共犯者達は罠を張る
「お返事が来たのですが」
そう切り出した私に、その場に居た人達――テゼルト殿下、シュアンゼ殿下、ラフィークさん――は何のことか判ったらしい。軽い驚きを見せるも、興味深げに私がテーブルの上に出したものを覗き込んだ。
お茶会から早数日。早くも皆様から返事がきたので、事後報告と言う名の暴露をかましてみることにした。ふふ、魔導師の本気を知るがいい!
「ああ、返事を貰えたんだね」
「ええ、全ての方からいただきました。私の勝利です。誰に聞いても、私の態度は間違っていないと書いてありますよ」
『勝利!』とか、『勝訴!』と書いた紙を持って、あの茶会面子に見せびらかしたい今日この頃です。
「まぁ、あれはねぇ……誰が聞いても、向こうに非があるから」
呆れつつも、納得の表情のテゼルト殿下。だが、それは続いた私の言葉に崩れることとなる。
「そうそう、キヴェラ王からも返事がきましたから。……多少の混乱は許してもらえるみたいですよ」
「「「はぁっ!?」」」
一気に、私をガン見する三人。私がやらかしたことは知っていても、さすがにキヴェラ王からも返事が来るなんざ、予想外だった模様。
……サイラス君からの手紙の中身、キヴェラ王からのお手紙でした。あちらも、サイラス君の利用の仕方が判っている模様。サイラス君よ、早くもパシリ扱いかい。
「と、いうわけで! 暴露、完・了☆」
「ま、魔導師殿!? ちょ、ちょっと、遣り過ぎなんじゃ……っ」
「あは♪ 私、物事には全力投球しまくる主義なんです♪」
「いやいやいや! そもそも、この面子は絶対におかしいからね!? しかも、これほど多くの国から返事を貰えるなんて……」
それぞれの立場が判るお手紙の数々に、テゼルト殿下は頭を抱えている。まさか、王自ら返事を書いてくるとは思わなかったらしい。こうなると、偽物と疑うことなんてできんわな。
偽物扱いされる可能性もある――普通は疑う――から、皆様は先手を打って、立場が判るレターセットを使ったとは思う。
だけど、『その場にあったから』で使った奴もいると思うんだ。忙しいルドルフは素でやりそう。ウィル様あたりは、面白がってやりかねん。
「結果を出すことに定評がある魔導師ですから、私」
「あんなのでも王族に連なる人なんだよ、魔導師殿。ああ、我が国の恥が……!」
「細かいことを気にしていたら、大物になれませんよ? テゼルト殿下。人生には娯楽と刺激が必要なのです! 国益が絡まない他国の事情なら、楽しく傍観するのみじゃないですか! 大丈夫、あくまでも『個人的な遣り取り』です。揉めた相手が貴族ですから、同じかそれ以上の身分の者からの意見と判らせるためでしょう」
「後ろ盾として利用する気、満々に聞こえるんだけど。本当に聞いただけだよね?」
「……」
「視線を逸らさないでくれるかな!?」
煩いぞ、王太子。利用できるものは何でも利用するなんざ、常識だろうが。
あくまでも『個人的な繋がり(笑)』と主張する私に何かを察したのか、テゼルト殿下が顔面蒼白になった。ラフィークさんも固まっている。
はは、何を驚いているのだ。私は『貴方達の味方ではない』と言っただろう? シュアンゼ殿下は同志と化しているけど、ガニアには何の思い入れもない。どこに遠慮する理由があるのかね?
そもそも、ガニアが王弟の問題をさっさと片づけていれば、イルフェナに迷惑は掛からなかった。
被害者からすれば、ガニアという『国』が原因じゃねーか。
なぜ、気遣わねばならん。
優しさを期待する方が間違いなのですよ、テゼルト殿下。私は目的が達成されればいいのだから。
まあ、驚く理由も判る。手紙を送った皆様はご丁寧にも、『王家の紋章が透かしで入っている封筒と便箋』を使った上で、『魔導師を支持する(意訳)』と返事をくれたのだから。割と本気が窺えるお手紙です。
ただ、あくまでもそれは『私が悪かったんですかねぇ?』という、『お伺い』に対してのもの。別に、王弟殿下と揉めていることに対してではない。
……それでいいの、『今』はね?
勿論、テゼルト殿下の様に焦る人が出ることも想定範囲。貰った手紙がミスリード狙いや牽制といった形で、十分な威力を発揮することは予想済み。
皆はそれを含めて、こんな真似をしたのだろう。もっと言うなら、今後を見据えた判断だ。王弟殿下と私を比べて、どちらに付いた方が有益かを判断しただけである。
いくら王族だろうとも、未来がないなら味方する意味がない。泥船からは距離を置くだけだ。
『黒猫が遊んでいるから、邪魔をしない。だけど、情報は欲しい』
これが本音と思われた。なるほどー、他国から見ても、王弟殿下に価値はないのか。
……。
つまり、『潰しても、問題なし!』という意思表示。いやぁ、皆さん判ってらっしゃる。
「ミヅキ、君の人脈ってどうなってるの。これ、どう考えても異世界人だからって理由じゃないだろう?」
「色々ありまして、国の上層部の誰かに伝手がある状態です」
「……。詳しく話すつもりはないんだね?」
「ええ、勿論」
シュアンゼ殿下の問い掛けには当然、黙秘。貸しがあるとも受け取られてしまうので、そこは暈させていただこう。
さあ、とりあえず足場固めはできたかな? いきなりガニアで事を起こすと影響が出てしまうけれど、この様子ならば、ある程度の対策を取ってくれているだろう。
なお、魔王様には『皆にも送ったから、お問い合わせあるかも?』と事後報告で伝えておいた。沈黙が落ちたのは、魔王様が絶句したからに違いない。
ただ、『他国への影響を懸念した』という理由には納得してくれた。ガニアは北の大国、王弟殿下とその一派の失脚による混乱は免れまい。
周囲の国に勘繰られることは勿論だが、その影響が他国にも出る可能性がある。元の世界だって、近所迷惑になるなら挨拶回りくらいするじゃないか。私的にはそれと同じ感覚だ。
私にできることは、あくまでも『被害を最小限に抑えること』。貴族同士の繋がりまでは知らないから、各自の対処をお願いするしかない。
「そろそろ、仕掛けてくると思うんですよねぇ……」
楽しげに呟けば、手紙を眺めていた皆の視線が私へと集った。
「王弟殿下一派にとって拙い状況だと、十分理解できたと思うんですよ。ならば、次に起こるのは『邪魔者の排除』。私に何らかの罪を被せれば、落としどころに使えるもの」
「ミヅキを叩き出すため、そして自分達の非を相殺させるために行動する輩が出ると?」
「出ますね、絶対。警戒して動かない奴もいるでしょうけど、王弟殿下のやらかした誘拐が拙過ぎることも理解できている。早めの対処を狙う人はいるでしょう」
王弟殿下の所業を知ったなら、何とかイルフェナへの対抗手段を得ようとするだろう。そこで目をつけられるのが、私であ〜る!
私の後見人はエルシュオン殿下。私に何らかの形で罪咎を背負わせることができれば、誘拐事件と相殺できる。判りやすく言うなら、イルフェナ側に落ち度を作るってこと。
その落ち度を帳消しにする代わりに、誘拐事件に対しての抗議をできなくさせることが狙いだ。私の排除と言うより、イルフェナから突かれる可能性を消すことに重きを置いた策ですな。
『異世界人だから知りませんでした!』という言い分では回避できない罪に仕立て上げる必要があるので、殺人や国宝あたりの窃盗が妥当じゃないか?
「そうだね、そろそろミヅキの排除に動くかもしれない。君の狙いを知らなければ、イルフェナの動きの方が怖いだろうしね。未だ、イルフェナから抗議されない理由が判っていないから」
「あ、やっぱりシュアンゼ殿下もそう思います? イルフェナが王弟殿下を名指しして抗議、という展開は避けたいでしょうしね。王将を失ったら、全てが終わりますもん」
「うん。あの誘拐事件が致命的だと、嫌でも判るだろうからね。ミヅキの存在よりも、あの一件を何とかしたいんじゃないかな。『陛下に責任を押し付ける』なんて、楽観的な方向には考えられないだろう」
テゼルト殿下も難しい顔で考えているが、やはりその可能性はあると思っているのだろう。否定の言葉は上がらなかった。
あくまでも私の予想だが、このイベントは起こると思う。ならば、最初から警戒と対抗策の準備をすべきだ。どういった状況になるかは判らないが、その場で相手を論破する必要があるからね。
さあ、レッツイベント! 冤罪による断罪劇、まさかの主役ポジションですよ!
ノリノリで演じちゃうぞ! 知識を総動員して、イベントに挑もうではないか……!
「楽しそうですね、お嬢様。危険が迫っていらっしゃるのに」
「私にとっては、チャンスだもの!」
どこか呆れたようなラフィークさんにも、笑顔でお返事。
ええ、チャンスですとも。奴らの策を覆せれば、私がさらに有利になる……イルフェナが抗議する理由ができるじゃないか。
そろそろ、猟犬達も限界だと思うのですよ。
少しは『お裾分け』をして、ストレスを発散させてやらなければ。
「じゃあ、その場を整えようか」
そんな思惑を見抜いたわけではないだろうが、シュアンゼ殿下は思いがけない提案をしてきた。
驚くテゼルト殿下とラフィークさんに一つ頷くと、私に微笑みかける。
「私の足が治ったことを公表し、君の功績を知らしめよう。私の付き添いとして、君も夜会に出席するんだ。ミヅキを狙って来ることが確実ならば、こちらから罠を張ろう」
「……暫くは隠しておいた方がいいのでは? 普通に歩けるようになるには、それこそ十年計画でリハビリが必要だと思いますよ? 治ったことを公表してしまえば、嫌な思いをされるかもしれません」
これは最初に言わせてもらった。『今後、何年も歩けるように努力する気はありますか?』と。
厳しい言い方だが、故障個所が治っただけでは、普通に歩けるはずがない。筋力といったものを、シュアンゼ殿下はこれから身に付けなければならないのだ。
幼い子供が身に付けていく場合は『成長』と言われるだろうが、シュアンゼ殿下は成人済み。難易度は跳ね上がっている上、思い通りに動かない足に苛立ちを覚えることもあるだろう。
だが、シュアンゼ殿下は笑って私の片手を握った。……そういえば、手の力は意外と強かったっけ。守られるだけの弱者ではないと、思い出させたいのかもしれない。
ええ、確かに、私は手を振り解けませんでしたね。『前足を摑まれて、もがく猫』とか言われたし!
「ミヅキ。私はその努力さえ、『出来ない状態』だったんだ。確かに、これから色々と思うことはあると思う。だけどね、君がくれた切っ掛けと希望によって、歩くことは不可能じゃなくなった。……これだけでも充分過ぎるものなんだよ、この世界では生まれつきの障害なんて治せないのだから」
シュアンゼ殿下に憂いは感じられない。自分の今後がどうなるか判らないという不安もあるだろうに、それでも前向きに未来を語れる強さを彼は持っていた。
体温が低そうな見た目に反して、触れている掌は温かくて力強い。その性格も泣き寝入りするタイプではないと、私はもう知っていた。
シュアンゼ殿下は決意をもって、私へと再度問いかける。
「罠を張るかい?」
「……。ええ、勿論。簡単に負けるつもりはありませんから、楽しんでいただけると思いますよ?」
「はは! うん、確かに楽しみだ。では、陛下にお願いしてみよう」
楽し気に、それ以上に満足げに私達は笑い合う。互いが同志であることへの再確認、そして起こるだろうイベントに心を躍らせて。
ああ、テゼルト殿下? そんなに悲壮な顔をしないでくださいよ。私達は自己犠牲を覚悟しているわけでも、捨て身でもありませんからね?
私達は『遊ぶ』だけなのです。幼い子供の様に、残酷に。
負けた方に未来がないと判っていても、楽しい遊びに興じるだけ。
「楽しくなりそうだわ」
呟いた言葉は紛れもない本心。楽し気に目を細めるシュアンゼ殿下の姿に、残る二人も顔を見合わせて、『遊び』への参加を告げた。
「まったく……私も仲間に入れてくれないと、拗ねるよ?」
「是非、私も。主様がこれほど楽しそうなのです。側仕えとして、場を整えるお手伝いをしたく思います」
「勿論、歓迎よ!」
さあ、どんな手で来るかな? 敵さん、私『達』は手強いわよ?
早速、活用されるお手紙。親猫が頭を抱えている隙に、事態は進みます。
直接関わらなかった王弟の派閥の者からすれば、怖いのはイルフェナの方。
『異世界人を誘拐しちまった、どうしよう!?』な心境です。本当にヤバイのはその魔導師なのですが。
なお、動けないだけで、シュアンゼは大人しくありません。
はっきり言って、魔王殿下の方が善良です。




