他国の反応 其の一
――ゼブレストの場合
「……。ミヅキも忙しい奴だな」
送られてきた事情暴露のあれこれ……もとい、『自分の何が悪いか、指摘してくれ』というお願いと映像を見た途端、ルドルフは呆れたような口調で呟いた。
普通ならば慌てる内容――ガニアがイルフェナと魔導師に喧嘩を売った、とも受け取れるからだ――なのだが、そこは魔導師ことミヅキの親友ルドルフ君。慣れた反応を返して、さっさと仕事に戻っている。
今更過ぎて、その程度のことで驚くはずはない。
長い苦難の時を乗り切った彼だからこそ、この程度のスルースキルは身に付いている。
「それで済まさないでください、ルドルフ様!」
だが、慣れない奴もいた。『皆のおかん』こと、宰相アーヴィレン。保護者根性に溢れた彼にとって、これは許せる事態ではないのだろう。
はっきり言って、それが普通である。恩人であるミヅキ、そしてエルシュオンに対する自分勝手な悪意を見せつけられて、怒らぬ者はこの国に居ない。
二人がルドルフの味方をしてくれたことが、現在のゼブレストに繋がっているのだ。それを忘れるほど、恩知らず揃いではない。
……が。対するルドルフの返事は非常に単純なものだった。
「だって、ミヅキだぞ? しかも、初めから言い逃れできないほどの非がガニアにある。状況を見る限り、ガニア王達はミヅキの味方じゃないか。どこに心配する要素があるんだ?」
「そ、それは……ですが、これはミヅキ個人のことではございません。ガニアとイルフェナの問題となっているのですよ? そのように静観する構えで宜しいのですか?」
「不敬罪が適用されない以上、ミヅキを諫める手段が存在しない。脅迫も、実力行使も意味がない魔導師相手に、王弟殿下一派ができることって何だ? しいて言うなら、命乞いだろ?」
「ルドルフ様、あの方達は命乞いなどなさらないかと」
「じゃあ、最悪な結末目指して一直線だな! ガニアが荒れるかもしれないから、俺達が気にするのはそこだ」
さり気なく、セイルが状況の悪化する可能性を伝えれば、あっさりと『他人事だし?』な発言をするルドルフ。親友だからこそなのか、大変理解あるお言葉である。あまりに的確過ぎて、アーヴィレンも返す言葉がない。
その遣り取りを苦笑しながら眺めているセイルとて、ルドルフの言い分を否定するようなことは口にしない。守護役だからこその信頼……と言えば聞こえはいいだろうが、セイル自身もそう思っているだけだ。
なお、これは『希望的観測』やら、『無条件の信頼』などというものではない。ミヅキと接してきた時間がもたらした確信……彼らにとっては事実である。
それなのに、ミヅキは毎回、その予想を遥か斜め上に越えていく。
予想より酷い報復をするくせに、確実に利を出す思考回路の持ち主。それがミヅキ。
『魔導師は普通じゃない』と言われる理由が、ミヅキに関しては少々異なるのだ。ただ、交渉や保護者に頼むという最終手段が残されているため、表立って脅威として扱われていなかった。
その最後の頼みである保護者――エルシュオンが止めていないなら、黒猫は狩りを止めるはずはない。飼い主限定で『待て』ができる魔王殿下の黒猫……ガニアはその意味を思い知るだろう。
賢いくせに、時々妙な拘りを見せる魔導師にとって、仕掛けてきた輩は玩具に等しい。ミヅキと親しい者達からすれば、今回の一件も『さぞ、楽しく遊ぶのだろう』としか思えないのだ。何より、彼らは国の上層部に在る者達だった。
ぶっちゃけ、彼らは傍観する姿勢オンリー。諫める? 何の冗談だ。
人の不幸は蜜の味! とばかりに、楽しく鑑賞するだけである。
利用できるものは利用し、危険なものには近寄らず。人の上に立つ者にとって、見極めと決断の速さは重要なものであった。ルドルフも当然、それらを兼ね備えている。
そういった点も、『魔導師の友人』と呼ばれる人々にとっては当然のもの。アーヴィレンとてそれらは理解できているので、今回は『影響を警戒する宰相としての判断』+『おかん属性』、+『恩人への情』といったものが発揮されただけであろう。
破天荒娘とその類友の傍には抑え役が必須なので、彼のような反応を示す存在は重要であった。ミヅキに恩があるのは事実だが、感情のままに味方するのは問題なのだ。
時に宥め、時に意見する、常識人の代表・アーヴィレン。さすがは、皆のおかん。放っておくと暴走する子供達――ルドルフ、エリザ、セイル――の良き相談相手&ストッパー。
彼らの身分、そして能力的な意味でも、そう簡単にミヅキに同調していいはずがない。アーヴィレンはルドルフ達が行動する時は諫め、また静観する時は伺いを立て逆の立場を取ることで、意見を纏め上げる役を担っていた。
彼のおかげで、ゼブレストは今日も平和である。最近は胃も丈夫になったようで、何よりだ。
「とりあえず、『珍しくお前の言い分の方が正しいが、国によって異なることがあるのも事実。状況によって、例外が設けられている場合もあるから、今回は王弟達に倣ってみたらどうだ?』って返しておくか」
「ルドルフ様、それではミヅキを煽るだけでは……」
「それ以外に納得できる要素がない。あちらの王族が手本を見せてくれたんだ、『正しいこと』なんだろうさ」
突っ込むアーヴィレンをよそに、楽しげに笑うルドルフ。そんな主の姿に、アーヴィレンは深々と溜息を吐いた。
傍観するだけと暗に言いつつも、しっかりミヅキの後押しを。そんな思惑が垣間見えるお答えは誰が聞いても、『魔導師の親友』に相応しいものだった。
※※※※※※※※※
――バラクシンの場合
「……」
「……」
映像を見終わった王族兄弟は互いに無言だった。正しくは、言うべき言葉が見つからないだけであろう。
「ガニアの王弟殿下は、これ程に愚かであったか」
深々と溜息を吐く兄――バラクシン王の姿に、同じく王弟という立場にあるライナスも溜息を吐く。
彼ら兄弟は魔導師――ミヅキの性格をよく知っていた。それはもう、強烈に記憶に焼き付いていた。
保護者ことエルシュオンを化け物扱いした自国の馬鹿どもと、その背後にいた教会派貴族達がどうなったのか。それを間近で見ていただけに、ガニアの王弟殿下一派が無事に済むなどとは思えない。
「魔導師殿を狙うなら、まだ判りますが……エルシュオン殿下を狙うとは。兄上、今回ばかりはガニアとて、打つ手なしでしょう。確実に、魔導師殿に狩られます」
「いや、ライナス? その表現もどうかと思うぞ?」
可愛い弟の物騒な言葉に、顔を引き攣らせるバラクシン王。だが、ライナスは大真面目だった。
「兄上、希望的観測はやめましょう。魔導師殿を怒らせただけならば、まだ希望はありました。……エルシュオン殿下が諫めるでしょうから。ですが、今回ばかりはエルシュオン殿下も諫めないでしょう。いえ、ある意味では諫めているのかもしれませんが」
「ん? どういうことだ?」
奇妙なことを言い出した弟に、バラクシン王は怪訝そうな顔になる。そんな兄の姿に、ライナスは若干遠い目になりながらも理由を口にした。
「……エルシュオン殿下を誘拐されかけたのです。大人しくしているのでしょうか、アルジェント殿達は」
「え゛」
「魔導師殿ばかりが目立っていましたが、あの時、怒りを露にしたのは彼らも同様です。最悪の剣と称される者達が、主への攻撃に牙を剥かないはずはありません。エルシュオン殿下が彼らを抑えているか、彼らが直接動かない妥協案が魔導師殿を諫めないことなのでは?」
ここに魔導師本人がいたならば、「正解!」と褒めたであろう。誰もが魔導師に注目する中、『厄介な者達(=アルジェント達)』に目を向けた者は極僅かなのだから。
バラクシンの苦労人代表・ライナス(王族)。彼は自覚のないまま、彼らの理解者――賛同者に非ず――と化しているらしかった。 苦労人だからこそ思い込みや常識に惑わされず、状況を見極める目が育ったのだろう。
ただし、彼は王族。本来ならば、人を使う側。なのに、苦労人。
そうなるまでに、どれほどの苦労があったというのか。涙を誘う話である。
「しかし……いや、確かに……」
「そもそも、守護役が動かないというのも奇妙です。監視対象である魔導師殿が誘拐されていますから。まあ、『魔導師殿が好き勝手できる』ということが答えと、私は思っています。エルシュオン殿下ならば穏便な解決を望むでしょうが、同時に魔導師殿を可愛がってもいます。アルジェント殿達が手伝うくらいは認めているでしょうね」
『今回、最強のストッパーがいないみたいです。現時点では魔導師個人となっていますが、暗躍する奴らもいるかもしれません』(意訳)
馬鹿正直な感想を述べるライナスに、王は顔を強張らせる。否定する要素が見つからない上、その可能性がかなり高いのも事実だからだ。しかも教会派の一件を見る限り、魔導師&愉快な仲間達(意訳)の連合軍は冗談抜きに脅威である。
ライナスが懸念するのも仕方ないことだろう……バラクシンにとって時期が悪過ぎる。バラクシンの改革は始まったばかりなのだ。内部が不安定極まりない状況で騒動の煽りを食らえば、致命傷に繋がりかねない。
何しろ、北の大国の不祥事である。しかも一方的にガニアが悪いため、ミヅキが個人的に暴れなかった場合は、イルフェナが正式に抗議していただろう。十分、大事だ。
そんな未来を免れたのは魔導師の存在と、エルシュオンの機転があったからこそ。いや、イルフェナが『敵の思惑に乗るほど愚かではなかったこと』も理由だろう。
それこそ王弟の望むものだと――『ガニア王に責任を取らせることが目的』だと気づかぬほど、イルフェナは愚かではなかった。ゆえに、相談事と称してミヅキから状況説明がなされたのだと、バラクシンの王族兄弟は理解できていた。
イルフェナから情報がもたらされたならば、ガニアと争うための事前通達と受け取られてしまう可能性もある。王弟の狙いが判っているからこそ、些細な隙も見せるわけにはいかないのだろう……と。
ライナスも兄の苦悩を思い、かける言葉が見つからない。直接の被害はなくとも、イルフェナとガニアの仲が険悪になることは避けたいというのが本音だ。被害が飛び火する可能性も含めると、実に頭の痛い出来事である。
――ただし、ライナスは一つ勘違いをしていた。
彼の兄はそのことについて、それほど悩んでいたわけではない。寧ろ、原因はライナスだった。
『ちょ、今そこに気づきたくなかった! っていうか、何故、わざわざそれを言う!? 部外者にはどうしようもないことだよな!? ……お兄ちゃん呼びを強要した報復? 報復なのか、ライナスぅぅぅー!』
以上、現在進行形で王の心境である。有能な王はもたらされた『毒』に、弟の優秀さを褒めるべきか、無自覚の報復なのか、お悩み中であった。
今回の一件に危機感を持たなければならないのも事実だが、彼(とその妻)は教会派貴族達の猛攻を耐えきった猛者である。ゆえに、そこまで慌ててはいなかった。
なお、夫婦の原動力となったのは、『幼い弟萌え!』の精神であることは公然の秘密である。萌えとは偉大なり。
また、現時点では部外者という立場にいることも大きいだろう。自国が当事者として巻き込まれたわけでもないので、傍観する姿勢を貫くことが可能なのだ。
そもそも、どちらかに助力するよう求められても、バラクシンが味方をするのはイルフェナ一択。ガニア内部や巻き添えをくらった北部が荒れようとも、国の位置的に他人事である。
というか、これまでのバラクシンの方が酷い有り様だった。それもあって、王はガニアに同情する気にならないのだ。しかも、王弟を抑え込めなかったのも、誘拐の原因もガニア。
ライナスの発言がなくとも、バラクシンの方針は決まっている。野心に目を曇らせた者(=ガニア王弟)の味方など、するはずもない。
自国が混乱することも望まないので、王弟の味方をする貴族が出た場合は家ごと取り潰し、証拠隠滅を図る所存である。『そんな馬鹿な貴族など、我が国に要らん!』という本音もあるので、何の問題もない。
『魔導師殿は確かに、災厄扱いされる存在。だが、無差別というわけではなく、話の判る一面も持つ。そもそも、ガニアの自業自得にしか思えん』
王の中では、すでにこのような結論が出ていたのであった。ガニアと同じく、兄弟間で揉めた――『外野が騒いだだけで、ライナスを疎んじたことなどない!』と国王夫妻は主張――経験がある王は、ガニアの現状に対し、存外冷めた見方をしているのだ。
ただ……主第一の『最悪の剣』については、無意識に除外していた。思い出さなかったわけではなく、エルシュオンが彼らを抑えると確信していたから。
それならば、ミヅキがガニアで暴れるだけだろう。これまでを顧みても、魔導師の被害はガニアだけに留まるに違いない。
そう思っていたのに、追加とばかりにもたらされた可能性。ライナスは無自覚に鬼である。
王自身の結論は出ていたので、ライナスの発言は不安を煽るだけであった。いくら王族だろうとも、彼らには手の打ちようがないのだから。
ミヅキの暮らす騎士寮、そこに住まう人々はエルシュオン直属の騎士である。彼らの中には貴族も多く、その筆頭は公爵家。
きっと彼らは『報復ではなく、ミヅキからのお願いに応じた』という建前の下、家の権力を使うことすら躊躇わない。ミヅキ個人ならばともかく、横の繋がりがある貴族が参戦すれば、その攻撃範囲は拡大する。
バラクシンの一部がそんな奴らの敵に回れば、『王弟の味方をするなら、いっそ国ごと……』などと思われかねないだろう。未だ、他国の者にさえ不快な思いをさせた馬鹿ども(=教会派貴族達)が残っているので、不安しかない。
唯一の主に対し、盲目的と思えるほどの忠誠を持つ騎士は怖いのだ。教会関連で信者に手を焼いたからこそ、『唯一を持つ者』がとんでもない力を発することがあると王は知っていた。
その代表格は聖人である。信者達を守ると決めた彼は強かった……近衛に属していた騎士を沈めるくらいには。
未だに『神に選ばれ、神がお力を貸し与えた』と言われているが、あれは正真正銘、聖人本人の力なのだ。後がないことに加え、これまでの苛立ちが爆発した結果である。
まあ、ともかく。
そんな人をリアルに知っているバラクシンとしては、『翼の名を持つ騎士』は極力怒らせたくない存在なのだ。とても気を抜ける状況ではない。
少なくとも、『事情を知らなかったから手を貸した』という言い分など、信じてくれまい。うっかり王弟の派閥に関わろうものなら、後に待つのは地獄だ。当事者だけで済めばマシである。
そして……その『凶悪な集団』の目は、今やガニアに向けられている。
『最悪の剣』の全面的なバックアップと、彼らの期待を一身に背負った魔導師。しかも、ストッパー不在。
こんな状況に、蒼褪めない輩はいまい。王の反応は非常に真っ当なものであり、さらっと可能性を口にするライナスの方がおかしいのだ。
ただ……『どんな事態にも冷静に対応する優秀さがある』というのも事実であって。
「ライナス、お前は本当に有能な子に育ったな。兄は嬉しく思うぞ」
結果として、王の中ではブラコンが勝った。『エルシュオン殿下へと【イルフェナを支持する】と表明しておけば、【我が国は】大丈夫』――そんな思惑もあるゆえの余裕であったが。
王たるもの、優先すべきは自国である。自己防衛、超大事! 自業自得の国なんぞ、知らん! を地で行く王だった。迂闊に近寄らなければ、怪我もしない。
内心の葛藤を微塵も表に出さず、微笑んでライナスの頭を撫でる王。顔を赤くするライナスだが、これまで距離を置いてきたことに罪悪感があるせいか、大人しく撫でられている。
仲良し家族による意識改善は順調であるようだ。年齢を考えなければ、微笑ましい光景であろう。
『魔導師殿の態度には、何の問題もない。ただ、エルシュオン殿下の恥になることだけは避けるべきだろう。それから、我が国はエルシュオン殿下の方針を支持する』
後に、こんな返事がミヅキの元に送られ、『……ガニアでは節度を持った上で好きにしろ、無関係の国には平和主義で宜しくってことかな?』などと解釈されたのだった。ある意味、正しい選択をしたようである。
主人公から手紙を受け取った反応です。
継承権争いも珍しくない人達なので、意外と冷めた目で見ていたり。
多分、最重要項目は『今回はストッパー不在』という事実。
※活動報告に魔導師14巻の詳細を載せています。




