ガニアの黒歴史
とりあえず、痴女騒動――もうこの呼び方でいいと思う――は決着したので、私達はシュアンゼ殿下の部屋に引き上げて来た。あれだけ派手にやらかしたので、少なくとも同じ手を使う馬鹿はいないだろう。
というか、王弟一派からすれば、あちらの派閥の実力者らしいファクル公爵直々に釘を刺された形になる。これで同じようなことをやらかせば、私以上にファクル公爵から睨まれることだろう。
そのための一手が、あのアウダークス侯爵親子の切り捨て。
馬鹿なことをすれば庇うどころか排除するという、見せしめだ。
私は『他国に情報をばらまく』という点から貴族達を恐怖に陥れたが、ファクル公爵の場合は公爵自身が恐れられているように感じた。おそらくだが、警告を現実にできる力があるのだろう。
……で。
室内には私とシュアンゼ殿下は勿論、ラフィークさんとテゼルト殿下という面子で作戦会議です。
私にファクル公爵の情報が全くないため、今後の方針を話し合うためにも聞く必要があった。言いたくない事情があるのかもしれないが、王弟夫妻を〆るにはファクル公爵を黙らせる必要がある。それは嫌でも理解できたもの。
勿論、ガニア勢にもそれは判っているはず。それでも躊躇うということは、他国に知られたくない事情なのだろう。私には報告の義務があるので、最低でもイルフェナには伝わってしまうしね。
それに。
あの痴女騒動の最中、ラフィークさんがシュアンゼ殿下の傍に居なかった理由も気になるんだよねぇ……。
私が知る限り、本当にシュアンゼ殿下の傍を離れないもの、ラフィークさん。何か事情があったと思うのは当然でしょう?
「……ファクル公爵は良くも、悪くも、愛国者なんだよ」
唐突に、シュアンゼ殿下が話し出す。テゼルト殿下が心配そうな視線を向けるも、緩く首を振って制するシュアンゼ殿下。どうやら、彼が暴露役を担ってくれるらしい。
「彼が王家に不信感を抱くに至った原因は、先々代の王。彼は優秀な周囲に嫉妬し、王という唯一勝る立場に伴う権力を使って、公爵の父上……先代公爵の恋人を奪ったんだ。至らない自分を支えてくれていた友人を裏切ってまで、優越感に浸りたかったんだろう」
「うわ、器の小さい男!」
思わず口走れば、私以外の三人も深々と頷く。
「本当にね。しかも、王には想いを寄せてくれる婚約者がいたんだ。それが先代公爵の妹姫。彼女は婚約が解消されるなり他国との縁談が持ち上がって、嫁いでいった。それも王の意向でね」
「おい」
あまりな展開に突っ込めば、シュアンゼ殿下も頭が痛いとばかりに溜息を吐いた。
ああ、うん……小者というより、先々代の王はクズだわ。確かに、そいつと血が繋がっているとは言いたくない。恥だ。
婚姻可能なほど年が近く、身分も釣り合う家である以上、公爵家の兄妹とは幼馴染のような関係だったはず。少なくとも、先代公爵の方は幼い頃から見知った仲だったろうに。
その恋人を奪ったばかりか、妹まで遠方に嫁がせるとは。しかも、その根底にあるのが劣等感なんて。
「先代公爵とその妹姫は優秀な方達だったらしい。先代公爵を遠ざけることはできないから、妹姫の方を遠ざけたんだろう。彼女がいる限り、王の独断を非難する声は強い。王妃としての教育を受けた女性である以上、側室として上がる可能性もあるからね」
「まあ、普通はそうでしょうね。国としても、手放したがらないでしょうし」
妹姫は内心複雑かもしれないが、血筋も、能力も揃った女性だからこそ、王の傍に居ることを求められる。優秀な人だからこそ、そういった事情にも理解があっただろう。
だが、王としてはそれさえ我慢がならなかったわけだ。自分が妹姫よりも劣るという、自覚があったから……だろうな、これ。
そんな人が傍に居れば、王妃となった女性が優秀でも『王の独断は間違いだった』と言われるだろう。何の問題もなかった婚約者を蔑ろにした愚か者……と言われたくなかったのかもしれない。
クズだ。とてもクズだ。公にならなかったのは、周囲が頑張ったからだろう。
「で? 親世代にそんなことがあったとして。ファクル公爵ならば、失望するだけだと思うんですけど」
あの公爵様、『馬鹿は放っておけ』というタイプな気がする。時間を割くだけ無駄、みたいな?
利用はするけど、積極的に関わることをしないんじゃないか? 嫌でも、先々代王の無能っぷりは耳に入るだろうし。
そう尋ねると、ガニア勢は揃って深々と溜息を吐いた。最も触れられたくないことなのか、全員の目が死んでいる。
「王妃となった女性は優秀だった。だから、先々代の王が劣等感から解放されることはなかったんだ。不安定な時代だったこともあって、先代公爵は婚姻も、子ができるのも遅かった。……周囲に軽んじられる大人が、八つ当たりをするのは誰だと思う?」
「最低限、その相手は大人……あまり政の才がない人じゃないですかね?」
嫌な予感がしつつも、一般的なお答えを。だが、シュアンゼ殿下はゆっくりと首を振る。
「その恰好の的となったのが、まだ少年だったファクル公爵だよ。父親の後を継ぐ以上、逃げようがない立場だからね。親が無理ならばと、今度は息子の方に嫌がらせをし始めたんだ。ファクル公爵とて潰される気はなかったから、必然的に様々な方面で優秀な人物になったそうだ」
「物凄く良く言えば、『相手の身分が上だろうとも負けないような、完璧人間の育成』。一般的に見れば、『自分が勝てそうな相手を遣り込めて喜ぶ、真正のクズ』」
「うん、まさにその通り。それで何とかなってしまうファクル公爵も凄いんだけど。先代公爵は息子の才覚に気づいていたらしく、遣り込めることを諫めなかったそうだよ? それが息子の武器となることを理解していたんだろうね」
先ほど会ったファクル公爵を思い出す。
……。
そういえば、お年ながらも、随分とガタイが良かったような? 引退した騎士と言っても通用するような見た目なので、文官系には見えなかった。レックバリ侯爵と比べると、差が明らかだ。
もしや、子供相手に剣の稽古をつけたりしてたのか?
頭の出来で追い越されたなら、残るは体格の差くらいだろうし。
「ミヅキの予想は合っていると思うよ? そのお蔭でファクル公爵は文武両道の人になったけれど、王家への信頼は地に落ちた。まったく……子ができた時点で何故、あのクズを殺さなかったのか。本当に理解に苦しむ。寧ろ、私が殺したい」
「いや、シュアンゼ……あの頃は今ほど安定していなかったから、王の暗殺なんてできなかったんだって。暗殺を疑われること自体が拙いから、病死と公表することも無理だろう。最終的には、寂しい最後になったんだ。それで我慢しろ」
裏事情を語りつつ、シュアンゼ殿下を宥めるのはテゼルト殿下。ただし、どう聞いても『犬に噛まれたと思って、諦めろ』的な感じにしか聞こえない。王家にとっても、黒歴史な模様。
「跡を継がれた先代様は善良な方でしたが、当時は先代キヴェラ王の全盛期。ファクル公爵様の目には、先代様が頼りなく映ってしまったのでしょうね。何より、かの公爵家は建国より国を守られてきたお家柄。国を振り回す先代キヴェラ王の所業は、先々代様を思い起こさせたのでしょう。……無能ではなかった分、先代キヴェラ王の方がマシなのでしょうが」
「『王』という存在に失望し、王族に価値を見出せなくなったんだろうね。ガニアを存えさせた一番の功労者は、ファクル公爵親子だろうから」
ラフィークさん、微妙に本音が漏れてます。シュアンゼ殿下、さらっと『王族に価値を見出せなくなった』とか言わないでくださいよ。部外者の私の前で、『ファクル公爵家は忠誠心ないかも?』はないでしょう!?
って言うかですね。
ま た 奴 が 関 わ っ て い る ん か い !
あ の 戦 狂 い は 災 厄 か よ !?
年代的に、先代ガニア王の在位期間は先代キヴェラ王の在位期間にぶち当たっている。ガニアが北の大国である以上、狙われるのは必至。しかも相手は『戦そのものが目的』という、バトルジャンキー。
……。
何、その苦境。一歩間違えば、王同士の会談とかも命の危機じゃね?
た、確かに、特出した才がない人物では、戦狂いの相手は厳しかったかもしれない。必然的に、その負担は王家に次ぐ公爵家へいくだろう。その才覚もあった、と。
これは先代キヴェラ王が自分のやりたいことを最優先する傾向にあったことが原因。最低限の義務は果たすが、『必要のない戦を起こす困ったさん』なのだ、先代キヴェラ王って。
その横暴さにはキヴェラ王でさえ苦労したようなので、取り扱いには細心の注意が必要。気を抜くと仕掛けてくるような奴だったらしいからねぇ……爆弾か、奴は。
「話を総合すると。自国のクズのせいで親子揃って迷惑をかけられた挙句、隣国の戦狂いにも苦労したと。その過程で、ファクル公爵は愛国心はそのままに王族への忠誠心が擦り減り、色々と拗らせてしまったってことですか?」
「うん」
「否定しないよ、魔導師殿」
「大変にお気の毒ではあるのですが……仰る通りです」
ガニア勢、揃って肯定。一人くらい否定して欲しかったのだが、どうにも取り繕えない模様。
うーん……これじゃあ、ファクル公爵に同調する人達がいても不思議はない。『国』を守ってくれた実績ありな上、『国は』大事にしてくれてるんだもの。
ただし、王族への忠誠心は限りなくゼロに近い。多少は上方修正されているのかもしれないが、首を垂れて忠誠を誓うにはほど遠い。
だが、そんな人だからこそ、ガニアは失えない。王弟殿下に組しているのは軌道修正をしているとも受け取れる――野放しはヤバイと、気づく人は気づくだろう――ので、処罰による服従という手も使えまい。
あれ? もう王弟夫妻を暗殺した方が早くね?
当面の憂いは消えるし、私も目的を達成できるじゃん?
「あ〜……魔導師殿、王弟夫妻を暗殺するのは駄目だよ? あれでも王族だから、犯人への処罰は免れないからね?」
「まだ何も言ってないじゃないですか、テゼルト殿下。それに、完全犯罪を目論めばいいと思いません? 見逃してくれるなら、私は遣り遂げて見せますよ?」
「思わない! 君は一応、エルシュオン殿下から預かっている子だからね!? 物騒なことは止めてね!?」
私の思考が駄々漏れだったせいか、速攻で止めにかかるテゼルト殿下。ちっ、いいアイデアだと思ったのに。
残念がる私の耳に、ひそひそと話す主従の会話が聞こえてくる。
「つまらない劣等感ゆえの行動だけど、アルベルダに公爵家の姫を嫁がせたことだけは評価できるんだよねぇ」
「お孫様にあたられるウィルフレッド様は、聡明で朗らかなところがそっくりだとか」
待て。今、何て言った?
「えーと、その、他国に嫁がされた公爵家の妹姫って、ウィル様のお祖母さんなんですか……?」
ちょいちょい、と服を引っ張ると、主従は驚いた顔で私を見た。
「ミヅキ、ウィルフレッド殿と親しいのかい?」
あ、私が『ウィル様』って言ったから、そっちに驚いたのか。とりあえず、肯定の意味で頷いておく。
「親しくさせていただいてますよ? で、今の話はマジですか!?」
「う、うん。側室だったけど、王子を産んでいる。その子は王にならなかったけれど、孫にあたるウィルフレッド殿は王位に就いた。……ウィルフレッド殿が継承権一位じゃなかったこともあって、あまり表に出ない話だけど」
そういや、ウィル様は『王位を奪う』という形で王位に就いたんだっけ。グレンが形振り構わなくなるくらいなので、それなりに厳しい状況だったとは思うけど。
多分、『祖母の実家に唆された』みたいな陰口も出たんじゃないかねー? ガニアは北の大国であり、公爵家は王家に連なる血筋。その可能性は限りなくゼロに近くとも、あまり表に出したいことではないだろう。
ふーん、ガニアのろくでなしがいなければ、ウィル様は生まれなかったのか。
……。
「今、決めました。暗殺はなし、ファクル公爵と公爵家は絶対に残します! ただし、王弟夫妻は予定通り〆ますが」
「「「は?」」」
唐突な方向転換に、ガニア勢は呆気にとられる。うん、暗殺する気満々だったものね。その驚きも理解できる。
でも、ここでガニア王家・ファクル公爵家双方に恩を売っておけば、後々、ウィル様の助けになるかもしれないじゃん?
ウィル様はガニアの内情なんて詳しく知らないだろうし、この一連の出来事はガニアとて隠したい情報だったはず。ならば、十分なカードになってくれるだろう。
ポイントは『このカードを使うのは魔導師』ということ。私とグレンの繋がりを知る人ならば、不自然に思うまい。
ウィル様を敵視する輩が出た時に味方をしてくれるよう、『お願い』できるじゃないか。ガニアは北の大国、私経由で味方に付くなら、何の問題もない。
赤猫の養育費代わりに、これくらいはしてもいいだろう。あの人はグレンにそれだけのことをしてくれたはず。
「……。魔導師殿、そのやる気は一体……?」
「望む決着が定まったので」
下心も存分にありますが、互いに利がある決着を目指しますよ。勿論、それだけが理由じゃない。
「それにファクル公爵のこと、他人事には思えないんですよねー……」
私の知り合いには、王に迷惑をかけられた人達が沢山です。彼らの苦難の片鱗を知る者として、納得のいく結末があってもいいと思うのよね。
ガニア勢が話したくなかった、ガニアの黒歴史。
話した後は、速攻で主人公に『ガニアの弱み』として握られました。
ただし、公爵に同情する気持ちがあるのも本当です。王族に関しては……。
※次週はお休みさせていただきます。




