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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
ガニア編

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255/706

北の国、再び

――ある側仕え(執事)視点


 唐突な『お客様』に、当初は困惑いたしました。ですが、我が主は彼女を客人として扱うよう、指示を出されたのです。これには驚くと共に、少々呆れてしまいました。それは『彼女に対し、主様が責任を持つ』ということでしたから。

 確かに、襲撃には見えませんでした。何より、彼女はここがどこなのかさえ、知らないようでしたから。

 ですが、それを見逃していい理由にはできません。守り手のほぼいないこの場で、不審人物を許してしまうなど……『やってはいけないこと』なのです。主様に『守る価値がない』と、そう受け取られてしまうこともあるのですから。心ない者達が知れば、案じる振りをして主様のことを貶めようとするでしょう。

 そんな気持ちを滲ませる私へと『命令』することで、主様は押し切ってしまいました。一度言い出したら、決して退いてくださらないことは……長年お仕えしているからこそ、存じております。

 ですが、ほんの少し席を外した後。

 主様とお嬢様は随分打ち解けていらっしゃいました。軽い驚きと共に、つい嬉しくなってしまいます。……このように気楽に話せる相手など、この方には数えるほどしかいらっしゃいません。

 その理由が主様にあるならば、まだ納得できたでしょう。ですが、違うのです。寧ろ、主様は一番の被害者と言ってもいい。

 いつか……いつか、この状況が改善されれば良いと。主様を案じる者達は、常に願っておりました。


 そんなことを考えていた矢先、お嬢様が主様の怪我を治すと言い出したのです。


 落ちてきたお嬢様を受け止めたのは主様ですから、彼女は責任を感じていたのでしょう。ですが、これには困り果ててしまいました。

 主様の『怪我』は……治癒魔法などで治せるものではございません。いえ、怪我ですらないのです。主様の足は生まれつき動きません。それはお傍で日々治癒魔法を試みる私自身が、よく存じておりました。

 攻撃魔法などは性格的に向かなかったのですが、私は治癒魔法に秀でております。それこそ、主様のお傍に控えさせていただく理由でありました。

 没落貴族もいいところの私に、降って湧いた幸運。ただの仕事でしかなかったそれは主様と接するうち、紛れもなく忠誠へと形を変えておりました。

 歩くことが叶わぬせいか主様は時折、何ともいえない表情で細い足を御覧になっておいででした。動かぬ以上、足が鍛えられることはありません。こればかりは仕方がないのです。

 ですが、その諦めきった表情……幼いお子様がするものではございません。主様のご両親のことも関係していたのでしょう。それでも何かできないものかと思い、私は行動することにいたしました。

 動かないならば、私が動かせばよいのです。椅子に腰掛けた主様の足を毎日持ち上げて動かし、治癒魔法をかける日々……少しでも希望があるならば、繋いでいきたかった。主様以上に、私は諦めたくはなかったのです。

 そんな私の姿に、いつしか主様もあの表情を浮かべることはなくなり。私へと信頼を向けてくださるようになったのです。それから今日まで、私達は主従として過ごしてまいりました。

 私達の願いは未だ叶っておりませんが、それでもこれまで過ごしてきた時間が無駄だとは思いません。魔術とて、魔術師達の手によって次々と新たな術式が生み出されているではありませんか。

 ならば、可能性がないわけではないのです。いつか、主様の足が癒される日が来るのではと……そう信じておりました。


 そして、それは正しかったのです。奇跡は一人の女性の姿をして、私達の元を訪れてくれたのですから。


 足に感覚がある。そう口にした主様の驚愕は、その喜びはどれほどのものだったのでしょう。いえ、それだけではございません。

 主様は……ご自分の足で立つことができたのです。

 それは酷く不安定で、本当に立っていられるだけのものでした。ですが、それは奇跡と呼ぶに等しいことでありました。

 この世界において、生まれついての障害を癒すなど、耳にしたことはございません。現時点では不可能、と言われていることなのです。あらゆる治癒魔法を試した私だからこそ、それが事実だと理解してしまうのです。あくまでも現時点において、という認識でございますが。

 しかも、それを成し遂げた存在はどう見ても、主様よりも年若く……私とて、その場に居なければ信じなかったかもしれません。彼女は一体、どういう立場なのか……。

 ですが、その疑問を口にするよりも早く、私の体は動いておりました。『あの方達にお伝えしなければ』。私の頭の中はそれだけが占めていたのです。

 いつもの礼儀作法などを綺麗に忘れ、ノックもせずに部屋に飛び込んできた私に、主様の従兄弟様……テゼルト様は大変驚かれておいででした。無理もありません。私がこれほど慌てるなど、ただ一人のこと以外にございませんから。

 それでも荒い息の中、私の口から出たのは非礼を詫びる謝罪などではなく。


「……つ……主様……シュアンゼ様……、が」

「シュアンゼ? 何かあったのか!?」


 顔色を変えて私に近寄るテゼルト様でしたが、私が続けて口にした言葉はテゼルト様の予想とは真逆のものでした。


「足が……シュアンゼ様の足が治られました! ご自分の足で、立たれたのです!」

「……は?」

「驚かれるのも無理はございません! ですが、事実なのです。一緒に来てくださいませ!」


 ぽかん、とした表情のテゼルト様など、非常に珍しいものでしょう。ですが、私が口にした言葉に、部屋にいらしたテゼルト様の側近の方――テゼルト様が信頼している方で、主様にも好意的です――も、手にした紙束を落としておりました。

 あのお嬢様は平然としていらっしゃいましたが、これが普通の反応なのです。ゆえに、案じながらも『治るはずがない』と、誰もが胸の内で思っていたのですから。

 

「判った、一緒に行こう。おい、父上と母上には……」

「詳細は伝えず、シュアンゼ様のお部屋に向かわれるようにいたします!」


 テゼルト様の言葉に正気に返ると、側近の方は一つ頷いて部屋を出て行きました。大変有能な方ですから、私の様に慌てることはいたしません。他の者に気付かれないよう、お二人を連れてきてくださるでしょう。

 ――この国では、そうしなければならない。特にシュアンゼ様のことに関しては。

 ああ、そうでした。喜んでばかりもいられないのです。すぐにでも、今後のことを話し合わなければなりません。


「ラフィーク、シュアンゼに治癒特化の魔術師でも会わせたのかい? 個人で研究をしている魔術師ならばとは思っていたけれど……よく見つけたね?」

「いえ、見つけたのではございません。あちらからやって来てくださいました」

「は?」

「しかも、あのお嬢様はご自分が成されたことの価値を理解されていらっしゃらないようなのです。その、偶然の事故で突如部屋に現れまして……それをシュアンゼ様が受け止めたのです。その際の怪我だと思い込んだらしく、治してくださって」

「……。ごめん、意味が判らない」


 困惑気味のテゼルト様ですが、それが普通ではないかと思います。あのお嬢様も規格外でしょうが、そのような方を平然と客扱いする主様も……その、どうかと思っておりました。思わず、視線が泳いでしまいます。


「とりあえず、主様のお部屋に」

「判った」


 まずは確認とばかりに、テゼルト様は快く頷いてくださいました。お忙しい方ですが、主様の一大事ならば優先してくださるのでしょう。従兄弟ではありますが、主様とは兄弟同然にお育ちになられたテゼルト様。主様のこともご家族の一員と考えてくださっておいでなのです。 

 そして、テゼルト様と共にシュアンゼ様のお部屋に戻ると、そこには――


「離せぇぇぇっっ! 私は帰る! お家に帰りたい!」

「はは、そんなにつれないことを言わなくても」

「この状況で、つれるも、つれないも、あるかぁぁぁっっ!」


 主様――シュアンゼ様に手を掴まれたお嬢様が、何やら喚いておりました。強引に捕獲した猫が暴れているように見えなくもありません。

 逆に、主様は大変楽しそうで……何よりでございます。やはり、歩けるようになられたことが嬉しいのでしょう。

 ああ、お嬢様。シュアンゼ様は腕の力がお強いので、諦めた方が宜しゅうございますよ? 足が動かない分、腕を使って体を支えておられましたから。

 ところで。

 あの、お嬢様? お帰りになると喚いていらっしゃいますが、どうやって? 主様が手を離されたところで、お嬢様は部屋の中での自由を得るだけです。私が外までご一緒させていただかねば、ここから出ることは難しいと思いますよ?

 ……。

 そういえば、お嬢様は魔術師でいらっしゃいました。もしや、単独での転移を行なうつもり……ではございませんよね!?


「君、どうやって帰る気? 馬車もないじゃないか」


 私の心の声が聞こえたわけではないのでしょうが、主様がお嬢様に問い掛けていらっしゃいます。やはり、お嬢様を納得させるにはこれが一番と思われたのでしょう。

 ですが、お嬢様は即座に怒鳴り返しました。


「帰宅なら転移魔法で一発なので、お構いなく! だから、手を離せぇぇぇっ!」

「……。断る」


 表情にこそ出ませんでしたが、微妙な間は主様の驚愕を表していたのでしょう。ええ、私とて言葉がありません。予想外過ぎました。


 どこまで規格外なのですか、貴女は! しかも、転移の陣もないではありませんか!?


 転移は単独でできるほど、簡単なものではないのです。いえ、始点と終点となる魔法陣を使用するならば、非常に安定した術と言えるでしょう。

 ですが、それは国同士を繋ぐような規模のものであったり、純度の高い魔石を用いた場合に限られます。

 魔石には感情や体調などが影響しませんので、ブレが生じにくいのです。逆に、魔術師が単独で転移を行なうならば、相当の訓練が必要になってきます。

 どのような魔法であっても、魔力と感情の制御が欠かせません。それに加えて、魔術を行使することによる負荷にも耐えなければならないのです。ゆえに、転移は使用する魔力量からいっても、かなり難易度の高い術とされています。

 その状態ですら、予め陣を用意しておくのが普通なのです。お嬢様の規格外ぶりが知れるというもの……主様の足を治されたことなど、お嬢様にとっては些細なことなのかもしれません。

 内心、盛大に混乱している私をよそに、テゼルト様は一切お声を上げませんでした。さすがは、テゼルト様――そう口にしかけ、テゼルト様の様子がおかしいことに気づきます。

 テゼルト様が御覧になっていらっしゃったのは主様ではございませんでした。驚愕の表情のまま、お嬢様の方を御覧になっておいででした。


「……魔導師殿?」

「「「え?」」」


 テゼルト様の呟きは決して大きなものではなかったのですが、私達は正確にその言葉を拾ったようです。揃って声を上げ、全員がテゼルト様へと顔を向けました。

 ……。

 テゼルト様。私の気のせいでなければ……お嬢様のことを『魔導師』と仰いませんでした、か?


※※※※※※※※※


「……魔導師殿?」


 唐突な身バレに、思わずそちらを眺める。扉の近くには執事さんと……もう一人のお兄さん。驚愕の表情のまま、そのお兄さんが口にした言葉だったらしい。

 ただ、私にはお兄さんが誰なのか判らない。魔導師という単語が出る以上、ここはイルフェナかゼブレストあたりだったのだろうか?

 そして、私の敵はもう一人居た。言うまでもなく、ずっと腕を掴んで離さないお兄さんである。


「ぬおっ!?」

「はい、捕獲。諦めようね」


 私の意識がそちらを向いていた隙を突き、お兄さんは腕を引っ張った。そのままお兄さんの膝へ座り込むような状態になると、今度は腕をウェストに回されて固定。

 

 大変、馴染みのある体勢です。何故、ここに来てまで人間椅子による拘束か。


 そんな光景に、扉の近くに居たお兄さんが正気に返る。慌ててこちらに近寄ってくると、困惑気味に私を見つめた。


「えーと……君、イルフェナの魔導師殿だよね? どうして、ここに?」

「その前に、貴方はどなたですか? 自分から名乗るのが礼儀だと思いますよ。……ああ、ちょっと待ってくださいね。念のために防音をしますから」


 指を鳴らして、防音結界を。どうやら、この人は魔王様を誘拐しようとした犯人ではないらしい。ならば、事情を聞けるかもしれない。

 ただ、執事さんは私がしたことが判ったのか、軽く目を見開いて周囲を見回していた。こんな反応を示すってことは、この人は魔術師で確定だろう。無詠唱の意味がよく判っていないのか、他の二人は反応していないもの。

 私の言葉に、お兄さんは漸く名乗っていないことに気づいたらしい。安心させるように微笑むと、やや困惑を残したまま口を開く。


「申し訳ない。私はガニアの王太子でテゼルトという。君と直接話をしたことはないから知らないだろうけど、先日のサロヴァーラでの話し合いの席にもいたんだよ」

「ほう、ガニアの王太子殿下……。……。ガニア!? え、まさかここはガニア!?」

「え? う、うん、ここはガニアの城の一室だけど」


 思わずガン見すると、テゼルト殿下はやや引きながらも頷いて肯定する。私の勢いに三人とも驚いているみたい――それでも、腰に回された手は緩まなかった――だけど、私はそれどころではない。

 あの商人……いや、誘拐犯は『ガニアの国王陛下の使い』と言っていた。こんな誘拐をやらかした以上、それだけはないと思っていたのだが。


 まさかのガニア。マジで、ガニアが魔王様の誘拐を企てたのか!?


 ただ、それにしては王太子が何も知らないのはおかしい。本当に、私の存在が予想外みたいなんだもの。

 私を客扱いしてくれたお兄さんといい、このテゼルト殿下の態度といい、どうやら『誘拐犯はガニアのどこかに居る』という方向で探りを入れるべきだろうか。どうにも、王族が主犯じゃないっぽい。

 とりあえず、事態の深刻さを判ってもらうべきだろう。つーか、私が叫びたい。防音結界、万歳!


「魔王様を誘拐しようとしたのって、マジでガニアだったの!?」

「「「え゛!?」」」


 私の叫びに、ピシッと凍りつく室内。そんな彼らの反応を見ながら、私は密かに笑みを浮かべる。


 ――これに危機感を感じたなら、協力者になってくれる可能性あり、だ。 


 って言うか、このままだとマジでガニアがヤバイですぜ? 私の連絡待ちしてるから、イルフェナが動いてないだけだもん。

 辛うじて他国の王族誘拐という事態は免れたが、私がばっちり誘拐されてしまっている。これでは、何もなかったことにできまいよ。少なくとも、後見人の魔王様と騎士寮面子は動く。


「……事情を説明してくれないかな? 予想外の事態だ」


 顔色が悪いまま、テゼルト殿下が私の反応を窺う。執事さんも、私を拘束しているお兄さんも、私の言葉を待っているようだ。

 さて、それでは私側の情報暴露といきますか。ああ、記録の魔道具を身に着けていたから、それであの時のことを見せてもいいかもね?

主人公が飛ばされた先はガニア。ただ、何やら事情がある模様。

事情説明は次話に続きます。

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