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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
ガニア編

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身近にいた『敵』

 目の前には不機嫌そうな中年男性。彼の傍には申し訳なさそうな顔をした女性と十歳くらいの男の子。

 そんな三人に対峙するのは、厳しい顔をしたラフィークさんと椅子に座ったシュアンゼ殿下、そして私。

 当たり前だが、目の前の三人はシュアンゼ殿下のことを知らない。表舞台に出て来なかったシュアンゼ殿下の顔が知られていないのをいいことに、ラフィークさんの友人という紹介をしたからだ。私も友人其の二として同行……という感じ。


 痴女事件において、ラフィークさんが主の傍を離れた理由。それは、目の前の男性の訪問。


 あまりにも不自然だったため、ラフィークさんを追及したところ、『義弟が訪ねて来まして』という回答が得られたのだが。

 ……その表情がどうにも、苦々しかったんだよねぇ。吐き捨てるようだった、とまでは言わないけど。

 ただ、ラフィークさんがシュアンゼ殿下の傍を離れている以上、それなりに重要な用事であるはず。

 そこで改めて事情を聞き、今後の憂いを絶つためにも、話し合いの場を設けては? と提案してみたのだ。

 当初、ラフィークさんは渋った。『ただでさえ大変な時期に、個人的なことに時間を取らせるわけにはいかない』と言い張って。

 だが、私にとっては、シュアンゼ殿下とラフィークさんは運命共同体の主従。

 ここで放置して今後に悪影響が出た場合、責任を取れるのか? と脅し……いやいや、説得したところ、最終的には応じてくれたのだ。

 ラフィークさんとしては、自分のことにシュアンゼ殿下や私を巻き込みたくない気持ちが強い。だが、それが後々に影響を及ぼす――しかも、悪い意味で――と言われれば……まあ、口を噤めないわな。


 で。


 一体、どんな事情かと思ったら、妹が嫁いだ商人が突然、ラフィークさんを訪ねて来たという。

 ラフィークさんの家は没落貴族もいいところ(本人談)らしく、商人との婚姻は特に問題なかったそうな。

 恋愛なのか、政略なのかは知らないが、『貴族との繋がりが欲しい商人』と『金に困っている没落貴族』ならば、互いに利があったのだろう。事実、援助をしてもらったこともあるという。

 そういった事情もあり、ラフィークさんは義弟を無視できないんだそうな。シュアンゼ殿下には事情を知られているので、『訪ねて来た者がいる』と言って、傍を離れる許可を貰ったらしい。

 ……。


 ふーん、へーえ、あのタイミングで、ラフィークさんに客人かー。(棒)


 いやいや、これは明らかに協力者になっているでしょ、義弟って。

 義弟本人がそれを知っていて協力したのか、知らずに利用されたかは判らないけどさ? おかしいだろ、普通に考えて。


「ラフィークは私達に黙って、義弟を切り捨てるつもりだったのかもしれないね」


 シュアンゼ殿下が溜息交じりに言った言葉だが、これは私も同意する。ラフィークさんとて、不自然には思ったはずだ。彼の場合、そういうことも疑う立場だもの。寧ろ、普段からこういったことがないなら、疑って当然だろう。

 ただ、問題は義弟にその自覚があるかどうか。利用されていた場合、問答無用に切り捨てるというのも後味が悪過ぎるので、事情を聞きにいったということらしい。ラフィークさんはそこでの会話から判断し、場合によっては『敵』として位置づけるつもりだった模様。

 まあ、シュアンゼ殿下にはその決意がばれていたようだが。さすが、主。長年の従者の行動パターンをよく心得ている。

 そんなわけで、ラフィークさんの義弟との話し合いの場を設けることにしたのです。ラフィークさんとしては、義弟一家を切り捨てるもやむなしという考えだったが、シュアンゼ殿下がそれに待ったをかけたのだ。

 それだけではない。話を聞いていた私に頭を下げて、話し合いの場への同席を依頼した上、何とかならないかと相談をしてきた。

 ここまでされると立場上、断れません。あざとい……あざといよ、シュアンゼ殿下……!


 だが、この主従に恩を売っておくのも悪くはない。


 私は麗しい主従愛に理解を示しつつも、頭の中では即座に冷静な判断を下していた。今後、使えるカードと人脈はいくらあってもいいじゃないか。

 シュアンゼ殿下は狙って私を巻き込んだだろうが、大人しく利用されてやる気はない。こちらも取れるだけ取っておこうじゃないか。

 私達の遣り取りに気づかないのは、主の取り計らいに感動しているラフィークさんだけ。


 ごめん、ラフィークさん。私と貴方の主の発想が穢れてて。

 立場上、こういった面は長所になるので、理解を示してくれ。


 早い方がいいという私の主張もあり、その三日後には今度はこちらがお呼び出し。家族にも話を聞いてほしいとのことで、ラフィークさんの妹さんと甥っ子も同席。

 以上、ここに至るまでの回想終わり! 私の方も『準備』は終わっているので、応じてくれて何よりだ。 

 ……まあ、あちらも言いたいことがあるみたいなんだけどね。その顔を見る限り。


「こちらも忙しい身なのですがね、義兄さん? 手短にしてくださいよ」

「あなた! そんなことを言って……っ。ごめんなさい、兄さん。この人、今、商売が上手くいっていないから、苛立っているのよ」

「余計なことは言わなくていい! お前は黙っていろ。いくら貴族といっても、まだこちらの方が上だ」


 諫める奥さん――この人がラフィークさんの妹さんだろう――の声にも、不遜な態度を返すのみ。金銭的な援助をしたことがそうさせるのか、随分な態度だ。

 この力関係があるからこそ、先日のような突然の呼び出しがあったのだろう。義兄であるラフィークさんを見下しているなら、顧客の貴族あたりにも自慢がてらに漏らしてそうだもの。

 とはいえ、呼び出したのはこちら。そうかい、では結論だけ言ってしまおう。


「近いうちに、貴方は拘束されて処罰を受ける。罪状は『シュアンゼ殿下への暴行未遂の協力者』だから。従者であるラフィークさんを引き離したことは裏が取れているし、事件を起こした貴族との繋がりも確認済み。ご愁傷様です」

「あの、いきなり通達するのは酷かと……」

「遅かれ、早かれ、判ることじゃない、ラフィークさん。折角、言い訳があるなら聞いてやろうというのに、あの態度だよ? ……そうそう、手遅れだけど教えてあげる」


 言いながら、硬直している義弟さんの胸ぐらを掴む。


「金がなかろうと、貴族は貴族。どこで繋がっているか判らないんだよ? 力のある商人ならばともかく、捨て駒として確保されていた程度の三流商人如きが馬鹿にしていい人じゃない。先ほどの非礼を詫びるか、不敬罪で捕まるか、選べ」


 ポイントは相手の目を見て、ゆっくりと言うことです。目を逸らした方が負けなのは、お約束。


「な……そんな横暴なっ! お前のような小娘に言われる筋合いはない! 不愉快だ!」

「横暴じゃねーよ、一般的な常識。互いの身分と今の会話だけで、報告は成り立つんだよ? そもそも、あんたを確保しておいた貴族達は繋がりを隠したいから、絶対に処罰に追い込んでくる。詰んでるってことを理解しなよ」

「う……」

 

 言いたいことだけ言って、手を放す。けれど、抗議の声は上がらなかった。私に迫力負けしたらしい。

 畳みかけるように、けれど、判りやすく今後の展開を告げてやるのは優しさゆえだ。別に、脅しじゃないぞ? 冗談抜きに、この人の命が危ういのだ。

 痴女騒動の主犯が処罰を受けるなら、当然、その協力者だって処罰を受ける。日頃から友好的な関係ならば、『そんなこと知りませんでした。義兄に用があっただけです』で済むだろうが、先ほどの態度を見ている限り怪しい。

 日頃から義兄を見下す姿を見せていたなら、『付き合いのある貴族の甘言に乗って、従者を引き離した』と考えた方が自然じゃないか。

 なにせ、主犯はアウダークス侯爵。没落貴族な義兄よりも、商売として旨みのある侯爵様をとった……なんて思えてしまう。

 それに。

 シュアンゼ殿下に対する嫌がらせとして、義弟さんを罪人にする可能性もあるのだ。血が繋がっていないとはいえ、義弟であることは事実。『罪人の家族が王族の傍に居るのは云々』と言い掛かりをつけ、信頼できる従者を引き離そうとするかもしれない。


「あ、あの、どういうことでしょう? うちの人が罪人なんて……」


 蒼褪めながらも、気丈に事情を聞こうとする妹さん。彼女の息子も異様な雰囲気を察しているだろうに、真剣な顔でこちらを窺っている。


「シュアンゼ殿下を狙った事件において、貴女のお兄さんが実にタイミングよく、旦那さんに呼び出されたんだよ。幸いにも未遂だったけど、国王ご夫妻が激怒していてね? 問答無用に処罰でも良かったけど、ラフィークさんは信頼されているから、一応話を聞こうってことになった。それだけだよ」


 つーか、未だに犯人達と繋がっている可能性を考慮して、ここにシュアンゼ殿下が居るのよね。

 先ほど口にした『不敬罪』という言葉。あれはラフィークさんが相手でも該当するが、シュアンゼ殿下にも当て嵌まる。寧ろ、シュアンゼ殿下はラフィークさんの献身に感謝しているので、ブチ切れて処罰を言い出す可能性がある。


 それを狙って、シュアンゼ殿下に同席していただいた。

 獲物を誘導して、逃げ道を塞ぐ。これ、常識。


 私の話を聞いた妹さんは真っ青になって、自分の夫に顔を向けた。先ほどの遣り取りを目にしたせいか、『夫がそんなことをするはずがありません!』という否定の言葉はない。

 おいおい、日常的にラフィークさんを見下す発言でもしてただろ? 普通、少しは擁護が入るぞ?

 温〜い眼差しを義弟さんに向けていると、義弟さんも漸く事態が飲み込めてきたようだ。先ほどまでの横暴な態度が嘘のように、顔色を悪くして必死に首を横に振っている。


「違う! そんな、そんなつもりはない!」

「貴方にそんなつもりはなくとも、結果として協力者になってるの」

「私は『シュアンゼ殿下と二人だけで話す機会が欲しいから、従者を務めている義兄を少しの間だけ呼び出してほしい』と言われてっ。こちらも商売がかかってるんだ、断れるはずないだろう!」

「……。何で、怪しまないのよ」

「秘密の会話など、よくあることだろう!? 商談や情報交換ということもあるじゃないか!」


 なるほど、義弟さん的には『シュアンゼ殿下にだけ、話したいことがある』という意味に取ったのか。確かに、重要な情報や表に出せない商談などは、そういった方法を取ることもあるだろう。貴族を相手に商売しているなら、そういったことにも理解がある。

 ただし、よく考えると、少しおかしい。

 シュアンゼ殿下が歩けないことは知っているらしい(ラフィークさん情報)ので、その忠実な従者を引き離すことはありえない。どうしたって、ラフィークさんは必要なのだよ。自分の手足として働いてくれる人がいるのが『普通』なんだから。

『お世話される側』だからなー、王族・貴族って。自分で茶を淹れることもないじゃないか。

 ……ということを、つらつらと語ったら。


 ご夫婦揃って顔面蒼白になりました。反論は無理だと、悟った模様。


「お前は私を見下しているのだろう。それはいい、貴族として不甲斐ないのは事実なのだから。だがな……我が主を巻き込むことは許さん。陛下が処罰を望まれるならば、私は妹達が巻き込まれようとも従う。嘆願もしない」

「そ、そんな!」

「言いわけなど不要! これまでのお前の態度が、こういった結果を招いたのだ。お前がどんな家と付き合いがあったかなど、調べればすぐに判る」


 珍しく声を荒げるラフィークさんだが、これはまだ温い言い方だ。だって、『処罰される』って言ってるんだもの。


「あのですねー、ラフィークさんが言っているのは『一番マシな未来』だよ? 主犯である侯爵家は処罰確定、そして国王陛下と王妃様はお怒り中。……この場合、調べればすぐに判るよね? 貴方が捨て駒だったってこと」

「ぐ……そ、それは」


 未だ認めたくはないのか、『捨て駒』という言葉に反応する義弟さん。商人としてのプライドがあるらしい。

 そうか、じゃあ重点的に突こう。私はラフィークさんの味方なので、貴様が落ち込もうとも自業自得にしか思わん。

 

「今ね、主犯のアウダークス侯爵と疎遠になろうと、多くの貴族達が必死なのよ。貴方は商人……当然、顧客との繋がりがある。共犯者と思われている商人との繋がりだって、無視はできない。最も簡単な縁切り方法は……共犯者として疑われている商人自身が死ぬこと。頼ってこられても困るから、有耶無耶にする意味でも有効ね」


 共犯者本人が生きていれば、『繋がりのある貴族』をたやすく口にしかねない。義弟さんが利用されただけと判断されれば、その客だった貴族全員に疑いの目が向く。

 痴女騒動に関係なくとも、疑惑の目が向けられるってことですな。痴女騒動は被害者が王族なので、疑惑だけでも十分なダメージだ。


 そして……貴族は民間人に優しい人ばかりではない。

『消せばいい』という言葉は絶対に出る。特に、アウダークス侯爵とも付き合いのある貴族達が。


「貴方はあまりにも傲慢過ぎた。ラフィークさんが大人の対応をしてくれているのを、自分の方が上だからと勘違いをした。『商売が上手くいってない』って、言ってたよね。それが今回の事件への布石だとは思いませんかねぇ?」

「事件への布石? 今はともかく、少し前までは定期的にお買い上げくださる貴族の方達がいたのですが」

「商売が上手くいっていないから、お兄さんへの呼び出しも引き受けなければならなかった。無理矢理押し付ければ脅迫だけど、『相手の機嫌を取らなければならない時に、見返りを期待して引き受けた』ならば、『自発的に協力者になる』ってことですよ。協力を申し出るように誘導された、とも言いますね」

「……そう、ですね。少しでも相手のご機嫌を取って、商談を成立させたいとは思いますもの……」


 顔色は悪いが、妹さんは取り乱すことなく、話を理解できているらしい。

 だが、妹さんの今の言葉で確信が持てた。義弟さんは『シュアンゼ殿下が信頼する従者である、ラフィークさんへの切り札』のような扱いだったのだろう。


「そもそも、定期的に品物を購入って、『適度に餌をやって、懐かせておく』ってことでは? シュアンゼ殿下が今後、表舞台に立つなら……『殿下が信頼する従者への好印象を期待できる』。勿論、今回のように『使える捨て駒』として確保しておく、という意味もあるけど」 

「私の……商人としての価値を、認めてもらえたのでは……」


 呆然と呟かれた言葉は、義弟さんのこれまでの人生がかかっている。

 ――だが。

 私にそれを思い遣ってやる優しさなどない。あるのは経験によって知った『現実』。


「民間人が貴族を相手にするって、凄く怖いことだと思う。有利になったとしても、身分差や貴族同士の繋がりがあるから、覆される可能性が最後まで消えない。貴族にとって失えないほどの大商人か、無視できない後ろ盾を持っていない限り、いつだって不安は付き纏うのが『当然』。相手の言葉の裏を読む術、情勢の把握、先を読む目……貴方に特出しているものがある?」


 私は商人ではないけれど、交渉ならば何度もやったことがある。いくら有利なカードを持っていようとも、相手に興味を抱かせることができなければ、終わりなのだ。

 私からの提案に乗ることを選択するのは、あくまでも相手側。身分を盾に突っぱねられたら、終了です。


「……」

「有能な商人って、貴族にとっても無視できない相手なんだよ。今、繋がりを次々に切られているならば、貴方は違うんだろうね」


 義弟さんは相当ショックだったのか、がっくりと首を垂れてしまった。その様子から察するに、予想以上に縁切りのスピードが速いらしい。

 だが、哀れな義弟の姿を見てさえ、ラフィークさんは何も言わない。そんな態度が彼の怒りを表しているようにも思える。

 対して、シュアンゼ殿下は……面白そうに私を眺めていた。どう切り抜けるのか興味津々、といったところだろうか。これは彼にとっても娯楽らしい。

 では、そろそろ茶番を始めようかね。


「私と取引をするなら、助けてあげますよ。ただし! その助け方に一切の苦情は言わせません。ついでに言うと、その場合は今持っているものを全て捨てることになります。……どうする?」


 義弟さんはゆっくりと顔を上げた。商売以前に、自分達の今後がヤバイと理解しているらしく、何とか縋りたいといった感じだ。

 これは妹さんや息子さんも同様。妹さんは自分達家族だけではなく、兄であるラフィークさんのことも案じているのだろう。巻き添えを食らう可能性がある、と。


 だが、そんな真似はさせない。魔王様の『シュアンゼ殿下を守れ』という言葉があるから。

 シュアンゼ殿下にラフィークさんが必要ならば、守ることが『当然』。


 さあ、交渉を始めましょ?

ラフィークは激怒しているので、助ける気はありませんでした。

シュアンゼは『ラフィークに少しでも報いたい』という気持ちから、

主人公は『(色々と)利用できる!』という、ろくでもない発想から、救済を決意。

誰も義弟一家を案じていないという……。

なお、義弟は貴族を相手にするには力不足の人です。

ちやほやされて、勘違いしちゃった成り上がり者。

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