黒猫からのお誘い
――イルフェナ・騎士寮にて(エルシュオン視点)
「……それで、君はそんな『遊び』を思いついたんだね」
『いやぁ、相手がここまで受け狙いをしてくれるなら、こちらも派手にいこうかと』
「……。まあ、確かに、対処に困る事態ではあるけれど」
魔道具から聞こえてくるミヅキの声に、深々と溜息を吐く。いつもならばミヅキを叱って終わりだが、今回ばかりはミヅキだけが悪いというわけではない。
寧ろ、ミヅキは被害者であった。
切っ掛けは、痴女騒動と名付けられた一件。シュアンゼ殿下を取り込むことを狙った一連の出来事は、ミヅキによって、ものの見事に潰された。シュアンゼ殿下達による、追い打ちもあったことだろう。
……が。
日頃からろくでもない発想をしている上、敵となった者達を玩具扱いするミヅキが、阻止した程度で済ませるはずもなく。
主犯であるアウダークス侯爵親子を、かなり大々的に晒し者へと仕立て上げたらしい。勿論、共犯を疑われた者達にも、それなりの処罰が下るだろうと聞いている。
その最中、先日の商人一家――シュアンゼ殿下の従者である、ラフィーク殿の妹一家――の救助活動が行なわれたのだ。
『義弟である商人は自業自得だが、そこからラフィークさんまで退場させられるのは遠慮したい。いや、絶対に奴らはそれを狙ってくる!』
そんなミヅキの説得により、イルフェナ預かりが決定した。こちらとしても、手持ちのカードが増えるのは歓迎なので、何の問題もない。
ただ、シュアンゼ殿下は商人一家へ温情を見せたのではなく、己が信頼できる従者を失いたくなかっただけだろう。ミヅキもそれは同じらしく、商人一家をガニアから遠ざけただけだ。
当たり前だが、ただで助けたわけではない。商人一家はその代償として、繋がりがあった貴族達の情報――ラフィーク殿対策として、義弟と繋がりを持っていただけと推測――を提出させられている。
この情報がある限り、該当する貴族達は『痴女騒動への関与疑惑』から逃れることはできない。ラフィーク殿はシュアンゼ殿下の傍から、意図的に遠ざけられていたのだから。
自国の王族を狙った悪質なものであることは勿論だが、ラフィーク殿の一件も含めて、ミヅキによって他国にも知られている。これこそ、疑惑の残る貴族達が戦々恐々としている理由であった。
はっきり言えば、『ガニアは自浄(意訳)を求められる可能性がある』。他国とて、そんな輩が野放しでは困るのだ。自国で騒動を起こされる前に、ガニアで何とかしてもらいたいと思うのは当然のこと。
処罰の匙加減は、ガニア王の意向にかかっていると言ってもいいため、該当する貴族達は所謂、首輪付きという状況になったも同然と言えるだろう。
実に悪質である……ミヅキとシュアンゼ殿下が。
被害者になることを想定して対策を練っていたのだろうが、二人は獲物を狙う狩人の目をして、待ち構えていたに違いない。そうでなければ、ここまで手際よく事が進まないだろう。
結果として、ガニアの王弟殿下の派閥は一気にガタガタになってしまった。無関係で通すには、これまでの行ない――おそらく、シュアンゼ殿下達は以前から証拠を集めていた――が悪過ぎる。
その結果、相手は形振り構わず、自己保身の手を打って来ていた。次々と厄介事が起こるガニア王にとっては、傍迷惑な話である。
だが、当のシュアンゼ殿下とミヅキがそれらを喜び、新たな一手に変えて報復に興じている以上、どうしようもないのだろう。
黒猫はガニアで気の合う遊び仲間を見つけたようだ。完全に、想定外である。
……そうは言っても、ミヅキを諫める気はないのだが。
ガニア王には同情しなくもないが、元をただせば、ガニア王の不甲斐なさが原因の一端なのだ。多少は振り回されればいい……と密かに思ってもいる。
今回はイルフェナが抗議できない事情もあり、ミヅキを応援する者達は多い。つまり、大半が『いいぞ、もっとやれ!』という心境だったりする。
諫める存在が皆無という事態なので、他国も様子見という名の静観に徹していた。うっかり手を出して、ミヅキに玩具扱いされても困るのだ。
「しかし、君をシュアンゼ殿下の恋人に仕立てて、魔導師の独占を狙うとは……」
『【玉の輿狙い】とか【シンデレラストーリーを夢見る庶民】ならば、釣れると思ったんじゃないですかね? シュアンゼ殿下が国を第一に考える人だということは知られているみたいですから、シュアンゼ殿下達の協力も得られると思ったのかと』
「それ以前に、君に恋人とか言われても、誰も信じないだろう? どちらかと言えば、悪友じゃないのかい?」
『北だからこその、情報不足じゃないですかね? あの【守護役が溺愛している】っていう噂を知ってたら、【王子様に優しくされれば付いて行く】と思っても、不思議はありませんし』
「ああ……君の性格と現実を知らなければ、そういった考えもできるのか」
『ちなみに、シュアンゼ殿下とは仲良しですよ? 一緒にいると、テゼルト殿下に【また悪巧みしてるのか】って言われる程度には』
「……。よく判った。ガニアでも、そういう風に見られてるんだね」
つい、溜息を吐いてしまう。呆れ半分、テゼルト殿下への同情半分という心境だ。シュアンゼ殿下だけでも大変そうなのに、ミヅキも含まれている今、彼の気苦労は二倍だろう。
だからこそ思う……『あの二人に恋人云々という噂なんて、無理だ』と。
私達は『ミヅキという異世界人が、そういったことに一切興味を抱かないことを知っている』。からかったり、状況に合わせる場合を除き、ミヅキの守護役達への態度は正しく『仲間』というものということも。
はっきり言って、ミヅキにそんな乙女らしい部分があれば、他国にさえ恐れられる魔導師になっていない。私とて、ミヅキが女性らしい思考をしていたならば、多少は気を抜くことができた気がする。
だが、それは儚い夢ということも判っていた。ミヅキを知っている以上、無理があり過ぎる。
異性を誑かす悪女にはなれないが、国を戦慄させる外道なら素でいける。
美形とやる気のある悪党なら、間違いなく玩具……やる気のある悪党を選ぶ。
それがミヅキという、異世界人の魔導師だった。一般的な女性への対応なんて、全く役に立たない。
直に接しなければ判らない上、関わった国はそれを暈す傾向にあるため、ガニアでは知られていなかったのだろう。気の毒なことである。
そんなトンデモ娘は『新たな遊び』を思いついたらしく、今回の通話は私に許可を求めるためのものだった。
『レシピの流出は無理でも、これならばいけるでしょう? コルベラのこともあるので、こういった機会を作りたかったんですよね』
「そういう意味も含めると、今回の提案は意味があるのか。ま、まあ、イルフェナとしても、情報の共有ができるのは悪くないかな」
『あれ? 今回は止めないんですね?』
ミヅキの『提案』に理解を示せば、意外そうな声が上がった。まったく、私を何だと思っているのか……。
呆れながらも反論しようとすれば、隣にいたアルが笑いを堪えながら先に口を開いた。
「エルも、我々も、ミヅキを手放す気はありませんから。貴女が帰ってくる『居場所』はここなのです。エルは貴女を引き離そうと画策した者達に対し、お怒りなのですよ」
「ちょ、アルっ! 私はそんなことを言っていない!」
「以前、レックバリ侯爵も仰っていたでしょう? 『親猫の腹の下の子猫』と。貴女が魔導師である以上、噂とはいえ無視はできません。それに、シュアンゼ殿下が乗り気になっていたら、少々面倒なことになったと思います。……子猫を無理矢理に連れて行こうとした輩に対し、親猫が威嚇するのは当然なのですよ」
「そうは言っても、エルがガニアに赴くわけにはいかないからな。イルフェナとて、確たる証拠もなしに迂闊な抗議はできん。だから、今回は『他国の者達』を利用することを止めないんだ」
「クラウスっ! 君達、勝手なことばかり言うんじゃない!」
「子猫をくれてやった覚えはないと、素直に言ってやればいいだろうに」
「そうですよね。他国からも理解が得られると思いますけど」
其々、勝手なことを言い出す幼馴染達に声を上げるが、アルは苦笑し、クラウスは私の抗議を涼しい顔で受け流している。
……何より、それらの遣り取りは、しっかりとミヅキに聞かれていたわけで。
『……。お家に早く帰れるよう、頑張りまーす!』
「捕らえようとする手など、盛大に引っ掻いておやりなさい」
「どうせ、被害を被るのはガニアだ。盛大にやれ」
『らじゃー!』
「ちょ、ちょっと、待ちなさい!? いいかい、報復だろうとも節度を持って……っ」
『派閥をボロボロにしなきゃ、目的の人物に辿り着けませんってば。王弟殿下狙いの時点で、ガニアには暗雲立ち込めてますよねぇ。……え? 加減しろ? やだなぁ、テゼルト殿下。あっちが悪いじゃない!だいたい……』
『魔導師殿! 少しは……。……!』
……。聞こえてくる話し声から察するに、傍に居たテゼルト殿下が諫めているらしい。良かった、ガニアにも常識人がいたようだ。気の毒だが、ミヅキの抑えは彼に頑張ってもらおう。
そうこうしているうちに、あちらの話は終わったようだ。……テゼルト殿下が匙を投げていないことを願う。
『とりあえず、許可はいただけるんですよね?』
「ああ、いいよ。元凶達には恥をかいてもらおうじゃないか」
確認の言葉には了承を。そう、今回の『娯楽』は『人が死んだり、多大なる被害が(味方サイドには)出ない』というものなのだ。十分、許可できる範囲である……ガニア王に精神的苦痛はあるかもしれないが。
『了解でーす! それじゃあ、準備しますね』
明るく言い切って、ミヅキからの通信は途絶えた。そして私には、アルとクラウスのにやにやとした顔が向けられる。
「子猫は親猫の傍に帰りたいようですね。安心しました?」
「良かったな、エル」
「煩いよ、馬鹿犬どもっ!」
怒鳴り返すも、二人は楽しげな笑い声を上げるのみ。
……。
ほんの少し、本当に少しだけ安堵したことも事実だけど、悔しいから素直に認めてなんかやらない。
それに。
あの子は私が言わなくても、ここに帰って来るよ。私達にはその確信があるからね。
――その後、各国へと魔導師からの『参加案内』が送られることとなる。
『拝啓、皆様いかがお過ごしでしょうか。今回はイベントのご案内です』
『皆様もご存知の通り、私は現在、ガニアに滞在しております。そして先日、痴女がシュアンゼ殿下を襲うという事件が起こりました。勿論、未遂です』
『ですが、シュアンゼ殿下の従者をわざわざ引き離したり、痴女が侯爵家の者だったり、果ては女性ということを逆手に取り、抵抗された際にできた怪我――痴女はシュアンゼ殿下に殴られています――を王家の非にしようとしたりと、悪意満載です』
『一連の出来事の当事者として、私は思いました……【こいつらを野放しにしたら、他国でやらかしかねん】と!』
『現在も、処罰に脅える貴族達が裏で色々と動いているようです。その一つに【魔導師とシュアンゼ殿下が恋人関係という噂を流し、ガニアへと取り込むようにする】というものがありました』
『私を知る方達からすれば、【馬鹿じゃねーの?】で終わりますが、ガニアにはそれらの情報がなかったのでしょう。私の後見人であるエルシュオン殿下からガニア王へと抗議が来てもよし、ガニアに貢献する姿勢を見せて株を上げてもよしという、姑息な狙いがあるようです』
『シュアンゼ殿下は国を最優先にされる方ですから、賛同を得られると思ったのでしょう。……愚かですよね。エルシュオン殿下が戯言扱いをする時点で、説得力は皆無でしょうに。何より、シュアンゼ殿下はばっちり私の共犯なので、その案に乗る可能性は皆無です』
『なお、それらがバレた経緯は、【シュアンゼ殿下の手駒になっている傭兵達に、襲撃依頼を出したから】。【愛人の息子とその恋人を痛い目に遭わせろ】という依頼だったので、狙いは【怪我をさせる】か、【逃亡した彼らを捕らえて株を上げる】か、【都合よく改変して、恋人同士の噂を事実と認識させるようなものに仕立て上げる】かの、どれかだと思われます』
『無傷な上、あまりにも馬鹿馬鹿しい裏工作なのですが、やられっ放しで黙っているのも問題と思いました』
『と、いうわけで』
『第一回・国対抗【本命はどれだ!?】を開催したいと思います! ルールは簡単、犯人が【最終的に】目的とすることは何かを当ててください。上記の予想のどれかでもよし、新たに考えつくもよしです』
『はっきり言って、これは運だと思います。言い訳は二転三転することが予想されますから、最後にどれに行きつくかは判りません』
『正解された国には私が赴き、その国の特産物を使った料理を考案・レシピや権利を譲渡。現時点では異世界料理のレシピを広めることが難しいため、その国のものとして根付かせたいと思っております』
『判りやすい例としては、コルベラのお好み焼きを参考にしてください。あれは異世界料理という扱いにはなっておりませんので。今後もこういった機会を設ける予定ですから、【コルベラばかり狡い】とか言わないでくださいね』
『なお、これはエルシュオン殿下の許可を得ております。ご安心ください』
『情報収集という点でも、魔導師と良い関係を築くという意味でも、この娯楽は有効かと思います。共に遊ぶことは、友好を深める第一歩! ご参加、お待ちしております』
……この参加案内を見た各国の者達はガニア王へと憐れみを向け、元凶である貴族に呆れた。だが、賞品は大変魅力的だったらしく、中には会議をしてまで勝利を夢見る国もあったようだ。
ちなみに、その国とは赤猫の生息地である。
滅多に我儘を言わない弟分のためでもあるが、ミヅキが頻繁に送っている食料が賄賂の如く、王とその側近達に分配されていたせいもあるだろう。人間、胃袋を掴まれると弱いのだ。
とはいえ、彼らが特別、食い意地が張っているということではない。異世界人からの恩恵とは、それだけの価値があると考えられているからだ。
また、魔導師ミヅキと友好的な関係を築ける機会は貴重であった。ミヅキは基本的に騎士寮に隔離されているため、仲良くなる機会が限られている。
何より、ガニアで起きている騒動の情報が手に入るのだ。中には『情報の共有こそが目的では?』と疑い、それらを娯楽という形で成す魔導師に対して、恐れ慄く者もいた模様。
ただ、ミヅキと親しい者達は揃って『馬鹿を晒し者にしたいんだな? 遊びたいんだな!?』としか思わなかった。それが正解であることは、言うまでもない。
相変わらず、どうしようもない主人公。黒猫とシュアンゼは完全に遊んでいます。
他国は情報が勝手に入ってくる状態なので、揃って主人公の味方。




