上には上がいるものです
亡霊騒動から十日後――後宮は見事にゴーストハウスと化していた。
その異常さに耐え切れず精神を病む者が続出する中、当然の様に傷害事件も起こるわけで。
『やっぱり、あのイルフェナの側室が原因なんじゃ……』
『聞きました? リゼット様が錯乱されてナイフを手に切りかかったとか』
『恐ろしい……魔導師など側室にするべきではなかったのよ!』
狙いどおりです!! でかした、私!
側室どもは元凶を私だと決め付けて毎日批難轟々ですよ。
よし、そのまま平手の一発でも見舞ってくれ。騎士に止められて未遂に終わるだろうけど。
理想は刃物なんだがね……問答無用に殺害未遂で一族郎党終わるから。
証拠もなく国の後見を受けた者を害すればどんな言い訳も通用しません。
だいたい、私が幻術を使ってないことは宮廷魔術師が証明してくれたでしょ?
私自身が探知に引っ掛かるわけ無いんだけどさ……魔道具使ってるから。
ちなみに使っている魔道具自体は貴族以上が身に着けている護符と同じ程度なので気付かれることは無い。後宮全体を覆うような大規模な仕掛けなら引っ掛かるけどね、個別に仕込んでいるから大丈夫!
それ以前にな……個人でやるなら術者の魔力が持たないし、転移方陣の維持に匹敵する魔石なんてそうそうある物じゃないんだが。
あまりにアホだと思ったのでルドルフには忠告しておきました。あの魔術師無能過ぎ。
なお、魔道具が探知に引っ掛からなかったのは発動しない時間帯を狙ったから。発動中は魔力が放出されちゃうからねー、一発でバレます。
ルドルフ自ら立ち合いたいと言ってしまえば王の都合のつく時間帯での調査になるので、事前に協力要請済み。
ランダムで発動しているから判り難いけど一日のうち三回ほど全く発動しない時間を設けてあるのです。計画に隙があっては台無しですからね、無駄に細かく計画を練りましたとも!
そんなわけで計画は順調です。
※※※※※※
「ふふ、計画どおりね」
本当に順調です。どこぞの『厄介な人』が暗躍してくれているお陰で『イルフェナの側室の所為』という噂が流れ、精神の均衡を崩した人達が襲い掛かってくる日々です。
明らかに心を病んだ人は外見も言動もアレなので周囲の恐怖を一層煽っている模様。
ま、隈のはっきり出た顔とか血走った目とかでヒステリックに叫ばれれば怖いわな。
ありがとう、厄介な人!
自分で噂とか流そうと思ってたから手間が省けましたよ!
ルドルフ達には呆れられてますが、目的を思えば重要なことですよ、これ。
自分でやるとかなり不自然だもの、不利になる噂を口にするなんてさ。
「しかし本当にミヅキ様のみを狙ってきますね」
「この事態を利用して私を葬りたいんでしょ。他の側室を利用すれば私が死ななくてもライバルが減るんだし」
「それで自分は結果のみを手にするわけですか。……狡猾ですね」
「賢さは美点だけど狡賢いだけじゃ意味ないのにね」
嬉々としている私に比べセイル以下護衛の騎士さん達は苦い顔をしている。うむ、苦労をかけてすまない。
ただ、この計画以降残るのは皆それなりに考えて行動できる人のみでしょう。
何人かは側室としてやっていける資質を持っていたはずなんだけどな。
後宮という場所で生き残るには立ち回りや情報収集、そして攻撃の手を持つ事が明暗を分ける。
本来ならば後宮に君臨できる要素を持った彼女達が排除対象になったのは偏に周囲がアホ過ぎたからなのだ。
自分が表に出ないならば回りの人間を使うしかない。
が。
それがまともな行動を取れない連中だったことが裏目に出て同類認定されてしまったのだよ。不幸なことに。
王がアホな連中に呆れそういった行動をとらない彼女達に目を向ける前に、側室全員が敵認定され本命が他国から連れて来られたのだ、これには本気で焦ったことだろう。
……連れて来たのは破壊工作員なのだが。
ついでに言うなら私には犯罪者モドキの情報量を誇る黒騎士達がついているので『彼女』の行動は筒抜けです。
尤も側室全員の行動から『彼女』の目的や狙いを推察し動くのは私自身ですがね?
実力者の国は武器をくれてもどう使い勝利するかは本人次第なのです、魔王様は飴と鞭使い。
「セイル、今現在脱落した側室はどのくらい?」
「そうですね……明確な罪状がある者が四名、心を病んだ者が五名ほどでしょうか」
「彼女達はもう後宮から出されているの?」
「はい。侍女に関しては数に入れていませんが全員時間の問題かと」
ふむ、そろそろ吊るし上げの時だろうか。
脳裏に茶会の時に見た『彼女』の姿が浮かぶ。栗色の髪を結い上げた落ち着いた雰囲気の女性は内面に非常にどろどろとしたものを燻らせていたようだ。
年齢的に後が無さそうだったよな……などと考えるが、私を狙った以上は女として後が無いどころか人生の先が無い。しかも諭して行動させた側室達の一族郎党を巻き込んで。
「将軍、明日あたり一人行動に出る人がいるよ」
「おや……お心当たりが?」
「うん。だからできるだけ人の多い場所で襲われてあげましょう」
亡霊に怯え昼間は中庭に面したサロンで過ごす側室達は多い。そこを断罪の場としましょうか。
「承知いたしました。必ずや御守りいたします」
「御願いね? 騎士の有能さを見せ付けてやりましょ!」
「ええ、勿論。陛下に安心していただきましょう」
呑気にお茶を飲みながらする話題ではない。けれど誰もが焦りや危機感を感じていない。
私達は仕掛けた側なのだ、利用しようとする者がいるなら更にそれを利用してやろう。
さあ、一つの化かし合いに決着を。
これが本当の意味で後宮破壊の第一手。
※※※※※※
「まあ、珍しい方がいらっしゃいますのね」
微笑みながら話し掛けてきたのは黒髪に緑の瞳の側室だ。確か……ヘンリエッタといったか。
サロンに側室達の姿は多い。当然、私に対する敵意の視線も多いのだが、そんなことを気にせずに話し掛けてきた根性だけは誉めてもいいかもしれない。
ちら、とそんなことを思うが改めて見た彼女の表情に余裕は余り感じられなかった。
無理矢理貼り付けた笑みでさえ誤魔化せない狂気を宿した瞳は精神的な疲労がかなりなものだと思わせた。
お嬢さん、そのまま外を歩いたら間違いなく騎士に職務質問されますよ? 雰囲気がヤバ過ぎです。
「ええ、何が起きているか一向に判らないのですけど部屋に閉じこもるばかりでは退屈ですから」
「……相変わらず何も見えない、と?」
「私だけではなく護衛の騎士達も、ですわ。何を勘違いしたのか襲い掛かってくる人の方がまだ現実的ですわね」
「ミヅキ様は魔導師でしょう? 何かお心当たりがあるのでは?」
「魔導師だからこそ無理だと言い切れるのですよ。後宮に絶えず死霊を招くなど、どれほどの魔力が必要だとお思いですか? それに……」
一度言葉を切って周囲を見渡す。
「宮廷魔術師様も魔力は感じられないと断言なさったではありませんか。あの方を侮辱なさりたいなら別ですけど」
「……っ!」
事実ですよ? 魔力の無い側室達より城に勤める魔術師の言い分が重要視されるのは当然ですね。
そんな呆れを含んだ言葉は彼女の最後の均衡を崩したようだった。
「……何よ、何よ、何なのよ! 貴女が原因じゃないのなら、貴女だけが認められたとでも言うの!?」
「何に認められたかは判りかねますが……王に望まれはしましたね」
首を傾げながら『事実』を言ってやると彼女から殺気が叩きつけられた。騎士達が動き始めるのも気付かず、その手は羽根の付いた扇子を取り落とす。手に残ったのは一本の細いナイフ。
「あんたさえ居なければっ……こんなことにはならなかったのにぃぃぃぃ!」
「ミヅキ様、お下がりください!」
令嬢とは思えぬ言葉と喉を狙うナイフの鋭さに騎士達が私を背後に庇おうとする。
だが。
「邪魔です、お退きなさい!」
「ひっ……! あ、あああああっ!」
腕を振り上げたヘンリエッタの目を扇子で叩き彼女を押し退ける。そしてナイフを落とし蹲る彼女を無視して『元凶』へと近づき喉元に扇子を突きつけた。『彼女』は勿論、呆然としていた周囲の側室達も動けない。ただ、私とヘンリエッタに視線を走らせている。
武器など持ったことが無い上に正気じゃないのです、狩りを覚えた私にとって避けるなんて出来て当たり前。
当ったら間違いなく死ぬ熊モドキの一撃を避けて倒してましたからね!
「さあ、手駒は失敗しましたよ? いい加減終わりにいたしましょう?」
にこりと笑って栗色の髪の側室――メレディスへと問い掛ける。ざわめき始めた周囲の声に呆けていたメレディスは一瞬睨みつけるとすぐに儚げな落ち着いた表情を作った。
あのー、セイルとか護衛の騎士にもばっちり見られてますよ? どんだけ騎士を侮ってるんだ、この人。
「ミヅキ様……気が立っておられるのですね。そのように皆を疑わずともよいのです、大丈夫ですわ」
「あら、私は今まで私を襲った皆を煽った黒幕を断罪しているだけですわ。皆様を疑ってなどおりません」
その言葉に周囲の側室達から批難が飛ぶ。
「まあ! 言い掛かりですわ!」
「そうです、メレディス様は貴女と違って人を労わることのできる優しい方です!」
「貴女こそ一体何様のつもりですの!?」
「皆さん……ありがとう」
涙を浮かべて笑みを浮かべるメレディス。
そう、これこそ彼女が厄介だと言われた理由。周囲の受けが異様に良いのだ、誰もが彼女を信頼し相談事を持ちかけている。
だが、それこそ彼女の手口なのだ。優しい振りして腹の中は真っ黒か。
「あら、証拠はありますのよ?」
「え……?」
「フィリス様、セルマ様、リゼット様、カレン様そして……ヘンリエッタ様。私を襲った方々ですけど全員、貴女と親しくなさっていましたね?」
「ええ。姉のようだと言って戴いていましたわ」
「彼女達が私を襲う前日、全員が貴女の部屋を訪ねているのは偶然かしらね?」
メレディスを擁護していた側室達の声が止まる。
そう、『全員』。いくら慕われてようと全員が訪ねた翌日に行動を起こすのは異常だ。
「偶然ですわ……皆様とても怯えてらして」
「あら、怯えている彼女達に貴女がしたことはなんですの? 『魔導師さえ居なければ』『ミヅキ様を殺さなければ』……この言葉に覚えがありますわよね?」
「……っ……」
「貴女は陛下を侮り過ぎですわ。ここまで騒ぎになったというのに何の手も打たないなどと思っていましたの? 陛下は後宮の様々な場所に亡霊を確認する為の魔道具を仕掛けたのですよ。見つかったのは亡霊ではありませんでしたが」
「貴女は……何故そこまで」
「私に襲い掛かった令嬢達に『ある可能性』があるということで調査の協力を命じられたからですわ。標的にされた私は容疑者から外されていましたから」
「貴女が仕掛けたかもしれないじゃありませんか!」
「無理ですわね、私に彼女達との接点は無い。『ある可能性』は共にお茶を飲むくらいの仲でなくてはなりませんもの」
そう言ってやるとメレディスは真っ青になって口を噤んだ。
言い逃れをするのは勝手だけど全部バレてる以上いくらでも言い負かすことができる。寧ろ今黙り込んだことで彼女は急速に味方を失っているだろう。
自分の言った言葉どころか、王に全て知られていると悟りメレディスは唇を噛み俯いた。
そこへ追い討ちをかけるように騎士達が『ある物』を手にサロンへと入ってくる。
……見つけたみたいだね。
「メレディス嬢、貴女の部屋から『アヒレスの毒』が見つかったのですが御説明を」
「何のことかわかりません」
「ご冗談を。この植物は我が国では栽培できません。貴女のお父上が魔術を使って『個人的に』栽培していた以上、説得力はないかと」
『アヒレスの毒』というのは植物から作られる一種の麻薬らしい。気分の高揚を促すかわりに副作用として精神崩壊を招く危険性があることから全面的に使用を禁止されている。だが、娯楽に飢えた貴族の中には手を出す者達も居るのが現実。
そして禁止された本当の理由はそんな自業自得のものじゃないのだ。
精神的に追い詰められた者にこの薬を与え、暗示を繰り返すことである程度は操ることが出来てしまうのだから。
まず、恐怖の原因が私だと思わせた上で『殺さなければならない』と思い込ませる。薬が切れれば再び恐怖を思い出し彼女の暗示が蘇ってくるのだ、だから行動に移す。
側室達はイザベラ嬢の末路を知っているのだ、嫌がらせどころか殺害未遂を起こせばどうなるか知っているはずである。正気ならば絶対にそれだけはやらないでしょうね。
ちなみにこれは暗殺の手段として使われる手口らしい。実行犯で本人に殺意があってもそれが作られたものとなると罪の取り扱いが非常に難しくなってしまうことから、アヒレスの毒は所有しただけでも重罪だそうだ。
なお、こんな知識があるのは先生が持たせてくれた『薬草・毒草全集』のお陰。
カエル達は『生物図鑑』からの知識ですよ、写真じゃなく絵だったから大きさに気が付かなかったけど。
解毒魔法が使えないから毒の対処法と毒のある生物に気をつけろという親心ですね。
側室との泥沼展開には役立ちませんが、別方向で実にお役立ちでしたよ、先生!
「恐ろしい方ですわね……慕ってくれた令嬢方を手駒に使った挙句、家ごと破滅させるなんて」
「そうね……貴女に手を出した以上は一族郎党終わりですもの」
「貴女も、でしょう?」
「ふふ、貴女を侮ったことが私の敗因ね」
「私は陛下の手駒でしたけど?」
「あら、所詮女は男に勝てないということかしら?」
力なく笑みを浮かべる……なんてことはなく。メレディスは憎々しげに私を見た。
あらあら、まだ気力十分ですね。上等だ、最後の喧嘩くらいかってやる。
ルドルフ達を侮ったことが彼女の敗因だと言っているのに、どこまで彼等を見下せば気が済むのやら。
「だからねぇ……私を負かした貴女が大嫌い!」
そう言うと隠し持っていたらしい小ビンの中身を呷る。ちっ、毒を隠し持っていたか、この女!
メレディスは勝ち誇ったように笑った。このままなら確かに彼女の勝ちだろうね、死ねば裁くことなんてできないのだから。
「ふふ、誰も私を処罰などできない! 私が負けるなんて認めないわ!」
「うざい」
「……え?」
どごっ!
「ぐ……あ、あ、ぐえぇぇぇっ」
強化済み扇子で盛大に腹を殴り嘔吐させてやる。さあ、血を吐く勢いで吐きやがれ!
ああ、側室どころかセイル以外の騎士が引き攣った顔をしてますね。
はっは、君達何を退いてるのかね? 毒を吐き出させるなんて基本じゃないか!
大丈夫、ちゃんと解毒をしてあげるから。解毒魔法は使えずとも毒を体外に出す事なら可能ですからね、私。
自分が毒を受けなきゃどんな毒だろうと対処可能なのだよ、楽には死なせん。いや、生きろ。
……だいたい死にたきゃ即効性のもの使うべきじゃないか? 最後に決め台詞言うだけの余裕があれば解毒されるなんて判るだろ? 賢いのかアホなのかよく判りませんな。
ついでに水を無理矢理飲ませておきますか。水差しから直接でいいよね、もう。
解毒の為ですよ、ええ。嫌がらせじゃありませんとも! 完全に毒が抜けたか判らないからね!
盛大に咽てる? 治療ですよ、治療。
「もう大丈夫でしょう? 私が解毒しましたから」
「ミヅキ様、後は我々が」
「お話は終わっていません」
「は……」
騎士達を無理矢理黙らせ未だ唸っているメレディスに向き直る。
内臓にダメージがあるかもしれないけど、治癒魔法をかけたのでそのうち治るでしょう。どうせ処刑は免れないんです、今死ぬか後で死ぬか程度の差ですよ。細かいことは気にすんな。
だから今しか出来ないことをしておこうと思います。報復は今しかできません。
「自分で責任を取ることさえできませんのね、呆れるばかりですわ」
「な……何、を……」
「貴女が死のうが手駒となった方達は処罰されますのよ? 皆様の御実家とて許せる筈はありません」
『暗示を受けていた』と言っても殺意があり実行したことは変わらないのだ。その対象が私なのだから当然厳しい処罰になるだろう。利用されたと言っても余罪があるのだから言い逃れの余地は無い。
「それなのに貴女は……」
ぐい、とメレディスの髪を掴み上げ上を向かせる。
「何を逃げようとしているのです……貴女は彼女達や陛下に一言の謝罪さえしていませんわ。『負けるなんて認めない』? 人の陰に隠れながら賢いつもりでいる卑怯者の雌ごときが何様ですか!」
「雌ですって!?」
「人として同列に扱えと? 馬鹿馬鹿しい! 貴女個人に何の力がありますの、何の価値がありますの、騎士達や陛下を格下に見るような思い上がった愚か者でしょうが、貴女は」
彼女の無駄に高いプライドを木っ端微塵に砕いてやる為の言い方ですよ、これ。つまり『雌扱い=人間としても扱いたくない』ってこと。思い上がるのもいい加減にしとけ?
『私は協力者でしかないのです』って言ってるだろうが。
その他側室の皆様よ、それをしっかり覚えておいてね?
君達の証言で陛下の評判が上がるから。怒らせると怖いのは王様ですよ、お・う・さ・ま!
私の評判はどうでもいいのです、重要なのは王の実力を認めさせること。
……あれ? 何故毎回女同士の愛憎劇に発展しないんだろ? 説教しかしてないような?
「私達は陛下に仕える立場ですのよ。それを侮る? 貴女は女だから負けたのではない、単なる実力の差ですわ。だって陛下は貴女を雌と言い切る私ですら頭を垂れる存在なのですから」
「そんなの……外交に関わるからでしょうっ!」
「何を言っていますの。誰にも媚びぬ、決して染まらぬ……己を選んだ者。それが魔導師ですわ。だからこそ全ては国ではなく私自身の判断です」
お前など敵にすら値しない、そう暗に匂わせて笑みを浮かべた視界の端に亡霊の姿が映る。
恐怖のあまり悲鳴を上げる側室達を他所にメレディスは口元を歪める。
「どうせ幻覚なのでしょう? これが二百年前の英霊など……!?」
そして。
亡霊はゆっくりと近づきメレディスの顔に朽ちた手が触れた刹那――
「ギギャァァァァァァッッ!!」
肉の焼ける嫌な音と共にメレディスの顔半分が焼け爛れたのだった。
言葉も無く蹲るメレディスを見つめる側室達に目もくれず亡霊はそのまま空気に融けて消える。
「一体、何事ですの?」
咄嗟にメレディスから遠ざけ私を腕の中に庇ったセイルに尋ねるも首を傾げるばかり。見えていないのだから叫び声を上げたメレディスを警戒しただけなのだろう。
だが側室達にとって亡霊を別のものと認識するには十分だったようである。
この後、亡霊改め二百年前の英霊達はゼブレストに新たな言い伝えを残すことになった。
※※※※※※
「お見事でした。後は陛下に頑張っていただきましょう」
「そうだね。それ以前に事件の経緯を説明しなきゃ」
「陛下は亡霊が出てからこちらに一切関わっていませんからね」
部屋に戻りながらセイルと話しつつ今後のルドルフ達の苦労を思う。
実はルドルフ、カエル騒動以降は魔術探知の時に来ただけで関わってないんだな。
精神に異常をきたした奴が徘徊する恐れがあるので王宮組は関与しないことになっている。
簡単な報告ならしてるけどアヒレスの毒については報告せず。宰相様が一人胃を痛めている状態なのだ。
だからさっきの『陛下の指示云々』は嘘。薬について調べたり、襲撃者を取り調べたりしたのはクレスト家だったりする。
実に勝手な行動だが、それ故に貴族達に悟られず動くことが出来たのだ。
全ては陛下からの密命ということにする予定なので降って湧いた事件にかなり忙しくなるだろう。
こっちだって薬物事件に発展するとは思いませんでしたよ、八つ当たりはメレディス達に御願いします。
ちなみに最後の亡霊は私が直接作り出した幻覚だ。メレディスの顔に触れるのにあわせて彼女の顔を焼いた。インパクトは十分だったようで何より。
メレディスもまさか詠唱も無しに二つの術を同時に操るとは思いもしないのだろう。あの後の彼女は酷く怯えていた。大人しく処罰を受ける気になっただろうか?
その後。
予想通り『何これ、俺知らない! こんなこと命じてないぞ!?』とルドルフが血相を変えて飛び込んでくるのだが。
事前に用意した夜食用パイを手渡し『頑張れ!』という言葉と共に笑顔で追い出したのだった。
え、だってこれ以上は関われないしねぇ?