茶番の果てに得るものは
――ガニア王城・謁見の間
「……以上が、私どもが調べたこととなります。ミヅキ様への疑惑は事実無根。これはコルベラにも調査していただきましたので、納得していただけると思います」
――まさか、お疑いではございませんよね?
暗に問うシャル姉様に、集っている貴族達は少々引き気味だ。どうやら、盛大に虐められた輩から噂が回っているらしく、『対応次第で、イルフェナから更なる追撃が来る』と理解できている模様。
実際は、その可能性はなかったりするのだが……傍目には、イルフェナが『やる気か? 喧嘩なら買うぞ?』と言っているようにしか見えない状況――しかも、誰が聞いてもガニアが悪い――なので、緊張感が半端ない。
やだなー♪ それは私の仕事だから譲らないって!
イルフェナ&コルベラ連合軍は出て来ないってばー♪
……などと思ったが、遠い目をしたテゼルト殿下からは『そっちの方が最悪じゃないかな』というコメントを貰った。シャル姉様達から『魔導師の頑張り屋さんな一面』を聞いたらしい。
クラレンスさんからも追い打ちのように、『今回はガニアが誘拐騒動を起こしている手前、エルシュオン殿下はこちらにいらっしゃいませんからね』と告げられているので、ガニア勢は保護者不在の現状に怯えていたりする。
人はそれを『自業自得』という。
いい気味だ、ざまぁっ! ……などと思った私は悪くない。
「勿論だ。くだらないことを言い出した者達は厳しく処罰する」
「あら……ご本人達のみ、ですの?」
了承を示すガニア王の言葉に、微笑みながらシャル姉様が反応した。……楽しげな笑みに見えるのは、きっと気のせい。
気のせいですよ、シャル姉様は美女ですからね! 眼福過ぎて、ちょっとSな方向に見えてしまっただけ!
ただ、それはガニア勢も同じだったらしく、ちょっとだけ周囲がざわめいている。そんな状況でも動揺を見せないあたり、ガニア王にもきちんと王の資質はあるようだ。こういった姿もまた、彼に味方がいる理由なのか。
「いや。……其々の家は取り潰される。コルベラにあらぬ罪を着せようとしたのだ、それくらいの誠意を見せねば示しがつかんだろう」
「賢明ですわね」
ガニア王の答えに、シャル姉様は満足そうに微笑んだ。ちらりと視線を向けた先に居るセシル兄――やっぱり彼が来た。セシルはお留守番らしい――が頷いたのを確認し、了承の意を告げる。
あの連中が愚かだったのは、『コルベラを巻き込んだこと』。
それが致命傷となり、家の取り潰しコースを免れなくなった。
私は魔導師だろうとも、民間人。物凄く大雑把に言えば、『王が直々に謝罪する』という決着もあった。だけど、コルベラは『国』……冤罪を吹っ掛けた以上、誠意を見せなければならないのはこちら。
所謂、『コルベラが納得するような、犯人達の処罰』が必要なのですよ。イルフェナの目もあるので、下手な誤魔化しはできまい。何より、私がスピーカーとなって他国にばらす可能性があるものね。
そもそも、私自身が論破している。後はイルフェナの介入さえ叶えば、こちらの思惑的には十分だったと言えるのだ。
早い話、自滅なのです。『悪いことをしたら誤魔化さず、素直にごめんなさいをしようね☆』という教えに従っていれば、十分回避が可能だったのにね。
ただし、ガニアの悪夢はこれで終わらない。イルフェナがこれで終わるはずはないのだ。
「そうそう、私どもが提出した『証拠』の数々……ご覧いただけましたかしら? こちらの文官の方にも同行していただいておりましたので、仕立て上げたものではないことはご存知でしょう」
「……ああ、見せてもらった。毒殺騒動の調査をする過程で『偶然見つけてしまった』、幾つかの不正の証拠だったな」
『な!?』
ざわり、と貴族達がざわめいた。彼らの意識は完全に毒殺騒動オンリー……まさか、別件の証拠が出てくるなど、思いもしなかったのだろう。
そんな周囲をよそに、シャル姉様達は会話を続けている。この情報を事前に知っていたガニア王までが苦い顔をしているのは、予想された展開だったからだろう。
『イルフェナならば、何らかの報復を仕掛けて来る』――こんな風に思っていたら、突かれることは予想できるわな。逃げ道もないし。
いくら私が『シュアンゼ殿下の共犯者』で、『王弟一派を潰すことを目的にしている』と知っていても、同時に『味方ではない』ことも理解できている。イルフェナの介入で、それははっきりと判ったはず。
「私どもとしましても、随分と迷いましたの。ガニアへの内政干渉となりかねませんし……けれど、見逃すには少々事が大き過ぎますわ。ですから、同行してくださっている文官の方達に託すことにいたしました。ですが、携わった者として、とても気になってしまって! 宜しければ、どのような対応をされるのか、教えていただきたいと思っております」
シャル姉様の言葉は一見、個人的な我儘を言っているようにも聞こえる。だが、実際は全く逆だ。
『外交カードに使えるけど、そちらの目もあるから、今回は譲ってやる。ただし、知らなかったことにはできないから、この場で有益な情報としての価値をなくせ。イルフェナへの報告もあるしね』
意訳すると、こんな感じ。ただし! それだけの意味でないことも事実。
「……。なるほど、それが我が国への判断材料ということか。此度の毒殺騒動は、ガニアという『国』に責があるとも言える。だが、魔導師殿は民間人であり、『該当者以外の処罰は望まない』と言ってくれた」
「ええ、そう伺っていますわ。ですから、私達はその『該当者』を調べたのです。明らかにおかしい状況にも拘らず、あの二人を支持される方もいらっしゃいましたもの。魔道具によって、それは確認できております」
にこやかに告げるシャル姉様に、ガニア王は益々苦い顔をした。この状況を楽しんでいる、と受け取ったのかもしれない。
だが、周囲の貴族達は徐々に顔色をなくしていく。『犯人に賛同した者達もまた、処罰対象に入る』と実感して。
「そなた達から提示された証拠の数々は、あの二人に加担した者達の家、だな?」
「仰る通りにございます。わざわざ足を運んだ私どもとて、くだらない言いがかりの被害者ですのよ? 彼らに対して、思うことがあるのは当然でございましょう。何より、それらを罰することで『ガニアという国、そして本当に無関係だった方達は守られる』のです。その判断を王たる方に委ねても、不思議はありませんでしょう?」
「あの茶番が我が国の総意ではないという、証拠を欲しているのか」
「蜥蜴の尻尾切り、という可能性もございますから」
「……」
暫し、無言で睨み合うガニア王とシャル姉様。ガニア王に威圧感がないわけではないのだが、シャル姉様の楽し気な笑みは全く崩れなかった。
Sな性格だもんな、シャル姉様。相手からの威圧は、益々その闘争心に火をつけるだけだ。
相手を『屈服させる側』の美女にとって、現状はご褒美とも言える状況だろう。一国の王――しかも、北の大国――を相手にする機会なんて、そうそうあるまい。
どう頑張っても身分制度は無視できないので、言いたい放題言える今回が特殊なのだ。きっと、心の中では大フィーバーになっているに違いない。
その上、報告という名でイルフェナへの暴露が確定。シャル姉様の性格を知っているイルフェナ的には、楽しい話として受け取られるだろう。
それもあって、私は国同士の関係が悪化するとは思っていない。今回の毒殺騒動は許されると思うぞ? ……胸がすく話題が多過ぎて。
なに、外交の時にちょっとばかり情けない思いをするだけだ。
生温かい目で見られ、『大変ですね、馬鹿が多くて』と哀れまれる程度ですよ!
……国として抗議されるよりはいいじゃん? それだけのことを、ガニアはイルフェナに対してやらかしてるんだしさ。
「判った。元凶の二人と同等か、準じるくらいの処罰としよう。それくらいのことを仕出かしていたからな。……提示された証拠を元に、我が国の文官達が動いてくれている。そもそも……」
ガニア王は一度言葉を切って、呆れた眼差しを私に向けた。
「魔導師殿の人脈は馬鹿にできん。ここで温い処罰をすれば、他国からの評価も下がろうというもの。該当する家の者など外交には使えない上、残せばガニアの弱点として狙われるだろう。……魔導師殿の機嫌を取るために、行動する輩が出ても困る」
「賢明ですわ」
ガニア王の答えに、シャル姉様は満足したようだ。同じように私へと視線を向け、『困った子ね』というように苦笑する。
……。
さすがです、シャル姉様。そこで『否定する・諫める』という選択肢がないあたり、Sの心意気を感じます。
私としても、ガニア王からこういった言葉が出るとは予想外。内心、素直にガニア王を称賛していた。
ガニア王は意外と考えていたらしい。『残せば、ガニアという国がヤバイ』ということを強調しつつ、『魔導師と友好的な奴に潰されるかも?』という可能性を提示している。
ここまで言われると、無関係な貴族達は挙って処罰に賛成するだろう。
野放しにした場合、被害を被るのは自分達だと判明しているのだから。
「ところで、あの二人の妻子についてだが。魔導師殿は温情を願っているように思える。それは納得してくれるのだろうか」
話題を変えるようにガニア王が切り出せば、シャル姉様とセシル兄は視線を交し合い、はっきりと頷いた。
「ミヅキ様から伺っておりますわ。不正が明らかになった者達と違い、毒殺騒動は民間人という立場のミヅキ様へのもの。イルフェナは同意いたします」
「同じく、コルベラも同意いたします。真実が明らかになっている上、被害者である魔導師殿が望まれている。我が国への疑惑が晴れ、愚か者達の処罰も行なわれるならば、納得しましょう」
「感謝する」
家の取り潰しが確定している以上、温情と言っても大したものにはならない。だが、コルベラを巻き込んでいることは本当に拙いので、下手をすれば一族郎党自害という可能性もあった。
それを回避したのが、『魔導師からの嘆願(笑)』。……世間的にはそれでいいの、裏の目的なんざ、知らないだろうからね!
「夫人達をここへ」
ガニア王の言葉に、控えていたらしい二人の奥方達が進み出る。その表情は強張っており、今にも倒れそうなほど顔色が悪い。
イルフェナ勢曰く、彼女達は本当に何も知らなかったらしい。出世欲があるのは旦那だけで、成り行きで王弟夫人の派閥に入っていたらしいとのこと。家絡みの派閥の被害者とも言える。
「そなた達の夫への処罰は免れん。だが、そなた達には魔導師殿が温情を願ってくれている。それ自体はありがたいことだが、いくらイルフェナとコルベラの許可が出たと言っても、家をそのまま残すわけにはいかん。それは判るな?」
「はい……理解しております」
「陛下の、お心のままに」
声には疲労が滲み出ていたが、意外にもはっきりと返事をする二人の奥方。無理をしているように見えるのは、気のせいではないだろう。
やはり、完全に見逃されるとは思っていなかったらしく、二人はガニア王の言葉に取り乱すことはなかった。そんな姿は、周囲の同情を誘う。
うん、この状況は怖いよね。夫の処罰が確定している以上、子供達を守れるのは彼女達だけ。流されて生きてきたお嬢様にとって、初めての修羅場かもしれないし。
それでも俯くことはできない。彼女達とて、この場で誠意を見せなければならないのだ。
二人の姿に満足したように頷くと、ガニア王は言葉を続けた。
「そなた達は子供達を連れ、実家に戻るがいい。そして、跡取りとなる子が成人した暁には、其々に新たな領地と男爵位を与えることとする。そのままの家名を名乗っても、醜聞にしかなるまい。爵位は下がるが、新たに一貴族として、やり直すがいい。……構わんな? 魔導師殿」
「ええ、勿論。随分と交渉を頑張ったんですね? 正直、私の意見が通るとは思っていませんでしたから……イルフェナはそこまで甘くありませんもの」
「そう言ってやるな。イルフェナとて、自国の者達を守らねばならん。私がガニアに属する者達のために尽力したというならば、それはイルフェナとて同じであろう」
私とガニア王の会話に、周囲は『王が交渉によって、この処罰を勝ち取った』と理解していく。その証拠に、ガニア王へと向けられる視線には、隠しようのない尊敬が込められていた。
よーし、よーし、そのままガニア王を崇めておけ?
お前達を守ってくれたのはガニア王であって、王弟殿下じゃないからな?
あの二人は伯爵と子爵だったので、爵位としてはかなり下がった印象だ。だが、罪人の子としては破格の扱いとも言える。
少なくとも、『醜聞から逃れられた』上、『生活の場は確保される』。それに加えて、『子供達には貴族としての未来がある』のだ。ここまでやってもらって、感謝しない奴はいまい。
二人の奥方も例外ではなく、涙を流しながらガニア王に感謝を述べていた。
「陛下……あ、ありがとうございます!」
「ご厚情に感謝いたします……!」
「子供達を愚か者にするも、未来の当主とするも、そなた達の責任だ。辛いだろうが、此度のことをしっかりと理解させ、新たな道を歩むことを願う」
……さりげに、『逆恨みをするようなアホに育てるんじゃねぇぞ?』と釘を刺すあたり、さすがです。穏やかそうに見えても、この人は王なのだ。将来的な火種は消しておくのだろう。
そんな姿を見ながら、私はこの直前にガニア王と交わした会話を思い出していた。
『できるだけ、貴方が温情をかけたような言い方をしてください。イルフェナとコルベラの許可は得ていますので』
『ふむ? 魔導師殿のとりなしと言った方が良くないか? 今後も奴らと争うのだろう?』
『魔王様からの課題に【シュアンゼ殿下を守る】ということが入っている以上、貴方に潰れてもらっては困ります。【敵対する派閥に属する者だろうと、王として守る姿を見せつける】。……守ることさえしない王弟殿下よりも、付いていく価値はあると思いません? 様子見をしている中立派は勿論、血筋に拘っている連中以外は、こちらに靡くと思いますよ』
『……! た、確かに。しかし、あやつが黙っているとは思えんが』
『今回は沈黙すると思います。毒殺騒動も、忠臣からの助言で巻き添えを回避したようですし? そもそも、シャル姉様達がここ数日いびってくれているので、彼女達からの反論を恐れるんじゃないでしょうか?』
――私は『優しさ』から彼女達を助けたのではない。『利用するため』だ。
ガニア王の評価を上げておけば、自然と与する貴族達は多くなる。この場合、王弟殿下自身が何らかの功績を成さない限り、覆すことは不可能だろう。
血筋的には王弟殿下に軍配が上がるが、能力的に相応しいのはどちらか。それをはっきりさせれば、『どちらに付くことが、自分にとって有益か』という判断の元、派閥の状況も変わってくるに違いない。
ガニア王:派閥に関係なく、配下は守る。他国への交渉も可能。
王弟殿下:自己保身オンリー。蜥蜴の尻尾切りあり。
こんな状況であることが判れば、まず王弟殿下は支持しない。どう考えても、デメリットの方が大き過ぎる。
それでも支持し続けるのは極一部と、逃げられない事情がある者達だろう。地味な一手だが、王弟殿下の派閥の規模が小さくなれば、排除した時にガニアの傷は浅い。
感動的な場面が展開される中、全てを知っているシュアンゼ殿下が生温かい目を向けて来る。
「ミヅキ、思い通りになって良かったね?」
当たり前じゃないですか、私は『魔王殿下の黒猫』ですよ?
主人公に裏があるのは当然。単なる慈悲では動きません。
なお王弟殿下が沈黙しているのは、シャルリーヌ『達』の反論を恐れたのと、
派閥の貴族に『何も言うな』と言われていたから。
……今回は口を出した方が、支持率は上がったのですが。
※活動報告に魔導師15巻のお知らせを載せました。




