ笑むことだろう。
……だが、それを利用するのがミヅキだった。黒猫は非常に性格が悪いのだ。
あくまでも『仕掛けてきたのは相手側』であり、『魔導師は被害者』。サロヴァーラの貴族達、そして私は、自滅に近い状況である。
ミヅキには『反撃は正当防衛であり、当然の権利であり、仕掛けなければ何もしない』という言い分があり、それも事実であるため、ミヅキに処罰など望めるはずはない。精々が、遣り過ぎたことへの説教だろう。
というか、下手に相手の方を庇えば、ミヅキに獲物認定されてしまう。どんな国とて、それだけは遠慮したい事態だ。何をされるか、判ったものではない。
エルシュオン殿下が監視していてあの状態なのだから、他の国に保護されていた場合は笑えない状況になったに違いない。『この世界って、基本的に他人事だし?』という意識のまま、何をしでかすか予想がつかないじゃないか。
「ええと……では、私達はミヅキお姉様のお誘いには、極力乗るようにした方が良いのでしょうか?」
「そうね。ミヅキはこちらにも利があるようにしてくれているから、乗った方が得でしょう。特に、今の私達は弱いわ。だから、『魔導師との繋がりを精一杯主張して、迂闊に手を出せないようにする』。ガニアはミヅキの怖さを思い知ることになるでしょうから、十分な効果が得られるでしょうね。それに加えて、シュアンゼ殿下……いえ、ガニア王へと恩を売れば完璧ね。暫くは自国のことに集中できると思うわ」
一生懸命に最善の道を探そうとするリリアンに、正解だと告げながらも補足を。肯定を得られたことが嬉しかったのか、リリアンは輝かんばかりの笑顔を見せた。
「そういった情報をミヅキお姉様の娯楽から読み取り、こちらも得るものを探すのですね! やっぱり難しいとは思いますけれど、サロヴァーラのためになると判っていると、役に立てているようで嬉しいです」
「十分過ぎるほど役に立っているわよ、リリアン! ああ、本当に良い子ね! 短期間の間に、これほどの成長を見せてくれるなんて……!」
「お姉様やお父様だけに負担をお掛けしたくはないのです。それに、友人だと言ってくださった皆様のこともあります。私を気にかけてくださった皆様に対し、誠実でありたいのです」
知識だけではなく、精神面でも最愛の妹は成長しているのだろう。以前のように感情に振り回されることもなくなり――それはそれで寂しく思っている。私の中では、最終的に私に慰められるまでが一連の行動だ――、他者を気遣う余裕も出てきたらしい。
『私よりも、リリアンの方が女王に相応しい』
そうミヅキに言ったことを、私は悔いていない。私個人の見解ではなく、それは事実である。そのためならば茨の道だろうとも、姉妹で手を取り合って苦難を乗り越えてみせるだろう。
また、それは他国を巻き込む策を進める決意をした私自身にとっての戒めでもあった。その果てに私自身がいなくなろうとも、この国が血塗られた道を歩もうとも、必ず結果に繋げてみせるという決意。未来の女王への忠誠とも言えるだろう。
そのために最愛の妹が泣くことになろうとも、立ち止まるわけにはいかなかった。全ては……この国の未来のため。
ミヅキは『萌えは自身を奮い立たせる、最強のものだ!』と言っていた。本当に、その通りだと思う。
挫けそうになる度に、リリアンの女王姿を想像した。……邪魔をする者達へと怒りが湧き上がり、気がついた時には新たな策を講じていた。
擦り寄ってくる輩に嫌気がさす度に、リリアンやお父様の笑顔を思い出した。……癒されると同時に、それを曇らせている輩への殺意が湧き上がり、捨て駒(=最終的には処分対象)へと選んでいた。
ああ、何と愛しい家族達! 可愛らしい最愛の妹!
全世界に言いたい、『未来の女王の愛らしさに勝るものなど、なし!』と!
……などと思っても、実行できるはずもなく。
後でこの決意と萌えを日記に書き記しておこうと、胸の内で決めた。日記が溜まったら、ミヅキを呼んで読ませてやろう。
「私、成長できていますか? お姉様に認めていただけるのが、一番嬉しいです」
「勿論よ。だって、貴女は私の自慢の妹ですもの」
「はい! お姉様も、私の自慢のお姉様です!」
お互いに言い合って、笑い合う。嬉しそうに笑うリリアンに癒されつつ、私は改めてテーブルに置かれた『招待状』に目を向けた。
「各国が参加することで、ここに書かれた情報が事実として広まるわ。私達はそれを前提に、どんな対応が自国の利になるかを探し出す。……ふふっ、真面目に考えるのは当然だけど、昔みたいにリリアンと一緒に遊んでいるようで嬉しいわ」
「あ! 私もそう思っていました。一冊の本を一緒に眺めて、色々と話し合ったこともありましたよね」
「そうね、懐かしいわ。あの頃のように物語を眺めることはなくなってしまったけれど、これからは一緒に国のことを考えていきましょうね」
幼い頃の思い出は綺麗なまま、私の中にある。あの頃とは状況が随分と違ってしまったけれど、姉妹仲良く、政に頭を悩ませる時間も嫌いではない。
そんなことを思わせてくれた『友人』に、私は胸の内で感謝を告げた。
サロヴァーラにとって今回の一件=教材&当面を乗り切るカード。
黒猫、女狐様に『萌え』という文化を授けていました。
ティルシアにとって、主人公は妹萌えに理解がある友人ポジション。
サロヴァーラの王女姉妹は、仲良く今回の一件を楽しんでいます。
※活動報告に『魔導師は平凡を望む 16』の詳細を載せました。




