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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
ガニア編

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命の恩人が優しいとは限らない

 取引。その言葉に、義弟一家は揃ってぽかんとした顔になった。

 まあ、当然だわな。取引って、双方に交渉材料がなければ成立しないもの。


「あ、あの、私どもには交渉をさせていただくような……そちらに必要と思われるものなど、持っていないのですが」


 混乱しつつも、妹さんが素直に現状を暴露した。黙っていたところで、手持ちのカードがなければ交渉そのものが成り立たない。怒らせるよりは自己申告……といった感じだ。

 だが、それは間違いである。『義弟一家にとっては諸悪の根源』だが、『私にとっては価値があるもの』はちゃんとあるのだ。


「こちらが欲しいのは『顧客の情報』。商人である以上、これを他者に渡すのは致命的なまでに信頼を落とす。だから『全てを失う』という表現をさせてもらった。ただし……貴方達が持っていた場合、間違いなく消される理由になる」

「っ……間違いなく、ですか?」

「どういった繋がりから仕掛けてくるか判らない以上、防ぎようがない。該当貴族とそれに連なる勢力が多過ぎて、今から特定することは難しいもの。それにさ、『不慮の事故』や『不審火』、『強盗』といった不幸な事件を起こした方が、関係者一同の口を塞げるじゃない。死人に口なしだよ」


 現実問題として、関係者全員が狙われる対象になる可能性が高い。そもそも、内部に貴族の手の者が潜り込んでいないなんて、とてもじゃないが思えない。

 それくらいヤバイ案件なのだよ、シュアンゼ殿下が狙われた事件って。次代の王になる可能性がある王族であることに加え、被害者は国王一家に家族認定されているもの。

 二重の意味で、許される未来なんてありません。未遂だろうとも、徹底的に見せしめにされる。


「商人としては間違いなく終わるし、この国にいられなくなるでしょうね。その代わりに、他国への移住と保護、そして今回の件における『利用された被害者』という立場を得る。命が助かって、それなりに今後の生活も保障されるかな。さあ、選べ。私はどちらでもいい」


 軽く首を傾げて尋ねれば、義弟夫婦は顔を見合わせたまま沈黙した。失うものが大きい代わりに、得るものも大きい。一番の問題は……その状況に納得できるかということ。


「あの、どうして助けてくれるんですか?」

「ん?」


 幼い声に視線を向ければ、それまで黙っていた義弟――もう呼び捨てでいく――の息子さんが再度口を開いた。


「父は目先の欲に釣られ、とんでもない間違いを犯しました。それに、ラフィーク伯父さんに対しても、失礼過ぎる態度だったはず。どうして、助けてくれようとするんですか?」


 息子さんは疑うというよりも、純粋に疑問に思っているようだった。その言葉を聞く限り、この子は見た目以上に賢く、現状を理解できているのだろう。


 賢いな、お子様。一番まともに交渉できそうなのがこの子なあたり、終わってないか色々と。


 妹さんはお嬢様らしくおっとりとした感じだし、義弟に至っては問題外。この子の賢さって、この状況に危機感を抱いた周囲が教育したとかじゃあるまいな?

 そう思っていると、妹さんが「この子は亡くなった義父に懐いておりましたので……」と暴露。


 そうか、爺ちゃんの仕込みか。息子には期待できないと悟ってたんだね。グッジョブだ、お祖父様!


 この様子だと、義弟の父親は苦言とかしていただろう。息子さんも幼いなりに、色々と口を出していたと推測。

 ただ、成功しまくっている――あくまでも義弟の認識であり、実際は飼われている状態――義弟からすれば、鬱陶しいだけだったに違いない。

 まして、表面的には成功しているのだ。人の助言や苦言なんて聞かないわな。努力した果ての実績よりも、己の成功の方が素晴らしく思えたんだろう。


 ――まあ、そんな人だからこそ、私も心置きなく使い潰せるんだけど。


「誤解しないで。『結果的に貴方達を助けることになる』だけで、私は『貴方達なんてどうでもいい』と思ってるから」

「え?」


 意味が判らなかったのか、息子さんは目を瞬かせた。はは、こういったところはまだ年相応なんだね。微笑ましいじゃないか。


「まず、私が動く理由。『ラフィークさんに好意的』ということと、『シュアンゼ殿下から頼まれた』という二点。ちなみに、いくらラフィークさんが周囲に認められていようとも、シュアンゼ殿下が頭を下げて願わない限り、処罰から逃れることは不可能だからね?」


 まず一つ、と指を一本折る。


「ラフィークさんはシュアンゼ殿下を主と呼んでいるけど、雇い主は国王陛下ご夫妻。治癒特化の魔術の腕を買われて雇われている、『国王ご夫妻から遣わされた、シュアンゼ殿下付きの従者』。個人的な資産を使っての雇用だから、城で働く人達とは扱いが違う上、雇用主からの命令のみに従う存在。これを踏まえると、『業務の妨害をした人物は、ラフィークさんの雇い主に喧嘩を売ったも同然』」


 シュアンゼ殿下の親である王弟殿下が出てきた場合、城勤めをしている人達では抑止力にならない。それを警戒して『国王個人の雇用』という形にしてあるので、王弟殿下だろうともラフィークさんには手が出せないと聞いている。

 今回はこれが裏目に出ており、与えられた任務の妨害をした義弟は完全にアウトだ。だから『不敬罪』という言葉を使ったじゃないか。


「シュアンゼ殿下としても、貴方達のことは何とも思っていない。当然よね、献身的に尽くして信頼を勝ち取ったのはラフィークさんなんだから。だからね?」


 にこりと微笑んで、お子様には残酷な現実を告げてやる。


「貴方のお父さんのラフィークさんへの態度を知っている人からすれば、助けてやる気なんて起こりようがないのよ。そもそも、貴族階級にいる人や他の商人から見ても、思い上がった馬鹿にしか見えないでしょう。……欲しい情報だけ奪うことはできるけど、シュアンゼ殿下直々に頭を下げられたから、そこに組み込んで助けてあげるだけ。それ以外の感情はない」


 厳しいようだが、この子には現実を理解してもらわなければなるまい。『伯父さんのお蔭で、辛うじて生き長らえたんだよ』という状況であり、間違っても『助けるだけの価値があったわけではない』のだから。

 ここで認識が狂うと、今後はとんでもないことになる。ゼロからやり直すことになるのに、妙なプライドを持ったままでは、明るい未来など絶対にない。


「そう、そうですよね。うん、はっきり言ってもらって、すっきりしました」

「落ち込まないのね?」

「僕もそう思えてしまうんです。お祖父さんは『いつか、取り返しのつかないことになる』って、死んじゃうまで心配してました。それに……付き合いのある人達の話は嫌でも耳に入ってくるし、僕もずっとおかしく思っていましたから」

「そっか」


 納得したような顔の息子さんの頭を撫でると、褒められたように感じたのか、薄っすら微笑んだ。この子が見た目以上に大人びて見えるのは、お祖父さんの教育の賜物らしい。それに加えて、あまり良い意味ではない噂も聞いていたのだろう。

 義弟よ、項垂れている場合じゃない。割り切れている息子の方が、遥かに立派だぞ?


「話を続けるね。貴方達から貰う顧客情報は、言い換えれば『国王陛下に反意を示す可能性がある人達の情報』。シュアンゼ殿下を狙うなら、どうしてもラフィークさんが邪魔になるもの。今回のことは、身内……義弟を犯罪者に仕立て上げて、引き摺り下ろしたかったとも言える。『邪魔な守護者を引き剥がす画策をしていた』、もしくは『従者を通じて、シュアンゼ殿下に取り入ることを狙っていた』。こそこそ動いていた奴らの情報を握れるってわけ」

「ですが、お付き合いのあった方達の名簿だけですわ。証拠にはならないかと」

「利用できるのよ、それが。処罰までいかなくてもいいの、疑惑で十分。今回の一件がある以上、疑われても仕方がないでしょ?」


 妹さんは顔を曇らせるが、それにははっきり否定の言葉を。寧ろ、『疑惑止まりだからこそ有効』なのだ、これ。

 義弟がアウトだというのは明白だが、それを命じた奴を断定する方法はない。『付き合いのある貴族』という括りなので、対象となる貴族が多過ぎるのだ。魔道具や誓約を使ったとしても、共犯である具体的な内容が会話になければ、いくらでも誤魔化せてしまう。

『シュアンゼ殿下とお話ししたかった』。この言い方、逃げ道が満載なのである。特に、シュアンゼ殿下は足が治ったことが公表されたので、この手の誘いは不自然ではない。

 そもそも、義弟の依頼主がアウダークス侯爵とは限らない。分家とか、派閥の下級貴族を使っている場合もあるため、アウダークス侯爵以外を処罰することは難しい。


 だが、義弟から提示された顧客情報があれば、疑惑の目を向ける根拠にはなる。


 今後の展開と連動して追い込むことも可能なので、実に有効なアイテムなのだ。義弟が商人としては三流なので、より信憑性も増す。

 義弟のアホさ加減も許せるってものですよ、何て都合のいい存在か!


「そんなわけで、貴方達が狙われる要素は満載なのですよ。現状では、貴方達を守りきることは不可能。だから、このままイルフェナへ行ってもらう。国王陛下には許可を得ているし、イルフェナにも受け入れの許可を取ってある。旅券や旅の荷物も用意してあるから、案内の商人達と共にすぐに旅立て」

「「「は?」」」


 今後の展開を一気に言えば、揃って間抜けな顔をする義弟一家。まあ、突然過ぎる提案だものね。だが、今を逃すとどうなるか判らない。


「貴方達は何の準備もなく、ここに来た。だから、傍に監視している人がいたとしても、逃げたとは思われていない。護衛兼案内役の商人達に連れられて、この国を脱出しなさい。捕らえられた場合、助ける手立てはない」


 ――だって、先日の一件に協力したことは事実なんだもの。

 そう付け加えれば、妹さんと息子さんは顔を蒼褪めさせながらも頷いた。だが、義弟は全てを置いていくことに未練があるのか、今一つ決断ができないらしい。


「少しでも持ち出すことはできないか……?」

「無理。この状況で財を持ち出す素振りを見せれば、速攻で対応されるね」


 きっぱりと言い切ると、義弟は絶望した表情のまま首を垂れた。彼にとっては成功の証なのだろうが、全てを捨ててもらわなければ生き残れない。彼自身の迂闊さが招いた事態なので、諦めてもらわなければ。


「あれ? ミヅキ、顧客の情報はどうするつもり? 後から、誰かが回収に行くのかい?」


 シュアンゼ殿下が声を上げると、皆が揃って私を見た。ふふ……勿論、回収してもらうとも。


「ここからすぐに旅立つのは、妹さんと息子さんだけです。義弟さんは私が紹介する同行者と共に一度戻って、顧客情報だけを持って旅に出てくださいな」

「私だけ、か? 戻るなら、金を持ち出しても……」

「死にたいなら、それでもいいよ。ああ、顧客情報はしっかり管理してあるんでしょうね?」

「ヒッ! す、すみません! 勿論、管理してあります! 私以外に開けることができない引き出しに保管してありますっ」


 不満そうな顔の義弟が疑問の声を上げるが、一睨みで黙らせる。ついでに脅迫すると、面白いくらい態度が変わった。そんな姿に、内心ほくそ笑む。


 当事者であり、元凶なのだ。しっかりと現実を理解してもらおうじゃないか。


 それでは、同行者達に登場してもらおう。ラフィークさんに視線を向けると、彼は心得たというように頷いて呼びに行ってくれる。

 隣の部屋で待ってもらっているのは、私にとっては懐かしい人達なんだよね。というか、『彼らのような人達』でなければ、イルフェナまでたどり着けるか怪しい。

 暫くすると、ラフィークさんは戻ってきた。連れているのは――


「嬢ちゃん、小父さん達に頼みってのは、こいつらのお守りかい?」

「うん、今回も宜しくー!」


 キヴェラの逃亡旅行でお世話になった商人さん達。当たり前だが、ただの商人ではない。この人達もアル達同様、翼の名を持つことを許されている。

 ま、所謂『間者』に該当する人達だ。今回は私がガニアに滞在するということで、シャル姉様達と一緒に来てくれたのだ。『何かあったら頼りなさい』とばかりに、親猫様より派遣されている。相変わらず、過保護です。

 小父さん達はちらりと義弟に視線を向けると、呆れたように肩を竦めた。


「個人的には、お前さんを助けたくはない。全てが自業自得だ。そもそも、女房と子供を巻き込んだ自覚があるか? 仕事に携わらせてはいない……なんて言い訳を聞いてくれるほど、お前が関わった相手は甘かねぇぞ」


 義弟は俯いて震えるばかり。投げつけられた厳しい言葉に反論する術など、この人にはないのだろう。

 言い返すことさえできない義弟に冷めた目を向け、小父さん達は私に向き直る。


「そんなわけでな、嬢ちゃん。今後の計画を聞かせてくれねぇか。『俺達にとっても価値があるなら、聞いてやる』って、約束だもんな」

「ですよねぇ。慈善活動で動いてくれるほど、イルフェナは甘くないもの。勿論、イルフェナとして利がありますよ? はっきり言えば、『ガニア王、そして次代への反意ありとみなされる可能性が高い貴族達を知ることができる』こと、そして『その証人となる人物の確保』でしょうか。ガニア王が今後、顧客となっていた貴族を何らかの形で追求する場合、恩を売ることができますよね?」


 顧客の情報=シュアンゼ殿下に何らかの下心ありの、貴族達一覧。

 こんな認識をしていれば、今後、別件で何かをやらかした時に『そういえば、こんなこともあったな』と、今回の件を持ち出すことができる。今回の件はかなり大事なので、該当貴族に対する周囲の心証は一気に悪くなるだろう。

 それに加えて、『逃げ延びた当事者の証言』をイルフェナへ要請すれば確実だ。該当する貴族に事件への関与を否定する証拠がない限り、まず言い逃れはできない。

 ガニア王はイルフェナとの友好的な関係をアピールしつつ処罰ができるし、イルフェナ的にはガニア王に恩を売れる。互いに利がある素敵な関係が成立です。

 こういったことを思いついたのは、王弟殿下の派閥の貴族が魔王様の誘拐に関わった可能性が捨てきれないから。

 ガニア王に弱みを握られることは、彼らの立場的に物凄く拙いのだ。義弟が無事に逃亡し、その逃亡先がイルフェナと知れば、更に恐怖は倍増。やらかしてますからね〜、派閥のトップが!

 先日のシャル姉様達の活躍もあり、戦々恐々とする日々を送ることは確実です。ガニア王には、チクチクといびっていただこうと思います。


 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの精神の下、派閥に所属する貴族達に嫌がらせをしてやらぁ! 

 ガニア王とイルフェナ、双方からの無言の圧力に脅える日々を送るがいい……!


「なるほどなぁ」

「そうか、そうか。そいつは動く価値があるよな、友好的なお付き合いは大事だしな!」


 にやにやとしながら――多分、口にしなかった私の考えを正確に読み取ったため――、小父さん達は頷き合っている。理解が早くて何よりです。

 それに。

 こちら側が有利になる要素は、『これからできる予定』なのですよ。


「義弟さんには監視がついていると思うの。だから、襲われる可能性がある」


 そこまで言ってから、徐に義弟の胸ぐらを掴み上げ。


「いい? 襲われても、絶対に逃げるな。この人達から離れれば、間違いなく死ぬ」

「なぁ!? なんで、そんなことに!?」

「向こうもそれだけ必死なんだよ。自分がどれほど危険な橋を渡っていたか、そして家族を巻き込んだかを、いい加減に自覚しなよ。どれほど怖い思いをしようとも、全て貴方が蒔いた種なんだから」


 恐怖に顔を引き攣らせる義弟に、しっかりと念を押す。命の遣り取りには慣れていないだろうが、義弟を追っている相手は貴族。暗殺者の一人や二人は来るだろう。

 そもそも、私は『お小遣い稼ぎも兼ねて、ちょっと運動しておいで(意訳)』とは言ってないじゃないか。何もしなくていいから、小父さん達の『仕事』の邪魔だけはするんじゃない。

 セシルだったら、喜々としてお小遣い稼ぎを頑張るんだけどねぇ……義弟にゃ無理でしょ。狩られるのがオチだ。


「僕達も危ないかな?」

「ん? ああ、そっちは大丈夫じゃないかな? 最短距離で行く上、あまり監視の目は向いていないみたいだしね」


 息子さんの疑問は当然だが、妹さんと息子さんは大丈夫。ラフィークさんが悲しまないよう、安全ルートをご用意しました!

 それは勿論、転移法陣。黒騎士達が荷物を送るための術式を開発しているからね。二人くらいなら大丈夫――問題は消費する魔力だから。今回は私がこちら側を担当、向こうにはクラウス――ということが確認されたため、特別に使用許可が出た。

 隣の部屋から一気にイルフェナへ行くので、危険なんてありません。この許可を得るため、数日が必要だったのだ。

 ガニア王はシュアンゼ殿下が説得し、私は魔王様に協力を要請。互いに(裏取り引き状態で)利があることを確認した上で、双方の理解を得た。多分、一番苦労したのはこの説得。

 ただし、義弟にはこのことを伝えない。他言無用と言ったところで信用できないし、義弟にはお仕置きを兼ねた『お仕事』をしてもらいたいので、正規ルートで行ってもらうのだ。


 義弟は商人であり、そのまま証人なのだよ。生きたまま確保することに意味がある。


 襲われてくれれば価値が跳ね上がる――存在を消したい貴族がいる、という証明になる――上、イルフェナが『うちの商人が襲われた!』と抗議することも可能だ。


 頑張って、襲われるがいい! 危険な目に遭えば遭っただけ、お前を生かす理由になるから!


 なお、こういった裏事情を『今は』明かさない。実際に襲われてから、同行している小父さん達によって暴露される手筈になっている。『逃げたら、死ぬ未来しかない』という状況下で暴露するのは、シュアンゼ殿下の意向だったり。

 シュアンゼ殿下は楽しげに笑っていたので、今までのことを水に流してくれるだろう。たかが一度の恐怖で王族の怒りが収まるなら、安いものじゃないか。


 ――その後。


 小父さん達に付き添われ、義弟は恐怖の旅への第一歩を踏み出し。

 妹さんと息子さんは暫し、ラフィークさんとの別れを惜しんだ後、転移法陣でイルフェナへと送られた。回数制限一回の代物なので、二人が無事についたことが確認できれば、陣を破棄して終了・証拠隠滅。

 勿論、転移にミスはなかった。ただ……送られた場所が騎士寮であり、騎士寮面子が勢揃いしていたため、妹さんが卒倒したらしいが。ま、まあ、普通の人からすれば怖かったかも?


「すっかりお世話になってしまいました。関わってくださった全ての皆様に、お礼を申し上げねば」

「気にしなくていいんじゃない? こちらとしても損にはならないんだし」

「そうだよ、ラフィーク。君のこれまでの献身が認められた。それでいいじゃないか」

「お嬢様……主様……!」


 想像以上に上手く片付いたこともあり、ラフィークさんは主の気遣いに感動中。……気にしなくていいと思うよ、ラフィークさん。貴方のこれまでの献身には、それだけの価値があったのだから。

 そもそも、今回の一件には多くの人がお怒りなのだ。それに加えて、日頃からラフィークさんを見下していた義弟に怒り心頭らしく、シュアンゼ殿下の怒りは静かに燃え続けていた。

 実際、ラフィークさんは危なかった。義弟が処罰を受ければ、罪人の身内が王族の傍に控えるのは拙いとばかりに、辞めさせられる可能性があったのだから。それに伴って、雇っていた国王夫妻にも批難が向く。

 怒るな、という方が無理なのです。国王夫妻、シュアンゼ殿下、そしてラフィークさん……今回は狙われた人があまりにも多過ぎた。

 なのに、義弟は状況を理解していない。少ない味方を害される要因となりかけた義弟に対し、シュアンゼ殿下がブチ切れるのは当然のことなのだ。

 当初、シュアンゼ殿下は義弟を見捨てる気満々だった。処罰を受けるより、被害者として暗殺された方がダメージが少ないので、これは当然のことだろう。下手をすれば、シュアンゼ殿下自身が殺りかねない。

 そこで、外道と評判の魔導師が『イルフェナへ移住させる』という提案をしてみた。理由を説明したところ、即採用☆

 義弟の地獄はこれから始まるのであ〜る! 勿論、それは恐怖の旅のことではない。


『イルフェナは実力者の国と言われています。身分にあった能力を求められるし、民間人だろうとも実力があれば這い上がれる』


『いくら保護すると言っても、ただ養われるだけにはなりません。……プライドの高い三流商人如きができることって、何でしょうね? 義兄とはいえ、貴族を平然と見下していた人に耐えられますかね?』


『そこ以外に生きる場所がなく、全てを失った以上はゼロからやり直すしかない。これまで甘やかされてきた人に、再び成功を収めることができるでしょうか?』


 これまで義弟は超イージーモードだったはず。それが『実力に見合った評価をされるようになるだけではなく、逃げ出すことが不可能になる』のだ。いやぁ、これからが大変ねっ!

 しかも、ダークホースとして息子さんが控えている。あの様子では、数年もすればそこそこ力をつける可能性があるじゃないか。

 何より、あの子本人がやる気だった。『自分がしっかりせねば!』という気迫が感じられたので、父親程度なら楽勝で追い越していく可能性・大。

 

 今後がかかっているのは、義弟だけではない。義弟一家全員だ。

 保護が永遠に続くとは限らない以上、自身が価値のある存在になるしかない。


 だから、別れ際にそれらのことを話した上で、こう言ってみた。『イルフェナが惜しむような逸材になりなさい。価値があるなら、どんな国でも守ってくれる』と。

 言い換えれば、『このままだと、保護してくれた国からも捨てられるかもね?』という脅迫である。慈善活動じゃないので、これは当然なのだけど。

 息子さんは暫し俯いて考えていたが、それでも顔を上げてしっかりと頷いていた。ラフィークさんという『没落貴族なのに、王族の信頼を得るまでになった逸材』が身近にいたため、悲観的な方向にはならなかった模様。

 妹さんも仕事を見つけると言っていたので、十分に視野を広げることができるだろう。暫くは大変だろうが、頑張ってほしいところ。


「義弟も今回のことで目が覚めたでしょう。イルフェナで立ち直ってくれればいいのですが」

「「……」」


 しみじみと呟くラフィークさんに、私とシュアンゼ殿下は揃って目を逸らす。

 立ち直るとは思うよ? 事情を知っている人達に見張られる上、腑抜けたままなんて許されないだろうから。

シュアンゼの懇願とミヅキの提案により、義弟は処罰を免れました。

命だけは助かった義弟一家。ただし、義弟には苦難の時間が約束されています。

旅に出た早々、襲われることは必至。命からがら、イルフェナに着くでしょう。

……まあ、そこでもプライドは木っ端微塵に砕かれますが。

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