ある公爵の独白
『娘を王妃にして、国の実権を握る』。それが私の野望だった。
公爵家というものは、実に微妙な立場だと思う。そう思ったことこそ、私の野心の発端とも言うべきものだったろう。
いや、もっと言うなら、その根底には一つの疑問があるのだ……『王族とは、本当に必要か?』と。特別な血筋だとは思うが、彼らに政の才まで期待すべきなのだろうか、と。
それは幼い頃に抱いた疑問だった。当時、この国を動かしていたのは私の父であり、王は……ろくなことをしなかったのだから。
王家の血が入っているにも拘らず、王族との間には越えられない壁があり。
王族に該当する人物が居なければ、他国との政略結婚に使われ。
貴族という括りでは最上位に位置していようとも、その上には首を垂れるべき王族が存在する。
何を贅沢な、と思う者は多いだろう。だが、『決して勝てない相手が身近にいる』ということは、私にとって苦痛でしかない。どれほどの才覚を示そうが、王族という身分の前には、どんな理不尽も納得するしかないのだから。
血が近い者同士、年が近ければ事あるごとに比較されるのは仕方がない。相手が自分以上に有能だったならば、悔しかろうともまだ納得できるだろう。
だが、相手が『王族』であれば、話は違ってくる。不敬は許されない立場であり、時には自分が一歩引く形で立てなければならない存在だからだ。
多少ならば構わないのだろうが、過ぎるほどに優秀であれば疎まれる。なまじ王家の血が入っているからこそ、支持する者が多くなることが怖いのだろう。
――王族の血が入っている以上、王になる可能性もなくはないのだから。
私の父は不幸な人であった。
その優秀さゆえに外交を任され、仕事に忙殺されている間に、想い人は王の婚約者となっていた。
想い人であった女性の家との繋がりや、相応しい令嬢がいなかったならば、父とて納得しただろう。だが、そうではない。当時の王は……何か一つだけでも、父に勝るものが欲しかっただけなのだ。
事実、父には王を慕う妹がいた。彼女が婚約者候補の最有力となっていたにも拘らず、王は己が感情を優先したのだ……!
それどころか、王は幼馴染であった父の妹……私の叔母さえも、他国との政略結婚の駒にしてしまった。『国同士の繋がりを強固なものにするため』などと、もっともらしい理由を付けていたようだが、実際は父の力を削ぎたかったのだと思う。
聡明で朗らかな叔母は大変人気があり、その人脈は無視できないものだったと聞く。叔母が国内の有力貴族の下へと嫁げば、父の有する派閥は確実に力を増す。それを恐れたのだろう。
仕えてきた主であり、幼馴染でもあった友の裏切り。父と叔母の嘆き、失望、その屈辱はどれほどのものだっただろうか。
ここまでされて、父が怒らぬはずはない。それでも感情のままに振る舞わなかったのは……この国を支える一人であるという自負と、公爵としての誇り高さゆえ。母もそんな父の在り方に共感して嫁いできたので、父は誰から見ても立派な人だったのだろう。
まあ……あの王には自業自得とも言える未来が待っていたのだが。
父の想い人となるだけあって、王妃は聡明な女性だった。彼女がその才覚を発揮すれば、貴族達とて、王妃の意見を聞きたがるようになる。『陛下よりも政に向いている』と、そう言われるようになるのは当然の結果だった。
やがて、国の中核を担う者達の中に王妃が混じるようになると、王は益々孤立するようになった。劣等感を拗らせた果てに、彼は父という味方を失った。……いや、捨てたのだ。
その『支えてくれた友』の存在の大きさを、まざまざと突き付けられることになったのだから、完全に自業自得であろう。
そう思っても、謝罪などできるはずもない。しかも、周囲は王が劣等感から王妃を娶ったことを知っていたので、囁かれる噂の中には随分と、容赦のないものもあったと聞く。
いつしか、政は王妃を中心としたものになっていった。政を担う者達は挙って王妃の意見を求め、その忠誠を高めてゆく。
その中には当然、公爵である父の姿もあった。他国の王の側室となった叔母が王子を産み、その繋がりが父に更なる力を与えたことも、国の中心人物としての地位を確たるものにした理由の一つだろう。
個人的な感情など見せずに意見を交し合う二人の姿に、思うことがあろうとも……王には、そこに混じってゆく勇気などなかった。己がしたことを十分、理解していたのだろう。
やがて、王は王妃と距離を置くようになった。王妃は王子を産んでいたので、責められることはない。……というか、すでに『国にとって重要なのは王妃』という認識だったので、特に問題がなかったのだろう。
王が王妃と比べられることに耐えられなくなったのは、誰から見ても明らかであった。劣等感に凝り固まった王など、有能な人物を虐げる害悪でしかない。いくら王族だろうとも、生まれ持った権力だけでは人はついて来ないのだから。
王妃は自身が産んだ王子に対し、しっかりと教育を施した。母に似て聡明だった王子は成長するにつれて、父親である王を軽蔑するようになる。
王が過去にしでかしたことは噂として耳に入る上、側近として最適な私――地位、年齢共に、王子の側近候補には最適だった――を頑なに近づけさせなかったのだ。その根底にあるのが王個人の劣等感なのだから、呆れられるのも当然だろう。
最終的に王は離宮へと追いやられ、寂しい余生を過ごしたと聞く。その頃には謝罪の言葉を口にしていたらしいのだが、時が戻せるはずもない。
事実、新たに王となった王子と私の間には、深い溝があった。親しくなる時間を取り上げられたせいか、どうにも厳しい目で見がちなのだろう。
それでも、特出した才覚を見せてくれれば……私も父のように仕えたのかもしれない。
だが、王妃となった令嬢共々、そこまでの才覚はなかった。先代のことがあったとはいえ、自分達の足場固めだけで精一杯など……情けないではないか。
まあ、同情すべき点もある。あの父親のせいで、彼等は自分達の味方を作ることから始めなければならなかったのだから。我が父が未だ存命であったことも、彼らにとっては不運なのだろう。
追い打ちをかけるように、キヴェラでは好戦的な者が王となった。内部のことだけに目を向けている余裕すら、あの二人にはなかったのだ。
そんな中、私は一つの賭けを思いつく。
『次代の王を傀儡とし、私が裏から操ったらどうなるか』
『私の策に気づき、何らかの手を取ることができるのか』
結果は……引き分け、といったところか。私の手に落ちた我が子を王にすることはしなかったが、後を継いだ王子の後ろ盾は弱いまま。それが今に響いている。
いや、それだけではない。今代の王は弟を切り捨てる覚悟ができなかったのだ。そういった煮え切らない態度も、王の支持者を増やすに至らない理由であろう。
……だが、漸く『断ち切る者』が現れた。
それは今代の王の子……ではなく。足が不自由で、実の親から見捨てられていた、『忘れられた王子』ことシュアンゼ殿下。
自分の未来が危うかろうと、彼は魔導師と手を組んで、自分の親を追い落とすと決めたのだ……!
そのことを知った私が感じた想いは……驚愕、そして歓喜。
私より劣る者に先を譲ってやる気はないが、追い落とさんと食らいついてくる者は好ましく思う。まして、それが『王族』。貴族の私が、王族に挑まれる立場となったのだ。愉快に思わぬはずはない。
負ければ先がないのは、どちらも同じ。
いや、『勝ったとしても、シュアンゼ殿下に先はない』。
そんな中、どれほどの手を見せてくれるのだろうか。これまでを見る限り、実に楽しみである。私が王弟殿下を手中に収めたことも、無駄ではなかったのだ!
娘を娶らせ、都合のいいことを吹き込み、こちら側に付けたが……王弟殿下は、祖父であるあの王と非常に似ているように思う。劣等感ゆえに、視野が狭いのだ。
劣等感があるからこそ、血筋と魔力に縋り。必要以上に、兄王子を罵倒し続けた。そんな方だからこそ、私が膝を突いて頭を垂れれば、実に素直に言うことを聞いてくれた。
それは我が娘も同じ。政略結婚の駒となるよう育ててきたが、あの子は実に『良い子』に育ってくれた。
私の言葉は絶対であり、それはどこに嫁ごうとも変わらない。あの子にしても、私に民間人のような家族愛など、期待してはいまい。貴族として生まれた以上、それが『普通』なのだから。
王弟殿下に余計なことを吹き込まれても困るので、娘は愚かに育てた。ゆえに、『困った時には、父親を頼る』。
自分が一番でなければ気が済まないから、足が不自由な息子を疎んだ。
その果てに、私と向き合う王族――『今の』シュアンゼ殿下ができあがったのだ。実に理想的であり、親想いの娘であろう。
そのシュアンゼ殿下も、魔導師という駒を得た。元々は王弟殿下の不手際らしいが……まあ、それで今の状態なのだから、私としては悪いことではない。
これから、益々楽しいことが起こるだろう。その果てに、私はどんな答えを受け取るのだろうか。
ああ、本当に楽しみで仕方がない。長く胸の内に燻っていた蟠り……幼い頃に抱いた疑問。
どんな形であれ答えが得られるならば、私は最後に跪いて敬意を示すだろう。それが私なりの幕引きであり、勝者へと向けた最高の賛辞なのだから。
――一方その頃、好敵手認定を受けたシュアンゼは。
「う〜ん……この分だと、子爵以下は仕掛けて来ないかもしれないね。ミヅキに対抗できるだけの人脈がないだろうし」
「よっしゃぁ! とりあえず雑魚……向こうの勢力の三分の一は削れたわね! よし、このペースでどんどん来い! 相手の有責狙いで潰していくわよ〜♪」
「静か過ぎても困るよ? まあ、これで大人しくなることはないだろうけど」
「こちらから煽った方がいいですかね? 大物狙いだと厳しいかな?」
「遣り方によるかな。下手に煽ると、こちらが身動きできなくなっちゃうし」
どこぞの鬼畜魔導師と共に、きゃっきゃと次なる『遊び』に備えていた。テーブルの上に酒とつまみが用意されているあたり、毒殺騒動での勝利を祝っている最中と思われる。
そんな二人を、テゼルトは生温かい目で眺めていた。
「あのさ、二人とも。これ、遊びじゃないからね? 判ってるかな!?」
「似たようなものじゃないか、テゼルト」
「私にとっては遊びでーす! 命の遣り取りだって、楽しんじゃうぞ☆」
「違う! 特に魔導師殿は物騒過ぎ! シュアンゼも、魔導師殿に毒されるんじゃない!」
声を荒げて説教するも、当の二人はどこ吹く風。
「これくらい普通ですって。最終的に利のある結果を出せばいいんですよ」
「そうだよ、テゼルト。君も王族なんだから、正義が全てではないと知っているだろう?」
「違う……君達は何か違うと思うよ、シュアンゼ……!」
妙なところで息の合う二人に、頭を抱えるテゼルト。どうやら日々、シュアンゼが魔導師寄りの発想となっていくのが不安らしく、ストッパーになっている模様。
――『ゲーム』を楽しむのは、『相手も同じ』らしい。
※※※※※※※※※
おまけ『今話における登場人物詳細』
【故人】
『先代公爵』
・先々代の王妃と婚約寸前だったが、王命により奪われる。妹は他国の王家へと嫁がされたり、優秀さを疎まれたりと、散々だった。
しかし、国を支える気概は失われず、そんな姿は周囲の人々の尊敬を集める。生涯、国に尽くした人。
現在の王弟妃殿下の実家が力を持っているのは、彼と息子の功績とも言える。
『先々代ガニア王妃』
・王命により王妃となった。その理由が『王の劣等感』だと気づいていたために呆れ、自身が積極的に政に関わるようになる。
当然、夫である王と比べる者は多くなり、更には(仕事として)公爵と話をする機会が多かったせいか、より王の評価を下げることとなった。
王との間に息子がおり、幼い頃に決まった婚約者の令嬢共々しっかりと教育。下手をすると、公爵以上の才覚の持ち主でした。
『先々代ガニア王』
・幼い頃から優秀な幼馴染達(=公爵家の兄妹)と比べられ続けた結果、彼等への信頼よりも劣等感が勝った。
唯一、勝てる身分による権力を行使して、公爵の想い人を奪う。しかし、公爵は全く変わらなかったため、公爵の妹を他国へと嫁がせることで、国内に有力な味方を作れないよう画策。その結果、今度は公爵だけではなく、王妃にも呆れられることに。
最終的には、息子に器の小ささを指摘されて、離宮へと幽閉。支えてくれる人を大事にしなかった結果、小者と侮られる結末に行きつく。
貴族達に王家への不満を抱かせるに至った元凶。
『先代ガニア王&先代王妃』
・おそらく、先々代ガニア王の所業の一番の被害者。父の行ないを幼い頃から噂で知ったり、頼りになる側近候補を遠ざけられたり、戦狂いな先代キヴェラ王の在位期間にぶち当たったりと、苦労の連続だった人達。
先々代ガニア王妃と先代公爵の方を頼る貴族達の姿を見せつけられて育ったため、公爵家に付く貴族が多いことも仕方ないと思っていた。公爵家の令嬢と王妃の息子(=王弟)の婚約は、内部分裂を避けるため。
貴族達の信頼を取り戻すべく努力し続けたが、キヴェラに目を付けられ、そちらへと時間を割く破目に。この間に、王妃の産んだ王子は公爵家へと取り込まれてしまう。
だが、先々代の王妃によってしっかり教育されていたため、我が子だろうとも次期王と認めることはなかった。
公爵と同年代ながら彼らの方が早死にしているのは、苦労が多かったことが原因と思われる。
――ガニア編でも生存中
『公爵』
・王弟妃殿下の父。父の苦労を幼い頃から見てきた上、本人も父譲りの才があったため、先々代のガニア王に疎まれた。
本来ならば先代ガニア王の一番の側近となるはずが、先々代の王によって距離を置かれていたため、親しくはない。
その結果、王族に対する不信感を覚えるようになり、王を傀儡として裏から実権を握った方がいいと思うように。
単純な野心ではなく、国を守るという感情も含まれているため、賛同者がいる。
結論:一言で言うと、『先々代ガニア王が悪い』という言葉に尽きます。
王族が有する権力を最悪の形で使い、貴族達から信頼を失わせた小者。
それを立て直そうとした先代ガニア王夫妻は、キヴェラの戦狂いに邪魔されました。
妙に王弟(もしくは王弟夫人の実家)支持者が多いのは、こういった理由です。
【同じ世代の人々】
先々代……『先々代のガニア王』、『先々代の王妃』、『先代公爵』
先代……『先代ガニア王&王妃』、『現公爵』
※王が追いやられたため王家は早々に代替わり。当時は公爵家の先代が健在。先代キヴェラ王の全盛期もこのあたり。
現在……『現ガニア王&王妃』、『王弟&夫人』
※公爵は年齢的に、先代ガニア王と同世代。現ガニア王にとっては親世代な上、長年国を支えた実力者なので、期待されていない王子だった彼は強く出ることができませんでした。
一番の敵であろう、公爵(王弟夫人の父)の独白と事情説明です。
アホが王になったため、忠臣が敵になってしまう典型。自分以上に有能で、尊敬できる王族がいれば、
公爵もここまで拗らせなかったと思われます。
妙に王弟サイド(=公爵家)が強く、ガニア王が情けなかったのは、こういった裏事情がありました。
ガニアの黒歴史なので当然、主人公には明かされません。明かされなくとも動くので、問題なし。




