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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
ガニア編

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迎撃準備、完了

 イルフェナ勢は満足して帰って行った。セシル兄からは『頑張ってね』とよく判らない激励――何を期待しているんですか、お兄さん――をしてもらったので、イルフェナ勢に持って来てもらった物をお土産としてお裾分け。

 イルフェナ勢には、騎士寮で私が作り置きしている食料各種を持って来てもらったのだよ。美味しいものは日々を戦い抜く気力となるのです。

 これらは事前に欲しい物を伝えておき、状態維持の魔法がかかった、かなり大きい箱(?)に詰めて持って来てもらった。その際、私とテゼルト殿下の間で『衣服とか魔法関連の物かい?』『いえ、食料です』という、微妙な遣り取りがあったことは余談である。

 騎士寮には現在、酒部屋と作り置きしてある食料貯蔵部屋ができている。……私の部屋だと、貯蔵しておける量が限られてしまうから。

 この問題を騎士寮面子に直訴したところ、あっさり部屋をいただけた。寧ろ賛同されて、その日のうちに専用の部屋ができたほどだ。


 彼らに一番恩恵があるから、という理由なのは言うまでもない。

 食欲旺盛な騎士達に食いつくされるので、必須だっただけだもの。


 ケチャップやマヨネーズも手作りする状態なんだぜー……大量の作り置きは必須です。こういうところは不便なんだよなぁ、この世界。

 ただ、それらをお土産にできるという強みもあった。人は胃袋に対して非常に素直にできているので、好みに合えば十分交渉材料になったりする。それだけはありがたい。

 ちなみに、セシル兄が一番喜んだのはソース。野菜や香辛料などを沢山使うソースは高級品に該当するので、大変喜んでもらえたようだ。また、コルベラは今回のことを怒っていないと言ってくれた。


 つまり、お土産+魔導師 > (越えられない壁) > ガニア。


 私への信頼(と日々の貢物)が、北の大国から毟り取れるものに勝りました。まあ、コルベラはガニアに強くは出られないだろうから、抗議したところで大したものは得られないかもしれないけど。

 お兄さんは『魔導師殿が伝えてくれたものを参考に、私達も色々と試しているんだ』と言っていたので、彼らも独自に新しい食材を探しているのかもしれない。筍や山芋は完全に予想外だったらしいからね。

 私としても、コルベラが食糧難から逃れられるのは良いことだと思う。そのまま郷土料理(仮)として根付くがいい。

 

 で。


 当然、持って来てもらったのは食料だけではない。『食料と共に持ち込まれた物』がある。これ、かなり早い段階で依頼しており、丁度完成したので一緒に持って来てくれたらしい。

 物が物だけに、魔王様の許可も必要という代物だけど……今後予想される展開がある以上、あった方がいい。魔王様もそれを見越して、許可を出してくれたからね。


「で、これがその『魔道具』だと」


 私が説明しつつ渡した物を、シュアンゼ殿下はしげしげと眺めた。不思議そうな表情になっているのは、気のせいではないだろう。


「ええ。今後、シュアンゼ殿下には必要ですからね」

「まあ、歩く訓練をする以上、杖は必要だと思うけど。もしかして、体を軽くする魔法がかけられているのかい?」

「勿論、それもあります」


 シュアンゼ殿下が手にしているのは『杖』。少し長めに作られているのは、シュアンゼ殿下の身長を計れなかったから……ということにする予定。

 また、シュアンゼ殿下が王族ということもあり、装飾ありの杖は不自然ではないだろう。魔導師から贈られた、ということさえバレなければ。

 杖本体に一ヵ所、そして握り部分にも一ヵ所魔石がついているので、シュアンゼ殿下は即座にこれを魔道具だと判断したらしい。ただ、魔石が装飾の一部に見られるようになっている――隠されている、とも言える――ので、単なる魔道具とは思っていない模様。


「なるほど、『それだけではない』んだね」

「あは、だって武器は必要でしょう? 敵対していることが曖昧だからこそ、無理矢理味方に引き込んだり、利用しようとしたりしてくるんじゃないかと心配で」


 シュアンゼ殿下は漸く立つことが可能になったばかり。誘拐、既成事実といった実力行使を狙うなら、まだろくに歩けない今しかない。

 シュアンゼ殿下もその可能性に思い至っていたのか、納得の表情で頷いている。


「確かに、その言い分には納得できる。それに否を突き付けるのが、『これ』なのか」


 言いながらも、シュアンゼ殿下はどこか楽しそうだった。未知なるものに対する好奇心が強いらしく、警戒している様子はない。


「警戒心が薄いですねぇ」

「そりゃ、ミヅキの魔法を間近で見ているからね。これでも君のことは信頼してるんだ。それにさ、対処のしようがないと思わないかい? ミヅキが使う魔法って、よく判らないことが多いんだ」


 意外な言葉に軽く目を見開けば、「事実だよ」と返される。……ああ、そっか。立てた時のことや足を治した印象の方が強くて、『世界の災厄』への危機感が薄れているのか。

 シュアンゼ殿下からすれば、私は『世界の災厄』という伝承以上に、ミヅキという個人。魔導師だから信頼するというより、私を信頼してくれているらしい。だから、ラフィークさんもシュアンゼ殿下を諫めない、と。

 私の使う魔法が、この世界のものと異なっていることに気づいているせいでもあるだろう。ラフィークさんという比較対象がいる上、シュアンゼ殿下自身も少しは魔法が使えると言っていた。ならば、魔法の知識があっても不思議ではない。


「異世界の知識が前提になってますからね」

「そうだろうね。だから私は、警戒するより楽しみたい。この世界の人間にとっては、奇跡にも等しく見える時があるんだ。貴重な機会じゃないか。……で、これはどういったものなんだい?」


 興味津々なシュアンゼ殿下とラフィークさんに対し、私はにやりと笑って秘密を暴露した。


「仕込み杖です。握り部分を回すと、杖の内部に仕込まれた剣が抜けるようになります。また、その状態では残った鞘……杖の部分に仕込まれた重力軽減が発動するので、立っているくらいはできると思いますよ」


 要は、戦える状態になるってことです。ただし、これは勝つことを目的としていない。

 シュアンゼ殿下は王族なので、うっかり殺っちゃっても問題はない――身分制度による隠蔽その他が可能だ――だろうが、そう簡単にやられてはくれまい。

『助けが来るまで持ち堪えてね』程度の武器なのだ、これ。まあ、シュアンゼ殿下が扱えなくても困るしね。


「あくまでも『抵抗できる状態』にするだけであり、勝つことまでは想定していません。結界の魔道具を所持していたとしても、確実ではない……『シュアンゼ殿下自身が抗った姿勢を見せること』に重きを置いています」

「確かに、立っていられたところで、私が打ち合ったりするのは無理だろうね。そうか、『武器を持っている』ということ自体が牽制になることを狙っているのか」

「一応、攻撃もできますよ? 持ち手部分に魔石が埋め込まれているので、衝撃波くらいなら打てます。少しでも魔法が使える人なら、すぐに使いこなせるかと」


 そう言って、開発者である黒騎士達が書いてくれた取扱説明書を渡す。発動条件や注意事項といったものが書かれているそれを見て、二人は軽く驚いているようだ。

 うん、まあ、そうだろうねぇ……他国の最新技術を渡されたようなものだろうし。だが、これに関しては全く問題なかったりする。理由は……『この世界の住人が作った魔道具だから』。

 重力軽減だけは私が魔石にイメージを込めたけど、最重要とも言える『魔法も打てる剣』という部分に関しては黒騎士作。

 これ、本来はキースさん達のために開発されてたのよね。本人達にも強くなってもらわなきゃならないけど、それを補えるアイテムの開発も視野に入れていたから。

 あれですよ、私が大蜘蛛討伐の時に担った役割り。キースさん達は主力になるジークのサポート要員として考えられているから、強度や魔法の威力に関しては二の次なのだ。まだまだ開発段階なのです。


「強度の問題があるので、これは消耗品と思ってください。一応はテストされていますが、強度に関してはそこまで改善されていないでしょう」

「私に渡しても問題はないと、判断された理由はそれか。技術を参考にする前に壊れる可能性がある上、期間限定の所持になるからなんだね」

「ええ。問題が解決すれば、通常の杖で十分ですから。杖の形に拘ったのは、仕掛けて来る相手の油断を誘うことと……浪漫です! 格好良くないですかね!? 獲物扱いされていた人の雰囲気が一変して、敵と対峙するのって!」


 ぐっと拳を握って熱く語る私に、二人は呆気に取られたようだった。いやいや、重要なことじゃないか。シュアンゼ殿下にだって、見せ場は必要だろう?

 そもそも、これを作ったのは黒騎士達。アイデアは当然、私。『隠された武器って、格好良くね!?』というテーマでの雑談が発端です。


 いいじゃん。仕込み杖、格好良いじゃん!


「ええと……その、格好良いかどうかは別にして、重要なのは性能の方なんじゃ……?」

「両方とも重要ですが、個人的には見せ場を作る重要アイテム扱いですね。場を盛り上げることって、大事だと思う」

「お嬢様……それは何か違う様な気がいたしますが……」

「重要です。ちなみに、開発者一同は『チャレンジ精神上等!』『新たな技術、萌え!』を地で行く奴らなので、私以上に話が通じないと思いますよ」

「そ、そう」

「……さようですか」


 顔を引き攣らせた――何故だ、解せぬ――シュアンゼ殿下とラフィークさんの問い掛けを、きっぱりと否定。それに、これにはささやかな嫌がらせも含まれているのだ。


「魔力が高いだけの無能は、これを見たらどう思うでしょうね? 魔石が持つ魔力や、魔法の威力はたかが知れていますが、努力の果てに得た技術によって脅威的な武器(仮)へと変貌を遂げています。魔術師として、何を思うのでしょうか?」

「あ……!」


 思わず声を上げるシュアンゼ殿下。彼にも、その後の展開が読めたのだろう。

 これを提案した当初、クラウス達は渋った。『何故、そんなことをしてやらなければならないのか』と。だが、続いた私の言葉を聞いた途端、快諾してくれたのだ。 


『魔力が高いだけの無能に、格の違いを思い知らせる機会だと思わない? 彼らは何も作れていないみたいよ?』


 不敬罪になるから、誰のこととは言ってませんよ。ただ……嫌でも情報が入ってくる人達がいるというだけ。

 

『魔術師はプライドが高い。イルフェナに居ながら、そのプライドを木っ端微塵に砕けると思うけど』


 魔王様が諫めているから、騎士寮面子は私のサポートしかできないのだ。ならば、そのサポートが『偶然』報復になるように仕向ければいいだけ。

 この提案に、黒騎士達は速攻で乗った。クラレンスさん曰く、『ミヅキの手伝いができると、非常に喜んでいましたよ』とのことなので、盛大に盛り上がったと思われる。


 嘘は言っていない。私はシュアンゼ殿下のために必要と判断しただけだ。

 この国の魔術師達が何を思おうと、知ったことじゃないだけでな!


「ああ、勘違いしないでくださいね? 私はシュアンゼ殿下にこれが必要と思ったからこそ、彼らに頼んだんです。嫌がらせじゃありませんとも」


 だから、受け取ってくださいね――そう笑顔で告げた私に、シュアンゼ殿下は呆れたように微笑んだ。それが悪戯を黙っていてくれる共犯者のように見えたのは……私の気のせいだろう。

主人公の提案により、魔法が付加された武器が開発中のイルフェナ。

現時点では負荷がかかり過ぎるので、そこから更に色々と研究されていくことでしょう。

杖に付加された魔法が微妙にショボいのは、本来の目的がサポートが目的であることと、

大蜘蛛討伐時の主人公の行動を参考にしたから。

シュアンゼは嫌がらせを兼ねた提案の果てに、その試作品を手にする機会に恵まれました。

※アリアンローズ三周年の企画が、公式HPにて告知されております。

※電子書籍にて、トライアルBOOKが無料で読めるようになっています!

 魔導師も書き下ろしがあるので、宜しければご覧くださいませ。

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