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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
ガニア編

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話し合いは和やか(?)に

 とりあえず、会話相手をガニア王にバトンタッチ。色々と言いたいことはあるだろうけど、まずは本人確認だろう。


 だって、互いに無理があるよね? この状況。


 この場に魔王様が話を聞きたいガニアの主要面子が都合よく揃っており、逆にガニア王は『偶然』エルシュオン殿下と直に話ができる機会に恵まれた。

 普通はありえません、どちらにとっても。私が誘拐現場に居て、シュアンゼ殿下の所に飛ばされていなければ……いや、最低限シュアンゼ殿下を信じていなければありえない『幸運』だろう。


『失礼だが、本当にガニア王なのだろうか。……ああ、そちらの王太子殿下はあの子――ミヅキを知っているから、身元の確認はできると思う。私はイルフェナの第二王子エルシュオン。ミヅキは色々と噂の魔導師ですよ。ちょっと凶暴ですが、手を出さなければ口が悪いだけの無害な生き物なので許してほしい。待てもできない馬鹿猫ですが』

「ちょ、魔王様、最初から馬鹿猫扱いって酷くね!?」

『黙りなよ、馬鹿猫。そんな状況になっている時点で、君が何もしなかったとは思えない』


 抗議すれば、さらっとそんなお答えが。

 駄目でしたか。そんなに貴方の黒猫は信用がありませんか。

 ただ、魔王様としてはこういった会話で『魔導師』に対する偏見をなくしたい部分もあると思う。『世界の災厄』という認識が一般的なので、脅威と思われたら拘束される未来しかない。


 でも、『馬鹿猫』ってのも本心だと思うの。

 親猫様、割とマジで勝手なこと――庇ったこと――をしたの怒っていませんか……?


 そんな私達の会話に、唖然とするガニア勢。これまでの魔王様のイメージと私の噂を知っていれば、仕方がないのかもしれない。耐性があるのはテゼルト殿下だけっぽいし。


「あ〜……その、どうにも今までの印象とは違うが、本当にエルシュオン殿下なのかね?」

『はい。ご無沙汰しております。二年程前にお会いしたきりですが、お元気そうで何よりです』

「……。ああ、そなたに会ったな。疑ってすまない、確かにエルシュオン殿下本人のようだ」


 そう言いつつも、何故か複雑そうなガニア王。どうやら、『二年前に会った』というのは事実らしい。

 だが、その頃に私はいない。ゆえに、『魔王殿下』というイメージが定着していた頃なのだろう。そのまま今の会話を聞けば……まあ、言うほど確信できないわな。あまりにも印象が違う。

 

「王様、王様! 私に対してエルシュオン殿下があまりに甲斐甲斐しく世話を焼く姿から、今では『保護者』とか、『親猫』と呼ばれてますよ。それが『魔王殿下の黒猫』っていう噂に繋がっています!」

「父上、魔導師殿の言葉は事実です。報告したように、サロヴァーラで私も目撃しました」


 フォローをすれば、強く頷いてテゼルト殿下も私を支持。そんな私達の姿に、ガニア王が僅かに残していた疑念も晴れたようだ。暫し戸惑った後、表情を変える。


「そなたを信じよう。早速だが、我が国の愚か者が迷惑をかけた。本当に申し訳ない」

『ミヅキは犯人の目星がついたと言っていますが?』

「ああ。我が弟、と言えば判るのではないか? 私を追い落とすため、ついに他国さえ巻き込んだようだ」

『……。ああ、あの方ですか』


 暫しの間をおいて紡がれた魔王様の声には、隠し様がない蔑みが滲んでいた。イルフェナが地位に相応しい実力を求められる国である以上、王弟のことを知っていれば当然の反応であろう。

 そんな魔王様の態度に、ガニア国王夫妻が表情を暗くする。どうやら、他国における王弟の評価を感じ取ったらしい。


「隠し様がないクズですよねぇ、誤魔化しようがないとも言うか」

「まったく、恥ずかしい限りだよ。王に相応しくないと判断されたくせに、その理由に目を背け続けるとは」


 そこを追い打ちするかの如く、毒を吐く私とシュアンゼ殿下。ぎょっとするテゼルト殿下の視線も何のその、元凶を貶しまくって魔王様に溢れんばかりの殺意をアピールです……!


 この短い時間の間に、互いの好感度は鰻上り(予想)。

 とっても仲良くできそうですね! 主に共通の敵に関する方面で。


 そんな私達に対し、魔王様は生温かい目を向けていると思われた。心境的に、『何故、そこに問題児の同類がいる!?』とでも思ってそうな沈黙が続きます。

 ……ガニア王? シュアンゼ殿下の毒吐きに目頭を抑えていますが、何か言いたいことでも?


『ミヅキ。いくら疑わしいといっても、証拠がない以上は君を暴れさせるわけにはいかないよ?』


 溜息を吐きつつも、押さえるべきところは押さえておく魔王様。だが、私とて何も考えなかったわけではない。


「魔王様、そこにクラウス居ます?」

『う、うん? ああ、居るよ』

「ちょっと代わってもらえませんか? 多分、クラウスなら納得できる回答をくれると思うんですよね」

『魔法関連かい?』

「ええ。あの発動しかけの転移術で飛ばされた私の辿り着いた場所、というのが重要ですから」


 ガニア勢は訝しげな視線を向けてくるが、無視。現段階ではあくまでも『私個人の予想』に過ぎないのだ。ならば、『魔術特化・ブロンデル公爵家の見解』にしてしまえば、信憑性が増す。


『ミヅキ、どうした』


 そんなことを考えているうちに、クラウスの声が聞こえてきた。あちらも私の考えが気になるらしく、ガニア王への挨拶は省略されている。

 ま、今は非常事態だ。咎める気もないみたいだし、さくっといきましょうか。


「ブロンデル公爵家のクラウス君に質問です! 転移術がほぼ完成して終点のみブレた場合、その血縁の所に飛ぶってことはありえる?」

『何……?』

「だからね? この世界では転移って個人でやらかすには無理があるっぽいし、使われたのは黒騎士達が作った『双方から魔力を使う転移方陣』と同じだと思うの。私が飛ばされた以上、始点は確定した。だったら、終点はその血縁者になる場合があるかなって」


 全ての生き物は魔力を持っている。シュアンゼ殿下の魔力がどれほどかは判らないが、主犯(予想)の王弟の類似品であれば……ここに飛ばされたのも不思議じゃないと思うんだ。

 この部屋には結界などがない。『流されたなら、飛びやすい方に行く』とは考えられないだろうか。

 クラウスは暫く考えているようだった。当然か、こんな例などそうそうあるまい。


『可能性としては高い、と言える。これは呪術として喩えると判りやすいだろう』

「呪術? 呪いとかそんなの?」

『そうだ。使い勝手が悪過ぎて殆ど使われないが、【一族郎党を呪う】ということも可能なんだ。同じ血を持つ者、という括りになる』


 クラウスの喩えに首を傾げるも、その後に続く説明に納得する。あれか、DNAみたいな感じで判別でもするのか。

 ただ、それだと呪術が最強過ぎやしないか? 一人の血さえ手に入れれば、一族全滅もありえるじゃないか。

 

「それ、禁呪とかじゃないの? たった一人のせいで一族全滅、という可能性が浮かぶけど」


 そんな私の疑問は予想していたらしく、クラウスは更に続ける。


『無理だな。いいか、一族郎党に呪いをかけるなど、どれほどの魔力が必要だと思う? 同じ血を持つ者全てが該当する上、個人ごとの抵抗だってあるんだ。対象が複数になれば当然、その威力も落ちる。死に至る時間だって長い。その間に解呪される』

「あ〜……効果が現れた時点で解呪しても間に合っちゃうのか」

『そういうことだ。逆に個人狙いならば、一気に効果が出るだろう』


 どうやら、そう上手くはいかないらしい。攻撃範囲が広過ぎるよりも一点集中……って感じの方が確実なのか。

 と、いうことは。


「あの転移術を発動したのが王弟ならば、その血縁の所に出ることもありえるってこと? 術の発動中に私が妨害してるから、ブレるのは終点だと思う。親子ならば、血も近いし」

『全くの他人よりは可能性がある。該当人物に連なる者という形になるから、兄弟よりも子の方になるだろう。この場合は王弟殿下が主格となるから、次点でその子供……ということになるな。子にもそれなりに魔力があれば、確率は増す』

「私は簡単な魔法なら使えるよ。逆に伯父上は魔法が一切使えない、という情報も提供しよう」

「おい、シュアンゼ!」

「私がバラしてるから、いいんだよ。どうせ、何らかの処罰はこちらに来るだろうしね」


 シュアンゼ殿下が更なる情報を提供すると、向こうに緊張が走った気配がした。これまでの会話に加えて、この情報。それを踏まえて考えた場合、『国王陛下が関係者』という選択肢は消えるだろう。

 何せ、国王本人が魔法を使えない。誰かに命じるにしても、魔術師として高い地位にいる王弟がいる以上、人材確保が難しい。

 で、王様とは逆に王弟は魔術師。自分でやってもよし、お仲間に協力させてもよしという好条件。イルフェナには自分を主と仰ぐ捨て駒を向かわせれば、失敗しても無関係を装うことが可能。

 そして……私の予想と、先ほどのクラウスの解説。トドメはシュアンゼ殿下からの情報。


 王弟がやらかしていたら、国王陛下ではなくシュアンゼ殿下を終点と誤認しやすいはず。疑う要素が揃い過ぎです!


 つまり、王弟犯人説は限りなく可能性が高い。私とクラウスの会話を聞いていたガニア勢は深々と溜息を吐き、予想を確信に変えていた。

『王弟殿下を王位に就けたい魔術師がやらかしました!』という可能性もあったのだが、今の解説でほぼ消滅。私がシュアンゼ殿下の所に出現する他の理由がないことも一因だろう。

 現時点において、シュアンゼ殿下は(様々な意味で)表舞台に立てない状態。その知名度は低いに違いない。

 私はシュアンゼ殿下どころか、ガニアという国すら最近知ったばかり。

 互いに接点がない上、用もないのですよ。足を治すにしても、噂の魔導師は対象外――治癒方面の話が全くないからだ――なので、ラフィークさんでさえ『私=魔導師』という発想がなかったのだから。

 そこにクラウスのこの言葉。この後、ここに乗り込んでくる人の中に王弟がいれば、証拠はなくともほぼ確定と見て間違いはないだろう。 


「ありがと、クラウス。これからここに乗り込んでくる人の対応によっては、より確実になると思うわ」

『そうか。……つまり、【そういうことが犯人の狙い】なのか』

「うん。多分、王様に責任を擦り付けて失脚を狙いたいんだと思う。他国の王族を攫ったなんて、大問題だもの。噂の魔導師が出て来ることも含め、責任を問うでしょう。だから……」

『【侵入】もしくは【襲撃】扱いならば確信はないが、【誘拐】と最初から言ってくれば犯人の可能性が高いということか』

「御名答ー! 乗り込んできた時の対応で判ると、私は見ている。だから、魔王様には『シュアンゼ殿下の足の治療のため、魔導師を向かわせる約束をしていた』ということにして欲しいのよ。私が不法侵入にならないためという意味もあるけど、その予定があるのに誘拐なんておかしいでしょ」

『なるほど、ガニア王への責任追及の回避か』


 さすがクラウス、話が早い。魔王様も聞いているだろうから、話を合わせることの重要性も理解してくれるだろう。

 これ、ガニア側からは非常に言いにくい。国として見た場合、非があるのはガニアだから。あくまでも『私が不法侵入したと言われないため』という形で、魔王様に認めてもらう必要があった。


『ミヅキ、そうする理由を聞いても?』


 ただ、過保護な親猫様としては少々、不満だったらしい。自分のことも含め、ガニアにそこまでしてやる義理はないと思っている模様。

 まあ、当然です。自分は狙われ、私は飛ばされ、アル達は防ぎきれなかったという失態を背負う。魔王様の性格ならば、怒って当然だと思う。

 だが――


「ここに飛ばされた時ね、シュアンゼ殿下の上に出たんですよ。落下したのを受け止めてもらいました。で、不審人物として拘束されるのが普通なのに、私に対してお茶を出すことで客人扱いしてくれたんですよ」

『……そうか、それは世話になったね』


 普通なら、今頃私は牢の中。足を治す以前に、騎士を呼ばれてますよ。無事なのは偏に、シュアンゼ殿下が口を噤んで客扱いしてくれたから。

 それは魔王様にも理解できたらしく、その声音はとても優しかった。先ほど声に感じた冷たさは、今は感じられない。

 そして、私がシュアンゼ殿下を絶賛する理由はもう一つあった。ぐっと拳を握り、精一杯の主張を。


「何より! 自分の父親に向ける冷めた目とか、冷静な考えとか、さっきから吐きまくっている毒が素晴らしい! 私はガニアという『国』に何の価値も感じていませんが、利害関係込みの協力者ならばシュアンゼ殿下押しです! 自己犠牲上等、目標は敵を完膚なきまでに叩きのめし、表舞台から追い落とすまで! 互いにこの精神でいけると思います!」

『待ちなさい! ミヅキはそうでも、その考えに賛同できるかは個人差があってね、勝手に共犯者に仕立て上げるのは止めなさい』


 速攻で魔王様は止めに入るが、それがこちらの光景を見ていないから言える言葉である。

 ……シュアンゼ殿下、めっちゃ楽しそうにしてるもん!


「じゃあ、本人に聞いてみましょう。……シュアンゼ殿下、お返事をどうぞ!」

「あの害悪を殺ってくれるなら、いくらでも協力するよ。国を腐らせるゴミは要らないし、やっていいことと悪いことの区別さえつかないくらい耄碌してるんだ。いい歳をした大人のすることじゃないし、王族としての自覚もない。血の繋がりがあることさえ恥じゃないか。この国の今後が保障されるなら、私ごと葬りたいくらいだよ」


 ……。いえ、誰もそこまで言えとは言っていませんが。

 あの、ガニアの皆様が凍り付いていますけど。な、何か、心の闇に触れてしまったんでしょうか? 笑顔なのが、いと恐ろし。


『そ、そう……貴方がそこまで殺る気になっているならば、いいのか、な?』

「ええ、全く構いません。寧ろ、この偶然には感謝していますよ。生まれつき、歩くことさえできなかった足を治してもらいましたし」

『……え?』

「……? 彼女に生まれつき悪かった足を治してもらったのですよ。魔導師殿……ミヅキはそれが可能ですよね?」


 呆けたような魔王様の声に、不思議そうに返すシュアンゼ殿下。……初めて知ったらしい国王夫妻+αは私をガン見している。どうやら、ここを訪れた目的はそれを知らせるためだったらしい。


 ただし、魔王様はその後、絶句しているけど。知りませんものねー、可能だって。


『ミヅキ。ちょっと、そこに正座しなさい』

「無理ですー、シュアンゼ殿下に捕獲されてますから。いつもみたいに膝の上に居ますよ」

『ああ、そういう状況だったと。……シュアンゼ殿下、うちの馬鹿猫を放してくれるかな』


 声は穏やかなのに、逆らえない響きがありまくりです、魔王様! っていうか、シュアンゼ殿下も大人しく従っているし!

 とりあえず、大人しく正座する。いいさ、説教なんていつものことだもの。


『ミヅキ? どういうことかな?』

「話せば長いことながら」

『……ほう?』

「すいません、嘘吐きました。受け止めてくれた時の怪我だと思ったら、生まれつきの不具合を治していたらしいです」

『君、そんなことできたのかい』

「いえ、条件つきで可能……という感じです。これはゴードン先生に聞いてください。何せ、これまでは試す機会がなかったもので、本当に可能か判らなかったんですよ」


 嘘ではない。ただし、これを言っちゃうと非常に拙いことが発覚する。


『つまり、無自覚ながら人体実験紛いを実行したと。しかも、相手は王族だったと』

「は、はい」


 ああ、きっと魔王様は素晴らしい笑顔だろう。でも、怒りに比例して威圧は高まっているだろうな〜と推測。

 そして、その予想は正しかった。次の瞬間、ガニア勢がぎょっとするほどの魔王様の怒鳴り声が響く。

  

『少しは考えて行動しろと言っているだろう、この馬鹿猫! 飛ばされた先で何をやってるのさ!?』

「今回ばかりは無実です! 知らなかったんですって! 怪我をさせたままの方が拙いですってば!」

『それは常識の範囲での話だよ! 他国、それも飛ばされた場所で、この世界ではありえない魔法を使うんじゃない!』


 魔王様は大変お怒りの模様。どうやらクラウスの耳にも入ったらしく、「詳しく聞かせろ!」という声が聞こえてくる。……イルフェナに帰った後、黒騎士達の下へとドナドナは確定な予感。

 ええ〜! これ、私が悪いのかよ!? 証拠隠滅を狙っただけじゃん!? 怪我をさせたままの方が拙くね!?  

無事に(?)話し合いは終わり、疑惑はほぼ確信へ。

ガニア王が魔法を使えないことも、王弟からの見下しに影響しています。

ブチ切れたシュアンゼに、魔王殿下は別の意味で心配の種ができた模様。

苦労するのは多分、テゼルト(王太子)。

次話にて漸く王弟とエンカウントです。

※魔導師13巻の詳細を活動報告に載せました。

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