お茶会=戦場 其の二
室内にはお茶の良い香りが漂い、ドレスを纏ったお嬢様方――年齢は様々――が集っている。そんな優雅な一時に、人々は楽しげに会話を交わす……のではなく。
「こ、この……」
「ふふ、お言葉が悪いですよ? 王弟『妃殿下』?」
早くも、私と王弟夫人――個人的にはこちらで呼ぶ――が睨み合っていた。いや、睨んで来るのは王弟夫人だけで、私はのほほんと返しているけどさ。
誤解のないよう言っておくが、私とて最初から揉める気はなかった。だって、ここは『王妃様主催のお茶会』なのだから。
自分から仕掛けるなんて真似はしませんよ? 恥をかかせるわけにはいかない上、不利になるじゃん。
ただし、王弟夫人は最初からやる気満々だったらしい。
『そちらが魔導師様なのね? あら、ドレスさえ貸し与えていただけなかったのかしら?』
こんな台詞と共に、初っ端から取り巻きのお嬢様方(笑)――多分、王弟殿下の派閥に属する家の奥方――と嘲笑ってくださったのだ。
勿論、王妃様はそういったことに気がつかなかったわけではない。ただ、私が拒否させていただいた。
そもそも、急に『民間人を招きたい』と我侭を言ってきたのは王弟夫人。民間人はドレスなんて所有していないのが普通だし、私に至っては戦闘服と化しているドレスしか持っていない。
王弟夫人は私がドレスを着ていたら『似合わない』と扱き下ろし、着ていなかったらその他の理由で貶めたいだけだったと予想。うむ、判りやすい人で何より。
ただ、王弟夫人は忘れていらっしゃるようだ……私は『民間人』であり、『本来はこの場にいるはずがない存在』なのだと!
何を言われても『あー、そうなの?』としか思わないし、『お前が呼びつけたからじゃん?』という反論ができてしまう。
っていうか、誰が聞いてもおかしい状況なので、『王弟夫人が魔導師に嫌がらせをした』という事実が組み上がっていくだけである。私が悪者にならないようにするためにも、重要なカードです。
ありがとう、王弟夫人! この場は全て、貴女に非があるということにできそうだ!
それに、魔王様から『シュアンゼ殿下を守れ』と言われている以上、『シュアンゼ殿下の親に問題がある』と判るのは喜ばしいことなのですよ。
何せ、私はガニアの現状など知らない(ということになっている)。シュアンゼ殿下を親から引き離す――シュアンゼ殿下は最初から距離を置いているが、あちらは自分の手駒と思ってそうだ――意味でも、説得力のある言い分になってくれるだろう。
『貴方達に常識がないと判断しましたので、シュアンゼ殿下の保護者は国王夫妻と認識させていただいております』
こんな言葉と共に、非常識な出来事を突きつければ問題なし。勿論、魔王様にも今回のことは報告するので、『エルシュオン殿下も呆れていらっしゃいましたよ?』という台詞も追加されるに違いない。
何より、私にとって王弟殿下はすでに警戒対象と化している。昨日のことがあったばかりなのに、今日のお茶会強制参加。これで疑うなという方が無理だ。
茶会に付き合う義務はあっても、王弟夫人の都合に合わせる義理なんぞ、私にはない。
ぶっちゃけ、敵が来ることが判っている以上、何の防備もしないってありえないと思うんだ。それに、私の服は決して安物ではないのだよ。
だから、ついつい自慢しちゃったんだよね。
『ドレスではありませんが、使われている生地はゼブレスト王より賜わった、魔力付加のものですよ? それを元に、私が作り上げた品なのです。複数の補助魔法が組み込まれていますので、価値は……その、皆様の纏っていらっしゃるドレスや装飾品を合わせても、こちらの方が上かと』
嘘ではない。報酬の一つとしてルドルフに貰ってから、私のトレードマークと化している品ですぜ?
とんでもなく価値のある布を使って、通常ではありえない複数の魔法を付与した一品なのです。お貴族様なら――高位魔術師である夫を持つ王弟夫人ならば、その価値が判るはず。
そして、効果は覿面だった。一瞬にして、それまで嘲笑っていた人々は口を噤み、顔面蒼白。まあ、『王から賜わった品』ということも含めると、顔色が変わるわな!
彼女達のあからさまな反応に、つい気を良くした私は、更なる追い打ちもかましてみた。
『皆様、どういたしました? ……ああ、あまりの価値に言葉がないのですね。ご安心ください? いくら価値あるものを纏っていようとも、重要なのは纏っている人間なのですから』
『そ、そうよね……判っていらっしゃるじゃな……』
『南に属する国にあらゆる功績を残し、民間で【断罪の魔導師】と呼ばれているだけ。私には、その程度の価値しかありません。複数の術を組みこんだ魔道具を作ったり、異世界の知識を持っているだけなのですよ』
『……』
『【民間人】で、【価値がない私ですら、この程度のことができる】のです。ふふ、この国の魔術師達はもっと素晴らしいことができるのでしょうね!』
ノリノリで部分的に強調する私に、王弟夫人達はそれが嫌味だと悟ったようだった。しかもこれ、王弟殿下の派閥に属する彼女達だからこそ、絶対に反論できない。
……迂闊に反論すれば、王弟殿下を始めとする魔術師達が私以上だと、証明しなければならない流れになるのだから。
それだけは回避したいのか、彼女達は黙り込むだけだった。で、先ほどの王弟夫人との遣り取りへと繋がるわけだ。
さすがにプライドがあるのか、王弟夫人だけは睨みつけてきた。それを軽〜く受け流し、更に『妃殿下』を強調してみたので、彼女の中では『王族が民間人、もしくは異世界人に負けた!』的なことになっていると思われた。
やだなー、まだ始まったばかりなのにぃ♪
初っ端から自爆して、どうするのさー♪
忌々しげに睨み付けてくる王弟夫人。選民意識が強い彼女からすれば、民間人如きに負けるのは許せないらしかった。
対して、私はわくわくしながら、次の彼女達の言葉を待っておりますよ! 隣で呆気に取られている王妃様のことは気にしない! 大丈夫って、自己申告済みだもの。
おそらくだが、同じく呆気に取られているのが、王妃様の派閥の皆様だろう。嫌味が始まった当初、動いてくれようとしたからね。
ただ、彼女達が守るはずの魔導師の反応が、どうにも予想の斜め上。王弟夫人一派と嫌味の応酬を始めてしまったことで、口を出しにくくなってしまった模様。すまんね、大人しい子じゃなくて。
「あら、失礼……っ。魔導師様は優秀でいらっしゃるのね」
「保護者の教育の賜物ですよ。異世界人はこの世界に来た当初、赤子の様に無知なのです。教育するのは、後見人の務めだと聞いています。育児放棄する親じゃあるまいし、無責任な真似は『人として』できないのでしょう。気に入らないから放置なんて、世間的にもクズと言われますしね。立場がある方でしたら、『絶対に』そのような真似はできませんよ」
事実である。異世界人は後見人の取った対応によって、かなりの差が出て来るのだ。アリサという比較対象もいるので、イルフェナとバラクシン共通の認識です。
ただし、嫌味がプラスされていることも事実。
反論しにくい事実と嫌味に、王弟夫人は顔を引き攣らせていた。王弟夫人の派閥の皆様は、ちらちらと王弟夫人を窺っている……下手な反論は、王弟夫人の首を締めると理解できているらしい。
だけど、そこで終わらないのが、世界の災厄こと私であ〜る。
「そ、そうね。私にも子がおりますから、納得できましてよ」
引き攣りながらも、何とか取り繕おうとする王弟夫人に対して、本日最初の爆弾投下を。ふふ、さあ釣られておくれ?
「あら、そういえばシュアンゼ殿下は……いえ、この話は止めにしましょう。シュアンゼ殿下は『非常に真っ当な方達に育てられたから』こそ、大変優秀な方になられたのですから。テゼルト殿下といい、子育ての成功例ですねぇ」
『な!?』
皆の声が綺麗にハモった。これには王妃様さえ、軽く驚いた表情になっている。まあ、普通はこんな場でバラさないものね。
「魔導師様、言葉が過ぎますわよ!? 失礼ではありませんか!」
暈した言い方ながらも、特定の人物には絶大な効果を発する嫌味に、即座に王弟夫人が反応する。だが、この反論こそ、私が欲しいものだった。
「ええ!? そこで怒るなんて、やっぱり『育児放棄』は事実だったんですね!? 部外者に知られたくない秘密だったんですね!? 『非常に真っ当な方達』が誰を指しているかなんて、私は言ってないのに!」
「……え!? あ、そのようなことはっ」
驚きのあまり声を上げる私――そう見えるよう、装った――に、誰もが顔色を変える。この国では公然の秘密だろうと、部外者に漏れるのは拙いよねぇ?
己のミスを悟った王弟夫人は慌てて否定の言葉を口にするが、もう遅い。私は『シュアンゼ殿下は国王夫妻に育てられたから、大変優秀なんですね』なんて、言ってないぞ?
最初にシュアンゼ殿下の事情を匂わせる発言をすることにより、王弟夫人が誤解するよう誘導を。私は決定的なことを言っていないので、王弟夫人が怒る場合は『後ろめたいことがある』と思われるだけである。
そもそも、私はシュアンゼ殿下を『優秀に育った』と褒めているじゃないか。育てているなら誇るところであり、間違っても怒ることはない。
まあ……王弟夫人は『自分達夫婦が真っ当ではない』と言われたように感じたようだが。さすが駄目親、怒るポイントが違います。
そんなことを考えつつも、顔色を変えて必死に言い繕おうとしている王弟夫人に目を向ける。時折、悔しそうに王妃様へと視線を向ける姿に、この茶会への強制参加の裏が透けて見えた。
王弟夫人は、私が国王夫妻の味方だと勘違いしていたのだろう。そうなると、情報の共有も当然あり。すでに事情説明をされていると、確信していた可能性が高い。
それがこの茶会への参加に繋がっているので、こんな引っ掛けを使ってくるなんて思わなかったんじゃないか? 要は、自爆です。
では、『私がそう思った理由』を聞いていただこうか。皆さんの耳に入れたい情報もあるしね!
「だって、私はシュアンゼ殿下の言葉から推測しただけですよ? 後は、昨日の王弟殿下の態度ですね。不審に思う要素しかありませんでしたし」
擁護の声を上げようとしていた王弟夫人一派は、唐突にもたらさせた新たな情報に揃って口を噤む。その表情を見る限り、『どういうこと?』とばかりに困惑している模様。
そんな彼女達の様子に、私は……にやり、と笑った。びくっ! と王妃様以外の肩が跳ねたのは、きっと気のせい。
「だって、昨日の王弟殿下はありえませんでしたよ? 私が誘拐されたと決め付けているのも謎ですが、その場にいらっしゃったシュアンゼ殿下のことなんて、一切気にかけていらっしゃいませんでしたし! 誘拐を疑い、犯人がその場にいるとするならば、一番に息子を気にかけるのが普通では?」
「そ、それは」
途端に、言いよどむ王弟夫人。このことは派閥の皆様も知らなかったのか、視線が王弟夫人へと集中した。
「普通は襲撃と捉えるはず。誘拐と断言できるのは、犯人だけなのですが……」
「ち、違うわ! そ、そうね、旦那様は少し慌てていらしたのではないかしら?」
物騒な言い方をしたせいか、益々焦る王弟夫人。私は彼女に対し、安心させるように微笑んだ。
……余計に怯えさせたようだ。解せぬ。
「ああ、ご安心ください? 魔導師である私の派遣に、エルシュオン殿下は納得してらっしゃいます。テゼルト殿下がシュアンゼ殿下の状態をご相談なさったことで、私はこちらに来る予定になっておりましたので。まあ……『斬新なお迎え』でしたけど」
ちらり、と王弟夫人に視線を向ける。彼女は夫のしでかしたことが拙いと理解できているらしく、忙しなく視線を彷徨わせていた。
そんな彼女の姿に、私は内心大笑い。そして、場の空気を変えるように肩を竦めた。
「まあ、そのようなことがありまして。親としてありえないなー、とか思ったので、シュアンゼ殿下に伺ったのですよ。『息子を案じていないのか?』、『そもそも、足の相談は貴方のご両親がすべきでは?』、『息子の部屋に集団で押し入るって、どういうこと?』と」
「そうねぇ……魔導師様の立場からすれば、疑問に思うのが普通かしら」
呑気な口調で、王妃様が援護射撃を。……いや、この人は本気でそう思って口にしたんだろうな。どうにも天然気味な印象です、ガニア王妃。
ただ、その呟きは派閥に関係なく、多くの賛同を得たらしい。頷くお嬢様が続出している。派閥や権力争いとは無縁の立場からすれば……という感じだ。部外者だしね、私。
「シュアンゼ殿下からは『自分を育て、気にかけてくれたのは国王ご夫妻であり、親代わり』というお答えをいただきました。随分と暈した言い方だったので、様々な人にさり気なく聞いてみたのですよ。ほら、育児放棄されていたなら、本人に確認したりできませんし。その類の話題には気を使わなきゃならないじゃないですか」
『気遣いの一環なのよー! 好奇心じゃないのよー!』とアピールしつつも、トドメへ。
「ですから。先ほど王弟妃殿下がお怒りになられたことで、確信を持ったのです。『触れてはならない内容』だったのですね? 高貴な立場ほど、醜聞は隠しておきたいものですもの。謝罪いたしますわ。ですが、知ってしまった以上、なかったことにはできません。それはご了承くださいね」
「そう、ね……判ったわ」
申し訳ございません、と言ってから頭を下げる。王弟夫人の声に力がないのは、きっと気のせい。頭を下げている私が笑顔なのは、もっと気のせい……!
ふふ……反論できない内容・第二弾の威力はどうよ? 民間人如きに手玉に取られた、なんて屈辱でしょ?
育児放棄は事実な上、当事者であるシュアンゼ殿下の証言付き。そんな『隠しておきたい醜聞』に対し、私は理解をして見せた。醜聞が事実と確信するゆえに、『気遣い』を見せたのだ。
で、この状況で、反論すればどうなる?
侮辱と憤って見せれば、即座にシュアンゼ殿下の全面協力の下に証拠各種が揃えられた挙句、『王弟夫妻は、我が子ですら虐げる』という評判が他国にさえ出回ってしまう。イルフェナ勢が調べた証拠も付ければ、言い逃れなんてできん。
まあ、個人的にはこちらでもいいと思っていた。シュアンゼ殿下自身が攻撃の中核になるので、報復の機会をあげてもいいんじゃないかと思うのだよ。気の毒なシュアンゼ殿下に対する、ささやかな優しさです。
だが、王弟夫人は場の空気が読める人らしく、回避する方を選んだらしい。自分達の行ないに自覚がある上、ただでさえ取り巻き達から不審たっぷりの視線を向けられているのだ……ま、争う方は選ばんわな。
悔しそうにしながらも、王弟夫人はこの話題を打ち切った。これ以上、この場で状況の拙さを暴露されるのは悪手と踏んだんだろう。
けれど、お茶会はまだ始まったばかり。
大丈夫! 王弟夫人よ、貴女はやればできる子だ。この程度の嫌味じゃ潰れないって、信じてる!
もっとだ、もっと輝け! そして私に叩き潰されるまでが、今回の見せ場じゃないか。
「あら、お茶が冷めてしまっているわ。淹れ直させましょう」
王妃様の言葉に、顔を強張らせながら見守っていた侍女達が即座に動き出す。侍女達のあからさまに安堵した表情に、場の空気を変えた王妃様への感謝が滲んでいる気がした。
……が。
「折角のお茶会ですものね。皆様に楽しんでいただかなくては」
にこにこと告げる王妃様……仕切り直したのは、本当に善意から? 貴女の派閥の皆様、何故か私に期待の籠もった視線を向けてくるんですけど!?
もしや、これまで相当ムカついていたのだろうか? 王妃様の性格上、あからさまな攻撃とかはしないだろうし。
疑問に思うも、正解など得られない。そんな私へと、王妃様は微笑んだ。
「魔導師様も楽しんでね?」
「……。ええ、楽しませてもらいます」
王弟夫人を玩具に、先ほどから楽しませてもらってますよ。それが判っているだろうに、この言葉……やはり、表面どおりの意味だけではなかった模様。
王族って怖ぇ! でも、今回はありがたく誘いに乗らせてもらおうと思う。
――この茶会の主催は王妃様。その主催者直々に、『災厄』は招かれたのだから。
挨拶代わりに、まずは一戦。お茶会はまだ続きます。
王弟夫人は主人公を『異世界人』と侮っていたのに、予想外の対応をされて困惑中。
夫のしでかしたことが拙いと判っているので、主人公を牽制したかったのですが、
相手は獲物を狙う目をした黒猫でした。
嫌味の応酬を娯楽と捉えるあたり、主人公の方が性格悪し。
次話にて、もう少し状況が判る予定。
※活動報告に魔導師14巻のお知らせがあります。




