負ける要素がない喧嘩
「……という状況になりました。いやぁ、あんた達の雇い主は大変ねぇ!」
楽しげにこれまでの状況を暴露する私に、三人組は唖然としている。シュアンゼ殿下から説明を受けたテゼルト殿下は、頭を抱えていたり。
あれから、私は早速、魔王様に許可を求めた。その際、テゼルト殿下もいたのだが……私を諫めない魔王様の対応に絶句していたんだよね。そのダメージが継続中なのですよ。
テゼルト殿下的に、魔王様は常識人。私の提案も当然、諫めると思っていたらしい。
ところが、予想を裏切って、魔王様は私の提案を許可。慌てて止めようとするも、シュアンゼ殿下さえこちらの味方では、圧倒的に分が悪い。
その結果、テゼルト殿下はお疲れなのです。精神的疲労が凄まじかったとも言う。
「諦めなよ、テゼルト。私達だって、ミヅキに何も言わなかったんだ。エルシュオン殿下はそれに気が付いていたからこそ、意趣返しをしたと思うよ?」
「う……ま、まあ、お前だけじゃなく、魔導師殿も動きを見せた奴らの囮にしたことは悪いと思うが……」
「それを明確にされたり、責められなかったんだ。文句を言うものではないよ」
シュアンゼ殿下の言葉に、テゼルト殿下はそれ以上の反論を諦めたらしい。深々と溜息を吐いて、がっくりと肩を落とした。
この二人の会話からも判るように、彼らは私とシュアンゼ殿下を囮として使った。どちらかと言えば、シュアンゼ殿下の方が狙われていたらしいので、私は連中が行動する確率を上げるオプションといったところか。
護衛の騎士の中にも連中の協力者と思われる者がいたため、その炙り出しも兼ねていた模様。ラフィークさんが私達から離れたのは、その確認と報告のためだったそうな。
該当人物は職務放棄という建前で拘束され、取り調べを受けているらしい。彼らからすれば家を取るか、主を取るかの二択。それでも、選択を誤った代償は大きいのだろう。敵に回した人が悪かったとも言う。
ちなみに、これらはシュアンゼ殿下の指示である。
行動的になった王子様は、それはそれは色々と画策するようになってしまった。本人が楽しそうなので、私もラフィークさんも止めないが。
『ミヅキが一緒だから、大丈夫』
今回はこんな一言で押し切り、機会を窺っていた連中に隙を見せたんだとさ。
……。
確かに、ここ最近はシュアンゼ殿下と二人だけになる機会が多かった気がする。あれは意図的にそういった状況を作り出していたのか。
それがこの三人への襲撃依頼に繋がっている。ある意味、動きを見せていた連中はシュアンゼ殿下の掌の上で踊っていたのだろう。
「あ、あの……その、魔導師様? 楽しまれるのは結構なのですが、他国さえ巻き込むのは拙いんじゃないですか?」
おずおずと魔術師の青年が聞いてくる。それは他の二人も同様らしく、私に説明してほしそうな表情だ。
基本的にこの三人は善良なのだろう。騒動を大きくすることの意味を計りかね、困惑している……といったところか。
「説明した方がいい気がするよ、ミヅキ。彼らはすでに当事者だ」
「あら、シュアンゼ殿下には私の意図がバレました?」
「うん。まあ、君に遊び心が全くないとは言わないけれど、大体の予想はつくからね」
苦笑気味なシュアンゼ殿下は、私の思惑を見抜いていたらしい。テゼルト殿下が「どういうことだ」と言わんばかりの視線を向けてくるけど、疲れ果てていなければ、テゼルト殿下もそれに気づけただろう。
「俺達が聞いてもいいのか?」
「君達だって、当事者なんだ。その方が、我々としても都合がいい。……そうだろう? ミヅキ」
「ええ、勿論」
リーダーの言葉に、シュアンゼ殿下は当然のように頷いた。その上で、私に言葉を求めてくる……思惑を口にするよう、促してくる。
そんなシュアンゼ殿下に私とラフィークさんは苦笑気味。やれやれ、随分と腹黒さを隠さなくなったようで。
ただ、シュアンゼ殿下の言葉をもっともだとも思っていた。彼ら三人は当事者になってしまっている。ここで情報を与えておかなければ、何かの節にボロが出る可能性があった。それは遠慮したい。
「今回の『お遊び』において重要なこと。それはね、『提案の中にあった情報が、事実と認識されること』なんだよ」
にこりと笑って、ネタばらしを。首を傾げる三人と違って、テゼルト殿下ははっとした表情になった。どうやら、判ったらしい。
「まず、この娯楽はガニア側が許可しなければ成立しない。これまでの状況では、『テゼルト殿下の依頼によって、エルシュオン殿下から派遣された魔導師』となっている。だけど、今回の提案を踏まえると、『魔導師とシュアンゼ殿下が裏から手を回したのでは?』という疑惑が湧く。……『本当の仕掛け人』と予想される」
奴らの狙いは、私とシュアンゼ殿下がそこそこ仲良く見えるようでなければ成立しない。まともな人なら、ここで疑問を抱くはず。
……王族と異世界人凶暴種なんて言われる魔導師を二人きりにするなど、絶対にありえないのだよ。あるとするなら、『何らかの思惑がある上、互いの国が了承している場合』。
ぶっちゃけ、『罠を張ったのは我々です。最初から共犯だから、ガニアが魔導師をどうこうする気はないよ!』というアピール。仕掛けた奴らの裏工作が、私達の罠に対する悪足掻きのようにも見えるだろう。
「次に、貴方達の立場。さっき見せた文章にあるように、貴方達は『シュアンゼ殿下の子飼い』という立場が証明された。王族へのお手紙だもの、嘘は良くないわよね?」
「で、ですが! それならば、余計に拙いのでは……っ」
「だいじょーぶ! それが『正しい』の。誘いを受けた他国がそれを後押ししてくれるから」
「え?」
魔術師は疑問の声を上げるが、これこそ、私が他国を巻き込んだ最大の理由。
「他国にとって重要なのは、『自国に利があるか』ということ。そして、この娯楽は『ガニアの現状が判る』。更に言うなら、『魔導師に恩を売れる』し、『魔導師提案の賞品も手に入る可能性がある』。……ね? 利しかないでしょう? 仕掛けてきた奴が何を言おうとも、他国にとっては『魔導師経由で提示された情報が正しい』。そうなった時点で、噂を利用してガニア王を貶めることなんて不可能じゃない」
「最初に言っただろう? 私とミヅキが共犯であると明かしている上、イルフェナの……『エルシュオン殿下からの許可は出ている』と明言してるんだ。どちらの言い分が『正しいことにされるか』なんて、明白じゃないか」
「ついでに言うなら、これで『ガニアが魔導師を所有しようとしている』という線も消える。そんなことになれば、過保護な後見人である魔王様が絶対に怒るもの。南の国はそれを知っているから、イルフェナが抗議しなくとも納得するでしょうね」
三人組は呆気に取られているが、これが現実である。嘘か、本当かなんて、自国に影響が出ない以上は大した意味はない。もっと言うなら、『どちらに味方をした方が有利か』ということになる。
『ガニア国王派&イルフェナ&魔導師VS誰か判らないガニアの貴族』な上、魔導師が娯楽としてお誘いをしているこの状況。
どちらの味方をすべきかなんて、誰だって判るだろう。仕掛けてきた貴族が抗議の声を上げようとも、ろくでもない噂を流そうとも、ガニア王が責任を問われることはない。娯楽の案内から導き出される事実が、それらを否定しているじゃないか。
逆に、そういった流れに持って行こうとした者こそ、疑惑の目で見られるだろう。元から事実ではないため、彼らの主張を裏付ける証拠はないのだから。
「他国に利をもたらす代わりに、こちらの味方をしてくれるよう誘導する。それがミヅキの目的だ。あからさまに『味方をしてほしい』なんてミヅキは書いていないから、裏を勘繰られても問題ない。そもそも、いくらミヅキが魔導師だろうとも、個人の誘いだよ? 『国の頂点たる王達が揃って利用されるなんて、ありえない』んだ。証拠もなく疑いを持つことは、『彼らに対する不敬』だね」
「「「……」」」
シュアンゼ殿下の説明に、三人組は唖然として私をガン見した。はは、私は魔導師だよ? その名に相応しい働きをしなければ、情けないじゃないか。
「魔導師殿、君が恐れられるのって……」
「こういった手を幾つも思いつくからです。殺戮は魔導師じゃなくてもできますが、こればかりは個人の発想ですよ」
「よく判った! エルシュオン殿下が保護者呼ばわりされるのは、それが原因か……!」
「頼もしいじゃないか、テゼルト。私は楽しくて仕方がないよ、このまま友好的でありたいものだ」
「え゛」
深々と溜息を吐くテゼルト殿下へと、追い打ちの如くシュアンゼ殿下の言葉が突き刺さる。予想外の追い打ちに、そのままテゼルト殿下は固まった。
私への理解が深まって何よりです、テゼルト殿下。だけど、シュアンゼ殿下は元からこうでした。……私の悪影響とか言わないでね?
黒猫&灰色猫「キャッキャッ♪」
保護者な親猫は主人公の思惑を判っていながら、放置。
大人の事情5割、個人的な感情5割で放置決定。子猫連れ去り計画が気に食わなかった模様。




