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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
ガニア編

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親猫様のためならば

「お久しぶりね、ミヅキ様」


 目の前で優雅に微笑む、シャル姉様。


「随分と楽しいことになっているようですね。私達をご指名とは、驚きましたよ」


 楽しそうにしているのはクラレンスさん。

 イルフェナからのお客様である二人を加えた私達がいるのは、シュアンゼ殿下の部屋である。

 王弟殿下の息子でありながら、一番の敵と認識されているシュアンゼ殿下。彼の私室は今や、すっかり拠点と化していた。表に出せないお話は、殆どがここで行われているのだったり。

 シャル姉様達は『シュアンゼ殿下にも話を聞く』という名目でこの部屋を訪れていた。シュアンゼ殿下の足が悪いのは周知の事実なので、そこは不審に思われなかったらしい。

 クラレンスさん曰く、『王族の方を、煩わせるわけにはいかない』という理由が、十分適用される状況だとか。イルフェナがガニア王家を見下していないという風にも見えるので、寧ろ良いことだと言っていた。


 まあ、『共犯だから、話しに行きます』なんて、言えるわけないですよね!

 納得してもらえるなら、それでよし!


 すでに毒を吐き終わったのか、二人は何だかすっきりとした顔をしている。憂いがなくなって、何よりです。どうせなら、何人か再起不能にしていることを期待します。


「あは、騎士寮面子だけだと、今一つ説得力に欠けるでしょう? 裏を疑われるよりも、正当な手段で納得してもらいたいと思ったんですよ」

「それで、私達というわけね」

「ええ。……まあ、心当たりがある人達は、すでに痛い目に遭ったみたいですが」


 意味ありげな視線を向ければ、シャル姉様は楽しげに笑った。


「あまり野心のある方々には見えなかったわね。意図的にそう見せていたのかもしれないけれど。ああ、王弟殿下ご夫妻にもお会いしたのよ? ふふ! とても『可愛らしい方』だと思ったわ」


『可愛らしい方=無能』と言い換えればいいだろうか。どうやら、王弟殿下夫妻はろくな反論もできなかったらしい。

 もしも言い返していたならば、『楽しい方』くらいに言ってもらえるだろう。……『潰し甲斐のある玩具』的な意味で。

 ……。

『ささやかな胸』、という意味があってもいいと思う。王弟夫人よ、悔しがるがいい!


「あら、まともな言い訳の一つも用意してなかったんですか? 毒殺騒動の主犯に便乗することは、『忠臣』の方が諫めたみたいですが……最後まで、面倒をみてくれなかったんですね。その後の展開も予想できたでしょうに」


 諫めただけで放置とは……随分な『忠臣』だな。ただ、自己保身を優先した結果、と思えなくもない。

 誘拐事件のこと、茶会のこと、そして今回の毒殺騒動。下手に庇えば、犯人側と言っているようなものだしね。イルフェナに存在を知られる……いや、付け入らせないためにも、王弟殿下とは最低限しか接触しなかったのかもしれない。

 何せ、王族は『特別』。明確な証拠があったとしても、何だかんだで有耶無耶にできる立場なのだ。外交事情を考慮して、『派閥の貴族が勝手にやりました』ということで、終わらせかねない。

 シャル姉様達もそれを判っているからこそ、今回のイビリ……じゃなかった、調査に熱が入ってしまうのだろう。今回に限り、相手は何も言い返せないもの。

 ただ、シャル姉様は情報収集もしっかりとこなしていたらしい。悪戯っぽく笑うと、人差し指で私の額を軽く突いた。


「ミヅキ様達の方が上手だなんて、夢にも思わなかったのでしょう。私達も驚いたのよ? いつの間に味方を増やしていたのかしら」


 悪戯っ子ね! と笑いながら話すシャル姉様の姿に、驚愕したのはガニア勢――テゼルト殿下、シュアンゼ殿下、ラフィークさん――だった。

 驚きを露にしながら、私とシャル姉様を交互に眺めている。


「……貴方達は魔導師殿の計画を知らなかったのだろう? その、それだけで済ませてしまっていいのだろうか?」

「あら、テゼルト殿下は何か問題があるとでもお考えですの?」


 さらりと返すシャル姉様に、テゼルト殿下は一瞬怯み。ちらりと私に視線を向けてから、口を開いた。


「魔導師殿の行動は、個人の勝手というには過ぎるものがあるだろう? エルシュオン殿下はともかく、保護国という立場のイルフェナは、魔導師殿を諫めると思っていたんだ。だが、貴方達は咎めようとすらしない」


 どういうことだろうか? と、テゼルト殿下は困惑の滲んだ目をシャル姉様に向ける。だが、シャル姉様の笑みは、そんなことで崩れるはずはない。


「予想された展開でしたの。エルシュオン殿下が事前に説明してくださったこともありますが、我らは基本的に平穏を乱すことを望みません。けれど、牙を剥いた者を放置することなど、ありえませんわ」

「……っ」


 シャル姉様の目が楽しげに輝く。それを目にしたテゼルト殿下が反応するが、それに構わず、シャル姉様は続けた。


「幸いにも、エルシュオン殿下が誘拐される事態は防げました。ですが! それを企てた者への怒りや、騎士としての矜持を傷つけられた屈辱は、決して消えてはおりません。……ミヅキ様はそれをよくご存知なのでしょう。ですから、エルシュオン殿下の意向に沿う意味も兼ね、この国に留まっているのだと思っております」

「……魔導師殿に報復を任せる、と?」

「あら、『世界の災厄』の報復が温いとでもお考えですか? それこそ、『これまでミヅキ様に敗北してきた者達への侮辱』ですわよ? 殺戮を行なわずとも、恐れられる魔導師……その『強さ』とは、何なのでしょうね?」


 テゼルト殿下は反論しなかった。いくら私の共犯者だろうとも、彼らは『イルフェナの共犯者』ではない。暈された事実、そして確信に満ちたシャル姉様の態度が相まって、疑惑と恐怖を覚えているのだと思う。

 まあ、こればかりは仕方がない。私がこれまでやってきたことの詳細なんて、イルフェナか当事国でない限りは知るはずのない情報だ。それでも私が勝ち残ってきたことは事実と知っているから、警戒するしかない。


「この子はとても頑張り屋さんなのですよ、テゼルト殿下。そして、金色の親猫を敬愛しております。『私達はそれを知っている』。それで十分なのですよ。……どのような決着となるか、楽しみではありますが」

「それ、は……どのような」

「殿下も当事者として、実感されるでしょうね」


 これまで私が起こした騒動の関係者となったことがあるせいか、クラレンスさんがシャル姉様に続く。

 クラレンスさんの言葉もまた、詳細を暈したもの。だが、彼の立場は近衛騎士団の副騎士団長。シャル姉様に比べて説得力があったのか、さすがにテゼルト殿下も黙ってしまう。


 安心したまえ、テゼルト殿下。貴方もすぐに、彼らの仲間入り。


 そんなことを私が思っている間にも、シャル姉様達とテゼルト殿下の睨み合い――正確には、腹の探り合い――は続いている。

 だが、先に折れたのはテゼルト殿下だった。


「はぁ……判った、貴方達がそれでいいなら、私も納得しよう。こう言っては何だが、私も納得できてしまう節があるんだ。魔導師殿の言動を多少は知っている……いや、見せつけられたというべきかな? 少なくとも、無力な少女には思えない」

「賢明ですよ。それで痛い目を見た方もいらっしゃいますから」


 クラレンスさんの追い打ちに、テゼルト殿下は深く溜息を吐いて頷いた。降参、という感じか。

 ただ、イルフェナの出方に納得してくれたことは事実だろう。シュアンゼ殿下も不満はないのか、何となく気を緩めたように見える。

 ……シュアンゼ殿下が黙っているのは、余計な情報を与えないためだろう。ある意味、イルフェナが存在を掴めていないブラックボックス的な存在こそ、ずっと表舞台に立ってこなかったシュアンゼ殿下。

 その見た目や境遇とは裏腹に、シュアンゼ殿下は大人しくはない。今は外交慣れしたテゼルト殿下に任せ、何か不測の事態が起これば、自分が表舞台に立つつもりと見た。

 これらはあくまでも私の個人的な憶測だが、十分にあり得る展開だ。この場でシュアンゼ殿下が『イルフェナという国』に見せるのは、王弟殿下を追い落とす覚悟があることだけで十分なのだから。


 こんな姿を見せるあたり、シュアンゼ殿下は本心から諦めてはいないのだと思う。

『覚悟をしている』ならば、こんな風に今後を見据えた態度を取るまい。


 もしくは、私を信頼してくれているのかなー? と思うのですよ。誘拐事件に続いた茶会での態度、そして毒殺騒動での切り返し。それらを踏まえて、『もしかして、未来が望めるのかも?』と思ってくれたとか。

 どちらにせよ、信頼関係は着々と築き上げられていっている模様。過ごした時間は無駄ではない。


「探り合いはそのへんにして、状況の確認をしませんか? シャル姉様、騎士寮面子はどうなっています?」


 パン! と手を叩いて話を打ち切れば、皆の視線が私へと向いた。即座に、シャル姉様達が情報を教えてくれる。


「ミヅキ様の予想通り……いえ、期待通りという感じかしらね。こういった形であろうとも、報復に関わることができて嬉しいみたい」

「それは当然と思ってください、シャルリーヌ。まあ……元凶となった方は、彼らがどういった立場なのか気づいていないようですが」

「えー……マジですか」

「気がついていたら、引き籠もると思いますよ? 首を落とされても文句が言えないようなことを、『彼らの目の前で』やらかしていますからね」


 二人の言葉に私は呆れるだけだが、ガニア勢はそうはいかない。特に、クラレンスさんの『目の前でやらかした云々』のあたり。

 クラレンスさんも判っていて、追い打ちをしているらしい。笑みを浮かべたその顔が、何だか意地悪そうに見える。


「私が誘拐現場に居た以上、彼らも居たと考えるのが普通なんですけど」

「そこまで想像力がないんじゃないかしら? 私達が何を言い出すかは、気になっていらっしゃったようだけど」


 ころころとシャル姉様は笑う。『本当に、駄目な方』と続いたように思えるのは、気のせいか。

 予想通りというか、王弟殿下達は騎士寮面子を『イルフェナからの騎士』としてしか、見ていないらしい。もしも、『魔王殿下の誘拐現場に居合わせた騎士』と気づいていたならば、もう少し緊張感が漂っていることだろう。

『魔導師の後見人=エルシュオン殿下』ならば、『魔導師が頼る騎士=日頃から親しくしている騎士=魔王殿下の直属』と判るはず。言わなくても、選択肢がそれだけしかないとも言う。

 危機感があったら、情報操作くらいは試みるだろう。明らかに敵意を抱いている……いや、王弟だろうとも敵認定をしている物騒な連中に、『ガニア内部を探らせる、正当な言い分』が与えられているのだから!


 絶対に、徹底的にやらかしているに違いない。

 ガニア王に報告しなかった(=今回は使わない)情報は、そのままイルフェナへのお土産だ。


 ガニア勢も当然、その可能性に気づいている。だからこそ、揃って絶句しているのだ。

『毒殺騒動の調査は仕方ないし、無関係だから怖くない♪』なんて思っている人達は、甘い! イルフェナはガニアという『国』に対して、ムカついているんだってば! ただで済ますはずはなかろう。


「……。ミヅキ、君はその可能性に気づいていた……いや、こうなると判っていて呼んだね……?」


 顔を引き攣らせたシュアンゼ殿下の問いに、満面の笑みを向けて親指を立てる。


「勿論! 言ったじゃないですか、『イルフェナを納得させる必要がある』って。今後の外交がちょっと辛くなるかもしれませんが、それだけですよ。そのくらい、我慢してください。大丈夫! 他国に根回しは済んでいるので、イルフェナに脅迫されているとは思われません!」

「いやいやいや! 我が国は暫く、イルフェナに頭が上がらなくなるからね!?」

「どのみち、王弟殿下を押さえ込めなかった時点で、ある程度は評価が下がっていますよ。いいじゃないですか、他国は『イルフェナと魔導師が報復しているから、横槍を入れるのは危険』と思ってくれますって!」


 これはマジである。他国の皆様は、ガニアで遊んでいるのが私だと思っているので、生温かい目で見守る方向になるだろう。イルフェナが多少動いたところで、『あ~、魔導師を納得させるために、国が動いたのね』くらいにしか思われまい。

 そうでもしないと、ガニアは内部が混乱しているところを狙われますからね! ガニアにとって必要なことじゃないか……ちょっとくらいは、苦労しろと思っているけどさ。 


「魔導師殿……君、本当に世間の評価通りの人なんだね。どうして、そういった裏も含めた考え方ができるかな。今回のことはガニアにも、イルフェナにも利がある。イルフェナは報復の手助けと、ガニアの情報を入手。ガニアはイルフェナの理解を得るけど、同時に痛い目にも遭わされるのかい」

「私は割と、ガニアという国はどうでもいいので。……あ、シャル姉様、これが他国から了解を得た証拠です。南の国とサロヴァーラがこの騒動を『魔導師の報復』と思ってくれるらしいので、イルフェナが突かれる心配はないですよ」

「あら、すでに根回しが終わっているのね」


 テゼルト殿下に返しつつも、後半部分はシャル姉様へ。差し出された手紙の束に軽く驚きつつも、シャル姉様はそれを受け取る。

 私とガニア勢が話している最中、シャル姉様とクラレンスさんは楽しそうにしていた。暴露された裏事情に驚くことはない。寧ろ、『それでこそ!』と誇っているようにすら見える。

 二人に私を止める気はない模様。哀れ、ガニア勢。


「ミヅキ様、これは私達が預かっても宜しいの?」

「どうぞ、持って帰ってください。それがあれば、多くの国がこの騒動に納得しているという証拠になりますから」


 確認をしてくるシャル姉様――多分、封筒で差出人を察した――に、笑顔でお返事を。ええ、それがあれば『多少の騒動(意訳)』があっても、イルフェナの関与を疑われませんからね!


「だから、言ったでしょう? ミヅキは『とても頑張り屋さん』だと。穏やかな解決を望まれているエルシュオン殿下のお立場を悪くしないためにも、こういった気配りを忘れません」

「うん……物凄く理解できた。ついでに、我が国がどう思われているかもね。『共犯者ではあっても、味方ではない』。その意味が、はっきりと判るよ……!」


 クラレンスさんの追い打ちに、がっくりと首を垂れるテゼルト殿下。その様子に、シャル姉様達も嬉しそうだ。

 イルフェナは今回、一方的にやられるばかり。イルフェナが報復をすることこそ、相手の狙いなのだ。よって、迂闊に動けない。だけど、何も感じないはずはないわけでして。


 テゼルト殿下? その憤りとやるせない想いは、王弟殿下一派の排除に向けてくださいね? 貴方がへたれてしまっては、シュアンゼ殿下の負担が大きくなるでしょう?

 ガニア王が動かないことが望ましい以上、私がいくら策を講じても『ガニア内部に影響力のある、行動できる人』がいなければ、成功しないのですよ……シュアンゼ殿下には権力なんて、なきに等しいじゃないですか。 

 ――シュアンゼ殿下の今後は、貴方達の頑張り次第。だから、多少のことは目を瞑ってくださいね?

イルフェナ全てが魔王殿下を受け入れているわけではないので、

こういったフォローも行ないます。

シャルリーヌが主人公を軽く突いたのは、『一応、叱った』と言い張るため。

優先順位は当然、魔王殿下が上。ガニアにもちょっと痛い目をみてもらったり。

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