狩りが始まる
「さて、話し合いを再開しましょうか」
そう言いつつも、場の雰囲気的にすぐには無理だと判っている。魔王様にはイベント終了と共に一言入れたが、無言のまま。あちらも話し合いでもしているのだろう。こちらの空気を察しているのかもしれないが。
ちらりと、室内に視線を向ける。王弟殿下一派が退散した後、室内には何とも言えない空気に満ちていた。
これは騎士達がこの場に残っていることも大きい。彼らはこれまでの経緯を全く知らなかったことに加え、私という脅威を目にしたのだから。
警戒するなという方が無理なのですよ、この場合。だけど、王からの説明――私が口にした情報が事実かは不明、ということも含めて――もないから、黙ってこの場に留まる他はなかった。
そんな彼らの姿は、私にとって非常に高評価。
だって、ガニア王が認められてるって証拠じゃん?
先代の遺言だけで王位に就いたわけではない、という判断材料にはなるもの!
私はガニアという国に関しては、何も知らない。だから、『現ガニア王が全く認められていない』という可能性を捨てきれなかった。
あれです、先代に忠誠を誓うからこそ、この人を王と認めたってやつ。それだと、非常にやりにくくなってしまう。
だが、騎士達は彼らを守っている。命じられたからではなく、それが当然という態度を崩そうとしない。そんな姿は、様々な国で見かけた近衛騎士達と重なった。
結論……ガニア王は配下達に十分認められている。
勿論、全てが彼を認めているわけではないだろう。王弟殿下の存在がある以上、どうしたって対抗勢力はできる。
それでも、これまで国を治めてきた姿を認めている人も数多くいるのだと推測。王になってからの実績が物を言った、という感じ。
王弟殿下を排除した途端、下克上が起こりまくる状態になるというのは困る。それなりの混乱は避けられないとはいえ、『ガニアを治めてもらわなければならない』のだ。だから、この確認は必須だった。
「……。やはり、あやつが画策したと見るべきだろうな」
ぽつり、とガニア王が呟く。少しでも信じたい気持ちがあったのか、その姿は誰が見ても気落ちしている。
王妃様も気遣わしげな視線を王に向けているが、かける言葉が見つからないらしい。
「今更じゃないですか? これまでも些細な行動は起こしていたんでしょう? それに対して、毅然とした対処をしなかった結果、増長した。よくある流れですね」
「それ、は……」
「それが現実ですよ」
騎士達から批難するような視線が向けられるが、それらを気にも留めずきっぱりと言い切る。
何を悲しむというのだ、どう考えたってそれが全てじゃないか。
「そうそう、これを貴方達にあげる」
「え? ……っと! 魔導師殿、これは?」
そう言うなり、身に着けていた小型の魔道具を騎士達に向かって放り投げる。唐突な行動に、騎士達の一人は驚きながらも無事にキャッチした。
「それ、さっきの会話を録音した魔道具。証拠として必要でしょう?」
「証拠?」
「あら、気づかなかった振りをするの? 私は『誘拐されたのではなく、二国間了承の上で派遣された』と証言した。誘拐ならば被害者に該当する者の証言により、『誘拐の可能性はない』と判断できる。これは『何故か、誘拐と決め付けてきた王弟殿下さえも納得したこと』。よって、一連の出来事には何の問題もない。そもそも、『王太子殿下とエルシュオン殿下が個人的に交わした約束事』であり、『国王ご夫妻は関与していない』。それを証明できるでしょう?」
「そ、それは……」
「無駄な言葉はいらない。それが全てなのだと受け入れろ」
それらの言葉から予想される事実に、騎士達の顔が強張った。まあ、そうだろうね。他国の王族を誘拐し、それを国王夫妻のせいにしようとした……なんて、口が裂けても言えまい。
「それが『事実』なのよ、それでいいの。……そうしようと努力した、テゼルト殿下と国王ご夫妻のお気持ちを無駄にするんじゃないわ。ちなみに、エルシュオン殿下も了承済みだから安心していい」
「魔導師殿、エルシュオン殿下は未だ納得していないのでは?」
説明する私に、律儀にもガニア王が突っ込む。だが、それは杞憂というものだ。魔王様は基本的に争わない未来を望むのだから。
「いいえ? 私に譲った時点で納得してくれています。そもそも、貴方と言葉を交わしているにも拘わらず、糾弾なんてしなかったじゃないですか。最も効果的なタイミングを逃す方ではありませんよ」
ガニアを攻撃したいならば、王弟殿下が出てこないうちにチクリとやるだろう。情報が不足している上、私という証人までいるのだ。その優位性を見逃す魔王様ではない。
ただ……私は魔王様ほど善良ではないわけで。
「ああ、一つ確認を。私は今回の元凶とその一派を〆たいと思い、シュアンゼ殿下という共犯者を得ました。まずは、それを理解なさってください」
「そうだね。ミヅキはエルシュオン殿下にそう主張していた。私でいいなら、喜んで共犯者になろう。どうせ、先がない身の上だ」
「主様!」
「事実だろう、ラフィーク。あの男がこれほどの事件を起こした以上、私だけ処罰なしというわけにもいかないよ。親の罪だろうとも、当事者だけで済む範囲を超えている。貴い血筋と誇るならば、その階級に相応しく連座となることにも理解を示すべきじゃないかい」
ラフィークさんは声を上げるが、シュアンゼ殿下は冷静だった。それは実の親を、他人の様に見ていることにも起因しているのだろう。
他国の王族の誘拐を企てる。しかも、目撃者多数の状態で実行されてしまっている。
成功したか、しなかったという問題ではない。そもそも、魔導師という異世界人は誘拐されてしまっているじゃないか!
……イルフェナがそれを見逃すとでも? 異世界人の後見と保護という立場を担っている以上、『何もなかったことにする』って不可能だと思わない?
シュアンゼ殿下はそれを理解できているからこそ、潔い態度を印象付けたいのだと思う。シュアンゼ殿下の言動、そして彼の扱い――ガニアからの処罰含む――により、ガニアが事態を正しく理解しているという、判断材料になるからね。
要は、ある意味では被害者であるガニア国王夫妻を守りたいのだろう。実の親の罪を認めつつ、イルフェナの抗議を受ける対象を王弟殿下に向けさせているのだから。
「だから、『誘拐されたのではないと判る証拠』がガニアにも必要なんですよ。それがある限り、誘拐事件なんてなかったと証明されるんですから」
そう言いつつ、先ほど放り投げた魔道具を指差す。さすがに騎士達も大まかな事情を理解できたのか、私への警戒心は大分薄らいでいるようだった。
だが、それで終わりじゃないんだな。折角、態度を軟化させてくれたところに申し訳ないとは思うが、勘違いをさせないためにも重要なことを告げねばなるまい。
「で、ですね。先ほどの続きですが。私は貴方達の味方ではない、ということをご了承ください」
「あれ? 君、シュアンゼを共犯者にしていなかったっけ?」
テゼルト殿下が即座に声を上げた。その表情は『意味が判らん』と言わんばかりに不思議そう。
だが、これは大きな意味を持つ。『共犯者』と『味方』では、大きな違いがあるのだから。
「私はこの馬鹿げた茶番の元凶、そしてその一派……主だった者達を〆たい。シュアンゼ殿下は父親達をどうにかしたい。これ、単なる『利害関係の一致により、手を組んだだけ』ですよ? 味方ではありません」
似ているようで、違う。詳しく言うなら、『共犯者サイドにさえ、気を使う』ということが。
「勿論、国王サイドに潰れてもらっては困ります。ですが、それは味方だからという感情ではない。『私が行動する上で、生き残ってもらわなければならない勢力だから』です。イルフェナがガニアと揉めることを望まない以上、これは必須事項ですね」
「なるほど、『自分のことは自分でやれ』って感じなんだね。味方ならば今回のことだけではなく、今後も続くような印象を与えるから」
「ええ。この問題に限り、利害が一致しているだけですから。って言うかですね、部外者の私からすれば、今回のことはガニアの自業自得ですよ」
「っ!?」
自業自得という言葉に、国王夫妻が反応した。騎士達の視線が厳しいものになる。
それに構わず、私はガニア王へと視線を合わせた。彼らもそれは判っていたらしく、申し訳なさそうな表情だ。
「貴方はこの国の王です。……王になれたんですよ。先代の言葉だけで、貴族達が納得しますか? 少なくとも、王になれるだけの後押しはあったはず」
それまでの努力や個人の能力を認められたのか、王弟殿下よりはマシと思われたかは判らない。だが、王になれるだけの支持者はいた。それは事実。
「それなのに、貴方には未だ王弟殿下に対する後ろめたさが消えていない。……ねぇ、王様? 王弟殿下を危険な存在と判断した者がいなかったと思います? 国を割る可能性を、混乱が起きる可能性を憂いた者がいなかったと、本気で思うのですか?」
「……」
ガニア王は何も言わない。それこそ、居たという証である。
王弟殿下の一派が力を持つことに危機感を抱き、排除を進言した者とていただろう。あれはどう考えても、国に害をもたらすことにしかならない。
「命を賭けて、排除しようとした人もいたでしょうね。それを諌め、もしくは諦めさせてきたのは貴方の曖昧な態度。実行すれば、どうしたって貴方に疑惑の目は向く。貴方が覚悟を決めていない以上、実行するわけにはいかなかった」
「魔導師殿! あまりにも言葉が過ぎますぞ! 陛下とて、長らく悩まれてきたのです。それを……!」
「その結果が今回の一件であり、シュアンゼ殿下を『罪人の子』とするに至った原因だけど?」
「ぐ……っ」
憤る騎士には悪いが、すでに影響が出てしまっているのだ。ガニア内部に収めきれるならばいいだろうが、今回はイルフェナが巻き込まれてしまっている。
この状態で、『口を出すな』はないだろう。どうしたって、ガニア王の不甲斐なさに目がいくぞ。
「そのとおりだ。だからこそ、私も吹っ切ることができた。明るい未来なんて、望めないだろう。今の私にできることは少しでもイルフェナの印象を良くし、元凶をこの国から消し去ることだ」
「シュアンゼ……」
「テゼルト、これが現実だよ。お二人が悩まれてきたことを知っているけど、もう時間切れと見るべきだ」
シュアンゼ殿下は苦い笑みを浮かべながらも、私の言葉を否定しない。それどころか、初めからその気なのだと、はっきりと明言する。
国王夫妻は……シュアンゼ殿下にかける言葉がないらしい。自分達が先延ばしにした結果、シュアンゼ殿下は罪人の子という肩書きから逃れられなくなった。その事実に、ショックを受けているらしい。
「突然、王位を押し付けられたことには同情します。しかし、貴方とて王族……思い切るべきだったんじゃないですかねー」
「そう、だな。どうしても拭えぬ後ろめたさに、きっぱりと見限ることはできなかった。それが今この状態、なのだな……」
どこかすっきりとした様子のシュアンゼ殿下とは逆に、悲壮な表情をするガニア王。それは王妃様やテゼルト殿下も同様だ。
おそらくだが、王子時代は期待されていなかったんじゃないか? そんな認識が捨てられないまま、王になってしまったのかもしれない。
だが、今回は切り捨ててもらう。私は元凶を許す気など、欠片もないのだから。
私を除いて、誰もが悲壮な雰囲気に浸る。シュアンゼ殿下の表情はそこまで暗くはないが、どういった結末――その後の影響も含む――になるか予想がつかないせいか、やはり厳しい表情だ。
その時、それまでの話を聞いていたらしい魔王様の声が魔道具から聞こえてきた。
『ミヅキ。では、シュアンゼ殿下を共犯者にするんだね?』
「ええ。狩りをするのは私ですが、狩場の使用許可は必要ですから」
必要なのは『ガニア王の許可』。そして、『王弟殿下に潰されない身分の共犯者』。
そういった意味で、シュアンゼ殿下は最適と言える。今後、ガニアの表舞台から消えるつもりということも含め、自己保身に走る気配がないもの。
ただ、そんな『気の毒な人』を親猫様が見逃すはずはないわけで。
『判ったよ。ミヅキ、シュアンゼ殿下を共犯者にするならば、【どんなものからも守りなさい】。それが君の保身に繋がるのだから、否は許さない』
「……。了解ですー」
シュアンゼ殿下を『どんなものからも守る』。それは暴力的な意味にも取れるし、精神的な意味にも受け取れる。そして、シュアンゼ殿下が守ろうとしているのは親代わりの国王夫妻とテゼルト殿下。
つまり、彼らのことも考慮して動けということだ。
シュアンゼ殿下は彼らが憂うことも、傷つけられることも望まないのだから。
『君ならば、可能だろう? あらゆる敵を退けてきただけではなく、そのために惨酷になれるのだから』
「できますねぇ。私には善も、悪も、ありません。ただ敵を討つのみですから」
『期待してるよ。頭脳労働職を自負する魔導師なのだから、成し遂げてみせなくてはね? ……君自身も気をつけるんだよ』
「勿論ですよ、魔王様。私は貴方の黒猫と呼ばれているんですよ? 成し遂げてみせますって」
そう返しつつも、つい苦笑が漏れる。まったく……こんな時でさえ、魔王様は優しさを失わない。
これまで魔力による威圧でしか判断してこなかった奴らは一体、何を見ていたというのか。どう考えても、王族にはありえないくらい善良じゃないか。
優しさゆえに、惨酷な選択ができないというわけではない。
王族として、他者を切り捨てる傲慢さがないわけではない。
本当に必要な時以外、個人的な感情を表に出さないだけ。出す場合は、何らかの手段を講じることが前提。それがきっと、魔王様とガニア王の違い。
これは私だけじゃなく、その場にいるアル達にも向けた言葉なのだろう。放っておけば、彼らは勝手に動いてしまうだろうから。その場合、ガニアに対する配慮などないに違いない。
けれど、魔王様の言葉がそれを諌めた。こうなった以上、彼らは私の協力者という立場でしか動けなくなったのだ。最も憤っているであろう配下達に向け、落としどころを示して見せたのだろう。
だからこそ、私のやるべきことは決まっている。
「貴方の期待に沿うよう、動いて見せますよ。私が無理なら、猟犬達が解き放たれてしまいますから」
くすくすと笑う私に、呆れたような魔王様の溜息が届く。そんな様子を、ガニア勢は驚愕の表情のまま見つめていた。
異世界人である私に、魔王殿下の信頼があることが不思議なのか。
それとも、世界の災厄たる魔導師が、大人しく従うことに恐れ慄いているのか。
込められた感情がどんなものかは判らないけれど、すでに私の『狩り』は始まったのだ。
「さあ、どんな手を使ってくるかな? ふふ、楽しませてくださいね?」
完膚なきまでに、叩き潰してやろうじゃない――そう呟く私に、シュアンゼ殿下だけがひっそりと口元を笑みの形に歪める。微笑み返す私達は、まさしく同じ狩りに興じる『共犯者』。
良い相棒になれそうですね? シュアンゼ殿下。
覚悟を問う……と言えば聞こえはいいですが、主人公自身の行動がアレなので
事前通達しているだけ。
何かあっても『文句言うな、やるって決めただろ』で通す気満々です。
そして魔王殿下サイドでは前話のあれこれが展開中だったため、気遣ったのではなく
主人公の方を暫く放置……というのが真相。
基本的に優しい魔王殿下ですが、主人公の起こす騒動の先を見越し、
迷惑料込みで、ああいった発言をしているだけ。
微妙にズレつつ、猫親子は本日も平常運転。そんな二人を、周囲は勝手に誤解していきます。




