恐怖は作り出すものです
さあ、諸君。本番を始めようじゃないか。
今日から後宮に昼夜を問わず安息の時間などありはしない!
未知の恐怖に泣き叫び精神を擦り減らすがいい!
回避不可能な恐怖が後宮を支配するのだから!!
……私達は生温く観察しつつエキストラとして参加ですよ。
魔王様が満足するよう頑張るんだよ〜?
※※※※※※
「あら、ミヅキ様じゃありませんの」
側室の一人が青ざめた顔をしながらも声をかけてくる。
おい、無理すんな? 祭りはこれからなんだぞ?
「昨日は一人だけ先に部屋に戻ってしまわれましたわね」
「ふふ、陛下に誘われれば応えるのが側室ですもの」
「あ……あら、随分と寵愛されてますのね」
昨日寵愛されていたのはタマちゃんですがね。
おかげで私の関係者は被害ゼロですよ、賢い子です。
「え……?」
口を開きかけた側室が突然呆けたような声を出し、少しずつ恐怖に顔を歪めました。
私の後ろを指差し、瞳には涙が溜まっていきます。
「あら、どうなさいましたの?」
「如何なさいました、ナターシャ様」
あまりの様子に護衛の騎士達も彼女に声をかける。
「あ…あれ! い、いやぁぁっ!」
「どうしたのです? 私の後ろに何か?」
「来ないで!」
「……こちらに何かいるのですね?」
「え? ミ……ミヅキ様!?」
悲鳴を上げるばかりで話にならない彼女に私は今来た方向へと足を進める。手で制したので護衛の騎士達はそのままナターシャの傍に。
そして。
首を傾げてナターシャの元に戻り再び彼女に尋ねる。
「何もありませんわよ? 騎士の皆さんは何か見えまして?」
「いいえ。何も変わったところは」
「魔力持ちのミヅキ様でさえ何も感じなかったのですか?」
「……え、そんな。た、確かに死霊が……こちらに走ってきて。い、今もミヅキ様を擦り抜けて来ましたのよ!?」
「ですが何も感じませんでしたわ」
「そんな……」
呆然とへたり込む彼女には見えていたのだろう。
剣を振り上げこちらに向かってくるボロボロの騎士の姿が。
きっと聞こえていたのだろう。
恨むような批難するような怨念の篭った呻き声を。
そして私を擦り抜けて自分に向かってくる姿に心底恐怖したのだろう。
ま、何でこんな詳しく知ってるかと言えば私達も同じ体験をしていたからなんだけどね!
見えないよう、聞こえないよう振舞っていただけなのです。
作ったのは私ですしね? いやあ、上手い具合に発動してくれましたよ!
私の自信作、楽しんでくれたかなー? ナターシャ様?
※※※※※※
「……お前さ、後宮をどうするつもりなんだ?」
「死霊が昼夜を問わず徘徊するゴーストハウスかな♪」
「これ、誰でも見えるだろ」
「私と騎士達は見えない振りするから大丈夫! 実害は無いからルドルフ達も見えないように振舞ってね」
祭りに備えルドルフに事情説明中。呆れと諦めの表情してるな、ルドルフよ。
実はホラーゲームも大好きです、私。
だから今回は元の世界の経験と知識を魔道具で立体映像化。
迷ったけど定番のゾンビをセレクトです、期待していてください。
「魔道具の映像って幻術と違って透けてるし、実体は無いんだが」
「うん、だから亡霊ってことにしようかと。二百年前の大戦で国を守った騎士が側室達にキレて出てきたって設定なら私や騎士達が見えなくても問題ないでしょ?」
「ああ……そういう設定ならありなのか」
幻術は実力にもよるけど対象を惑わせるもの。ただし術者本人がその場にいなければならない。だから今回はその必要の無い魔道具を使って仕掛けまくってます。
魔道具の使い方として『記憶を映像化する』というものがあるのですよ、今回はそれを使用。
発動がランダム設定なので襲われるとは限りません。しかも一回の発動時間が短かったりする。
だからこそ部屋にまで仕掛けてあるのです、恐怖は祭り終了まで続きますよ……!
元ネタは定番のホラーゲームですよ。主人公視点なのでアンデッドが襲ってきます。透けてるけどね。
ふ、元の世界の素晴らしい技術を体験させてあげようじゃないか!
なお、時間短縮やら状態保存の魔法は記憶を映像化したところで対象に何の変化もないので見ても理解できないらしい。物語を映像化でもしない限り魔術の教科書には使えないようだ。難しいね。
「だがな、これって……」
「あ、欠点は判ってる。だからカエルも使った」
ええ、元の世界の想像力の素晴らしさは『ある欠点』があるのです。
それ故に先にタマちゃん達を使って精神を擦り減らさせる必要がありました。
騎士達に見て貰った時はっきり言われちゃったんだよね。
『アンデッドを知っている者ならば一瞬驚きはしてもすぐ偽物と気付くと思います』
『こちらの世界では魔物ではなく、魔力で死体を操っているだけなのですよ』
『こんなに動き回ることはありません』
……そだね、私もホラー映画見る度に思ってたもん。
見せ場を作る為のものですよね。
走り回るほど元気な死体なんてねーよ、体の状態的に無理だろ!?
いっそスケルトンならまだ納得するかもしれない。骨だけだし。
人を襲ったり食べたりするなんて想像力の産物ですよね。
新しい死体だとろくに動かないよね?
動かせるほど傷んだ死体なら走り回れば崩壊するよね?
音に反応して襲い掛かるならまず動きの鈍い同胞同士の共食いだよね?
何故生きているもの限定で襲うのさ、おかしいじゃん!
己の疑問が正しいと証明される反面、このままじゃ使えないと痛感しましたよ。
だからこそ『亡霊』扱いなのですが。
いやー、戦場跡のステージやっといて良かった! 騎士ゾンビじゃなきゃ使えないもんね。
「映像だけじゃなく呻き声もある。凄いでしょ!」
「確かに凄い。ここまでやる根性が」
「ちなみにどの部屋も枕には必ず仕込むようにしたから確実に悪夢を見るかと」
「お前は悪魔か」
魔導師ですよ? だからこそ可能なのです。
魔力は認識できないほど低くとも、どんな人も必ず持っているから枕に仕込むのですよ。
だって、魔力同士は少なからず影響を受けますから。威圧がその応用ですね!
魔石を枕に仕込まれれば少しは影響が出るってものです。
ついでに言うと仕込んだ映像はゲームオーバーでゾンビに食われるものですが。
「自分の欲望に忠実過ぎる連中だからこそ効果絶大でしょ。精神に異常をきたすでしょうね」
「何でそんな真似を?」
「後宮そのものが呪われてるなら新しい側室も来ないから、かな」
私が行動しているのが後宮のみなので、人が減ればこれ幸いと新しい側室を送り込まれる可能性がある。
『殺さず、法による処罰』に固執するのはこの為なのです、次々送り込まれたらきりが無い。
……だけど後宮から出てきた側室が明らかに精神に異常をきたしていたら?
恐怖に追い詰められた人がまともな精神状態と外見を保てるとは思いませんね。
それを見た貴族達は自分の娘を送り込む事を躊躇うでしょうよ。
そう説明するとルドルフは何とも言えない顔になった。
「だけどな、それは間違いなくお前の所為にする奴が出るぞ? 魔導師だと知れてるんだし」
「わかってる。これから殺される可能性を視野に入れて行動しなきゃね」
「狂った奴ほど怖いものはない、危険すぎるだろうが!」
珍しく厳しい表情をしたままルドルフが憤る。
うん、だけどね?
「私を狙えば問答無用で処罰、おかしくなっても後宮から出されるしその一族が精神異常者を出した家系と見られてかなり悲惨なことになる。私の狙いはそこ」
「死んだらどうするんだよ!?」
「そんなの私が弱いからでしょ? 誰かを死んだ方がマシな目に合わせようとしている私が傍観者でいることなんて許されないし、覚悟が出来てないほど馬鹿だと思うの?」
私を心配してくれてるってことはわかるよ、ルドルフ。でも、これだけのことをするなら私もリスクを背負うべきでしょう。死んだ場合は騎士達も何らかの処罰を受けるわけだし。
「俺の所為……いや、俺の為なんだな」
「うん、国の為なら嫌だけど親友の為なら一緒に血を被ってあげるよ? 私にとってこの世界で傍に居てくれる人以上に大切なものなんてないからね」
「……そうか」
それは先生やラグスの村の人達や魔王様達も含まれている。
異世界に放り込まれた後の最初の選択って生き続けるか終わらせるかのどちらかじゃないのかな?
割り切って生き続ける道を選んだ私が常に望むのは『最良の結果』。
だから罪悪感や恐怖があっても『敵』を切り捨てる事を躊躇わない。
「ま、見てなさい。私も騎士達も簡単に負けるつもりはないからね」
「そうですよ、陛下。貴方はお仕事に集中してくださいね。これでも貴方に実力で将軍になったと言ってもらえる程度の強さはあるのですから」
ルドルフからそれ以上の言葉が無かったのは信頼しつつも納得はできなかったからなのだろう。
身内には優し過ぎる王様ですね、だからこそ何があっても結果を出そうとする味方に恵まれるんだろうけど。
※※※※※※
……そんな風に和やかな一時を過ごす私達を他所に。
『厄介な人』はこの現象を逆に利用しようとしていた。
「ねえ、この恐ろしい出来事はあの魔導師の所為じゃありませんこと?」
「そうかしら……」
「だって今までこんな事は一度もなかったじゃない」
扇子に隠された赤い唇がにやり、と笑みを刻む。
――『彼女』の反撃はこれからなのだ――
たった一人放り出された異世界で与えられた好意は何より嬉しいものなのです。
『王』としてではなくルドルフ個人が主人公の味方であるように主人公もルドルフの味方です。