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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
ガニア編

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小話集24

小話其の一『飼い主の苦労』


――イルフェナ・騎士寮


「ミヅキ……君って子は……!」


 そう呟くなり、エルシュオンは机に突っ伏した。その手に握られているのは、ミヅキより送られてきた報告書。

 しかも、完全に事後報告である。告げたら止められるとばかりに、痴女騒動の一件については何の通達もなかったのだ。後から知らされたエルシュオンとしては、己の判断(=魔導師の野放し)を深く後悔せずにいられない。


 しかし、現実は無情だった。


 エルシュオンの後悔する姿を見ているはずの直属の騎士達は、揃っていい笑顔なのである。彼らとて、口『だけ』は「遣り過ぎだ」などと言っているが、その表情を見る限り、本当に主に合わせているだけだろう。


 人はそれを建前という。その事実さえあれば、彼らの本心なんて判るまい。


 なお、彼らがエルシュオンを軽んじているということはない。日頃から、主に対して従順過ぎる面を見せているので、忠誠心『は』本物なのだ。

 ただし……彼らはその忠誠心ゆえに、主に牙を剥いた者を絶対に許さない。

 配下にして友人でもある彼らは、主であるエルシュオンに対して過保護気味な面がある。そうなった経緯を知っていれば、誰もが現状に納得するのだが……今一つ、当のエルシュオンには自覚がない。

 結果として、たま〜にエルシュオンが状況を読み間違え、彼らが暴走するということがあった。気づいた時には、すでにあらかた終わっている。


 地位……貴族階級の者が多く、筆頭は公爵子息です。

 財力……元々持っている上に、情報収集を兼ねて事業を手掛けている者あり。

 能力……『翼の名を持つ騎士』である以上、無能であることは許されません!


 ここまで揃った者達である以上、障害となるものの方が少ないだろう。その所業は『主のため』で一貫しているため、結果的に恐れられるのはエルシュオンということになる。

『負け惜しみから、悪意を抱く愚か者』+『騎士寮面子の自主的な報復』+『エルシュオンの威圧』。これらが相まって、魔王殿下と呼ばれていたのだ。エルシュオンにも原因があるとはいえ、中々に哀れである。 

 最近はそこに魔導師ことミヅキが加わり、彼らの暴走により勢いがついた。飼い主であるエルシュオン限定で『待て』と『お手』ができるはずの黒猫は、誘導された振りをして騒動に首を突っ込んでいく。

 引っ掻き回すだけならば、叱りようもあるのだが……ミヅキは必ず結果を出すため、怒るに怒れない状況となることも少なくない。


 その結果、飼い主は日々、アホな猫の教育に頭を悩ませる破目になるのだ。魔王殿下と恐れられた美貌の王子の目下の悩みは、愛猫の躾である。


 穏やかな生活をさせてやりたい飼い主としては、もう少し大人しくしてほしいと思っている。飼い主たる己のために牙を剥く姿は可愛いが、その遣り方が問題なのだ。悪意ある噂とて、それらが原因だろう。

 ……が。

 ミヅキはその悪意さえも、利用できるものとして喜ぶのだから、手に負えない。彼女にとって『化け物』という扱いは、自分の外道な行ないが許される――処罰は『人』が対象なため、『化物』は対象外なのだ――免罪符。

 こんな相手に、一般的な常識など通用するはずがなかった。説教してもその場限りの反省であり、次の機会には(意図的に)綺麗さっぱり忘れている。

 大変、都合のいい頭を持った馬鹿猫……もとい、魔導師ミヅキ。『嫌な方向に賢い』と定評がある彼女の『悪戯』によって、その地位を失った者は少なくない。

 国を憂う者達の駒や協力者として、実に彼女は有能なのだ。そういった一面があるため、やらかしている割に、ミヅキの評価は悪くはない。

 ただし、そのような状況を案じる者とて存在する。その筆頭がエルシュオンであり、今や完全に保護者と化していた。

 飼い主であることを自覚するエルシュオンは常に目を光らせ、悪戯を仕掛ける前に諫めなければと思っている。それが保護者……飼い主たる己が使命だと……!

 ……。

 ……今のところ、全敗であることは言うまでもない。ぶっとんだ思考回路のトンデモ娘の性格改善なんざ、不可能に近い。叱ったくらいで矯正されるなら、誰も苦労はしないだろう。


「いいじゃないですか、エル。ミヅキは非常に押さえるべき点を判っていると思いますよ?」

「……押さえるべき点?」


 アルジェントの言葉に、エルシュオンは顔を上げる。アルジェントの意図するものを読めなかったのか、エルシュオンは困惑気味。

 

「ミヅキ自身にも言えることですが、人脈は決して馬鹿にできません。事情を知らなかったり、安易に味方をしたりすれば、ミヅキの報復の範囲は際限なく広がってしまいます。ですが、あれほどの醜聞があった場合、味方をする者がどれほどいるでしょうか? その場に居なくとも、今回ばかりは王直々の通達という形で情報が得られますから、誤った判断を下す者はいないでしょうね」


 アルジェントの言い分は、『貴族として正しい』。家が没落しないよう、あらゆる局面において必要な判断を下すことができなければ、たやすく人の悪意に飲み込まれてしまう。

 そんな彼らが最も嫌うのが、醜聞である。一時の情で味方をした挙句、自身の没落を招くような判断をする者は少ない。


「我々は『エルに牙を剥いた者に限り』報復を許されました。また、ミヅキはエルから『シュアンゼ殿下を守れ』と厳命されています。両方を守ろうとするならば、今回のミヅキの行動は適切だと思いますよ? ……一般的にどう思われるかは別として」

「あ〜……私が命じたことも一因なのか」

「シュアンゼ殿下を取り込もうとするならば、婚姻が一番簡単ですからね。ですが、無理を通せば、今回のような目に遭うのならば……」


 そこまで言って、アルジェントは意味ありげにエルシュオンを見た。エルシュオンは溜息を吐きつつも、ミヅキの行動を叱る気をなくしている。

 ミヅキは頭脳労働方面に特化しているので、アルジェントが告げたことを狙っていてもおかしくはない。それが事実ならば、一方的に叱ることなどできるはずがないのだ。『飼い主の命令』を守っただけなのだから。


「周囲からは孤立し、家も没落一直線だろうね。アウダークス侯爵と同列に思われたくはないだろうから、今後はそういった手を使う者は出ないだろう。魔導師を敵にするとどうなるかという、見せしめなのか」

「それに加えて、シュアンゼ殿下がはっきりと己の立ち位置を示しましたからね。王弟殿下は最大の駒を失った挙句、派閥の者達から距離を置かれる可能性も出てきました。次期王となる可能性のある王族――テゼルト殿下とシュアンゼ殿下のお二人を敵に回してまで、王弟殿下に尽くす価値があるでしょうか? どう考えても、先がないでしょう?」


 大変ですよねと言いつつも、アルジェントは楽しげだった。この案件において、彼はミヅキと同類である。

 いや、アルジェントどころか、騎士寮に暮らす者達は諸手を挙げてミヅキを応援しているのだ……諫める側になど、なろうはずがない。望むのは『敵(意訳)』の撃破であり、全力でミヅキを応援中である。


 うっかり巻き添えになる輩が出ようとも、『不運』の一言で済ます気満々であった。彼らは元凶を諫めきれないガニア王にも不満を感じているため、ガニアという国が混乱しようとも、自業自得としか思わない。


 問題児ミヅキが目立つだけで、彼らも似たり寄ったりの発想をしているのだ。ミヅキが馬鹿猫ならば、彼らは忠犬……いや、狂犬と言い換えられる。

 そんな頭の沸いた生き物達の飼い主にして、唯一のストッパーがエルシュオン。無駄に有能な奴らが揃っているため、魔王殿下でなければ言うことなど聞きはしない。

 エルシュオンが自分のことで悩まなくなった一因は間違いなく、飼い猫・飼い犬の世話に明け暮れるようになったからであろう。その発端がミヅキであるため、元凶と言えば元凶なのだが。


「……。これ、イルフェナが抗議した方がマシだったんじゃないのかな?」

「おそらくは。ですが、すでに時遅しですよ。諦めましょう、エル」


 慰めるように肩に手を置くアルジェントの言葉に、エルシュオンは深々と溜息を吐いたのだった。


※※※※※※※※※


小話其の二 『新しい日々』


 痴女騒動が皆に通達されて数日、私は王妃様の部屋に呼ばれてお茶をしていた。

 王妃様はあの痴女騒動の時に不在だったらしく、後から聞いて激怒したそうだ。聞いた時は「私の息子達になんて真似を!」と憤り、力一杯、テーブルを叩いたとか。

 ……。

 そういえば、王妃様は辺境伯のお嬢様だった。精神的な方面だけではなく、武術方面まで鍛えられていても不思議はない。アウダークス侯爵親子に一発かますくらい、平気でやりそうだ。


 止める? いえいえ、喜んで支持いたしますよ! 

 その際は、私も戦力に加えてくださいねっ!


「魔導師様がいてくださって、本当に良かったわ。テゼルトでは、どんな言い掛かりをつけられるか判らないもの」

「まあ、男性って時点で不利でしょうね」

「ええ、そう。だけど、今後はこういった手を打てないでしょう。魔導師様がどんな行動に出るか知ってしまったもの、テゼルトにだっておかしな真似はできないでしょうね」


 楽しそうに王妃様は笑う。婚約者の件も頭を悩ませていたのか、その表情からは憂いが消えていた。

 まあねー、婚約者のいない成人王族なんて、狙われる典型でしょうからねー。

 魔王様が特殊なだけで、何らかの手を打たない限り、こういった問題は絶対に起こる。ルドルフは国を立て直すことが最優先だし、ライナス殿下に至っては、誓約を使った上での独身宣言。教会派貴族達は打つ手がないからこそ、ライナス殿下を目の敵にしたのだろう。

 誰もが納得する理由がない限り、『血を残すのは王族の義務です!』という言い分に負けるのだ。それも事実ではあるが、勢力が二分している状態のガニアでは勢力争いの激化を招く恐れがあった。そういった事情から、婚約者の選定が行なえなかったに違いない。

 先を見据えて婚約者を選ばなきゃならないのに、未来のヴィジョンが全く見えていなかった。いや、貴族達にしても、どちらが勝つか判らなかったのだろう。


 ……が。

 現在のガニアでは、婚約者の押し売りは家の没落を招く死亡フラグだ。


 理由は勿論、私が騒ぎまくったせいである。私が滞在している最中に似たような行動を起こせば、何を広められるか判ったものじゃない。

 痴女の状態をリアルタイムで見ているだけに、手塩にかけた駒……殿下達の婚約者に推す娘が再起不能になっても困る。嵐が過ぎ去るまでは、息を潜めて待つのが得策だ。


 といっても、シュアンゼ殿下経由で続報が送られてくることになってるんだけどね。

 災いは忘れた頃にやって来る。これ、常識。


「そう、それはいいのよ。私が気にしているのは、別のことですもの」


 不意に王妃様が顔を曇らせる。


「シュアンゼが歩く練習を始めたことは喜ばしいわ。だけど……ほら、よく転んでいるでしょう? やっぱり、心配なのよね」

「ああ、隣接していた部屋を内部で繋げて、練習スペースを作りましたからね」


 シュアンゼ殿下は歩く練習を始めている。所謂、平行棒の真ん中をひたすら歩くという方法だ。

 勿論、周囲に余計な物はないし、シュアンゼ殿下自身も結界と治癒の魔道具を持っている。ただ……見ている方からすれば、結構怖いらしい。歩けなかった時の印象が強いことが原因だろう。


「ですが、自力で筋力をつけていただくことは必須条件です。ひたすらに訓練して、私の治癒魔法をかける。この繰り返しが一番早いと思いますよ」


 私の治癒魔法はこの世界のものとは違う。だから、ちょっとズルをして、筋肉の成長スピードを上げている。シュアンゼ殿下自身が動き、その後で私の治癒魔法をかける……という感じ。

 ただ、自然に筋肉がつくよりも体に負担がかかるので、少しずつやらなければならない。その上、筋肉痛……成長痛かな? まあ、とにかく痛みが出るので、私の後にはラフィークさんが上級の治癒魔法をかけている。

 三人が一丸となって、歩けるようになろうとしているのです。シュアンゼ殿下自身の努力と、私の治癒魔法と、ラフィークさんのサポート各種。どれが欠けても、良い結果にはなるまい。

 ……あくまでも私の予想だが。こんな方法をとっているので、かなり早い時期にシュアンゼ殿下は歩けるようになると推測している。勿論、杖をついてという状態で。その後は地道に頑張ってもらいたい。


「判っているわ。それでも、盛大に転ばれると、つい心配になってしまって」

「あ〜……シュアンゼ殿下は成人男性ですからね。やっぱり、子供が歩けるようになる時のように見守れませんか」

「テゼルトの時も心配だったけど、何ていうか……柔らかい感じの転び方だったから。体が小さいこともあるでしょうね」


 確かに。私としては『筋力ないから、転んで当然』だけど、そういった知識がないと結構怖いかも。大人が盛大に転ぶだけでなく、『全く歩けなかった成人男性が転ぶ』ってことだしね。

 結界があっても、それなりに転んだ衝撃はくる。それを知っていると、案じるのも当然かもしれない。


「……いいじゃないですか、転んだって」

「え?」


 明るく言えば、王妃様は首を傾げた。


「転ぶってことは、『自分の足で立って、歩いている』ってことですよ。シュアンゼ殿下だってそれを判っているでしょうし、多少の痛みもその証のように感じているかもしれません。だから、笑顔が絶えないのでは?」


 シュアンゼ殿下はかなり大変なはずなのだが、歩行訓練がとても楽しいと言っている。『自分の足で歩ける』。これは彼にとって奇跡のようなことであり、それを実感できると言っていた。

 事実、黒騎士達に聞いてみたけど、生まれつきの障害を治癒する術は『今は』ないらしい。私の世界の医療方面の知識が理解できれば可能っぽいから、将来的にはできる可能性はあるんだけどね。


「騎士になりたい子だって、傷だらけになって鍛錬するじゃないですか。心配するより、応援してくれた方が嬉しいと思いますよ? ……シュアンゼ殿下も成人男性ですから、プライドがあるかと」

「え……あ、そ、そうね! そう、そうよね、シュアンゼだって男の子ですもの。過保護が過ぎるのも、鬱陶しいかもしれないわ」


 ぽかんとした王妃様は、私の言葉を理解するなり、はっとしたように何度も頷いた。どうやら、シュアンゼ殿下を未だ『不憫な子』として捉えていたことに気がついたらしい。

 ……。

 

 あの両親がいることを考えると、『不憫な子』扱いは仕方ないと思います。

 人生の汚点って言ってたものね、シュアンゼ殿下自身が。


「あの子が手を離れていくのは寂しいけれど……良い方向にいくためならば、喜ばなければね」

「そうですよ。大丈夫! 王妃様は母親の位置に収まっていると思います!」

「ふふっ! そうだと良いわね」


 王妃様にも漸く笑顔が戻ったようだ。すかさず、侍女さんが私達のお茶を淹れ直してくれる。

 問題は未だ解決しておらず、ガニアだって慌ただしい。そんな中でも、こんな時間があってもいいじゃないか。

 どこかほのぼのとした空気のままに、午後の一時は過ぎていった。

痴女騒動その後の話。飼い主の苦労は尽きません。

ガニア勢も色々と変化が起きています。

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