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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
ガニア編

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猫達は仲良く遊びだす

 こちらの立場を明かした途端、三人は顔色を悪くした。約一名は盛り上がっていたところを他の二人に諭され、今は落ち着いている。

 ただ、魔術師の暴走を目の当たりにした際、シュアンゼ殿下は呆気に取られていたが。彼にとって魔術師は比較的知的な印象――例外は勿論いる――なため、魔導師と聞いた途端の豹変ぶりが衝撃的だったらしい。


「悪い。こいつは自分が興味があることに関しては、さっきみたいになるんだ」

「……。慣れているから、お気になさらず。魔術師にはよくあることだから」

「そ、そうか。理解があって助かる」


 すまなそうに謝罪するリーダー。微妙に暈しているのは、彼なりの優しさだろう。そんな姿に、つい微笑ましくなってしまう。

 何だかんだ言っても、彼らはバランスが取れているのだろう。信頼関係もそれなりに築き上げられているらしい。


 ……だからと言って、やらかしたことが不問になるはずもなく。


「とりあえず、貴方達がこちらに付くという契約書を交わしましょ。日付を貴方達が依頼を受ける数日前にすれば、こちらの子飼いと気づかずに声をかけたってことにできるから」

「そうだね、それしか不問にする方法はないだろう。『依頼があったことを報告したら、主に【その依頼内容に沿って行動しろ】と指示された』ということにしてしまえばいい。相手の策を逆手に取り、襲撃をこちらのカードにした形だね」

「ですね。依頼をしたのは向こうですから、陥れたとは言われないでしょう」


 こちらに都合のいい契約書の製作を提案すれば、笑顔で承諾してくれるシュアンゼ殿下。賢さは武器、裏工作上等! の精神の下、本日も私達の関係は良好です。

 私達を襲撃した理由(模造)は大笑いなものだったが、状況としては悪くない。あくまでも『そっちの仕掛けた茶番に乗ってやるんだ。感謝しろ?』という姿勢を貫きつつ、依頼主の責任を追及しようというわけだ。

 ただ、あまりにもサクサクと話を進める私達に、三人は呆気に取られていた。彼ら自身、騙されていたことを知ったのが、ほんの数分前。しかも、ターゲットが王族&魔導師という吃驚の展開。

 頭と感情がついて行けなくても、仕方がないのかもしれない。普通は関わらないような人達だものね、王族と魔導師って。


「な、なあ、そんなにあっさり決めていいのか? 俺達のことだって、何も知らないだろう?」


 恐る恐るという感じに、リーダーではない方の男が尋ねてくる。その表情はどこか困惑しているように見えた。だが、シュアンゼ殿下は何かを察したらしく、納得の表情で頷く。


「ああ、本物の王族とは思えないってことかい? 確かに、まずは私の身分証明が必要だね。悪いけど、ラフィークが戻ってくるまで待ってくれ」

「あ、そっか。私達も身分詐称に思われる可能性がありましたね。私は……魔法を使うか、テゼルト殿下あたりに証言してもらうしかないかな?」

「いや、そうじゃねぇだろう!」

「「え?」」


 どうすっかなー、と考えていると、男が怒ったように声を荒げた。思わず、揃って首を傾げる私とシュアンゼ殿下。う、うん? 何か問題でもあった? これ、結構重要なことだよね?

 全く意味が通じていない私達の反応に、男は天を仰ぐと呆れたように話し出す。


「あのなぁ、俺達を手駒にして大丈夫なのかってことだよ。王族なら、騎士だって動かせるだろう? 俺達みたいな立場の奴に偏見を持つ貴族だっているんだ。下手すりゃ、あんた達の立場が悪くなるだろうが! 呑気に話してる場合かよ!」

「……カルドさんは貴方達のことを心配しているんですよ。言葉は乱暴ですけどね」

「なぁっ!? か、勝手なことを言うんじゃねぇ! こいつらが無事じゃなければ、俺達だって助からないじゃねぇか!」

「ええ、そうですね。そういうことにしておきます」

「カルド、お前は照れ隠しに過剰な反応を見せるから、からかわれるんだ。少しは落ち着け」


 苦笑しながらフォローを入れる魔術師に、男……カルドはやや顔を赤らめて怒鳴り返す。そんな二人を呆れたように眺め、とりなすリーダーの姿に、それが普段の彼らの姿なのだと知った。

 カルドの言い分も間違いではない。彼らの今後は、シュアンゼ殿下と私にかかっているのだから。ただ、魔術師の言っていることも事実だと思う。この人達、さっきから何度も仲間内で庇い合う姿を見せているからね。

 ちらりとシュアンゼ殿下に視線を向けると、彼も苦笑して三人の遣り取りを眺めていた。ええ、判りますよ。殺伐とした世界に生きていると、不意に向けられる思いやりに癒されますよね。


 今現在、私達はリアルに殺るか殺られるかの状況です。

 しかも、シュアンゼ殿下にとっては血の繋がった両親が敵。大変、殺伐としております……!


 ……。

 穢れているな、王族とか貴族って。善良なだけじゃ、生き残れない階級ではあるんだけどさ。

 思わぬ癒し風景を眺めつつ、ひっそりと決意する。こんな姿を見たからには、何としてでも捨て駒扱いは回避してやらなければ。放っておけば、消される未来が待っている。巻き込まれた果てにその結末では、さすがに気の毒過ぎる。

 恩には恩を、敵意には敵意を。こちらを気遣ってくれた以上、それなりの扱いをしようじゃないか。

 こんなことを仕掛けてくるのは間違いなく、王弟殿下の派閥の誰かだろう。痴女騒動の一件で、派閥内部がかなりガタガタらしいからね。

 襲撃に成功してもよし、こちらへの擦り寄りに方向転換してもよしという考えなんだろう。どちらにも傾けるようにするあたり、微妙に小賢しさが漂っているが。


「私達のことを気遣ってくれたことに感謝するよ。君達の今後が保証できるよう、最善を尽くすことを約束しよう。……ミヅキ、何かいい考えがある?」

「うーん……ガニアに被害が来ないこと前提ですよね?」

「勿論。君もターゲットになっていた以上、エルシュオン殿下からの抗議が来ることも期待されているみたいだからね。私への襲撃に君が巻き込まれた……なんて言い出すかもしれない」

「必要だったのは『私とシュアンゼ殿下が襲撃されたという事実』ってことですか。じゃあ、恋人設定は失敗した時のための保険でしょうね。過去の異世界人の扱いを見る限り、『ガニアのために、魔導師を取り込もうとした』とか言い出しても不思議はないもの」

「私がそれを利用して動くと思われたんだろうね。ミヅキは恩人だと言っているのに……実に不愉快だ」


 結論を出せば、溜息を吐きつつ同意するシュアンゼ殿下。どうやら、それなりに賢い奴が動いたらしい。敗因は……シュアンゼ殿下を見誤ったこと。

 

「あまり言いたくはないが、過去には異世界人を取り込もうとした者達も存在するんだ。異世界人本人の了承が得られるなら、それは保護であり、異世界人本人の意志として認識されるからね」

「私は『お家に帰る』って、断言してるんですけどねぇ」

「その『お家』がどこを差すのか、理解してないんだろう。まさか、たった一年程度で居場所ができているとは思わないよ」


 それも、そうか。私の場合は魔王様が過保護気味だったことが原因だろう。人任せにせず、甲斐甲斐しく世話をした結果、魔王と呼ばれる王子様は黒猫に懐かれ、黒猫は居場所を手に入れた。

 ウィル様とグレンも似たような感じだが、人によっては本当に後見人というだけの場合もあるに違いない。私とグレンは大当たりの保護者だった模様。


「王弟殿下が当てにならない以上、自分で行動する者が出るのは当然。ファクル公爵は動く気がないようだから、余計に追い詰められているのかもしれないね」


 シュアンゼ殿下はそう呟いて、目を眇めた。おそらくだが、シュアンゼ殿下はそれなりに犯人を絞り込めている気がする。今ここで口にしないのは、それが未だに公になっていないから……だろうな。

 シュアンゼ殿下がその情報を握っている以上、今回の仕掛人は排除対象になっている貴族なのだろう。ならば、私にも動きようがある。



『ガニアに迷惑がかからなければいい』わけだしね? 私の玩具になってもらおうか。



「はいはい! 一つ提案があります!」


 手を挙げて『名案があるよ!』とばかりにアピールすれば、シュアンゼ殿下の目が楽しそうに細められた。


「良い案が浮かんだんだね?」

「当然! 今回の仕掛人がガニアにとって排除対象になっているなら、私にも動きようがありますからね!」

「! なるほど、さっきの私の発言から、ある程度の目星をつけていることを悟ったか」

「『追い詰められている』っていう言葉で確定ですよ。……派閥に属しているだけなら、静観という態度を選ぶでしょうからね」


 下手に動けば目立つこの時期に、無理をして動く必要があるってことじゃないか。王弟殿下も、ファクル公爵も当てにならないならば、自分で足掻くしかない。

 そこまで説明すると、シュアンゼ殿下は楽しげに笑った。私に気づかれた悔しさなど、皆無だ。


「……聡くて助かるよ。未だ、公表されていないことを教えるのは問題だけど、ミヅキが勝手に予想を立てる分には構わないからね……で、どんな『遊び』を思いついたのかな?」


 上機嫌で尋ねてくるシュアンゼ殿下に、私はにっこりと笑い。


「まずは魔王様に許可を貰わなきゃ。ふふ、盛大にやろうと思っているんですよ」

「へぇ? 『後見人の許可が必要になること』、ねぇ?」

「ええ、黙ってやるのは拙いんで。だけど、あの三人のことも含めて『楽しい娯楽』にできると思いますよ?」

「それは楽しみだ」


 全く諫める様子のないシュアンゼ殿下は私同様、かなり乗り気な感じだ。というか、私が何かを言い出すことを期待していた節がある。

 そうしている間に、ラフィークさんの姿が視界の端に映った。どうやら、戻ってきたようだ。シュアンゼ殿下もそれに気づいたらしく、改めて三人に向き直る。


「ラフィークが戻ってきたら移動しよう。先ほどのミヅキの提案通り、私達の方が先に君達を子飼いにしていた契約書を作らなければならないからね。さあ、君達にも覚悟を決めて貰おうか」

「……。何でだろうな? 今のあんた達、悪戯にはしゃぐ子供みたいだぜ」


 シュアンゼ殿下の言葉に頷きつつも、微妙な表情になるリーダー。カルドも同じく。ただし、魔術師は何かに気づいたらしく、顔色が悪かった。


「まおうさま? まおう……魔王? え? え? もしかして……!?」


 多分、君の予想は正解だ。大丈夫、噂のように怖い人じゃないよ、魔王様ことエルシュオン殿下は。


割と善良だった三人に対し、真っ黒なシュアンゼ&主人公でした。

『直接、情報を口にしなきゃいいよね』なシュアンゼに、

『要らないものを使った娯楽なら、許されると思う』で済ます主人公。

テゼルトがいれば、二人の発言に突っ込むか、諫めています。

※活動報告に魔導師16巻のお知らせがあります。

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