家庭事情は複雑です
『イルフェナのエルシュオン殿下の誘拐を企てた(意訳)』
その事実に、三人は凍りついた。まあ、そうなるわなー……イルフェナに喧嘩売ったようなものだもの、これ。
相手が王族ということも拙いが、魔王様は見た目的にも、生まれ持った魔力的にも価値があるだろう。
つまり、誘拐の動機が複数あることに思い至ってしまう。
・可能性其の一、『イルフェナの王族としての価値』。
イルフェナへのカード、もとい脅迫に使う場合。一番ありえそうであり、一番イルフェナを怒らせるのがこれ。
ただ、主犯が捕らえられない限り、ガニアが悪いとは断定できない。『犯罪組織がガニアを拠点にしていただけ』と言い切られたら、アウト。
また、ガニアに犯人拘束と魔王様の保護を目的とする協力要請が出されるだろうが、イルフェナは借りを作ることになる。どちらにせよ、ガニアとイルフェナの仲は険悪に。
・可能性其の二、『魔王様自身が目的(顔)』。
見目麗しい王子様の宿命というか、狙われても不思議はない。王族の魔王様に迫る、などという真似ができるはずはないので、強硬手段に至った可能性だ。
何せ、肖像画や映像では威圧なんて判らない。無理矢理既成事実を作ればいい、なんて安易な考えに至る馬鹿がいるかもしれないじゃないか。醜聞になるという意味でも、イルフェナは被害を公にできまい。
……。
まあ、そうなったら『元凶共々、醜聞が消えるような事態になるだけ(意訳)』だと思うけど。秘密、秘密。私ハ何モ知ラナイ。
・可能性其の三、『魔王様自身が目的(魔力)』。
魔王様の魔力は激高なので、それを狙われた可能性もある。誘拐を実行した輩が魔術師だったことからも、この可能性も否定できない。
あまり言いたくはないが……サロヴァーラで見た魔獣のこともある。今はもう『国は』こういった非道な実験をしていないらしいが、個人や犯罪組織は判らない。
人としての常識をすっ飛ばし、己の研究のみに突き進む魔術師ならば、相手が王族だろうとも誘拐しかねないのだ。そういった輩にとっては、『崇高な使命のための、尊い犠牲』なのだから。
ただ、それなら魔導師であり、異世界人の私の方が狙われる気がするんだよねぇ。狙ってきたら、徹底的に心を折った上で魔術師として無能扱いをし、個人として辱めてやるけどさ。
以上、とりあえず考えられる可能性なり。どれが正解でも『誘拐された場所がガニア』という時点で、ガニアは無関係なんて言えないだろう。あの実行犯の言葉もあり、疑惑は残ってしまう。
硬直している人達が何も言えないのは、そのせいだ。最悪の展開過ぎて、楽観的な考えができないのだろう。
「まあ、このお兄さんが私を客扱いしてくれたので、少しはマシだと思いますよ。誘拐なら、不審者扱いした方が得ですから」
とりあえずは救済の一言を。疑惑を完全に払拭するわけではないが、少なくとも『この場に居る人達は無関係』という証明になる。王太子が何も知らない以上、王家主導と言う疑惑は晴れるだろう……それだけ、だが。
ただ、これだけでも今の彼らにはありがたい情報だったらしい。あからさまにほっとした様子を見せ、漸く硬直から解けていた。
「そ……うだね、魔導師殿がそう証言してくれるなら、まだ話を聞いてもらえるだろう」
「疑惑が晴れるのは、あくまでも『誘拐が王家主導じゃない』っていう部分だけですけどね」
「それでも、だ。話を聞く限り、言い訳できないような状況なんだろう?」
諦めを滲ませつつも問うて来るので、頷き肯定を。皆の表情が暗くなろうとも事実なので、こればかりは仕方ない。と言うか、クラウス達がその場に居たので、魔術的な方面でも言い訳ができない。
「無理ですねー。実行した奴が『ガニアの国王陛下の使者』という設定でしたし、実際にガニアに飛ばされました。無関係というには、私が飛ばされた場所が悪過ぎます。……普通、こんな場所に飛ばされないでしょう。終点の位置が若干ずれたとしても」
ここは王城の一室らしい。しかも、転移の術自体はほぼ発動していた。ってことは、終点はこの近くとかじゃないのかい? 一般人はこんな場所に潜り込めないぞ?
可能性として考えられるのは、宮廷魔術師あたりがやらかした場合だろうか。それならば、対応する陣を自室に持ち込んだところで、誰にも不審がられない。目撃者だっていないだろう。
ただ……『魔王殿下の傍には、常に翼の名を持つ騎士が控えている』というのは有名だ。魔王様の威圧に耐えられるという意味で、他に選択肢がなかったとも言う。
それを考慮しなかった、というのも不思議だ。本当に誘拐が目的なのだろうか? どうにも腑に落ちない。まあ、終点がずれたことにより、犯人にとって予想外の事態が発生したのだが。
実は、これが致命的。一つだけ、犯人を返り討ちにする足掛かりができていたりする。
「あのですねー、誘拐した以上は『最低限、相手にも術の発動は判っている』ってことなんですよ」
「う、うん? まあ、そうだろうね」
唐突な私の発言に、テゼルト殿下は不思議そうな顔をする。あ、この人は魔術師じゃないんだな。執事さん――ラフィークさんは何かに気づいた顔になったもの。お兄さんの顔は見えないので判らないが、興味深そうに話を聞いているようだ。
「で、普通は城とかその周辺って結界が張られるじゃないですか? だから、『侵入者があったことが判る』。ついでに言うなら、それが誘拐の成功とイコールになるわけですよ」
この部屋に結界は張られていないようだが、城には結界の一つや二つあるだろう。少なくとも、そちらは感知できるはず。
「君は犯人が気づいてここに来る、と考えているのかい?」
「来るでしょうね。魔王様が居ると思っているでしょうけど」
私の言いたいことに気づいたお兄さんが声を上げた。テゼルト殿下も表情を険しいものに変えている。
「私ね、魔力が高いらしいんですよ。通常なら、目に影響が出るくらいに。だから十分、魔王様が誘拐されたと勘違いさせている可能性があるんです」
実際は威圧もないレベルであり、私と魔王様では魔力に桁違いの差がある。だけど、魔王様を狙った上で、魔力の高い人間がここに飛ばされたなら……犯人が成功したと思っている可能性があるのだ。
「場所の特定に少し時間がかかるでしょうけど、所詮はここに居るはずのない『異物』。待ってみる価値はあります。で、ですね」
一度言葉を切り、テゼルト殿下に視線を合わせる。
「貴方達は私の協力者になってくれるのでしょうか? 私としては、このまま手土産もなしに帰るのは些か情けない。時間はあまりないでしょうけど、お聞きします。『誘拐犯を排除する意思はありますか?』」
「……。何故、そういった言い方をするのか聞いても?」
表情を崩さず、けれど探る気配を滲ませてテゼルト殿下が問う。そんな彼に対し、私はからからと笑った。
「だって、普通なら即座に動いているでしょう? それが何よりの、無関係の証明だもの。蜥蜴の尻尾切りにしろ、無関係にしろ、私にそういった姿を見せるのは有効でしょう? だから」
パチリ、と指を鳴らして小さな氷の刃を幾つか出す。明らかにテゼルト殿下狙いのそれに、ラフィークさんは顔色を変えるが、当のテゼルト殿下は全く表情を変えなかった。
うむ、さすが王族。この程度の脅しじゃ、全く動じてくれないか。
「『犯人を知っている』、もしくは『やらかしそうな人物に心当たりがある』。だけど、『排除を即決できない理由がある』。そんな風に考えてみたんですけどねぇ?」
「なるほど、私の行動が原因か」
「王族って、基本的に国最優先で動きますからね。私が疑う姿を見せても動かないならば、何らかの理由があると見るのが当然では?」
私が魔導師と知っている以上、サロヴァーラでのあれこれも当然知っているはず。ならば、速攻で元凶を差し出すべきだと判っているだろう。
なのに、それをしない。被害を最小限に済ます方法に思い至っているはずなのに、それを口にしない。
明らかにおかしいだろうが、これ。何か理由がある、と見るのが普通だぞ?
そんな疑問を露にした私に答えたのは、人間椅子と化しているお兄さんだった。
「私が原因なんだよ、魔導師殿。犯人と思われる人物はね、この国の魔術師筆頭で、王弟で、私の父親なのだから」
「シュアンゼ!」
「事実だろう、テゼルト。今までは処罰が難しいような案件ばかりだったけど、今回ばかりは彼らとて誤魔化しようがない。野心のあまり見境がなくなった害悪なんて、野放しにすべきじゃないよ」
テゼルト殿下が声を上げるということは、お兄さん――彼の父親が王族のままか、臣下に下った公爵家なのか判らない――の言っていることは正しいらしい。
つーか、犯人候補が王弟かよ! また、えらく身分の高い奴が来たな!?
内心突っ込みまくりの私をよそに、お兄さんは蔑んだ様子のまま話を続けている。
「私のことは『使えない駒だ』と放置したくせに、国王夫妻が親代わりになって気にかけていると知れば、自分達が処罰されないための抑止力に使うのだから、手に負えない。私を巻き込むことになろうとも、さっさと処罰すべきだ」
「あ〜……確かに、証拠さえあれば今回のことで処罰が可能ですね。ただ、お兄さんも巻き添えを食らいますよ? 男性王族である以上、結構厳しいことになると思いますが」
「覚悟してるよ」
お兄さんは平然としているが、他の二人は苦い顔だ。絶対に、別の道を探そうとするだろう。私としても、今後がある程度予想できてしまうため、できれば避けたい。
女性でも生涯幽閉とか、修道院送りだろう。男性の場合は継承権絡みの問題――見た感じ、テゼルト殿下と歳が近そうだ――もあって、巻き添えだろうともかなり厳しくなると予想。
というか、お兄さんを残した場合、派閥の新たなトップに据えられてしまう可能性がある。王弟で魔術師ってことは、そいつの派閥に所属する人間がそれなりに多いだろう。そいつらが今後も国王夫妻と対立路線を選んだ場合、混乱は必至。
それを回避するならば……厳しいようだが、お兄さんの言葉どおりにすべきだろうな。
「それがあったから、妙に自分のことに対して否定的だったんですね。私という侵入者に対して、危機感を持ってないというか。って言うか、お兄さんも実の親のことを嫌ってません?」
先ほどまでの危機感のなさ、そして自分の価値を否定するような言葉。しかも、狙ってくれと言わんばかりに護衛や結界のない自室。それらは絶対に、王族として普通のことじゃあるまい。それを問えば、お兄さんが頷く気配がした。
「うん、嫌っている。私のことは欠陥品扱いをして見向きもしないし、親子の情なんてものは互いにないよ。と言うか、私を育ててくれたのは国王夫妻……伯父上達とラフィークなんだ。テゼルトとは兄弟の様に育っているしね。だからこそ、私が彼らの敵となることは許せない」
これまでを思い出したのか、溜息まで吐いている。どうやら育児放棄のせいもあって、実の両親のことはどうでもいいらしい。
私に事情を聞かせることのメリットも判っているみたいだし、これまでも国王側の人間として動いていた可能性がある。それもまた、実の両親との対立に繋がっているのだろう。
ぶっちゃけ、この人は歩けなかったから今まで無事だったと思う。相手も歩けない息子を侮っているから、排除対象から除外されていたと言うか。
まともな伯父夫婦に育てられてるし、政略結婚の駒にもされなかった。本人もそれを理解しているから、そこまで悲壮な感じがなかったんだろう。
ただ……歩くことに対する憧れがなかったわけじゃない。ラフィークさんのように親身になってくれる人もいたから、余計にその望みは捨てきれなかったに違いない。
で、偶然とはいえ、私がそれを叶えちゃったわけだ。同時に、お兄さんの今後に多大なる問題――実の両親がこれを知れば、利用してくるだろう――も発生した、と!
加えて、お兄さんには自分の両親につく気が全くない。それどころか、自分ごとの排除を希望している模様。
実の親子による泥沼戦争、勃発です……! 回避は無理だな、これ。
「あらら……もしや、治さない方が良かったかな?」
「それはない!」
「それは違うよ、魔導師殿!」
「そのようなことはございません!」
即答。三人揃って否定してくださった。本人の許可を得ておらず、下手をすれば人体実験紛いに該当するはずだが、私の仕出かしたことは許されるらしい。
とは言え、今後の展開が予想される以上、何もしないというわけにはいかないわけで。
指を鳴らして、氷の刃を消す。呑気に言葉遊びに興じている場合ではない、私がすべきことは交渉だ。
「私と取り引きをしませんか? 私は今回の誘拐を引き起こした馬鹿を〆たい。実際に誘拐されたのは私なので、今のところは『辛うじて』外交問題になっていません。イルフェナとしても盛大に揉めるよりは、魔導師の報復にしてしまった方が大人の対応をしやすいでしょう」
私が報復行為に出るのはよく知られている。他国でさえ、非常に納得できる理由となるだろう。ゆえに、私がガニアで犯人相手に暴れたところで、今更だ。
ガニア王家も自国に非があるから、魔導師の報復を諌めることができない。この場合、国王夫妻が私の協力者にしてお目付役ということにできるだろう。『元凶への報復に限り、許可した』のだから。
「誘拐が王家の主導ではないという証拠としては、魔王様とテゼルト殿下がサロヴァーラで交渉していた、ということを理由に挙げます。会っていたのは事実ですから、そこでお兄さんの足を治すことを依頼した。……これならば、誘拐するのは不自然です。そんなことをしなくても、私はガニアを訪れるんですから」
「まあ、そういうことにはできるだろうね。だけど、それにはエルシュオン殿下の協力が必要だよ?」
「魔王様なら乗ってくれますよ。基本的に平和的な解決を望みますし、下手に騒げばイルフェナとガニアの関係が悪化します。口を噤んでも蟠りは残りますから、隠れた報復として私を送り込んだ方が得だと理解できるでしょう」
ぶっちゃけるとね、騎士寮面子が納得しないと思うの。
何せ、今回は騎士寮面子の目の前で誘拐事件が起きている。成功したか、しないかではない。『魔王様に対し、そういった行動に出たことが問題』なのだよ。
しかし、ガニアのこういった事情が提示されれば、魔王様から行動することを止められてしまう。魔王様の意思に反する行動はできないので、彼らの不満は溜まるばかり。それが次の機会に発揮される可能性もあるので、魔王様的にも怖かろう。
ならば、災厄として定評がある私を送り込んだ方が、騎士寮面子も納得してくれるに違いない。裏方として動くことは可能だし、バラクシンでの前科もあるしな!
素晴らしきかな、世界の災厄! 騎士寮面子のバックアップが約束されれば、私に敵はいねぇ!
「君の負担が増えるだけだと思うけど」
「元凶との一騎打ちは決定事項なので、お気になさらず。寧ろ、殺る気満々です」
「そ……そう」
きっぱりと言い切れば、私に慣れていない皆様がちょっと引いた。テゼルト殿下が不可能と口にしないのは、実際に私の遣り方を目にしたことがあるからだろう。
やがて、テゼルト殿下は表情を改めた。
「私に決定する権限はないけれど、父上達に進言してみよう。エルシュオン殿下への誠意を見せる意味でも、陛下からの謝罪の言葉は必要だからね。君が派遣されたことにするならば、魔道具を使っての会話も不自然ではないだろうし」
「私が一度、戻っても構いませんけど?」
「……。うん、君、それは非常識だって学ぼうね? それに敵は高い地位にある魔術師なんだよ? 魔導師が関わると判れば、妨害があるかもしれないじゃないか」
……諭すようなお小言は貰ったが。あと、その生温かい視線をやめれ。
そう言えば、そうっすね。魔術師としてそれなりに尊敬されているからこそ、あの捨て駒……じゃなかった、商人に扮した魔術師も『我が主』とか言っていたのか。マジで心酔されているのかもしれない。
ただ、その魔術師も黒騎士達に比べると、怖くないと思うんだ。
理由は誘拐にも使われた『不安定な転移術』。回数制限こそあれ、クラウス達は『双方の魔力を使って、物を送る』という術式を完成させている。何度か使ったが、あれに今回のような不安定さはなかった。それに比べると、格段に劣る気がする。
そこを突いても楽しいと思うの。『雑魚ね♪』って。
くだらないプライドなんざ、木っ端微塵に砕いてやろうじゃないか。
「じゃあ、とりあえず魔王様に手紙でも送って……」
そう言いかけた時、ノックと共にドアが開いた。入ってきたのは身なりの良い人達……国王夫妻、かな? 一人、従者っぽい人を連れているし。
「テゼルト、私達に見せたいものがあると聞いたが……おや?」
王様? はそう言いかけて、顔を私の方に向けた。新たに部屋に入ってきた人達は全員、お兄さんの膝に座っている私へと顔を向けている。
うん、そうなりますよね! 不審者ですものね、私。
ならば自己紹介を……と口を開きかけた私に聞こえたのは、王妃様? らしき人の歓喜の声。
「まあ! まあ! シュアンゼに恋人ができたのね!? 私達に紹介してくれようとしたのね!?」
「え゛!? いや、違いますよ!?」
「隠さなくて良いのよ? 身分が違っても、反対なんてしないから。ふふ、仲の良いこと。ああ、漸くこの子にも幸せが……!」
「おーい……聞いてくださーい?」
「……ああ、そういう風にも見える状況だったね」
一人盛り上がる王妃様? に、溜息を吐くお兄さん。それ以外の人達は困惑を露にし、中々にカオスな状況だ。
「ごめん。さっき話した事情もあって、私達には婚約者がいないんだ。だけど、母上はそれを案じていてね……特にシュアンゼのことを不憫に思っているものだから」
「それでこの盛り上がりっすかー……」
「その、ごめん」
テゼルト殿下は複雑そうに事情を話すが、それは私とて同じ。胸に罪悪感が湧き上がる。
あの、王妃様? 私はそんな良いものじゃなくて、これからガニアに混乱をもたらす災厄なのですが。
色々と事情があるらしいガニア。魔王殿下が誘拐されていたら、
冗談抜きに詰んでました。
元凶らしい王弟については次話で明かされます。
次話にて、漸く親猫への報告です。




