小話集2
小話其のニです。
王宮騒動の別視点と将軍が主人公に好意的な理由。
小話その一『親友の御願い』
「ルドルフ様、先程から一体何をなさっておいでで?」
執務室で予算配分の最終案を確認していたアーヴィレンは不思議そうに主を振り返った。
現在、ルドルフは何やら難しい顔をしたまま貴族達の名簿を捲っているのである。
アーヴィレンやセイルリートに隠れがちだがルドルフは優秀である。
特に彼は『一度見たり聞いたりしたことは忘れない』という特技があり、冗談のような記憶力を誇っているのだ。
でなければ嫌味を言ってくる貴族連中を黙らせることなど不可能だろう。
貴族の不正どころか調べ上げた性格全て記憶しているなど誰も思わないのだろうし。
尤もその能力の所為でルドルフは人に対し一線を引くようになってしまった。ミヅキは自分に正直過ぎる性格故に即座に仲良くなれたのかもしれない。
二人とも本能に忠実という点では似たもの同士なのだ、アーヴィレンは最近二人が仲の良い双子に見えて仕方ない。
「ん? ミヅキに条件付の貴族を差し出さなきゃならなくてな」
「『差し出す』!? まさか人体実験でもする気じゃないでしょうね?」
「お前、ミヅキを何だと思ってるんだ?」
「先日の容赦の無さを見ればそれくらいやりかねません」
勿論、それはルドルフの為だろうが。
アーヴィレンにとってミヅキは予測不可能な行動をとる人物なのだ、現在の警戒対象ぶっちぎりの一位である。
しかも魔術はイルフェナに比べ格段に劣っているので対処の仕様がない。
実のところ魔術オタクとも言うべき黒騎士達でさえミヅキに対しては打つ手なしなのだが。
「いや、本人曰く『可愛らしい悪戯』したいんだと。条件はこれだ」
ルドルフ曰くミヅキの出した条件とは。
・ルドルフの敵
・今後使えなくても惜しくない
・女性関係が華やかである
・多くの人に嫌われている
・できれば友人関係にある人物を二人
何故ここまで具体的な条件を出すのだろうか。
ついでに言うなら嫌な予感しかしない。条件の幾つかは『今回で使い捨てOK!』と暗に言っているのだから当然だろう。
むしろ真面目に探すルドルフもどうかと思うのだが。
「いや〜、意外と難しくてな。できるなら全部叶えてやりたいし」
「何故そこまで」
「俺が楽しめるからだ!」
当然! と良い笑顔を向けるルドルフに思わず遠い目になるアーヴィレンだった。
ここ数年のことを思えば主が楽しそうなのは実に喜ばしいことだろう。少しくらいは気晴らしも必要だ。
しかし。
ミヅキという魔導師が関わると途端に喜ばしいなどと言っていられなくなるのである。
そう、例えるならば強盗に襲われたとして悲鳴を上げて硬直するのが一般人、悲鳴と同時に葬りかねないのがミヅキ。
現実にやりそうな性格と実力を持っているだけに笑えない。
本人が楽しむことを最優先にしてこちらにとっても望ましい結果を出すので強く怒れないのだ、大変性質が悪い。
最近ではセイルリートが尊敬と好意を向けているようだ、何故そうなった。
「はあ……ミヅキ様は一体何をなさるおつもりやら」
「ん〜? まあ、楽しみにしとけばいいんじゃないか?」
深々と溜息を吐いた宰相様にルドルフは曖昧な笑みを浮かべたまま明かそうとはしなかった。
それがささやかな悪戯心からなのか内容が内容なだけに明かしたくなかったのかは不明である。
その後『可愛らしい悪戯』が実行され、あまりの内容と芸の細かさに宰相様が絶句したのはささいなこと。
ルドルフにとって獲物と称された貴族二人が心をボロ雑巾のごとくズッタズタにされるのは単なる娯楽扱いだったということだろう。性格まで似てきたようである。
そしてゼブレストには女を怒らせてはならないという教訓が貴族達の間で静かに広まっていったのだった。
※※※※※※
小話其の二『世の中には敵に回してはならない生物が存在する』
その日。
アシュトン・ビリンガムとダニエル・オルブライトに人生最大級の不幸が降りかかった。
(……ん? 俺はどうしたんだっけ……)
ぼんやりとする頭を無理に覚ましつつアシュトンはゆっくりと目を開けた。
薄暗い周囲、見慣れない天井にベッドの感触、そして隣には暖かくも硬い人肌…。
……。
(はい!?)
女性と一夜を共にすることなんて日常茶飯事だ。自分を取り合う女達の姿は自分を大いに満足させたし、それに嫉妬する男達の姿も愉快である。
それは似たような生活をしているダニエルも同じであり、二人は気の合う友人同士だと言えよう。
だが。
「起きろ! ダニエル!」
「ん〜? ……煩い」
「状況を見てから言え、この馬鹿!」
男と同じベッドで仲良く眠る趣味は無い。それ以上に着衣の乱れは一体!?
アシュトンは目が覚めたと同時に酷い混乱に陥ったようであった。
冷静であればこの場に誰かを招き入れることになるような行動は取らなかっただろう。
……とりあえず対策として寝室に鍵をかけるなり、衣服を整えることを優先するべきなのだが。
見られたくないのに声を荒げてどうするのだ、馬鹿者。
そんな事に気付くこともなく、彼はダニエルを叩き起こしたのだった。
その結果。
「ちょ、お前……っ、何でこんなことに!?」
「俺にもわからん!」
勝手に自滅して更なる混乱を招いたのだった。乱れた衣服の男にベッドで掴み掛かられれば混乱して当然だと言える。
尤も主な原因は二人がベッドから連想するものが情事に直結していたからなのだが。
更に現実味を持たせたのは体に残る疲労感。嫌な汗がどっと吹き出てくる。
恐ろしい想像に二人して硬直してしまい、思わず顔を背け……
「そうだ、あの女!」
我に返ったダニエルの言葉にアシュトンも漸く原因らしき存在を思い出す。
……現実から目を背けたかっただけかもしれないが。
「あの女と話をしていたら急に眠くなったんだ。畜生! あいつの所為か」
「いや……退室してなかったか? 扉が閉まる音を聞いた気が……」
「あ……そうだ、な。俺も聞いたような」
「彼女は小柄だったし、俺達を運べるのか……?」
地味に賢い面があったようである。普通ならば喜ばしいが、この場合では逆効果だろう。
迂闊に追求して逆に自分達が問い質されると困るのだ、部屋に誘い込んだことを報告されたら厄介である。
どうせなら日常的にもう少し賢くあってほしいものだ。それならばこんな報復を受けることはなかったのだから。
「とりあえず服を着ないか? 時間が判らない上にいつ人が来るか……」
そうアシュトンが言いかけたまさにその時。
「失礼しま……っ! 申し訳ございません!」
「アシュトン様にダニエル様!? え、とんだご無礼をっ」
「え、あ、ちょっと?」
「い……いや、これには深いわけがっ」
清掃に来たらしい二人の侍女は扉を開けると同時に声を上げバタバタと去っていく。
あまりの慌しさに言い訳する間もないほどだ。
その後二人により『私は見た! 噂の情事の現場』とばかりに彼等にとって不名誉な噂が爆発的な勢いで広められていくことになる。
しかもそれは身分を問わず多くの女性に広まった為に伝言ゲームの失敗並に尾ひれが追加されていった。
呆然とする二人は気付かなかっただろう……彼女達が実はかなり前から隣の部屋に居たなどと。
状況証拠と現場を十分に堪能した彼女達は決定的現場を押さえるべく、寝室の扉に張り付いて二人が目を覚ます時を待っていたのだった。
よって彼女達は二人が目覚めてからの台詞を全て聞いている。
状況証拠と二人の証言(盗み聞き)、そして乱れた姿で二人仲良くベッドの上!
何より二人は廊下に漏れていた声を頼りにこの部屋を探し当てた暇人……しかも突撃した強者。
思い通りの収穫に彼女達は興奮したまま報告をしまくったのだった。
神は二人を見放したようである。
※※※※※※
小話其の三『王宮生活の裏側で』
王宮にて『可愛らしい悪戯』という名の鬼畜作戦決行前夜。
ミヅキは後宮の自室にて準備に勤しんでいた。と言ってもミヅキ自身は大して準備が必要ではない。後宮にイルフェナの側室が居るように思わせる工作のみだ。
自室の扉と連動した罠も仕掛け終わり、今現在は身に付ける魔道具の選別中である。
「ん〜、侍女に華美な装飾は必要ないから殆ど置いていくことになるかな」
「大丈夫なのですか? 護衛がいるとは限らないのでしょう?」
「基本的に単独行動かなぁ」
国の後見を受けた姫という設定上、側室装備は色々と装飾品が多い。
特に鈴の付いた髪飾りや扇子、イヤリングなどはもはや側室ミヅキのトレードマークと化しているので所持するわけにはいかないのである。
「ミヅキ様、イヤリングは身に着けた方が宜しいのでは? ルドルフ様と連絡をとることもあるのでは」
「いや、執務室に逃げ込む手筈になってるから大丈夫」
「しかし……」
「都合よく王が現れる方が疑われるって」
実のところミヅキはルドルフ以外を味方と認識していない。彼等はルドルフの味方であって、ミヅキの味方である必要は無いからだ。
故に身に着けている装飾品がどんな効果のある魔道具かを説明していないのだ。侍女のエリザでさえ把握していない。
ミヅキ自身もルドルフと連絡を取る時に触れたりと紛らわしい動作をするので、基本的に外さない装飾品が重要なものだと思われている。
殆ど見える事がないペンダントが通信手段だということはルドルフさえ知らぬことだ。対となっている魔道具が同じ形をしているとは限らない、とわざわざ説明してあるのだから。
そんな割り切り方をしているミヅキだからこそ気付くことも多い。味方という先入観がない者だからこそ事実だけを捉えられることもある。
「ミヅキ様、これはどういった魔道具なのですか?」
「ふふ、秘密! 判った時に驚かせることができるでしょう?」
魔道具に馴染みのないエリザが首を傾げながら尋ねてくるも笑って答えを告げることはない。エリザもそれ以上尋ねることはないので基本的に魔道具の性能は不明のままである。
騎士達も興味深そうにするものの聞く権利などない為、装飾品が魔道具であるということしか知らない。
「解毒効果のある腕輪と結界を張る指輪一個が精々かな。後はしまっておこう」
「承知いたしました。私や護衛の騎士達はミヅキ様がいらっしゃるように振舞えば良いのですね?」
「うん、よろしく。基本的に夜はこっちに戻るから」
ミヅキにしか開閉できない箱に装飾品を放り込む。これで誰も手出しできない。
すると、お茶を入れるべく立ち去ったエリザと入れ違いにセイルが話し掛けてくる。
「楽しいことを考えておいでですね?」
「あら、遊び心と警戒心は必要ですよ? 私は弱いですから」
「貴女という人は本当に……理想的な協力者ですよ」
いつもの穏やかな笑みを一層深めてただそれだけを告げると、ミヅキの答えに満足したのかすぐに離れていく。
実力で将軍と言う立場になった彼だからこそ気付いたのか、徹底するミヅキの行動が好ましいらしい。
人によっては味方を信じられないなど性格が悪い、と言うだろうが現実的に捉えるなら当たり前の行動である。
……ミヅキは民間人でしかないのだ、ゲームの中ではない『現実』では最悪の状況を想定して動かねば容易く死ぬ。
「化かし合いの勝者は誰でもいいんです、望んだ結果さえ出せればね」
必要ならば貴族だろうと騎士だろうと手玉に取ってみせますよ、と呟いたミヅキにセイルは珍しくも声を上げて笑った。
困惑するのは戻ってきたエリザと状況の見えない騎士達のみ。
影の薄い将軍ですが、見るべきところはちゃんと見ている実力者。
外見と内面が一致しているとは限りません。