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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
ガニア編

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279/705

裏工作は念入りに

――シュアンゼの自室にて(シュアンゼ視点)


 ミヅキからもらった杖――仕込み杖、というらしい――を眺めながら、これまでのことを思い返す。

 エルシュオン殿下の誘拐を企てたことだけでも頭が痛いのに、結果的に誘拐したミヅキにまであの態度。つくづく、あの男が王にならなくて良かったと思ってしまう。

 それに。

 ミヅキが『これ』を渡してきたのは、我が国への無言の抗議とも受け取れた。ミヅキ……いや、イルフェナにとって、今のガニアは。


「信頼されていないんだろうね、きっと」

「……お嬢様がそれを主様に託された意味、ですか」

「ああ。あの男の評価が低いことは今更だろうが、陛下の手腕に疑問を持っているんだろう。あの男が愚かであればあるほど、『何故、抑え込めないのか?』という声は出る。判ってはいたけれど、態度で示されるとキツイね」


 ミヅキが私を気遣い、王弟達の行動を警戒したのは、今後の展開を予想したことだけが理由ではない。『ガニアはその対処ができないだろう』と、暗に告げたかったのだ。

 言葉にすれば不敬罪になるということもあるが、他国に指摘される状況ということも問題だろう。口にできないからこそ、『足の悪い王子への気遣い』という形にしてくれたんじゃないのか。


「事実、私達はそういった展開を予想しつつも、護衛を増やすくらいしか対処の術がない。あんなのでも私の親だ。下手に騒げば、陛下を攻撃する材料にするだろう。あの男に付く貴族達が未だ多い以上、今の段階で騒ぐのは得策じゃない」


 盛大に敵対するのは、もっと王弟一派の力が削がれてからだろう。今はまだ様子見をしている者達も多く、彼らをこちら側に付けておかなければ、国が割れてしまう。


 こういった事情を察することもまた、上に立つ者の資質であろう。

 自分の利しか見ない者など、ただの暴君でしかない。


 そう思う度に、情けなさが込み上げる。それに気づかない愚か者だからこそ、父は貴族の傀儡にしかなれないというのに。

 あの男の派閥は二つに分かれている。一つは王弟に擦り寄り、甘い汁を吸おうとする者。もう一つは……『王家に失望し、本物の実力者の下で国を守ろうとする者』。

 一人の公爵を頂点にする『愛国者達』。一部の貴族達から忠誠心を失わせた、『王家の醜聞』。その時の傷が、未だに残ってしまっているのだ。話を聞く限り、当時の王は暗殺されても仕方がないと思う。

 王家の交代が行なわれなかったのは、王妃とその息子夫婦はまともだったからだ。ただ、息子夫婦に特出した才はなかったため、失われた忠誠を取り戻すには力不足だった。現状維持が精々、といったところだったのだろう。

 そして、王家が見極められている最中で起きた、陛下と王弟――王位継承者同士の確執。意図的に引き起こされたものではあるが、愛国者達はそれを見極めの場としたに違いない。

 まず試されたのは、次期王と目されていた王弟だった。心地よい言葉に惑わされず、ひたすらに努力することができるか――そして、結果を出す才覚があるか。キヴェラが脅威と思われていた時代ゆえ、厳しい目で見るのは当然だろう。

 その期待に応えることができなかったからこそ、王弟は傀儡扱いが妥当と判断されたのだ。本人の愚かさも一因だが、傀儡であれば国の政は配下達が執り行えるのだから。適度に機嫌を取って、お飾りとして王に据え置けばいい。

 次に試されたのは、その兄王子。期待されていなかった状況からすれば、彼は上出来と言える。ただ……期待されていなかったゆえに、国の頂点に立つ者としては弱い。貴族達を従わせるカリスマ性という点において、合格点は得られなかった。


 愛国者達の目は厳しい。長く続いた王家への失望ゆえか、決して妥協を許さない。

 信頼を取り戻すことの難しさを、王家は突き付けられているのだ。


 彼らのような存在も国が成り立つ上で必要なので、陛下も強硬な手段に出ることはなかった。排除するだけでは何の解決にもならないと、よくご存知なのだろう。

 そして……今度は私が試される番なのだと思う。

 

「先日の一件で、私は陛下に付くと認識されたはず。だけど、決定的な言葉は未だ言っていない。だからこそ」


 手で仕込み杖を撫でる。装飾に隠された魔石と潜む刃に、口元には笑みが浮かんだ。湧き上がる高揚感に、漠然と理解する。


 ――ああ、私はこの状況が楽しいのだ。胸に宿るは絶望ではなく、歓喜!


 実の親を追い落とすことになろうとも生き残ってみせるという、これまでにない執着。諦めと無力感に苛まれる中、それでも消えずに燻っていた私の本性。

 今なら、素直にあの二人の子だと認められそうだった。私は……血縁者だろうとも、容赦なく消すことができるに違いない。

『己が利のみ追及し、兄を追い落とそうとする男』の血を引いた、『血縁だろうと、邪魔者を消すことを厭わない私』。

 決定的に違うのは、私に後を託す者がいることだろうか。結果は陛下達が受け取ればいいのだから。


「ミヅキの懸念が現実となった時、私は彼らにとって明確な敵となる。ミヅキがこの国の人間ではない以上は協力者が必要だと、あの公爵は気づいているだろう。だからこそ、表舞台に立つ……公爵の『遊び』に付き合うのはテゼルトではなく、私だ。ああ、ミヅキもいるか」

「私もおります、主様。従者として、最後までお傍に」


 即座にラフィークが口を挟む。日頃は穏やかなくせに、こういう時の彼は本当に頑固なのだ。つい、苦笑が漏れてしまう。


「処罰される可能性があるよ? 『今の』私には先がない」

「本望でございます。主様こそ、私に恥をかかせてくださいますな。主に守られ存えるより、最後まで供をせよと命じられることこそ、誉にございます」


 言い切ったラフィークに迷いは感じられない。それどころか、私への明確な忠誠だけがあった。

 足が悪く、表舞台に立てない役立たずの王子。それが『これまでの私』。だが、これほどに忠誠を向けてくれる存在があるならば……できる限り足掻いてみたいと思ってしまう。


「最後とは言わないよ、ラフィーク。私達が目指すのは、その先だ。叶わないかもしれないけれど、希望は高く持たなきゃね」

「……! はい! はい、その通りです! お嬢様もお強いですし、主様が先を望まれるならば、皆様も必ずや手助けをしてくださるでしょう」

「はは、そうだね。少なくとも、エルシュオン殿下にはお礼を言いたいんだ。そのためにも、たやすく罪人になるわけにはいかないな」


 イルフェナに居るエルシュオン殿下に想いを馳せ、改めて感謝の念を抱く。私の諦める気持ちに気づいたからこそ、彼はミヅキがガニアに留まることを許可してくれたような気がして仕方なかった。

 彼は『とても優しい親猫』だと、ミヅキは言っていた。これまでの情報から察するに、そう喩えるほどミヅキは守られ、教育されてきたのだろう。

 異世界人……しかも、魔導師にまでなった自己中娘――本人が言っていた。確かに、性格には多少の難がありそうだ――からの無条件の信頼なんて、そう簡単に得られるものじゃない。そうなるだけのものがあったはず。

 被害者であるはずのエルシュオン殿下がミヅキに対し、『守れ』と言ってくれたから。……私の味方となるように仕向けてくれたから。だから、私は先を望めるようになった。暗く考えるのではなく、先を望む欲が出た。

 エルシュオン殿下は王族。ゆえに感謝を告げるならば、罪人に……いや、負け犬になるわけにはいかない。そもそも、合わせる顔がないだろう。


「さて、客が来るのを待とうか。テゼルトによると、動きがあったようだからね」


 微笑んで頷くラフィークを視界に映しながら、我が共犯者達を想う。テゼルトとミヅキ、そしてラフィーク。彼らがいてくれるからこそ、私は存分に楽しめるのだ。

 きっと、彼らも遊ぶ時を待っている――そんな気がして、私は笑みを深めた。



※※※※※※※※※


「あらあら、他愛もない」


 言いながらも、氷結で拘束した騎士達を踏み付ける。踏み付けられた彼らは恐れ慄いている……わけではなく。

 あまりの痛みに、言葉もなく悶えていた。あは、股間に衝撃波を一発当ててから、拘束したからね!

 この世界には、治癒魔法という万能型の魔法が存在するじゃないか。切り落としたわけじゃないから、大したことはないでしょう?

 そもそも、ここはシュアンゼ殿下の部屋の前。シュアンゼ殿下の合図に従って訪ねてきた私の邪魔をするなんて、絶対に護衛の騎士ではない。


 折角だったので、テゼルト殿下も誘ってみたのよね。

 彼は今、顔を引き攣らせて隠れているけどさ。


 テゼルト殿下と一緒だと、この騎士達が『馬鹿女の協力者』と言い切れなくなってしまう。内部の膿を出すためには、私一人が不自然な妨害をされる必要があった。


 裏切者なんざ、要らないよなぁ……? 手加減? 何それ美味い?


 ふふ、拘束後にテゼルト殿下が姿を見せれば、『目撃者は王太子殿下』ということにできるじゃないか。まあ、私が記録の魔道具を所持している以上、このクズ騎士達との遣り取りは残るけどねっ! 逃げ道なんてない。

 ちらりと視線を向ければ、生温かい目で私を見ていたテゼルト殿下は表情を作って、物陰から姿を現す。王太子殿下の登場に、クズ騎士達に動揺が走るが……それでも言葉を紡ぐことはない。

 痛みと恐怖、そして驚愕。私一人なら『魔導師が暴れた』とか言えても、自国の王太子が証人となるならば逃げようがない。


「貴様ら、シュアンゼの下へ賊でも招いたか!」

「ち、違……っ」

「言い訳は無用だ。お前達に違和感を感じた魔導師殿が先行してくれただけであって、私もお前達の対応を目撃している!」


 絶句するクズ騎士達を視界の端に映しつつ、シュアンゼ殿下の部屋へと注意を向ける。招かれざる客が行動してからではないと、私達の罠は意味がない。シュアンゼ殿下とて、それを狙っているはず。

 私達が目撃者として現場に踏み込まねば、言い逃れられてしまう可能性は高かった。今後、慎重になられても困るのだ。


「テゼルト殿下。その者達は放置して、シュアンゼ殿下の下に向かいましょう。賊はすでに室内にいるはず」

「……ああ、そうだな。君がシュアンゼに身を守る術を与えてくれて、本当に良かった」

「あら、私はシュアンゼ殿下付きの医師の一人という扱いではありませんか。ならば、私が担当する患者の安全に気を配るのは当然ですよ」

「そうだな。君がその責任を果たすために、イルフェナは協力してくれたのだから」


 ガンガン顔色が悪くなっていくクズ騎士達だが、それを事実と確かめる術はない。私の派遣は『テゼルト殿下が個人的にエルシュオン殿下に依頼した案件』なので、経緯を告知する必要はないからだ。何より、魔王様が私に依頼した形になるので、報告の義務というものがある。

 それもあって、クズ騎士達の顔色が悪いのだろう。ぶっちゃけ、通常よりも重い処罰を受ける可能性があるのだから。

 そんなことを考えていると、室内から何かが倒れる音が。


「魔導師殿っ! シュアンゼを頼む!」

「了解しました!」


 舞台裏を知っていても、テゼルト殿下の心配は本物だ。険しい表情のまま、私へと声をかけてくる。

 テゼルト殿下の後押しを受けて、ノックもせずに室内へ。そこには血の海が――


「ご無事ですか、シュアンゼ殿……下?」


 広がってなかった。令嬢らしき人は、頬を押さえて床に転がっていたが。

 ええと? さっきの音はこの女性が転がった音だろう。そこまではいい、そこまでは。


「……。何があったか、説明をしてくれませんか?」


 長椅子には、怒りの籠もった笑みを浮かべるシュアンゼ殿下。厳しい表情をするよりも迫力があるため、彼が心底怒っているのだと知れた。

 うん、着ているシャツが微妙に乱れているものね。これはあれか、『逃げられないだろうし、既成事実を作っちゃえ!』と言わんばかりに、襲われましたか。

 勿論、最初からそんな手は取らなかったに違いない。原因の一端はシュアンゼ殿下の徹底的な拒絶――逆上させるため、毒も吐いたと思われる――にもあるだろう。

 微妙な表情になる私をよそに、シュアンゼ殿下の視線は女性に向いたまま。その片手には例の仕込み杖。


「いきなり部屋に押し掛けた挙句、いくら言っても出て行かなかったんだ。しかも、『許可は得ているのです、身動きできない貴方に拒否権はありませんわ』とか言う始末でね……」

「婚約者は親が決めるとしても、この国はいきなり既成事実を作る風習でもあるんですか?」

「あるわけない。両家が納得している婚約という正当性がある以上、する必要はないからね。既成事実を狙うのは身勝手な者達ばかりだよ……下種が!」


 シュアンゼ殿下は忌々しげに吐き捨てた。対する女性は、漸く精神的に落ち着いたのか、立ち上がって私を睨み付ける。

 ……ん? 何故、私が睨まれるんだ?


「貴女は……貴女がいるから、殿下は私を不要と仰ったのよ!」

「は?」


 意味が判らず、シュアンゼ殿下へと『説明求む』とばかりに訝しげな視線を向ける。すると、シュアンゼ殿下はにこやかに微笑んだ。


「私にとって、君は特別な人だと言ったんだよ」

「……」

「間違ってはいないだろう? この部屋にだって、自由に出入りできる許可を与えているからね」


 お 前 が 諸 悪 の 根 源 か 。


 実はこれ、嘘は言っていない。詳しく言うと『足を治し、歩く可能性をくれた人』という意味での、『特別な人』だから。希少価値という意味も含まれます。

 治癒特化のラフィークさんにも不可能であり、現時点では生まれ持った障害を治す術は存在しない。そういった意味では、恩人という解釈になる。なお、国王夫妻もこういった認識をしているので、表現方法としては正しい。

 それを意図的に、『想い人』と誤解させたのだろう。その結果、彼女は実力行使に出た、と。


「困るよね、人の話を聞かないなんて」


 呆れた眼差しを女性に向けるシュアンゼ殿下だが、そう思わせたのは彼自身。相手の有責狙いでいく以上、逆上してくれるのはありがたい。それを狙ってやりやがったな、この人。

 

「じゃあ、さっきの音って……」

「ああ、これで殴ったんだよ。襲い掛かってきたから、反射的にガツッと」


 言いながら、にこやかに仕込み杖を振ってみせるシュアンゼ殿下。その使い方を理解した私は内心驚愕し、次いで多大なる敗北感に苛まれた。


 ま さ か の 鈍 器 扱 い … … !


 違う……私が仕込み杖に抱く浪漫は、これじゃない。使い方が違う!

 それは鈍器じゃないのよ、シュアンゼ殿下……!


「今後の取り調べがある以上、死んでも拙いしね。いやぁ、軽いのに丈夫なんだね!」


 どうやら、テゼルト殿下が案じていた『遣り過ぎは拙い』という現実を踏まえ、『殴ればオッケー?』的な思考になった模様。確かに、バッサリ切り捨てるよりは生存率が高かろう。

 その判断も間違いではないのだが、この胸に湧きあがる虚しさをどうしてくれようか。シュアンゼ殿下の判断は間違ってはいない。間違ってはいないけど……!

 私は軽く頭を振り、気持ちを切り替える。折角の機会だ、これを逃すわけにはいかない。


「……それ、シュアンゼ殿下とラフィークさん限定で軽いだけですから。あと、体を支える以上、『杖として使う部分は』強化しています。中身の方は、使い続けると壊れますよ」

「へぇ……さすがだね。君と黒騎士の共同制作ってことか」


 呆れながらも説明すれば、感心したようにシュアンゼ殿下は手にした仕込み杖を見た。どうやら本当に気に入っていたらしく、どこか機嫌良さげに杖を撫でている。

 ただ、この部屋にはもう一人居るわけでして。

 加害者――多分、どこぞのご令嬢だろう――をガン無視するシュアンゼ殿下の姿に、彼女の顔が屈辱に歪んでいく。悔しげに唇を噛み締める姿は嫉妬に狂う乙女というより、価値を否定された令嬢だった。やはり、プライドが高いらしい。

 呑気に会話する私達だが、令嬢は私を射殺しそうな目で睨み付けている。シュアンゼ殿下からの仕打ちに加えて、テゼルト殿下が未だ室内に姿を見せていないため、私が一人でシュアンゼ殿下を訪ねているように見えるのだろう。

 それを裏付けるかのように、令嬢を無視して(内容はともかく)仲良く会話。彼女は勝手に盛り上がってくれている模様。


 そこを突くのが、私こと魔導師であ〜る!


「あ、そこの人。魔道具で記録しているから、貴女が加害者だってことはバレバレだから。大人しく拘束されなよ、痴女さん?」

「ち……痴女!?」

「男を襲う令嬢なんて、痴女で十分じゃん。自分が相手にされないから既成事実を狙うなんて、貞淑さはどこに行ったのよ? 貴女の家はそれが普通でも、他の人は一緒にされたくないでしょ。ああ、これはイルフェナや他の国にも伝えておくから!」


 痴女の一族との婚姻なんて、冗談じゃないものね?  

 そこまで言えば、令嬢にも事態の拙さが見えたのだろう。一気に蒼褪めて、私をガン見してきた。

 私が目撃したことにより、彼女の家は冗談抜きに破滅への道を歩む。行動してしまった以上、それはどうにもならない未来。

 それでも諦める気はないらしく、ちらりと視線を扉に向けると、不自然なくらいに大きな声を上げた。


「か、返しなさい! 返すのよ!」

「『返す』? ……ああ、そういうこと!」

「っ……煩いわね! 余計なことはいいから、返しなさい!」

「ミヅキ!」


 なるほど、視線を部屋の外に向けたのは協力者が居たからか。『返せ』と喚いている声を聞きつけた彼らに私が拘束されれば、魔道具を取り上げることができるものね? 

 その共犯者達はすでに拘束済みなのだが、そんなことを彼女が知る由もない。ついでにテゼルト殿下も一緒にいるなんて、超予想外のことだろう。

 私に余計なことを喋らせないためか、令嬢は憎悪と焦りが入り混じった表情のまま、私に掴みかかろうと迫ってくる。顔色を変えたシュアンゼ殿下を視界の端に映しながら、私は――


「そーれ♪」

「え? な、ぶっ!?」


 令嬢の片腕を掴み、その勢いを利用して壁に叩き付けた。飛び掛かってきた勢いがそのままなので、彼女は盛大に顔をぶつけている。


「ミヅキ、それって……」

「恐ろしい形相で掴みかかってきたので、つい怖くって! 令嬢の片腕を掴んで自分以外に勢いを向けたら、そこが壁だっただけです。ほら、私は部屋に入ったままの状態でしたし!」


 嘘は言っていない。自分に激突しないように、他所へ放っただけ。そこが壁だっただけだ。……温〜い眼差しのシュアンゼ殿下は、あまり信じていなさそうだったが。

 顔を押さえて蹲る令嬢を眺めていると、物音に驚いたテゼルト殿下が駆け込んできた。

 

「シュアンゼ! 魔導師殿! 一体、どうし……」


 そこまで言いかけて、室内の状況に硬直し。その後、蹲る令嬢と私達へ交互に視線を向け。


「……。何があったか、説明を。とりあえず、無事なようで何よりだ」


 気遣うことなく、令嬢を無視した。テゼルト殿下も何となく事情を察してくれた模様。

 テゼルト殿下がここに来た以上、廊下にいたクズ騎士どもには騎士がついているのだろう。テゼルト殿下だけが室内に入ってきたのは、シュアンゼ殿下の状況を気遣ったに違いない。

 私がいる安心感――戦力的な意味で――もあるけど、普通なら醜聞になりかねないものね。忠誠心からの気遣いです。できる騎士は、クズ騎士と違う。


「シュアンゼ殿下、テゼルト殿下への説明をお任せしてもよろしいですか?」

「ああ、構わないよ。私は無事だけど、襲おうとしたのは事実。逆上して君へと攻撃を仕掛けようとしたのも、事実だからね」

「ですよねぇ。では、私は少々、席を外しますね。……その前に」


 笑顔を二人に向け、私は徐に令嬢の頭を掴み上げた。

 ――そして。


「何しやがる、この痴女! やる気か、喧嘩なら買うぞ!?」

「ぐ……!」

「「え゛」」


 怒鳴り声と共に、顔に膝を入れた。王族二人が呆気に取られているのは、気のせい。

 そのまま令嬢を放り出し、私は廊下を駆け出す。声が聞こえたらしく、クズ騎士どもに付いていた騎士達が驚いた顔をするが、私は彼らの脇をすり抜け、そのまま廊下を駆けて行く。


「痴女よ〜! 真昼間から男性を襲う痴女が出た〜! 者ども、出会え〜! 顔と地位が揃った男は危険だ、警戒せよ〜!」


 叫びながらも、全力疾走。悪いなんて欠片も思わずに、盛大に情報を(私に都合よく)拡散中。

 ただ、それだけではただの噂であり、貴族達には格好の娯楽となってしまう。それを防ぐべく、私は更なる一手を打った。


「気に入った相手を襲い〜! 既成事実を作るのがぁ〜! ガニアの貴族かぁ〜!」

「ま、魔導師殿!?」

「王族相手に色仕掛けをしてぇ〜! 拒絶されれば被害者面するのがぁ~! 淑女だっていうんですかぁ〜!」


 盛大に叫びながら、この一件を伝えていく。あまりな内容にぎょっとする人々が振り返るが、私が口を閉じるはずはない。


「この事実を〜! 他国の友人達に伝え〜! 警戒してもらわなきゃ〜!」

「ちょ、魔導師殿、一体何を……っ」

「明確な処罰がされない限りぃ〜! この国の貴族達はぁ〜! 痴女やその協力者と同類ぃ〜!」


 私には各国の王から手紙を貰った前科がある。それを踏まえると、拡散している内容が戯言とは思えないのだろう。

 蒼褪める人が続出する中、私を捕らえようとする者も出てきたが……『あり得ない事態に直面し、パニックを起こしている魔導師』という設定で通すつもりの私が捕まるはずはない。


 いいか? 私が叫んでいる内容をよく考えろ?

 署名するなり、王に進言するなりしなければ、このまま他国に伝わるからな?


『未遂なので温情を』とか、『本当は未遂じゃないんじゃないか?』といった意見を消すための茶番なので、私がどう思われようとも関係ない。重要なのは、望んだ方向にもっていくことなのだから。

 私が魔王様から命じられたのは、『シュアンゼ殿下を守れ』というもの。だったら、醜聞からも守ってみせますとも。


「ああ、魔王様の所に帰りたい〜! 会って、このことを全部暴露するぅ〜! 翼の名を持つ騎士達に泣きつくぅ〜!」

『ちょ、それは止めて! 誰か! あの魔導師を止めろ!』


 色んな人の心の声が聞こえた気がするけど、気のせいさ。私は気のせいで通す!


 ――この騒動は、報告を受けたガニア王が駆け付けるまで続いた。

 その際、『きっちり処罰し、それは極一部だけと証明する』という言質を取ったので、個人的には大満足。最高権力者のお言葉だ、有耶無耶にはさせん!

 なお、狙い通りにこの一件は『シュアンゼ殿下の醜聞』ではなく、『魔導師の思い込みを正す』という方向で周囲に認識された。

 誰だって、我が身が可愛い。自分に不幸が降りかかるなら、そちらの方へと意識が向く。他国の家と婚姻を結んだ者にまで被害が行くので、噂話に興じるなんてできるわけがない。

 シュアンゼ殿下は被害者ではあるけれど、『ガニアの貴族のモラルが疑われる一大事』に比べれば霞む。王族ということもあり、誰も醜聞紛いの噂なんて口にしないだろう。

 うむ、ミッション・コンプリート! 私は遣り遂げましたよ、魔王様!



「あは、楽勝♪ 貴族って、チョロイわね!」

「ミヅキ……君って……」

「やめておけ、シュアンゼ。結果だけを見れば、体を張った魔導師殿の功績は大きい。それでいいんだ」

「テゼルト、遠い目をしながら言われても」

「気にしたら負けだ。魔導師殿はそういう人なんだから!」


 後に、そんな会話がひっそり交わされたのは秘密である。

シュアンゼだけではなく、主人公の行動も茶番です。

シュアンゼが体を張るなら、主人公とて行動します。

結果を出せればいい主人公は、自分の評価など気にしません。

ガニアは順調に、災厄に見舞われている模様。

※魔導師15巻の詳細を活動報告に載せました。

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