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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
ガニア編

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イルフェナもそれなりに和やか(?)です

――一方その頃、イルフェナでは (エルシュオン視点)


「……。王弟殿下もどうかと思うけど、ミヅキもねぇ」


 魔道具から聞こえてくる会話に、思わず頭痛を覚える。

 誘拐を企てた主犯らしき王弟殿下の言動も相当だと思う――浅はか、という意味で。何故、バレるようなことをするのだろう――が、対するミヅキとて十分問題ありだと思う。


 何故、最初から言質を取る方向を狙うのだ。


 何故、相手の身分が判っていながら、遊ぶのだ。


 何故、相手に敵と思わせるようなことを口にしているのだ……!


 油断させて内に入り込む、という方法とてあるはずである。と言うか、相手が保護という大義名分を使ってきている以上、今のミヅキの立場ならば可能だろう。


 それなのに、ミヅキは敵対という道を選んだ。


 勿論、意図的にである。あの娘は最初から攻撃することしか考えていないらしい。

 聞こえてくる会話も、清々しいまでの凶暴ぶりであった。絶対に、遣り込めることしか考えていまい。

 先ほどの会話の相手が本物ならば……あの場にはガニア国王夫妻と王太子殿下が居るはずだ。それを判っていながら、あの態度。


 どう考えても、ミヅキはガニアに価値を感じていないとしか思えない。

 これから災厄が牙を剥くのだと、彼らは理解できているのだろうか?


「いいじゃないですか、エル。ミヅキの態度は当然ですよ? 何せ、敬愛する親猫に対して牙を剥いたのですから」

「そのとおりだ。そもそも、ミヅキがああいった態度をとり、報復することが判っているからこそ、俺達とて大人しくしているだろうが」


 頭を抱える私に対し、アル達は大変楽しげであった。ミヅキに対し、最も理解があるとも言えるのが騎士寮に暮らす者達である。そして、同時にその凶暴さを誰より知る者でもあるのだ。

 そんな彼らからすれば、単独行動が可能であり、私の意に添う形――私はガニアとイルフェナが揉めることを望まない――で報復を成し遂げることが可能なミヅキを送り込めたことが喜ばしいようだ。

 何せ、誰もが余裕のある笑顔である。ミヅキからの連絡がある前までとは、雲泥の差であった。

 その事実を思い、深々と溜息を吐く。彼らの変化を歓迎して良いものか、嘆くべきなのか判らなくて。


 ……そう、アル達とてミヅキを案じてはいたのである。


 今の状況を見る限りはとても信じられないが、誰もが焦りと憤りを顔に出していたのだ。これは大変珍しいことであり、彼ら自身が冷静でいられないことを明確に伝えていた。

 そもそも、本来のターゲットは私なのだ。魔力持ち専門の拘束手段が用意されていることは確実だし、誘拐犯にしてもそれなりに身分の高い者だと推測されていた。

 これは私がイルフェナの王族ということが原因である。イルフェナを敵に回す覚悟がなければ、わざわざ手を出すまい。イルフェナはそれなりに『強い国』なのだから。

 しかし、私の身代わりとなったのは、異世界人であるミヅキ。犯人達の憤りはどれほどのものであることか。

 異世界人の身分は民間人とされている上、ミヅキは武器など扱えない。魔法を何らかの形で使えない状況にされてしまえば、どのような扱いを受けるか判らない。冗談抜きに、青褪める事態だったのだ。


 ……が。

 規格外娘はどこまでも規格外であった。


 連絡が来たかと思えば、冗談のような事態を引き起こしていたのである。いや、ミヅキがやらかしたわけではないのだが……それにしても、運まで味方につけているのかと、そう思わずにはいられなかった。

 転移の終点がブレたのは、まだいいだろう。だが、その後は誰が聞いてもおかしいことの連続だ。


 誘拐犯と思しき人物の息子と知り合った?


 それが王弟殿下の息子で、王太子殿下もやって来て?


 更には国王夫妻までもが登場し?


 挙句に、生まれつきの障害を治した……だと?


 ……。

 はっきり言おう。私はこれまでミヅキの保護者として過ごしてきた自負から、あの娘が何かやらかしたとしても、大抵のことでは驚かない。

 そんな時期はとうの昔に過ぎ、今ではある程度の達観を持って接することが可能になったと思っている。

 だが、これはないだろう……!?

 いきなり殆どの主要人物が揃っている上、共犯者候補まで確保しているとは、どういうことだ? しかも早速、誘拐犯であったらしい王弟殿下に喧嘩をふっかけ、今後に必要となるような言質を取っている。


 それは確かに、優秀と言える部分ではあるのだろう。

 ……ミヅキがそれを、限りなく嫌な方向に活かす性格と知らなければ。


 アル達が楽しげなのは、それを判っているからだ。絶対に、絶対にミヅキは王弟殿下一派を許す気などないに違いない。

 ただでさえ、そんな優しさがないのだ。今回ばかりは私とて諌めようとは思わないが、それはあくまでも王弟殿下の派閥に限られる。

 ……。

 ガニア王ご夫妻は精神的に大丈夫なのだろうか? あまり柔軟性がある性格はしていないように思うのだが。

 そして、私が何とも言えない心境になっているのは、ミヅキだけが原因ではない。

 ちらりと、視線をそちらへと向ける。そこには誘拐の実行犯である魔術師が拘束……はされておらず。双子にいたぶられて、涙目となっていた。


「おいおい、この程度で黙るなんてないよな?」


 言いながらも、その足はしっかりと魔術師の股間を捉えて――痛みによる、魔術行使の阻害を狙っていると思われる――おり、いつでも踏み潰せるとばかりに脅している。


「おい、何、魔法を使おうとしてやがる!」

「かはっ……っ」


 魔術師が魔道具で魔法を使おうとしたらしく、動きを見せる前にもう一人が蹴りを入れた。

 ……。

 これがミヅキに『へたれ』と言われているディーボルト子爵家の双子とは、一体誰が想像できただろうか。

 彼らはその特殊能力を活かし、『魔法を発動前に潰す』という離れ技を駆使しながらも、じわじわと魔術師を痛めつけているのだった。勿論、その周囲を他の騎士達――全員、騎士寮で暮らす者達だ――が、楽しげに囲んでいる。

 対して、魔術師は涙目だ。彼には策の失敗による精神的なダメージもあるのだろうが、それ以上に双子に恐怖を感じているらしい。

 通常、魔法は詠唱を聞くことにより、行使されていることを知るのだ。それが普通であり、『当たり前』なのである。

 

 にも拘わらず、この二人は『魔法を使おうと思っただけで、見抜く』。


 魔術師としては、脅威以外の何物でもない。その特殊能力を知らなければ、まるで『僅かな魔力の流れを察し、その発動を事前に潰している』ようにしか見えまい。

 勿論、双子にそんな真似はできない。彼らは本当に『何となく?』という曖昧な認識のまま、魔術師の行動を察知しているだけなのだから。

 要は、双子が魔術師の傍に居り、攻撃対象になっているからこそ、バレているだけだったりする。

 ただ、己を痛めつけているのがこの二人であるため、逃れようと思えば二人に攻撃するしかないのも事実。

 偏に、相性が悪過ぎるだけである。さすがに事前情報のない状況では、そこまで気づく輩は稀なのだろう。現に、魔術師も気づいていない。

 気づいていないからこそ、双子が怖いのだ。二人が笑っていない目のまま、表情だけは笑顔である事も一因だろうけど。


「お前さ、自分が何をしたか判ってるか? 判ってないよなぁ、判っていたら死にたくなるもんな?」

「我が主……だったか? お前、その主の下へ『何』を送り届けたか、気づいてるか?」


 くすくすと笑いながら告げる双子に、魔術師は怪訝そうな顔をしている。当然だ、あの状況ではミヅキがただの魔術師程度にしか見えなくても仕方がない。


「教えてやるよ。あいつは『世界の災厄』だ。言っておくが、世間に流れている噂なんざ、事実を凄まじく善意方向に解釈したものだからな? 本性は真逆だ、真逆!」

「断罪の魔導師? あいつが善人? 馬鹿言っちゃいけない、ミヅキは自分に仕掛けてきた奴を玩具認定して遊ぶのに」

「な……っ!?」


 初めて聞かされた事実らしく、魔術師は驚愕の表情を浮かべている。どうやら、ミヅキの噂自体はそれなりに聞いたことがあったようだ。

 だが、それらは非常に善意方向に解釈されたものであったため、彼はどこか侮っていたのだろう。圧倒的な破壊や殺戮を行っていないことも、そう考える要素にはなるのだから。

 まあ、魔導師と言っても、この世界に来て一年程度。魔力が桁外れに高い――私並みに、という意味で。十分に高い方ではある――という噂はないから、脅威と考えなくとも不思議はない。

 

 しかし、彼は甘かった。『殺戮や破壊が目じゃないほど、存在自体が凶悪な場合もある』と思い至らなかったのだから……!


「殺戮や破壊をしていないのに、どうしてあいつは恐れられた? 何故、国の上層部に認められた?」

「魔導師の功績は有名だよなぁ……何故、それが成し遂げられた? 犠牲がなかったと、本当に思っているのか?」

「狙った獲物を狩るためなら、陥れることを躊躇わない奴だぞ? ミヅキは」

「お前の大事な大事な主とやらは、無事でいられるかな? まあ、殿下を誘拐しかけた時点で、未来なんてないだろうけど」


 言葉で煽るのが双子ならば、その恐怖を煽るのが周囲の騎士達だ。騎士達はにやにやと笑いながら、魔術師を眺めている。

 ……翼の名を持つ騎士達が眺めるだけ、なのだ。その態度が双子の言葉をより事実と思わせ、いっそう魔術師の恐怖を煽る結果となっていた。

 半ば呆れながらもその様子を眺めていると、双子の片方がいきなり魔術師の口へとブーツの先を突っ込む。


「ぐぁ……っ」

「おっと! 舌を噛むなよ? これから楽しい報告が沢山来るのに、退場するなんて無粋じゃないか」


 どうやら、魔術師が舌を噛み切ろうとしたらしい。私には判らなかったから、魔術師は『そう考えただけ』なのだろう。それを双子に見破られたらしかった。


「眠る時間には、まだ早いぞ? ミヅキは殺る気らしいからな! 自分だけ逃げるんじゃねーよ」

「お前の行動が、主とやらの人生を終わらせる切っ掛けになるだろうさ。……ああ、命は取らないと思うぞ? 死んだ方がマシな目に遭わせるのが、ミヅキの遣り方だからな!」


 そして、全く同じタイミングで、にやりと笑い。


「「楽しみだな? 貴様の主が全てを失い、ボロボロにされることが!」」

「う……うぅ……」


 死ぬこともできず、逃れる術もなく。様々な意味で精神的に限界だったらしい魔術師は、漸くの平穏――所謂、気絶――を得た。

 

「おやおや、あの二人もミヅキに随分と鍛えられて」

「ずっと一緒に居たからな。嫌でも馴染むんだろう」


 どこか嬉しそうに話すアルとクラウスの会話に、以前セイルリート将軍が『ミヅキは何者にも染めることができぬ漆黒だ』と言っていたのを思い出す。そうか、ただの『黒』ではなく、『漆黒』と称したのはこういう意味もあったのか。


 他者の影響を受けず、濁ることがない黒。僅かでも関われば影響を与えずにはいられない、圧倒的な強さを持つその色。

『己が染まるどころか、逆に周囲を染め上げる』という意味なんだね?


 思えば、ルドルフもかなりミヅキの影響を受けていた。今では、ミヅキが自ら関わる事件を娯楽と捉えるようになっているあたり、その影響は出ていたのだろう。

 ただ、これまでの状況を知っている忠臣達からすれば、主であるルドルフが楽しそうなことは喜ばしいものであって。

 結果として、『問題なし!(多分)』とされたのだと思われる。そこに多少の弊害(意訳)があろうとも、捻じ伏せればいいとでも思ったのだろう。


 彼らも大概だな、と思う。悲惨な状況が嘘のような弾けっぷりは、間違いなくミヅキの(悪)影響。


 そんなことを考えている内に、魔術師は簀巻きにされて運ばれていった。双子が見張りとして傍につくらしいので、彼の悪夢は終わらないのだろう。……僅かだが、哀れに思う。


『魔王様ー、こちらは終わりました。話し合いの続きをしましょー!』


 魔道具からはミヅキの呑気な声が聞こえてきた。直前の会話を聞く限り、結構殺伐としていたような気がするのだが……ミヅキからは全くと言っていいほど、緊張した雰囲気はない。

 どうやら、早くも娯楽認定したらしい。まあ、シュアンゼ殿下が共犯者となる以上、ミヅキとて悪いようにはしないつもりなのだろう。

 あの娘は妙なところで義理堅いのだ。落下した際の救助と、客人認定をしてもらった程度は恩返しをするに違いない。

 生まれつきの障害は……人体実験紛いなので、恩にはなるまい。少なくとも、ミヅキは『この世界にない魔法の影響』を理解しているので、恩にカウントはしないだろう。シュアンゼ殿下とて、それを脅迫材料にはすまい。


「さて、どんな風に纏めようかな。……無茶をしなければいいけれど」


 独り言のように呟いて、魔道具に向き合う。傍に居たアル達が笑ったような気がしたけれど、気づかない振りをしておこう。

 ――『子猫の安全が確認できて、安心したんだな』『精神的な余裕が出たんですね』という二人の言葉なんて、聞こえてないからね!

染まりゆく騎士s。まあ、影響は受けますよね。

VS王弟とその後あたりの時間軸ですが、イルフェナはこんな感じでした。

主人公からの連絡がある直前までは、割とシリアスだったはず。(過去形)

※魔導師13巻が発売されました。

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