一つの区切りと宣戦布告
――謁見の間にて
謁見の間には私やシュアンゼ殿下、簀巻きにされた痴女は勿論のこと、多くの貴族達が集っていた。
『事実を少しでも多くの人に伝えるため、大広間で!』と言ってみたのだが、仕事を放棄する輩が続出しても困るという理由で却下された。まあ、そうなるでしょうね。城で働く人って、貴族階級が多いだろうし。
私が『痴女云々』と広めまくったことも影響しているだろう。これ、未婚の人達には洒落にならない案件なのだ。
『痴女の一族は縁談に困るだろうし、狙われる家は大変ね。王族さえ獲物扱いするなら、自分より格下の家に押し付けようとしたりするかも?』
こんな感じで、私も人々の不安を煽ってみた。醜聞持ちの令嬢・子息が格下の家に押し付けられることがあるのは事実なので、これは危惧しない方がおかしいだろう。
しかも、今回は普通の醜聞じゃない。私が『他国にも広めます!』と断言しているので、何が何でも押し付けられるわけにはいくまい。醜聞どころか、家存続の危機だ。
身分的な意味で、痴女一族に逆らえない人達――痴女は侯爵令嬢だった! ――としては、ここで処分……じゃなかった、処罰してもらいたいというのが本音だろう。誰だって、我が身が可愛い。
私の味方は沢山いるようです。利害関係の一致は素敵な絆。
その光景に歯ぎしりせんばかりなのが、痴女の父親だ。この展開が予想外だったのか、連れて来られた当初、彼は相当慌てていた。計画の失敗どころか、周囲からは非難の視線。辛うじて大人しく話を聞いているのは、彼とて何があったか判らないからである。
そんな経緯もあり、今はガニア王に詳細を報告中。周囲の視線がちらちらと私の足元に向かったり、顔を引き攣らせている人が続出しているのは些細なことです。……そこに『蠢く物体』が居るだけだもの、些細なことでしょう?
なお、『蠢く物体』が簀巻きにされた痴女であることは言うまでもない。あれから速攻で捕縛され、時間が勝負――私が他国にばらすから――とばかりに、この場が整えられたのだ。噂に尾鰭がつくことを避ける意味も兼ねているだろう。
この誘導はテゼルト殿下。彼は私の伝手で聞いた経験者達の助言を覚えていたらしい。噂方面はKさんだったな、確か。私の思い込み(笑)を正したい面々にとってもありがたい提案だったらしく、凄まじい速さでこの場が整えられていた。
痴女の協力者となった騎士達も当然、捕縛されてここに居る。彼らにさえドン引きされたのが、例の痴女……の現在の見た目。涙と鼻血と崩れた化粧で顔が凄いことになっているため、ヤバさが更にアップしているからね!
こいつが喚くと話し合いが全く進まないため、ガニア王の許可を得た上で、少し大人しくなってもらった。その末路が、私に踏まれるこの状態。
そこまでに何があったかは、察していただきたい。少なくとも、痴女は私に歯向かわない。皆の視線に脅えが見え隠れしようとも、何の後悔もありません!
喚く痴女をしばき倒して踏みつけましたが、何か? 私は『被害者』、こいつは『加害者』!
相手は『(未だ)身分のある痴女』ですよ? 拘束する騎士相手に、『女に暴力云々・無礼者云々』と言い出しかねないじゃないですか!
そんな私の主張は多くの人に支持され、この体勢のまま報告を続行。痴女の父親が喚きかけたが、彼女の言動があまりにもアレだったため、『お前が責任を以て大人しくさせるのか?』という、ガニア王の言葉に沈黙した。
ただ、納得はしていないらしく、私にガンガン憎悪の籠もった視線を向けておりますよ。……侯爵令嬢にする扱いじゃない? 令嬢の方が身分が上?
知 ら ん な 、 そ ん な も の 。
こちらの証言を遮るために喚く加害者なんざ、痴女扱いで十分だ。私は異世界人という化け物なので、人の法はスルーさせていただきますとも。
「……というわけです。いやぁ、予想外でした。賊かと思ったら、痴女がシュアンゼ殿下を襲おうとしているんですから! まあ、シュアンゼ殿下に反撃されて床に転がっていましたから、未遂ですけど。合意でない以上、この反応は当然ですよね!」
「う、うむ……周囲に味方がいない以上、自衛は当然だろうな。だが、魔導師殿が暴力を振るう必要があったのか?」
「ありました」
即答すると、ガニア王が視線を鋭くさせる。これはシュアンゼ殿下やテゼルト殿下では、ちょっと判りにくいかもしれない。現に、二人は話の先を促すような目を向けて来た。
「私は記録用の魔道具を持っております。突入時にこれを提示し、言い逃れができない状況であることを伝えました。その際、彼女は部屋の外に視線を向け、不自然なほど大きな声で『返せ』と言ったのですよ」
「『返せ』? 『寄越せ』ではないのか?」
「いえ、『返せ』です。私がノックもせずに部屋に突撃したため、彼女は『見張りを振り切って、部屋に来た』とでも思ったのでしょう。ですから、彼らに魔道具を取り上げさせたかったのです。共犯者であれば状況を理解できていますし、魔道具という証拠が残ることの拙さも判る。何より、異世界人である私より『この国の侯爵令嬢』を優先することは、彼らでなくとも当然でしょう? 共犯者でなくとも、誰かに声が聞こえればよかった。何とでも誤魔化せると思ったのでしょうね」
ガニア王は痴女の言葉に訝しがるが、魔道具を取り上げようとしたと考えるなら、彼女の行動も辻褄が合う。ただ、痴女自身も予想外の事態に混乱していたため、そんなお粗末な行動しかできなかったのだろう。
実を言うと、彼女がこういった行動を取れる人であることが判明したため、顔面に膝を入れるに至っていた。
「彼女自身も私に掴みかかって来ましたから、その場面だけを目撃していれば、協力者でなくとも彼女の言い分に信憑性は増す。この思い込みは、私が異世界人であることも大きいですね」
南との違いを踏まえ、『こういった事情にも理解があるよ!』とアピール。北ではこのことを忘れると、些細なことで不利になりがちだ。警告の意味でも、アピールは必須。
「そこで掴みかかってきた彼女の片腕を掴み、力を横に流したら、勝手に壁に激突しました。これは偶然ですが、彼女が諦めていないことが懸念されます」
「それは私も証言しよう。そこの痴女は『全く』反省もせず、悪いとも思っていなかったからね」
無表情で『全く』を強調するシュアンゼ殿下に、周囲の目は同情的だ。これは『シュアンゼ殿下が動けない』という認識が皆にあるせいなのだが、それが余計に痴女への悪印象に繋がっていた。
そんなシュアンゼ殿下は現在、椅子に座ったまま私の傍に居る。いい笑顔で「ミヅキの傍は安全だと思っていることを強調しよう」と提案する彼の性格は、順調に本来の気の強さを取り戻している模様。
ぶっちゃけ、ノリノリで私同様に敵を追い詰めている。怒りの無表情はフェイクです。
長年の憂い(=歩けない)さえ利用する逞しいシュアンゼ殿下の姿に、ラフィークさんは「お元気になられて……!」と感動していた。どうやら、彼の主はこれまで諦めがちな人生だったらしい。
それを前提にすると、確かに喜ばしいことなのだが……いいのか、方向性がそれで。
突っ込みたいが、今はそれどころではない。さて、痴女を追い詰める一手を打ちますか。
「私が部屋を出て行く時、室内にいらっしゃったのはシュアンゼ殿下とテゼルト殿下のお二人。このまま二人を残していけば、この痴女が何をするか判りませんでした。彼らは男性ですから、女性に暴力を振るう事態は控えるべきです。それを逆手に取られて、責任問題に発展する可能性もありますからね」
侯爵令嬢だからね、痴女。これで暴力沙汰になったら、責任を取らされる可能性だってある。しかも、間違いなく『動けないシュアンゼ殿下』ではなく、『動きに支障がないテゼルト殿下』に矛先が向くので、王弟夫妻は喜んで協力するだろう。
「何より、魔道具の所有において、この痴女は小賢しさを発揮したばかり。自ら服を破いて、『暴行された!』と騒ぎかねません。ですから……」
足元の痴女に視線を向け、ギリギリと頭を踏み付ける。苦しげな声が上がるが、そんなものはシカトだ。
「蹲る彼女の顔面に一発入れて、沈めました。私は先に掴みかかられていますから、それと相殺する形で一撃は見舞えますし? ああ、魔法は使いませんでしたよ。殺してしまいますから、最大限に譲歩して『膝での一撃』です」
「そ、そうか……。確かに、魔導師殿の懸念は当然のもの。まして、我が国の王太子も居るとなれば、そこの恥知らずが何を画策するか判らん。魔法を扱う者は非力な者が多い……それに加えて、魔導師殿は武器など使っておらん。それについては適切だったと、この場で断言しよう」
テゼルト殿下の視線を感じるが、綺麗にスルー。ええ、私は武器など扱えないお嬢さんです。非力というのも事実だし、見た目からして鍛えているようには見えませんからね!
私の姿を目にしている貴族達も納得できるのか、この点について疑問の声は上がらなかった。痴女の方が身長が高いことも影響していると思われる。
「ありがとうございます。その後は皆様もご存知の通り。ガニアの常識はコレが基準と思い、混乱して逃げ出してしまいました。ですが、その騒動があったからこそ、イルフェナへの報告の前にこういった場を設けられたことも事実。理解していただきたいと思います」
「勿論だ。……これは私の独り言として聞いてほしい。貴女の気遣いに感謝しよう。我が国の品位が疑われる事態は免れた」
ガニア王の言葉に、にこりと微笑んでおく。集っていた貴族達もはっとした表情で私をガン見し、次いで軽く頭を下げる者が続出した。
ガニア王の言いたいことを意訳すると、『魔導師が騒いでワンクッション置く機会をくれたから、言い訳と訂正の場が設けられました。ありがとね』となる。他国は私個人の人脈だが、イルフェナに関しては『義務』だ。黙秘はあり得ない。
ガニアにとって災厄となったのは魔導師だが、救いの手を差し伸べたのも魔導師。私への悪印象を緩和し、こちらに味方を作る――魔導師はシュアンゼ殿下のために動いた、というのがこの国の認識だ――意味でも、有効な一手だろう。
同時に、それに気づいたガニア王の視野の広さを見せつける機会でもある。細かい点に気がつき、魔導師と友好的な関係を築こうとする王の姿に、彼をその地位に相応しいと認める者は多いはず。
よっしゃー! とりあえず、このカウンターは大成功だ!
限りなく痴女の自滅に近いけど、我ながら良い仕事をした! 周囲の人達の反応を見る限り、効果はまずまずといったところ。
ガニア王は一通りの事情を聞いたと判断したのか、冷たい目になりながら痴女の父親――侯爵へと視線を向けた。彼はこれまでの遣り取りで娘がどれほどのことをしたのか理解できたらしく、冷や汗をかいている。
「さて、此度のことを仕出かした元凶の言い分を聞こうか。なあ? アウダークス侯爵よ」
王 様 、 え げ つ ね ぇ … … !
元凶って言い切ったよ、この人。この場で王がそう認識してるってバラす以上、無罪放免はあり得ないんじゃないかい?
少し意外に思っていると、シュアンゼ殿下が小声で
「陛下……伯父上は、私を本当の子供のように思ってくれているからね。多分、ミヅキが思っている以上に怒っていると思うよ」
と教えてくれた。王としての言葉である以上、王妃様も納得しているのだろう。テゼルト殿下もそれが当然とばかりな顔をしているので、ご両親と同じ心境らしい。そんな姿に、少し安堵する。
何だ……ラフィークさん以外にも『家族』はいるじゃないか。
悲劇の王子になりかねないのがシュアンゼ殿下だが、それを阻止する存在がちゃんといる。彼らがシュアンゼ殿下の原動力でもあるので、先を諦めそうになったら、彼らを人質にして脅迫してもいいかもしれない。
ラフィークさんのことも無条件に信頼しているだろうが、従者であるラフィークさんは『主に殉じる』という方向なんだよね。そういった意味では、執着にならないのだ。
自分のためなら未来を諦めるシュアンゼ殿下だが、家族のためなら奮起するだろう。なに、一度や二度、殺る気になってもらえばいいだけだ。お膳立てはしてあげようじゃないか。
明るい家族計画を思い描きつつも、足はしっかりギリギリと踏み付け継続中。痴女よ、お前のお父様の言い訳が始まるらしいぞ? しっかりと聞け。
「た……確かに、事を急ぎすぎたかもしれませんが……っ、王弟殿下には娘が婚約者となることを了承していただいているのですぞ!? それを、あのような扱いなど……っ」
顔色が悪いまま、それでも悪足掻きを試みるアウダークス侯爵。どうやら、王弟殿下に許可を得ていたことを主張し、責任の分散化を図る模様。
これには王弟殿下も苦々しい顔になるが、許可した事実がある以上、無関係は通るまい。
さあ、どう出る? ここを乗り切らないと、一気に分が悪くなるぞ?
面白そうに眺める私に気づいたのか、睨み付けて来る王弟殿下。ですよねー、私が余計なことをしなければ、シュアンゼ殿下の意思に関係なく、婚姻までもって行けたでしょうから。
粗だらけの計画といえど、シュアンゼ殿下の両親が望んだことなら『現実にできた』。それが『王族・貴族にとっては珍しくないこと』だから。その油断こそ、私達に付け入る隙を与えたのだ。
……。
お馬鹿さんだな、アンタら。冗談抜きに、王にならなくて正解なんじゃない? シュアンゼ殿下は泣き寝入りをする性格なんざ、してねぇよ! 自滅覚悟の報復一択だ、あの人。
温〜い眼差しを向けていた私達だったが、そこに予想外の人物が割り込んで来た。
「アウダークス侯爵よ、殿下のせいにするのは感心せんな」
「ファクル公爵!? し、しかし、私は確かに殿下よりお話を頂いて……っ」
「そなたの娘は『婚約者候補』になったに過ぎん。最有力ではあっただろうがな。そもそも、殿下直々に話を頂いたならば、何故、このような手段に及んだ? その必要など、なかろうに」
ファクル公爵は老人だが、その姿も、声も、随分としっかりしている。その鋭い眼光の前に、アウダークス侯爵は完全に飲まれていた。
つーか、ファクル公爵が言っていることは正論なのよね。親公認の婚約ならば、既成事実を作る必要はないんだから。
「そなたとて、婚約者候補筆頭という事実に気づいておったのだろう? ゆえに、確実となるような一手を打った。それ以外に、考えられんからな。……これは殿下への裏切りだぞ? 己が野心の前に、王族への敬意を忘れたか!」
「忘れてはおりません!」
ここで否定すれば反意ありと受け取られると判っているのか、悲鳴のような声で即答するアウダークス侯爵。ただし、この場で否定するのも悪手だ。それはアウダークス侯爵を誘導したファクル公爵も判っているはず。
その疑問は、即座に解消されることとなる。ちらり、とこちらに視線を向けた後、ファクル公爵はどこか楽しげな声音で告げたのだ。
「ほう、理解できているようで何より。つまり、己が罪も理解できているということだな。いくら殿下ご自身から打診されようとも、このような遣り方が許されるはずはない。……殿下はこのような方法を取れと、そう命じられたのですか?」
「い、いいや! 私が打診したのは、『シュアンゼの相手にそちらの娘をどうか?』ということだけだ!」
突如話を振られた王弟殿下が、即座に応える。ファクル公爵の視線の鋭さに迫力負けをしたように見えたが、口にした内容は事実らしい。アウダークス侯爵も否定する要素がないのか、縋るような目を王弟殿下に向けるばかりだ。
へぇ? 公爵様は主である王弟殿下を守るため、侯爵を切り捨てましたか。
アウダークス侯爵親子の暴走も事実だろうが、それに近いことは匂わせていただろう。シュアンゼ殿下はここ最近、特に反抗的な態度を取っているのだ。大人しく縁談を受けるなんて、思うはずはない。
暗黙の了解であったことを逆手に取り、『あくまでも、アウダークス侯爵の暴走だった』と言い切り。
『王族・貴族の常識』を盾に、『王弟殿下はそのようなことを諭したわけではない』と周囲を誘導。
おいおい、やるじゃねーか、この爺さん。こいつが王弟夫妻のブレインか!
あわよくば突っ込んで王弟夫妻を狩ろうと思っていた私にとっては、思わぬダークホースの登場だ。この人が出てきた途端、王弟殿下も落ち着きだしたので、日頃から頼っている人物であることは確実だった。
「彼は王弟妃殿下の父上だよ。実質、彼が王弟一派を纏めている」
視線をファクル公爵に向けたまま、こそっとシュアンゼ殿下が教えてくれる。その口調が苦々しいのは、シュアンゼ殿下も公爵を厄介だと思っているからだろう。
「お聞きになられましたかな、陛下。此度の件、全てアウダークス侯爵の野心が原因にございます。シュアンゼ殿下との繋がりを確たるものにするため、娘共々暴走したのでしょう。縁談を考えるのは、親の務め。まして足が治られたならば、そういった話を側近『達』に零すのも当然かと」
「なるほど、候補は他にもいた……と言いたいのか」
「ええ。シュアンゼ殿下には事情がございますから、複数の候補者達を引き合わせてみるのは親心では?」
薄っすらと笑みを浮かべて言葉を重ねるファクル公爵に対し、ガニア王は頷くしかない。それが納得できるものである以上、下手に突けばこちらが不利になる。いや、逆に『そう仕立て上げたいのか?』と言われかねない。
王弟殿下が親心を発揮……なんて誰も信じていないだろうが、義務という点から見れば間違ってはいない。内部事情を知らない他国ならば尚更に、ファクル公爵の言い分が信じられてしまう。
それ以上に、アウダークス侯爵親子の行動がぶっ飛び過ぎているのだよ。王弟殿下が納得したという証拠がない以上、真実は闇の中……つまり、王弟殿下の言い分が正しいことになる。
「判った、そなたの言い分を信じよう。王弟……アヴァールが指示をしていない以上、アウダークス侯爵が勝手な真似をしたと見るべきだ。そうなのだな? アヴァール」
「勿論です。兄上はお疑いですか?」
「いいや。疑うならば、証拠がなければならん。アウダークス侯爵とその協力者達は取り調べを行ない、十分な処罰を下す。この場だけでは不十分だ。余罪がある可能性もある」
王だと認めたくはないのか、わざわざ『兄上』という呼び方をする王弟殿下。ガニア王は緩く首を振り、溜息を吐いた。王弟殿下が動いた証拠がない以上、今回はこれで終幕だろう。
「魔導師殿もそれで良いだろうか。処罰の内容が決まり次第、貴女にも伝えるが」
「ええ、構いませんよ。私は処罰されることが判れば、文句は言いません。それら全てを報告いたしましょう」
こちらを窺うガニア王にも、良い子のお返事です。ええ、ファクル公爵の情報が全くありませんからね。ここで一戦を仕掛けるほどアホじゃありません、勝てる要素が全くないもの!
だが、あちらはそうではなかったらしい。
「ふむ、『ゼブレストの血塗れ姫』か」
わざとらしく漏らしたのは、そのファクル公爵。物騒な渾名に、周囲がざわめいた。
「……あら、その渾名をよくご存知でしたね? 誰も呼ばないのに」
「いや、私もよくは知らんよ。ただ、粛清王と呼ばれる方が、そのように呼ばれる者を放置したのが不思議でな」
探るように、ファクル公爵は私を見つめている。だが、彼の言葉を聞いた私は、逆に安堵した。
ああ、なるほど。かまをかけたってことですか。後宮破壊の詳細なんて出回らないだろうし、北では情報が入りにくい。だから、得た情報(=血塗れ姫という渾名)を本人に出してみたと。
よし、付き合ってあげようじゃないか! フェイクありで話しちゃうぞ☆
「だって、私は粛清騒動に関わっていませんもの。それに、自称・被害者達は自滅に近かったのですよ」
『は?』
呆れながら言えば、予想外だったのか、皆の声がハモる。
「友人であるルドルフの所に遊びに行ったら、勝手に私を王妃候補と誤解して、仕掛けてきたのです。嫌味くらいなら流せたのですが、最初から殺そうとしてきましたからね。私が反撃しなければ、後見人であるエルシュオン殿下やイルフェナが抗議することになったと思います」
「そ、それは、また何とも……」
アウダークス侯爵の暴走と張るくらいの馬鹿さ加減に、さすがのファクル公爵も顔を引き攣らせた。ですよねー、他国の人間、それも魔王と呼ばれる王子様を後見人に持つ異世界人に仕掛けるとか、アホと言われても否定できません。
多少のフェイクは混ぜているけど、側室達の行動はお馬鹿さんの一言に尽きる。『イルフェナから来た側室』という特別扱いだった時点で、国が後見になっているも同然。手を出せば、外交問題に発展するだろうが。
「そもそも、私は魔導師だと名乗っていたのです! それを知っていながら仕掛けてくるのですから、それほど死にたいのかと、生き地獄を味わわせてやりました。勿論、殺していませんよ? ただ、周囲からは『死なせてやったほうがマシ』と言われたので、あの渾名がついたみたいです」
「……。何をしたのか、聞いても?」
「プライドの塊のお嬢様ばかりでしたから、顔・性格・体型・賢さといったあらゆる要素で心を踏み躙り、精神的に追い込みました。やられたらやり返せの精神で挑んだ結果、リアルファイトも勃発。当然、全勝です。最終的に、心身ともにズタボロにしましたね。彼女達の家は元々粛清の対象だったみたいですが、私は興味がないので末路までは知りません」
「う、うむ、年頃の女性にあるまじき逞しさだな」
「異世界転移なんてものを経験してますからね! 嘗められたら負けという、生存競争の掟に従って生きています」
中々に楽しかったですよ? と笑顔で言いつつ、足では相変わらずギリギリと踏み付け中。そんな姿も相まって、私の言葉はそれなりに信じられている模様。
すいませんね、公爵様。貴方が望むようなエピソードがなくて。詳しく話してもいいけど、カエルとかちゃぶ台返しが出てくる『子供の悪戯を何倍にも悪質にしたもの』程度しかない。
断言できる……今ならもっと悪質な罠を張れた、と!
今に比べれば、何と可愛らしい報復だったのだろう。その後の粛清は彼女達の家が元々悪事をしていただけなので、私個人の報復で死人は出ていない。そもそも、『血塗れ姫』という渾名で呼ばれない。
「こんな感じで宜しかったですか? この世界に来たばかりということもあり、この程度の温い手しか打てなかったので、今思い返すと恥ずかしいのですが」
「……そうか。いや、大変だったな」
ファクル公爵はそれだけしか言わなかった。多分、あまりにも予想外過ぎて、下手に会話を続けられなかったのだろう。
だけど、自己紹介には十分でしょう? 私は『どんなことでも楽しめる性格』なのだと、公言してますからね?
探りを入れてきた割りにあっさり引くあたり、情報不足はあちらも感じているらしい。もしかしたら、私の出方を目にすることが目的で、アウダークス侯爵の暴走を見逃したのかもしれない。
「この場はこれで解散としよう。ファクル公爵もそれでいいな?」
「はい。『非常に』楽しいお話しでしたよ」
ガニア王の宣言に、人がざわめきながらも散っていく。仕事を放り出してきた人もいるが、今後のことを考える人も多そうだ。
私達も話し合うことがあるため、これからシュアンゼ殿下の部屋に直行になるだろう。少なくとも、ファクル公爵の情報は必須。
それにしても、と先ほどのファクル公爵の言動を思い返す。王弟殿下の逃げ道を用意した上で、派閥の一部を切り捨てる公爵様……か。普通なら非難の声が上がるはずだが、ファクル公爵にとってはそれさえも問題ないようだ。
抑え込む自信があるのか。それとも、自分達の大将である王弟殿下を守ったと言い張る気なのか。
ファクル公爵が何を考えているかは判らないが、彼は私を敵とみなしたのだろう。だからこの場でわざわざ注目させ、物騒な渾名の由来に関連付けて探ろうとした。それが全て。
去り際にふと振り返れば、ファクル公爵の視線とぶつかった。その目に宿るのは、何故か楽しげな感情。笑みこそ浮かべていないが、公爵は間違いなく面白がっている。そんな姿に、私もにっこりと微笑んでおく。
ファクル公爵様、そちらからの宣戦布告……喜んでお受けします!
互いの今後を賭けて、楽しく遊びましょう?
痴女、オプションと化すの図。
残念ながら、王弟夫妻を狩るには至りませんでした。
色々と拗らせている公爵とも漸く対面。
この状況を楽しんでしまう、困った人達です。
※活動報告に魔導師15巻の詳細があります。




